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斜陽のレジスタンス  作者: 藤原守理
第2章「占領下の日本」
24/26

第10話「忍び物見と呪わば穴二つ」

-2031年5月31日-

-北海道某所[17:30]-



 4月末に満開だった桜の花はすっかり落ち新たな新緑が若々しい活力を帯びて見え出す北海道のこの季節。あたりは太陽が月と交代するかのように落ち始め、水平線上に映える夕陽の暖かい橙色(だいだいいろ)が海面を照らしている。砂浜の周囲には朽ち果てた漁師小屋と防砂林として松林がひっそりと(たたず)んでいる。


 そんな海の波間からポッと黒い球体が2つ浮上した。それらはゆっくりと陸に向けて推進している。やがてそれらは浜横の生い茂った松林に着くと上陸してその姿の全容を現わした。







 陸に上がった”彼ら”。彼ら2人は海水で濡れた真っ黒な潜水スーツを身にまとい、顔は黒くペイントに塗られて頭に被ったジャングルハットの下から覗く視線は周りを鋭く見渡している。手にはそれぞれ銃器が握られている。

 全身黒づくめの2人は一般民間人から見たら不審者以外何者でもない。こうした服装・装備で行動するのは彼らが軍事組織の一員だからこそである。

 2人は周囲をある程度見渡したあと、沈黙を保ちそれぞれ別行動を始めた。1人は赤土を盛って簡易的なタコツボを作る。そこに伏せ撃ちの体勢になって入ると手持ちの銃の倍率スコープを覗く。もう1人はハットをとって腰元のキットから取り出したヘッドホンを頭部に装着した。そして双眼鏡を覗きつつ、別個の通信タブで周波数を調整して通信を始めた。




「チェス、チェス。こちらブリッチ。聞こえますか。上陸に成功、送れ」


『こちらチェス。了解した。敵影は見受けられるか』


 通信越しに相手の声が伝わる。彼の持つ双眼鏡には暗視装置が搭載されておりナイトビジョンモードでは動くものが映り込むと白い影になって暗闇でも認識されるようになっている。



「チェス。敵影なし。引き続き偵察する」


『了解。終わり』


「ブリッチ。狙撃位置についた。先に進んでも良さそうだ」


「カラー。敵の発砲時の援護は頼みます」



 彼ら2人はそれぞれ異なるライフルを所持していた。8倍率スコープを覗く”カラー”と呼ばれた男は7.62mm口径ボルトアクション構造のM24狙撃銃を、双眼鏡を握る”ブリッチ”と呼ばれた男は肩にホルダーでHK416ライフルを下げている。





 彼らは日本義勇軍第4任務部隊(タスクフォース)一色(いっしき)(まもる)海曹長と橋本(はしもと)恭司(きょうじ)二等陸曹である。


 彼らタスクフォースはいわゆる幽霊(ゴースト)部隊。特殊作戦を遂行する組織として創設されたこの部隊は高度に秘匿されている。国内外や義勇軍内でもその存在は知られておらず、知っているのは創設に関わった幕僚と所属しているメンバーのみである。

 名前を知られないために作戦中はお互いを与えられたコードネームで呼び合う。また、万が一戦死した場合は死体と装備を残して敵に存在を悟らせてはならないため全員身体に自動自爆装置が埋め込まれている。





 双眼鏡からHK416に持ち替えた”ブリッチ”……もとい橋本二曹は、小銃を前方に向けて泥濘んだ赤土を踏み込む。松の木の根にがっしりと支えられた赤土は泥濘んでいる割にはブーツには付着しなかった。一歩一歩と慎重に前を進む。後ろには”カラー”こと一色曹長がいつでも狙撃できるようにサポートに入る。


 海に面した防砂林として植林された赤松と自然に乱立した広葉樹の林の中では夕暮れの薄暗さも加わって2人の姿を視認しにくくしていた。それはここにいるであろう敵の姿も同様であった。



 細波(さざなみ)の音と静寂に包まれつつある松林。橋本二曹は緊張から流れる汗を額に感じつつ研ぎ澄まされた集中力で敵影を探る。彼の耳は足元で枯れ落ちた松葉の割れる微かな音さえでも聞き取った。


 しかし、それから橋本は10m、30m、50m…150mと前進したが一向に敵影の姿と気配はなかった。



(敵の姿が見えない・・・)


 前進し始めていよいよ200mの地点前でひとまず隠れられそうなスポットに身を隠し無線を開いた。


「…カラー、カラー。こちらブリッチ。敵影なし。そちらはどうですか?送れ」


 

 敵に聞かれる恐れもあるため最小限度の音量で通信する。



『こちらカラー。こっちでも見えない。それ以上の前進はこちらのサポート圏外だ。横に広がるようにして索敵(クリアリング)してくれ』



 一色の持つM24狙撃銃は有効射程が約800mと狙撃銃としては標準クラスの性能だが、海からの風が防がれる防砂林の中とはいえ風の強く吹くポイントがいくつかあり、精密な狙撃(サポート)をすると考えると風の影響や有効射程ギリギリに敵が現れて交戦されると観測手なしの狙撃手にとって厳しい。



「ブリッチ、了」



 無線を静かに収め索敵を再開する。

 しかしながら結局敵の姿は見えなかった。



『こちらカラー。チェスに報告してよさそうだ』


「ブリッチ、了。……チェス、チェス。こちらブリッチ。敵影見られず。安全を確認。送れ」




 潮風浴びる夕暮れどきの松林は2人を受け入れつつも相変わらずの静寂が続いていた。 










-同日同時刻-

-北海道釧路沖太平洋上-

-オーストラリア海軍フリゲート「パース」[17:30]-




 陸から1kmの海上に照明を落としたオーストラリア海軍フリゲート「パース」が静かに停泊していた。艦内の電力とエンジンを部分停止しているからといっても陸海空全周からの攻撃を想定して火器管制及びレーダーシステムは作動している。主砲のMk.45 5インチ単装砲は陸地の方角を照準していた。

 その船体横に旭日旗マークがついた小型ボートが1隻、横付けされている。



 そこには日本義勇軍第4任務部隊の一員。隊長の”チェス”……もとい栗原(くりはら)草介(そうすけ)三等陸尉を始め、内藤(ないとう)拓海(たくみ)三等空曹、津田(つだ)恭介(きょうすけ)陸士長と川本(かわもと)麻里(まり)陸士長のコンビの計4名がいた。




『チェス、チェス。こちらブリッチ。敵影見られず。安全を確認。送れ』


 栗原の無線機に偵察に出した橋本二曹からの通信が入る。安全が確認されたようだ。



「こちらチェス。了解した。これからボートを出す。ボートが視認できたらブリーフィング通りに。引き続き周辺警戒、送れ」


『ブリッチ、了。引き続き警戒にあたります、通信終わり』



 ここで橋本二曹との通信が終了した。偵察班の報告から敵勢力は例の集落にこもっているようだ。


 栗原は無線機をしまうと隊員たちの方に面向かい、揺れる船内で最終分隊点検を行った。服装や髪の長さなど、外見や形はどうでもいい。


 指揮官である栗原が見るのはただ一点、隊員の目だけだ。自分の指揮下で戦場に赴く隊員の一人ひとりが、どれほどの覚悟を持って臨んでいるかを確認した。

 彼らは日本義勇軍の精鋭の中でもひと握りにしか選抜されなかった精鋭中の精鋭を集めた第4任務部隊に配属された強者(つわもの)だ。しかし、隊員の中には人の死を直接目にしたり任務で殺害した経験のない者もいる。そんな中、今回の任務は『敵部隊の殲滅』。命のやり取りをするのに一瞬でも殺すことを戸惑うとこちらが殺られる。彼らにその任務を損害なく遂行する覚悟があるか、栗原はそれゆえに入念に監査したのだ。



「内藤、津田、川本。行けるか」



 栗原はただ一言問いかける。








「行けます!」




 全員異義はなかった。覚悟を決めている。栗原も気を引き締めた。


「エンジン始動!これより陸を目指す!」



 命令と同時に操縦手の内藤三曹がエンジンキーを回し、300馬力のスズキ製DF300TXエンジン3基が咆哮を上げた。ゆっくりと進み始めたボートに豪海軍フリゲート「パース」の乗員は敬礼を送りと、作戦の成功を祈った。












-2031年5月30日-

-第4極東経済特区大阪北部管区中之島(旧大阪市北区中之島)-

-中華連邦陸軍第3軍区総司令部第1ゲート(旧大阪市中央公会堂)[1:40]-




 一方、大阪別働隊の小鳥遊(たかなし)二尉・福村(ふくむら)准尉・木嶋(きじま)三曹の3人は新たに中華連邦陸軍元少尉、(ソン)紅雷(フォンレイ)三尉を仲間に加えて彼の協力のもと、目的の作戦文書を入手した。



 目的の作戦文書にはこれからの北海道及び小笠原方面への侵攻作戦や国内で活動するレジスタンスへの制圧作戦などの計画内容が詳しく記されていた。これを義勇軍作戦司令部に提出すればこちらからの攻勢や物資輸送が可能となる。



 目的を果たした4人は建物からの脱出することになった。建物に仕掛けられているトラップの位置を熟知する福村准尉と孫三尉を先頭に暗がりの廊下を暗視ゴーグル頼りに進んでいく。




(これで・・・何事もなく脱出できるか・・・)




 小鳥遊二尉の不安もあったが一行は順調に進んでいった。







 しかし、


「待って下さい」


 脱出口のそば、1階の踊り場で足が止まった。




「…どうした?」


「…何かいます」





 直後、突然銃弾が夾叉。小鳥遊の頬を銃弾が掠り出血する。



「!敵だ!」

「応戦しろ!」



 暗闇の中で潜こもった銃声とチカチカとマズルフラッシュの発砲炎が青白く光り輝く。両者の放った銃弾で歴史ある公会堂の壁に痕が埋め込まれていく。




「敵は警備隊か!?」

「いえ!この時間帯に警備隊は駐在してません!」



 小鳥遊の問いに元連邦軍の孫が答える。



「なら奴らどこのだ!」

「判りません!」


 的確に銃弾を撃ち込んでくる敵に狼狽する隊員たち。



「っ!くそ!」



 小鳥遊は退避した壁先で迫ってきた敵兵と鉢合わせになってしまった。ライフルを構えるよりもと考え胸元に装備したナイフを引き抜いた。小鳥遊は敵に格闘戦を挑む。

 連邦兵は小鳥遊の素早いその動きに呼応できないためライフルのトリガーに手を掛けようとした。だが、近接戦闘ではナイフの方が速く小鳥遊のナイフは連邦兵の喉元を正確に突き刺し、第二撃に腹部に蹴りを入れ連邦兵は倒された。




「1人倒した」

「手榴弾!」




 木嶋が閃光手榴弾を投擲、暗視ゴーグルの機能を一瞬停止させるほどの約100万カンデラ以上の閃光が暗闇を照らし、1.5m以内に170デシベルの爆音がその場の空気を振動させた。

 今のうちとばかり小鳥遊は息絶えた連邦兵を引きずって銃弾を避けられる場所へ移動した。相手の所属部隊はどこか。気になっていた小鳥遊は倒した連邦兵の装備を観察した。




 痩せこけた身体、性別は男、歳は20後半といったところか。頭部に暗視ゴーグルから全身に連邦軍制式の装備を着用、銃も連邦軍のライフルで特に変わったところはない。しかし、一つ決定的に違ったのが肩についていたワッペンだった。






 鷲に猿のデザイン…。小鳥遊はハッとした。









「こいつら第4公安だ!」




 小鳥遊の発した言葉に隊員たちは驚いた。





 「第4極東武装公安隊」。通称、”第4公安”。大阪を統治する中華連邦第4極東経済特区政府の指揮下のもと治安維持及び敵勢力の幹部暗殺などの特殊作戦を行う部署として創設された部隊。これだけでもかなりの強敵であるが、





「奴ら俺らと同じ”日本人”か!?」

「なんですって!?」





 福村と木嶋は顔を歪め戸惑った。その部隊の構成隊員の大半は”日本人”なのだ。その中には彼らと同じ元自衛隊員も含まれる。今のこの状況は仲間と殺し合っているに等しい。

 日本人で奪われた祖国日本の独立を願う義勇軍にとって敵であれ同じ日本人と殺し合うというのは心情的に苦しかった。





「おい!第4公安の隊員!聞いてくれ!」

「俺らは同じ日本人だ!殺し合うのはやめないか!」




 小鳥遊二尉と木嶋三曹は銃撃をやめて大声で叫んだ。すると、声が聴こえたのか銃声がパッとやんだ。







(鳴りやんだ・・・?彼らは正気なのか)



 義勇軍では一定数の日本人が中華連邦軍に協力しているというのは彼らが洗脳を受け不可抗力に従っているという考えが一般的であった。実際説得しようとした捕虜の日本人連邦兵たちは誰も共通して連邦の素晴らしさを義勇軍の隊員に語ったあと、舌を掻き切って自殺している。


 今回ダメもとで叫んでみたが彼らがそれに応じたのは4人にとって予想外の出来事だった。




「日本人…。日本人か」



 第4公安の中の1人が不意に口を開く。両者とも銃を構えお互いが撃たないか警戒する状態だったが口を開いた男は銃を下げていた。




「日本人。義勇軍さんよ。同じ日本人っていうならあんたらを俺らは殺したくはない」

「なら…」

「その代わり、書物庫から持ち出した文書を渡してもらおうか」



 作戦文書。これは連邦軍にとって替えようない北海道方面作戦を記した文書。通常、こういう文書を奪われたならば現在の作戦を変更するもしくは敵を陽動して罠に落とす作戦を組み込んだりするものだ。

 しかし、中華連邦本国では対ロシア・ベトナムに備えるのとさっさと日本を制圧したいため、今回の作戦を変更する時間と金がない。そして戦線の膠着している北海道方面侵攻を担当する第4軍の面子(めんつ)も掛かっているため何としても本国軍総司令部から承認された作戦を実行しなければならない内部の事情があった。

 そのため連邦軍としては作戦文書の流出は絶対に防がなければならない。



「なぜだ!俺ら同じ」

「日本人だからか?そんなのは今となっちゃ通用しねぇ」


「なに!?」


「あんたら元自衛隊だろ?もちろんこっちにも元自衛隊員はいる。だがな、お前ら義勇軍は今となってはテロリストだ。日本に残る人々を守るためお前らを殺らなきゃならん」



 小鳥遊は彼ら第4公安隊員の言う言葉が理解できなかった。俺らがテロリスト。それは断じて違う。そのはずだ。



「俺らがテロリスト?それは違う。俺らは連邦から日本を取り戻すため」

「取り戻すために妻を殺したのか?」


 小鳥遊の返答を冷たく透き通った声が遮った。無論、声の主は第4公安の隊員だ。しかし、先程までの理知的な話し方と変わって感情の混ざった声に変わった。



「それを掲げている義勇軍とやらに俺の愛しい妻は殺された」


「待て!何を言っている」


「俺はいっときも忘れたことはない」



 男の声は徐々にトーンが落ちて暗くなっていく。



「昨年の12月のクリスマスイブ、京都のデパートで妻と一緒に買い物を楽しんでいた。連邦に支配されて臣民になってしまったとはいえ前より生活は苦しかったが、なにより妻がいたことで安心していた」


「……………」



「…だが、その夕暮れ。買い物をしていたデパートが爆破された。

 俺はちょうど店前に出ていて助かったが妻はまだ店内に残っていた。ガレキに押しつぶされて発見されたときは……綺麗だった妻の姿は……無惨な姿になっていた…」


「……………」

「……………」


「後になってニュースにはデパートを訪れていた連邦軍幹部の暗殺を狙った爆破。俺は目を疑った」



「……………」

「…小鳥遊二尉本当なんですか…?」


「どうなんだ。答えてみろ。同胞同胞叫んでたお前らは目的のために同胞を平気で殺しやがる」



 小鳥遊は答えることはできない。昨年2030年12月24日に京都四条のデパートで視察に来た連邦軍高級幹部の爆殺作戦が実際に実行された。下士官や中級幹部は作戦中止を求めたが上層部は強行、店内の日本人もまとめて同じ日本人の手で爆殺された。作戦の対価は連邦軍指揮系統の混乱。一時期の攻勢に出ることができた。小鳥遊は当時階級は三佐だった。彼は最後まで抵抗したうちの1人で最終的に上官に殴りかかった。取り押さえられた小鳥遊三佐には懲罰房行き及びニ階級取り下げの処分が下された。彼らに言い返すことができない。






「俺は復讐を誓った。第4公安の日本人隊員は全員親類を義勇軍に殺された。お前らと交渉する気でいたが……取り消しだ」








 言い終わったと同時に銃撃が再開された。再び壁に寄り添う小鳥遊たち。



「小鳥遊二尉!これ以上彼らとの交渉は無理です!」


「そうです。この後ろに隠し通路があります。とりあえず彼らの目を塞ぎます」



 福村准尉と孫三尉が発言、孫や木嶋三曹の投降した煙幕、閃光手榴弾が爆発した。



 その間にそそくさと脱出口へ走っていく。




「くそっ!絶対に逃がさん!」



 第4公安隊員たちも小鳥遊らを追って隠し通路に入っていった。













-2031年5月31日-

-大韓民国釜山広域市プサンこういきし-

-捕虜収容所-



「ぎゃああああああ!」


「おぅ!こっちかぁ?こっちをぶって欲しいんだなっ!」




 今日もだあのクソ看守。こんな辺鄙なとこに配属されたからって俺ら捕虜を虐待するなんてな。もう慣れたが。



 ここは釜山捕虜収容所。ここには2024年の第二次朝鮮戦争やアジア諸国との戦争で捕らえられた捕虜が収監されている。その中の独房の一つに空軍パイロットの(ハン)大恩(デウン)少佐が独り不貞腐れていた。

F15Kから間一髪で脱出した(ハン)は海上に着水、そのうち敵の艦船の乗員に捕らえられた。


 韓は1人助かったのだ。あのときF15Kの単座型と複座型の2機で(シン)昌勇(チャンヨン)中尉と(ソン)智星(チソン)少尉ともに作戦行動に出ていた。結局彼ら2人の乗った機体は敵のレーザー攻撃で撃墜、戦死した。




 あれから7年だが韓は未だにうなされていた。









(ハン)少佐!どうしたんです?何か思い悩むことでも?」



 そんな突拍子な声を発したのは隣の独房に入っている(ヒョン)現国(ゲンコク)元士だ。

 本来は独房の外とこうやって会話できるはずがないはずなのだが、何故か韓と玄の部屋の間で会話ができている。どうも玄は何かやらかしたのか士官階級だけが収監される独房に入っている。


 韓にとってこの能天気な玄との会話も一つのストレス要素だった。




「なんもねぇよ、(ヒョン)元士」


「そうですか?ならいいんですが」



 そう言ってこっちの部屋にも聞こえるぐらいの音量を出しながら何かの機械音が聞こえる。



「……なぁ。なぁ(ヒョン)元士。何をやっている」



 すると、機械音が鳴りやんだ。玄の部屋からあんなに大きい音やそれを出す姿が手前の看守からは見えているはずなのに全く動く気配がない。なぜだ。




「そのうち判りますよ。明日ぐらいに」



 玄は何か意味深い言葉を発した。



「明日だ?」


「そうです明日ですよ。希望の明日です」




 そこで会話は止まり、甲高い機械音とはまた異なった耳うるさい痺れる音が聞こえるばかりだった。






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