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斜陽のレジスタンス  作者: 藤原守理
第1章「侵略されるまでの世界」
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第7話「錯綜する兵士たち」

-2030年7月16日-

-福岡県福岡市博多区-

-博多駅[12:20]-




 ()は突如振りかざされる鉄パイプを前に反応することなく、彼が鉄の冷たい感触を頬に当たったと感じた頃には床に勢いよく叩きつけられた。



 連れ出された少女は掴まれていた両手が急に自由になって後ろに尻餅をついた。臀部から来る痛みを感じるよりも彼女は目の前の光景に驚いていた。


 目の前には気絶した自分を犯そうとした醜い男と鉄パイプを持ったトレンチコート姿の男が立っていた。


 男は黒髪短髪に細く整った眉毛、精悍な顔立ち独特の雰囲気から20代後半ぐらいに見える。結構…タイプ。




 少女は『なに考えてんのこんなときに』と頭を横に振り咄嗟に思考を元に戻す。


 そうしていると男がこちらに近寄ってきたため少女は警戒をしたとともに怯えて叫ぼうとした。



「誰ん…?!」


 男は素早く少女の口元を抑えた。



「んー?!」

「落ち着け、叫ぶな見つかるぞ」



 そう言って男は狂気に満ちた嬌声の聞こえる方を指差し自分の置かれた環境を悟った少女は沈黙する。


「そうだ…それでいい」



 少女が静まったのを見て男は手を話す。



「はぁはぁ…貴方は一体?」


「俺は君の敵じゃない。俺は警察官だ」

「え?」



 男は警官と名乗った。少女は警官だったことに驚きつつもさっきの興奮を抑えるのに必死で言葉が続かない。



「少し強引に口を抑えてすまない。大丈夫か?」


 男はあやまり少女を気遣うように膝をついて屈み様子を診る。



「いえ…助けていただきありがとうございます」

「そ、そうか」


 少女に睨まれて不機嫌を買ったのかと男はやや気まずそうに表情が歪む。少女からするとイケメン顔の年上の男性を前に頬を赤く染めたため直視できないだけだったが。



「そうだ…名前を言ってなかった。俺は佐川(さかわ)啓治(けいじ)だ、よろしく」

「私は(たちばな)あきらです。高校生です」



 (たちばな)と名乗った少女は乱れたブレザーの制服を整えつつ答えた。橘の容姿は黒髪に流れるような長髪でスレンダー、何かスポーツでもしているためか日焼けして健康的な小麦色の肌、佐川から見て橘が高校生であると信ぴょう性が持てた。



佐川(さかわ)啓治(けいじ)さんですね?なんでおまわりさんがここに?みんな捕まったんじゃ…?」



 落ち着きを取り戻した橘の言うとおり駅やその周辺に配備されていた警官たちは武装集団と銃撃戦になって死んだか捕まって処刑されたという話が流れていた。


「俺はここにいるのは」




「…おい、さっき変な音しなかったか?」

「あぁ、()そこにいるのかぁ?」


 そう言い出した途端、床に倒れている男の仲間が異変に気づいたようだった。男たちが近づいてくる音が聞こえる。



「話はあとで!とりあえず…」

「え?ってあれ?」



 縛られていた両手が自由になって佐川の手元を見るといつの間にかナイフが握られており紐を切ってくれたようだった。


「姿勢を低くして、見つからないように逃げよう」

「わ、わかりました」



 手際の素早い佐川に驚きつつも橘はその後ろを追いその場から離れた。








「…おーい。()なに寝て……って大丈夫か?!徐がやられた!」

「は?!おい!女が逃げたぞ。探せ!」



 気絶した仲間を発見し兵士たちはそれぞれ銃を持って駅構内を捜索しに通路から別フロアに走っていった。










「…なんとか…散ったか」



 2人は近くの大人2人は入れる大きめのロッカーに潜み、外の様子を見ていた。


「佐川さん…これからどうします?」

「ここを脱出する。ちょっと手荒に行くぞ…」



 ロッカーの目の前では気絶した()の身体を揺するもなかなか起きず苛立つ1人の男が立っていた。


(足音の数と見たところこの通路は1人だけか。ならこいつで)


「橘さん。落ち着いてね。叫ばないように」

「はい…?」



 佐川はロッカーからそっと出るとコートの中からあるものを取り出す。


 機関けん銃―――正確にはドイツ・H&k社製のMP5と呼ばれる短機関銃(サブマシンガン)だ。弾をばらまくのが目的だった他の短機関銃とは違い高い命中精度を持つMP5は特殊部隊向けの短機関銃として各国の軍や治安組織がこぞって採用している有名な銃だ。日本警察では基本型のMP5が銃器対策部隊・SAT(特殊強襲部隊)に採用されている。

 佐川が持っているMP5はサプレッサー内蔵の特殊な構造をしている。



 佐川はストックを肩に付け照準を背を向ける男に定めダブルタップ(トリガーを短い間隔を置いて2回引く)で亜音速の9mm弾を2発放った。2発の銃弾は発射音を出さずにそれぞれ目標の頭部と肩を貫き、目の前の男は力なく床に倒れた。



「…佐川さん、その銃は一体…?」

「?あぁ、ここに来る前に道で拾ったやつだ」


 橘が驚くのとは裏腹に佐川は銃を掲げて見せる。


「拾った?」

「そうだ。…おっと」



 身体を左に向け、向こうのドアから敵の仲間が不用意にでてきたところに銃弾を3発叩き込んだ。もちろん敵は死に血だらけになって壁に寄りかかる。



「一応こんだけか…」


 敵の気配が消えたので佐川は目の前の死体の装備を漁る。


「佐川さん、貴方は本当に普通の警察」

「おい、これ持っとけ」



 橘の言葉を遮って佐川は1丁の拳銃を押し付けた。


「私、銃なんて…」

「念のためだ、それに殺らないとヤられるぞ」



 橘が持つ拳銃―――アメリカ・S&W社製M37というリボルバー式拳銃で5発装弾できる。警視庁や各都道府県警察では国産のニューナンブM60拳銃の後継として採用し、一般の警察官がよく装備をしているポピュラーな拳銃である。



「…そうですね。持っておきます」

「銃は本当にヤバい時に使え。説明はあとだ。さっさと逃げるぞ!」

「え、はい。わかりました…」



 「警官」だと名乗ったにしては素人である女子高生から見てもわかる銃を使い慣れている手つきの男に内心、違和感を抱きながらもここを脱出するために仕方なく少女は拳銃を手に行動を共にすることにした。








-2030年7月16日-

-福岡県対馬市上対馬町-

-航空自衛隊海栗島分屯基地[11:30]-




「おかしい…さっき話し声が聞こえた気がしたが…」

「このあたりに人影は見当らない」




 牧田と久佐木が草むらに隠れてすぐに3人の男たちが2人のいた場所に駆けてきた。3人とも資料で見たことのある連邦の銃を持ち、黒色の迷彩服だと思っていた服装は近くで見ると肌に張り付くほど身体に密着している、所謂潜水服と呼ばれる姿だ。牧田は目の前の連中が連邦の兵士だと確信する。敵はミサイル着弾のどさくさに紛れて海から上陸してきたらしい。


「おい。向こうで武装した日本兵どもが抵抗している。戻ってこい」


 3人の後ろから仲間の連邦兵が戻ってくるよう声がかけられるが、中国語が解らない牧田と久佐木にはどのような会話がされているのか聞き取れなかった。



「ダーシャン、ゴォウ、気のせいだ。戻ろう」

「あぁ、まだ向こうの制圧が終わってないしな」

「賛成だ」


 身を潜める2人からすればなんと話しているか解らないが向こうの方の銃撃音の数がけたたましくなっていた。立て続けに馴染みのある発砲音が鳴る。味方が交戦しているみたいだ。3人の連邦兵はそこに向かうようにして去っていった。



「…なんとか見つからずに済んだね」


 敵が遠ざかったので匍匐姿勢から身を起こした久佐木が身についた土や葉を叩いて落とす。



「どうしようか。攻撃しようにも武器は持ってないし…」

「木の棒振り回して連中に向かってったら蜂の巣になるもんな」


 2人は一介の自衛官なので表情には出さないが自分たちの現状を認識して嘆かずにいられなかった。銃はおろか戦闘服・ベスト・ナイフ1本すら身につけていないのである。2人はレーダーサイトに勤務するオペレーターであったため銃を撃つ訓練の機会は少なかった。今の2人はなんちゃって自衛官と呼ばれても言い返せないくらいの心境の悪さになりつつある。主に久佐木だが、



「ならどうすんのよ!」


 思わず久佐木が闇雲に怒り出した。牧田の様子が追い込まれている状況の兵士の様子にしてはやけに落ち着いていたからだ。



「こんなとこで狂っても意味ないぞ」


 取り乱した久佐木を牧田が諫める。


「…なら…!」

「…ここをすぐ離れて本島(対馬島)の陸自と合流しよう」


 牧田の口から出た提案を聞いて久佐木は表情を変える。


「みんなは、みんなはどうするの?!」

「仕方がない。ここで犬死するよりマシだ」

「見捨てて逃げる気?!」


 苦い顔をする牧田に対して久佐木が非難の声を挙げる。


「牧田…!あんた!仲間を殺す気?卑怯よ!人でなし!」




 突然憤怒する久佐木に拳が振るわれ後ろに倒れる。殴ったのは誰でもない牧田だった。殴られて呆然とする久佐木を前に牧田は口を開く。



「人でなしだ?俺だって自衛官だ。仲間が殺された仇を討ちたいさ。…だが、現実を見ろ。圧倒的に敵が優勢だ。死んだ仲間は俺たちにすぐにあの世に来て欲しいと思っていると思うか?ここは生き延びて必ず仕返しするべきだろ」


 落ち着いた口調で語る牧田だったが力強く握り締められた両拳から自身の無さ悔しさが溢れ出している。


「生き延びるぞ。久佐木。時間が掛かろうとも絶対仲間の無念を晴らす!」



 腰つく久佐木の肩を掴み瞳を見つめて熱烈と牧田は語りかけた。敵への復讐を誓う牧田からの言葉に久佐木は考えを改めることにする。


「ごめんなさい。牧田…あなたの考えに付き添うわ」


 久佐木は牧田に協調する姿勢を見せた。


「…それと肩……痛いよ…」



 牧田は思わずハッとして肩から両手を離した。語るのに熱中していたために久佐木の肩を握る両手に力が入っていたようだ。



「す、すまない」


 申し訳なさそうに牧田は謝った。


「いいよ。それよりこれからどうする気?」


 肩をさすりながら久佐木は牧田にこれからの動向を尋ねる。


「…1つ、1つ考えがある…」



 そう言って久佐木寄り添い話し始める牧田であった。













「………………………」


 足元の土を意味もなく蹴る1人の男。喫煙者でもあったその男は胸ポケットに入っている煙草をいつ吸おうかとしきりにさする仕草をする。そんな男はただただ立っていた。

 そこに別の同じ格好をした男が1人歩いてくる。



「…おい、交代の時間だ」


 歩いてきた男が交代を知らせ長方形の小箱を手渡す。


「さっき捕虜を全員処刑した。これで一時安泰だ」


 この2人の男は中華連邦軍の兵士だった。2人の軍装からして海軍陸戦隊のものであり、海軍の特殊部隊がこの島の自衛隊基地を制圧したあと、重火器を装備した陸戦隊が上陸して占領、そのうちの2人の兵士は武器が収めてある倉庫の警備を担っていた。

 小箱を受け取った男はそれを開封してみると中には「わかば」と日本語で書かれたタバコが3箱入っている。


「なんだこのタバコ?」

「戦利品だ。自衛隊のタバコは日本製なだけあって俺たちのより吸いごたえがあるぞ。でも、市販のより劣るがな」

「そりゃそうだろ……お前だったらどの品種が好みだ?」

「俺は…」


 2人の男がタバコの好みについて話し始めた。2人とも敵がいないこと上官がいないことを確認してリラックスして話に没頭した。


 しかし、好物の会話にうつつ抜かすそんな2人に、狙いを定めて2本の矢が突き刺さった。


 2人はショックのあまり手足が動かせず物陰からでてきた男女にそれぞれ止めを刺されることになった。

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