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ゲンジュウ!  作者: ポンタロー
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第六章

第六章


「んちゅ、ん、んん、ちゅぷ、ペロペロ……」

 その日、当本家のリビングでは、昼過ぎにも関わらず卑猥な音が漏れていた。

「んふ、ちゅ、ちゅうー、……ぷは、レロレロ、ん、んちゅ……」

「よし! いい、いいぞ、ルーン」

 行為を続けるルーンに、やや前屈み状態になった外道が賞賛の声を上げる。

「ぺロ、ちゅー……ぷは……ん、んちゅ……」

「そうだ。もっと丹念に舐めるんだ。時々咥え込んだりして、そう。噛んじゃダメだぞ」

 そう言いつつ、ティッシュの箱を探す外道。

「ペロペロ……んっ、ちゅぷ、ちゅぷぷ……ぷはっ! ソトミチ、もういい?」

「ダメダメ。今いいとこなんだから。もう少し続けて」

「でも、普通に食べたい」

「まったく、ルーンは食いしん坊だな。そんな食いしん坊なルーンには、俺がおしおッ!」

 鼻の穴をプックリと膨らませ、鼻息荒く言う外道に、電光石火のアマカーキックが炸裂する。

 無防備な状態で喰らった外道は、悲鳴を上げる間もなく床に転がった。

 床に転がってピクピクすること五分、ダメージの抜けてきた外道が、ゆっくりと体を起こす。

「あ、天夏、いくら何でも、ミルクバー食べさせてたくらいでやりすぎ……」

 控えめに抗議する外道だったが、天夏の顔を見た瞬間、口が止まった。

 天夏が目の端に涙を溜めて、外道を見つめている。必死に零すまいと堪えているが、やがて、その目から大粒の涙がポロポロと零れた。

「あ、天夏、大げさだ。俺は別に、やましいことは何も「ブラックジャックの勝ち方教えて!」」

「はい?」

 外道の目が点になる。あまりに突拍子がなかったので、言葉の内容を理解するのに若干の時間がかかった。

「今すぐブラックジャックの勝ち方教えて! 兄ちゃん、詳しいやろ!」

 噛み付くような勢いで喋る天夏に、外道がたじろぎながら答える。

 ブラックジャックとは、カジノで行われるトランプゲームの一つで、カードの合計が21点を超えないようにしながら、プレイヤーがディーラー(胴元)より高い点を目指すゲームである。

「そりゃまあ……、でも、どうしたんだ? お前がそんなこと言い出すなんて」

「ベルト取られた!」

 そう泣きながら叫ぶ天夏。よく見ると、今の天夏は、以前に見た学校指定のジャージに、マント代わりの風呂敷という格好だった。しかし、この格好の時は必ず巻いていたはずのおもちゃのベルトが今はない。

「ベルトって、あのおもちゃの?」

「うん。ブラックジャックに負けて、ベルト取られた」

「取られたって、誰に?」

「変なアフロの奴。金がないならベルトで払えって。お金賭けるなんて、一言も言うてへんかったのに」

「ベルトで払えって、あんなおもちゃのどこがいいんだ?」

「ぐすっ。分からへん」

「ったく。でも、たかだかおもちゃのベルトだろ。また買えばいいじゃねーか」

「あれ、初代御面カイザーの限定生産変身ベルトで、世界に一個しかないねん」

「限定生産にもほどがあるだろ!」と叫びたい外道だったが、泣き腫らした顔の天夏に、それは言えなかった。

「しかし、まだ状況が分からんな。ブラックジャックは、プレイヤーがディーラーと勝負するゲームだぞ。そのアフロがディーラーだったのか?」

「違う。ディーラーはそいつの友達。おもちゃのチップを賭けて、先に決まった数稼いだ方が勝ちってルール」

「ああ、そういうことか。それならありえなくもないな」

 外道は納得した。しかし、おもちゃのチップまで持参とは随分用意がいい。

「当然、新品のカードとトランプシューターを使ったんだよな?」

「ううん。カードは最初っから開いてたし、手で配ってた」

「…………」

 外道は、僅かに頭痛を覚えた。それは、十中八九イカサマだろう。カードは開封済みで、しかも手配り。おまけにディーラーは相手の友達。とくれば、イカサマし放題である。

「そりゃイカサマだ!」と言ってやりたい外道だったが、この手のイカサマは現場を押さえないと意味がない。後でいくらでも言い逃れができる。あんなおもちゃのどこに価値があるのか外道にはさっぱりだったが、どうやらハメられたことは間違いなさそうだ。

「で、俺にどうしろと?」

「勝ち方教えて!」

 必死に頼む天夏に、外道が頭を掻いて答える。

「あのな、そもそもブラックジャックってのは、配られたカードで全てが決まるから勝ち方なんてない。17超えたらスタンド(カードを引かずに、そのまま勝負すること)しろとか、エースか8が二枚ならスプリット(配られたカードが同じ数字の場合に、二つに分けてプレイすること)しろとか、ディーラーのフェイスアップカード(表向きのカード)がエースか7以上の時は、ヒット(カードを追加すること)しろとか、そう言った基本的なことしか言えないぞ」

「ううーーー!」

 天夏が悔しさを押し殺すように呻いた。

「場所は? どこでやったんだ?」

「……特区記念公園のゲームテーブル。今ならまだおるかもしれへんから、取り返しに行く」

「無理だよ、お前じゃ」

「そんなの、やってみな分からんもん!」

 目を真っ赤にした天夏が叫ぶ。そんな天夏に、外道は一つため息を吐いて答えた。

「はあ、しょうがない。俺が行って取り返し「アカン!」」

 渋々提案する外道を、天夏が一蹴した。

「これはウチの戦いや。ウチがやらなアカンねん」

 そう言い残し、天夏はリビングを飛び出していった。


 天夏が出て行くのをただ見送っていた外道だったが、やがて大きくため息を吐いて、スマホを取り出した。

 そして、無言で操作する。チラリとルーンに目を向けると、ルーンは冷凍庫にあったミルクバーを一箱全部食べていた。口から滴る白い液体を、ぺロリと舌で舐め取る仕草は、外道の姿勢を再び前屈みにさせたが、今はそれどころではないと自分に言い聞かせ、何とか平静を装う。

 しばらくして、目的の人物に繋がった。

「音奈か? 俺だ」

『げどうっち? どしたの、珍しいね?』

「今、どこにいる?」

『どこって、仕事だよ。前に言ったっしょ。特区デパートのブティック《ビッチ》』

「ブティックとは思えん店名だな」

『まねー。で、どうしたの? 何か用?』

「今すぐ俺の家に来い。住所は居住エリアBー23」

『ええっ! ちょっと待った。今、仕事中だって言ったっしょ』

「早退しろ」

『無理だって。ウチの店、変な店名とは裏腹に、めちゃくちゃ勤務態度厳しいんだから』

「だったら、『どうしよう、陣痛が始まっちゃった。予定日は来週なのに』とか、『あっ! 忘れてた。今日、従兄弟のお葬式だ。私ってばうっかりさん☆』とか理由をつけて抜けてこい」

『お葬式はこの前使っちゃったし、私はまだバージンです!』

「えっ、そうなの?」

『そうなの! 悪かったわね!』

「いや、悪くはないが、見た目通りのやり○ンかと思った」

『げどうっちって、私のこと嫌いでしょ?』

「まさか。お前の体だけは大好きだ」

『うわっ、最低』

「とにかく、さっさと来い。二〇分以内に」

『私の話聞いてた? 今、仕事だって言ってるっしょ』

 ごねる音奈に、外道はあからさまに大きな息を吐いて言った。

「フウー、やれやれ。音奈、一つ忘れているようだが……」

『な、何よ?』

「お前、俺に体で払うと言ったギャンブルの未払い分だけじゃなく、とてつもなく大きな借りがあったよな?」

『うっ!』

「どうしても断るというなら仕方ない。こちらも相応の態度を取らせてもらうことになるが」

『ううっ……』

「で、どうすんだ?」

 外道のスマホから諦めたような声が響く。

『……行かせていただきます』

「よろしい。近くまできたら連絡しろ。迎えに行く。二〇分以内に来いよ。一秒でも遅れたら、お前が病気持ちだと上司に報告する」

 一方的に言い放ち、外道はスマホを切った。スマホから流れる『鬼、悪魔、鬼畜!』という声を無視して。


 そしてきっかり二〇分後、外道のスマホが着信を知らせた。

「もしもし?」

『つ、着いた……』

「よし、待ってろ」

 用意を済ませ、ソファーでお昼寝しているルーンに毛布をかけて、マンションを出る外道。

 そこで待っていたのは、ママチャリの傍で、肩で息をしている音奈だった。

 ネクタイを外した首元に、玉のような汗が浮かんでいる。

「ご苦労。早かったな」

「ア、アンタが二〇分で来いって言ったんでしょ」

「そういやそうだった。で、何て言って抜けてきたんだ?」

「親友に彼氏ができて結婚しそうなんで、仲をブチ壊してきますって言った」

「そ、それで通るのか?」

「私の上司、四〇過ぎてまだ独身。この前、三度目の婚約解消」

「ああ、そういうことね」

 世知辛い世の中である。

「で、早速、本題なんだが……」

「ちょっと待って。五分だけ休憩させて」

 立っているのも辛いらしく、音奈がその場に座り込んだ。

「あー、疲れたー。でも、げどうっち、良いとこ住んでんね。私のとこより全然いいじゃん」

「そうか?」

「そうだよ。私も家賃払えなくなったら、げどうっちの部屋に転がり込もうかな」

「いらん伏線を張るな。本当にそうなったらどうする?」

「んっ? 私は別にいいよー。ほら、げどうっちには、お金の代わりに体で払うし」

「ほう、それは中々魅力的な提案だな」

 思わず音奈との生活を考えた外道だったが、状況を思い出し、我に返って頭を振る。

「そうだ。今はそんな場合ではない。音奈、頼みがある。断った場合は、お前の上司に……」

「分かったから。で、何をすればいいの?」

「歩きながら話す。付いてこい」


 カジノ特区ならではの特徴として、公園などのあらゆる公共施設にゲームテーブルが設置されている。使用目的が特に決まっているわけではないが、ポーカー、ブラックジャックなどのゲームが気軽にできるようにとの配慮からだった。

 そして、そんなゲームテーブルが設置されている特区記念公園の一角。

 その一角を遠巻きに見ながら、外道は、連れてきた音奈に向かって口を開いた。

「おい、あそこを見ろ」

「えっ! ああ、何かゲームやってんね。ブラックジャックかな?」

「そうだ。音奈、お前、あそこに交じってこい」

「ええっ!」

 音奈が素っ頓狂な声を上げた。

「交じってこいって、そんないきなり……」

「あそこでべそ掻いてるチビが見えるか?」

「あの泣きながらすんごい顔でカード睨みつけてる子?」

「ああ。あいつは俺の知り合いでな。今、一緒にブラックジャックやってる奴らに負けて、おもちゃのベルトを取られたらしい」

「お、おもちゃのベルトって。そんなのに何の価値が……って、あれ、初代御面カイザーの限定生産ベルトじゃない!」

「知ってんのか?」

「知ってるも何も、あれ、世界に一つしかないんだよ! オークションに出せば一〇〇万は下らないっしょ!」

「何! 一〇〇万!」

 外道が思わず叫んだ。

「おもちゃのベルトだぞ!」

「だから、世界に一つしかないんだってば。好きな人はそんくらい出しても欲しいの」

「何でお前がそんなこと知ってんだよ?」

「だって、私も特撮大好きだし」

「時々思うんだが、お前、外見とキャラが合ってなさすぎだぞ」

「いいじゃん。ほっといてよ」

 呆れ気味に言う外道に、音奈が頬を膨らませた。

「で、交じってこいって言ってたけど、何で?」

「俺の勘だと、相手は十中八九イカサマしてる。ディーラーは相手のダチで、カードは使い古しに手配りだぞ。ありえんだろ」

「そりゃまあ、そうだけど……」

「あの手のイカサマは、現場か証拠を押さえないと手が出せん。そこでだ、お前はあいつらに交じって、奴らのイカサマの証拠を撮ってきてくれ。こいつを使ってな」

 そう言って、外道は煙草の箱を音奈に差し出した。

「何これ?」

「カメラが仕込んである。今は動画モードにしてあるから、それでイカサマ現場を撮影しろ」

「よくこんなの持ってんね。どこで買ったの?」

「ある機械オタクから、ポーカーの負け分としてぶんどった。こんなところで使うことになるとは思わなかったけどな」

「ふーん。すごいねー。あっ! ここにレンズが付いてる」

「壊すなよ。お前の月給より高いんだから」

「マジ! 終わったらもらっていい?」

「ダメに決まってんだろ」

「ちぇー。でもさ、いきなり行ったら怪しまれないかな?」

「交じってこいとは言ったが、ゲームには参加しなくていい。特区に来たばかりでルールを覚えたいとか適当に言って、そのエロイ体を使って潜り込め」

「エロイって。げどうっちって、ホント私に容赦ないよね」

「フッ。俺は、好感度を上げる必要のない女にはとことん冷たいのさ」

「ひ、ひどい……」

「ちなみに、しくじったらお前の上司に、俺がお前の婚約者だと伝えるからな。失敗はするなよ」

「お、鬼だね、げどうっち」

 退路を塞がれ、音奈がガックリと肩を落とした。

「ああ、そうだ。行く前にブラウスのボタンを二つほど外しておけ」

「何で?」

「その方が、成功する確率がアップする」


 それから三〇分後……

「どうだった?」

 缶コーヒーを飲みながら待っていた外道が、戻ってきた音奈に尋ねる。

「どうもこうも、ご推察通りのイカサマでした。マーキング(カードに印を付けて、どのカードか識別できるようにすること)にセカンドディール(トップカードではなく、上から二枚目のカードを配ること)とやりたい放題。でも、腕は大したことないね。普通ならすぐ気づくんだけど、あのおチビちゃん、ずっと自分のカードと睨めっこしてて、全然気づかないんだもん」

「はは、まあそうだろうな」

 外道が苦笑した。

「はい、これ」

 そんな外道に、音奈がカメラを返す。

「ご苦労。あのチビは?」

「ボロ負けして泣きながら帰ってった」

「やれやれ。お前、あいつがちゃんと家に着くまで、遠くから見張っててくれ。それで前回助けた分はチャラだ」

「えっ! 未払い分は?」

「払うに決まってんだろ! どんだけ溜まってると思ってんだ! どうせ金払う気ねーだろうから、その内、体で払え」

「ううっ、了解であります」

 音奈が嘘泣きしながら、よよよと泣き崩れる。

「でもさ、げどうっち。こんな回りくどいことしなくても、最初っからげどうっちが行って、取り返してあげればよかったんじゃないの?」

「俺もそうしようと思ったんだが、あいつはあいつなりに自分のケツを自分で拭こうとしたんだろ。面倒だが、あいつがそうしたいって言うなら付き合ってやろうと思ってな。ああいうところは誰かさんにも見習ってほしいもんだ」

「うっ! まあ、それは置いといて。でも、げどうっちがそこまでするなんて珍しいね?」

「そうか?」

「そだよ。あの子ってげどうっちの何なの?」

 その質問に、外道は少し考え込んでから答えた。

「……妹みたいなもんだ」


 ところ変わって、現在、商業エリアにある一軒のバー。

 お目当ての人物を見つけた外道は、カウンターで飲んでいた二人組みの男に声をかけた。

「よう、兄さん達。景気良さそうだな」

 声をかけながら、自分はジントニックを注文。グラスを受け取り、男達の隣に座る。

 突然声をかけられた男達は、一瞬戸惑いの表情を見せてから、外道に不審の目を向けた。

「誰だ、アンタ?」

「いや、ただの通りすがりさ。随分とご機嫌だが、何か良いことでもあったのか?」

 男の一人、緑色の髪をアフロにした男が、笑みを浮かべて答える。

「おうよ。いいカモ見つけてな。しこたま稼がせてもらったぜ。こいつをな」

 緑アフロが、自慢げに天夏から奪ったおもちゃのベルトを掲げてみせた。

「何だそりゃ? おもちゃじゃないか」

「チッチッチッ。甘いな、兄ちゃん。こりゃ知る人ぞ知る初代御面カイザーの限定生産変身ベルトさ。世界に一つしかなくってね。マニアの間じゃ、プレミアムが付いて一〇〇万はする」

「一〇〇万! そんなベルトが!」

「そうよ。まあ、興味ない奴は、そう言われてもピンとこないだろうけどな。しかし、驚いたぜ。偶然、これを着けて騒いでるガキがいてよ。ちょっと挑発したら、すぐムキになってな。んで、ちょっとハメて、この通りってわけさ」

 緑アフロがニンマリと笑う。そこに、隣で飲んでいた神経質そうなスーツの男が続けた。

「まったく、馬鹿なガキだぜ。カモにされてることも知らずに、ノコノコ再戦に来やがってよ。そんであっさり返り討ち。いやー、ああいう馬鹿ばっかだと助かるんだけどなー」

 スーツ男が、陰険な笑みを浮かべた。

「ハハハ。確かに、そりゃ傑作だ。俺も見学したかったぜ」

 男達に合わせて外道も笑う。しかし、外道の目が全く笑っていないことに、男達は気づいていないようだ。ひとしきり笑った後、外道がゆっくりグラスを傾けながら口を開く。

「俺の方も、一つ面白い話があるんだ」

「へえ、聞かせろよ」

「ある馬鹿な二人組みの話でね。ある日そいつらは、特区で見かけた一人のガキに声をかけた。そのガキは、知ってる奴が見れば一目で分かる馬鹿高いおもちゃを持って、その辺で遊んでた。きっと、ガキはそのおもちゃの価値を知らなかったんだろう。だが、その二人組みは知っていた。当然欲しくなる。だが、力ずくで奪うのはまずい。では、どうする? ハメればいい。ここはカジノ特区。ギャンブルを生業にしている街だ。力ずくが無理なら、ハメて奪えばいい。二人組みは、そう考えた」

「…………」

 緑アフロとスーツ男の顔から笑みが消えていく。

「結果は大成功。二人組みは、ブラックジャックでイカサマを使い、そのおもちゃを手に入れた。あまりにもあっさりと。二人組みは笑いが止まらなかった」

「テメー、一体……」

「まあ、聞けよ。面白いのはここからだ。実はその二人組みのハメたガキってのが、このカジノ特区の区長の一人娘でね」

「「…………」」

「この区長、ゴツイ顔に似合わず、超親馬鹿でな。可愛い娘のためなら、例え火の中水の中。生々しすぎて具体的には言えないが、とにかく娘が絡むと我を忘れて突っ走る困った男なんだ」

「「…………」」

「これが公正なギャンブルだったら、確かにそのおもちゃは二人組みのもんだ。未成年にギャンブルさせんのは当然違法だが、そのおもちゃの価値を知らなきゃ、ただのおもちゃの取り合いで終わるだろ。トレーディングカードゲームで、互いのカードを賭けて勝負するようなもんだ。いくらはっちゃけた親馬鹿親父でも、ガキのおもちゃの取り合いにそこまでムキにはならんだろ。だが、それがイカサマだったら……」

「しょ、証拠がねえよ!」

 突然、緑アフロが叫んだ。叫んだ拍子にグラスが倒れ、飲んでいたウイスキーが零れ落ちる。

「そ、そうだ。俺達がイカサマをしたっていう証拠がなければ、ハメたとは……」

「あるんだな、それが」

 そう言って、外道が取り出したのは、一つのタブレット。

 そこに映っていたのは、音奈が撮影した先ほどの勝負の場面だった。

「見ろよ。バッチリ映ってるだろ? イカサマの瞬間から、アンタらの顔までバッチリだ」

「「…………」」

 緑アフロとスーツ男の顔から、急速に血の気が引いていく。

「これを見たら区長はどう思うかな? まず、間違いなくキレるだろう。そしたら、特区にはいられなくなるかもな」

「「…………」」

 外道がゆっくりと立ち上がり、青くなった二人に向かって笑いかける。

「なあ、兄さん達。長いものには巻かれろって言葉、知ってるか?」


「ただいまー」

 午後八時過ぎ、いつも通りに玄関を開け、外道が中に入ると、

「おかえり」

 いつも通りにルーンが出迎えた。そんなルーンの頭を優しく撫でながら、外道が尋ねる。

「天夏は?」

 ルーンが無言でリビングを指差すと、そこには膝を抱えてソファーに座り込む天夏がいた。

 外道が一つため息を吐いて、天夏に声をかける。

「天夏、帰ったぞー」

「…………」

 返ってきたのは沈黙だった。

「あっ! そうだ。お土産があるんだった」

 外道が思い出したように一つの紙袋を掲げてみせる。

「…………」

 しかし、やはり天夏は沈黙。外道は、仕方なく紙袋を天夏の隣に置いた。天夏が、チラリと視線だけを紙袋に向ける。そして、紙袋の隙間から覗く中身を見た瞬間、天夏の顔が驚きに染まった。

「これ……」

「ああ、お土産だ。何か今日勝負した奴らが、金の代わりにそれ置いてってさ。俺はそんなおもちゃいらねーけど、お前が喜びそうだからもらっといた」

 天夏が、慌てて紙袋の中身を取り出す。それは、小さい子供の好きそうなおもちゃのベルトだった。天夏は、急いでベルトの後ろを見る。するとそこには、油性マジックでデカデカと『鳳龍院アマカー』と書かれていた。

「これ、ウチの……」

「そうなのか? 最近は賭けの払いにおもちゃのベルトを使うんだな。驚いたよ」

 天夏が無言のままベルトを握りしめる。やがて、そんな天夏の口から押し殺したような嗚咽が漏れた。それを見た外道は、小さく肩を竦めてその場を離れる。

 その光景をずっと見ていたルーンが、近づいてきた外道に声をかけた。

「アマカ、何で泣いてるの?」

「さあ? 何か良いことでもあったんじゃないか?」

 ルーンはしばらく首を捻っていたが、大事そうにベルトを抱える天夏を見て納得したらしく、一つ頷く。

「ソトミチ、お腹すいた」

「そっか。じゃあ、メシにするか」

「んっ。今日のご飯は何?」

 ルーンの問いに、外道がチラリと天夏に視線を向けてから答える。

「そうだな……今日はピザにしよう!」



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