第5話「浮かび上がる影と開幕」
-7月16日-
-福岡県春日市原町-
-西部航空方面隊司令部[10:00]-
「海栗島からの通信が途絶。応答がありません…」
若い女性通信幹部が報告する。
「それは本当か?」
「はい。09iタイムの定時連絡からの応答が返ってきておりません」
報告を聞いた西部航空方面隊司令官、若葉隆恵空将は書類整理する手を止めた。
「その後の通信は?」
「原因不明の通信障害が起きている模様で0950より対馬壱岐両エリア全域で無線及び有線通信が困難になっています。これは…」
女性幹部は表情を強ばわせながら言う。
「あぁおそらくはな…」
「築城、新田原からアラート機を全て上げてCAP及び対馬へ偵察に向かわせろ。防衛省と基地内各隊、所在部隊には緊急連絡を。第2高射群には出動待機を命じておいてくれ。最後に対馬に向けて応援のヘリを送るよう陸自に要請を」
若葉空将は6年前の第二次朝鮮戦争のことが頭に浮かんだ。韓国侵攻の手順と今回の件が似ている。
女性幹部も同じことを考えていた。
「了解です。佐世保の海自へは?」
「心配ない。海自ならもう動いているはずだ」
-同日-
-長崎県佐世保市-
-海上自衛隊佐世保基地[9:30]-
「全隊員へ。治安出動待機命令発令により、0940に各員持ち場につくように」
基地内放送を通じてスピーカーで隊員に命令が下る。
「…一体何があったんだ?」
基地出入り口の警備を担っている青年、後藤慶二等海曹が詰所内にいた後輩の今生結衣一等海士に問う。
「何かあったんでしょう。私たちにはまだ情報が下りてきていませんし…」
「そうか、しかしせっかくの休日なのに呼び出される隊員は気の毒だな。なぁ、今生ちゃん今度ちょっくらドライブでも…」
ふと、後藤の言葉を遮るように詰所の外からエンジン音が聞こえてきた。
「そんなこと言ってないで…ほら車両が2台来ましたよ。ほらっ仕事してください!(受話器を取って)…はい。こちら佐世保基地第2ゲートです。……」
他愛もない話を淡々にしていたところ、門前に車両が接近してきたためせっかくの誘い話も足蹴にさせた後藤は機嫌が斜めになる。それでも表情は変えずにとりあえず前方の車両の運転席に接近していく。
前方の1台は大型のトラックで荷台には大きく布が覆いかぶさっていた。
『はぁ、まぁいっか』
後藤を考えを持ち直して、運転手に職質する。
「こちらは佐世保基地です。許可証のない者は…」カチャ
後藤はトラックの運転手に問いかけた。返事は返ってきた。
一瞬の間、
『…え?』
目の前には拳銃っぽいシルエットのものを向ける男の姿が……
トリガーが3回引かれた。
頭部に1発、胴体に2発、銃弾が叩き込まれた。後藤は訳も分からず地面に「グシャッ」っと音を立て崩れた。まるで操り糸が切れた人形が崩れ落ちたように。返事は3発の拳銃弾だった。
「…作戦開始。」
拳銃を放った男が言葉を発したと同時に荷台にかかった布が取り払われトラックの荷台にはアサルトライフルなどで武装した男たち20人が座っていた。その中の1人が肩に長い筒を持ってその筒先を詰所に向けた。
詰所の中にはさっきの銃声に驚く今生一士が…。
その筒から先端の尖った全長200mm口径40mmの成形炸薬弾頭が発射される。直撃を受け詰所は一気に爆発した。もちろん中にいた人間は影も形も残らずに。
詰所を爆破した男たちの集団はトラックに備え付けられた黒く光る12.7mmの重機関銃手を残し全員降車してトラックを盾に基地内へ侵入していった。
「なんだ?!さっきの爆発音は?!」
「あっちの窓から何か見えるぞ!」
突然の爆発音に驚いた隊員たちは確認しようと窓際に近寄る。
隊員たちが近づくといきなり窓が割れ数多の何かが突っ込んでくる。
「ウギャ」バシュ
「オゥェッ」グチャ
「グワンッ」バシャ
「伏せぇ!伏せっ!撃たれるぞ!」
隊舎の窓に向かって2台のトラックから容赦ない機関銃掃射が行われ窓を突き破り凶弾が隊舎内に突っ込んできた。不幸にも不用意に近づいた海自隊員たちの体に当たった。隊員たちの体は12.7mmの大口径の弾の運動エネルギーによって無残にも赤い液体が飛び散り原形も止めず肉片に変えられていく。
「い、一体何なんだ?!」
「1階から武装集団が侵入!食堂にいた仲間が!ガハッ?!」バン
突然の事態に拳銃すら装備する時間もなく大半の隊員は丸腰同然であった。
ドアを破壊し寝室に小銃を持った男が押し入る。
「ひぃ?!た、助けてくれ?!撃たないでくれ!」
2人の隊員が押し入ってきた男に両手を挙げて降伏の意を示すが、
男はライフルを構え、
「…죽어버려(ジュゴボリョ)<死ね>」
男は問答無用で引き金が引かれ連続した発砲音が鳴った。1人が小銃弾で頭と腹を撃ち抜かれ後ろの壁に打ち付けられる。
打ち付けられた男の焦点の合わない視線から即死したようだ。
「高木!!!!!畜生があぁぁぁぁ!!!!!」
目の前で同僚を撃ち殺され激昂したもう1人の男が殴りかかるも、ライフル弾3発が体を貫き、倒れた…。
『…桐江…。夏海…。お別れみたいだ…すまない…。』
息絶える一瞬、彼は家族のことを想い視界が暗くなった。
「…죽였는가?(殺したか?)」
隣の部屋から出てきた男が言った。
「네(あぁ)」
「좋다. 일본인은 모두 죽여라. 이것으로 죽은 동포도 기뻐할 것이다. (よろしい。寿司野郎(日本人)はすべて殺せ。これで同胞も喜ぶだろう…)」
隊舎内の隊員たちは見つかり次第次々と無抵抗にかかわらず全員射殺されていき、隊舎から隊員の流した赤い血で川が出来ていた…。
一方、異常を素早く察知できた1人の尉官を中心とした5人の隊員たちは隊舎の一角の部屋にバリケードを作り武器庫から5丁の89式小銃と9mm拳銃1丁を持って立て篭ることに成功してした。
「…なんとか持ちましたね。久瀬2尉」
この場を指揮する男は若くして中級幹部となっている久瀬冬馬2等海尉であった。冷静で礼儀正しく容姿は短髪黒髪に東南アジア系の掘り深い顔立ちをしている。
そんな久瀬に対して長くも短くもない黒髪を後ろに束ねポニーテールにした女性、羽柴市子3等海曹がさきほどのように話しかけていた。
彼女は綺麗な顔立ちに絶妙に引き締まったスタイルをして黒髪がよく似合っていた。そのため隊の広報誌に美人自衛官として写真が載ったこともあり、尚且つ今の上官であり教育隊時代の教官でもあった久瀬へひそかに思いを寄せていた。
久瀬はそんな彼女を前に何も感じずただ、状況を分析している。
「だが、状況は切迫している。敵勢力は見たところ重機関銃にロケットランチャーまで装備している情報だ。ここが見つかり破られるのも時間の問題だ」
状況観察を終え羽柴からの言葉にうなずきながら手に持った9mm拳銃の弾倉のチェックをするとそれを銃に装填する。
「…そうですね。基地の指令所に移動して抗戦しますか?」
「いや、この様子だともう既に指令所も陥落していると見るべきだろう。ましてや補給のないところで戦うのは…」
突然、久瀬の言葉を遮って爆発音が響いた。
「?!どうしたっ?!」
突然の爆発音と室内にも感じたとてつもない爆風に驚き、全員窓の外の光景に釘付けになった。
桟橋に接舷停留していた護衛艦「ゆうだち」が船体内部から爆発を起こし大きな音と爆風を伴って海に沈んでいた。
「…『ゆうだち』が……」
慣れ親しんだ護衛艦の撃沈に若い隊員たちは緊張がより高まった。
「落ち着け!冷静になるんだ。取り乱してどうする?俺たちの使命はなんだ?思い出せ!」
久瀬も驚きつつも冷静さを保って隊員たちに呼びかけた。
隊員たちはハッとなりその一言で落ち着きを取り戻し久瀬の周りに集まった。
「お前ら、俺たちの使命は何か?!それは国民の生命と日本のために命を張って盾になることだ。自衛官としての責務を今果たすときだ。しっかりしろ!」
久瀬二尉の言葉に力が入る。隊員たちはその言葉を聞き入る。
「…で、では、どうしますか」
冷静さを取り戻した隊員たちは指示を仰ぐ。
「よし。それじゃ地図を開いてくれ」
久瀬二尉は近くにいた涙目になっていた木地興毅海士長に地図を開かせ口を開いた。
「まず、この部屋は隊舎の3階端にあり階段を降りてでの脱出は敵と遭遇する危険がある」
「…よって、作戦としてはこの窓からカーテンで作ったロープで降下、このルートを通り敵の目を避けるため海に入り佐世保市街方面に脱出する」
久瀬二尉が地図の順路を指で差しながら説明した。
「途中に遭遇する隊員はどうしますか?」
窓際でスコープ付きの89式小銃を持って監視をしていた一色護海士長が問う。
「できる限り救い、あわよくば俺たちの余った銃を持たせて戦ってもらう」
「了解」
「久瀬二尉、佐世保市街にも敵勢力がいた場合は?」
不安げに羽柴三曹が問う。
「跳弾に注意し市民を守りつつ敵を倒すだけだ」
「他に質問は?」
説明を終えた久瀬二尉は全員の目を見る。
「…ないですっ!」
「いいな。1013、私が緊急避難の指揮を執る。合戦開始」
久瀬二尉の命令で隊員たちは脱出作戦を開始した。