第四章
第四章
その日、外道は決心した。あることを決心した。
それはルーンがやってきてから、ずっと外道の中に眠っていた欲望。切実な想いだった。
そして、外道は宣言する。天夏に聞かれたら殺されるので、心の中で宣言する。
(「よし! ルーンと○ックスするぞ!」)
外道、オーケー。ルーンもオーケー。二人の気持ちは問題なし。しかし、障害がないわけではない。
外道には分かっていた。彼とて馬鹿ではない。
このマンションでそんな行為に及べば、あの突撃娘、天夏嬢がブチ切れるのは間違いない。
では、どうするか? ルーンを連れ出すしかない。
それとなく、例えばちょっと買い物でも行ってくる的な言い方で、ルーンと出かけると言ってみよう。そう、さりげなさが大切だ。
頭の中で綿密な作戦を練りながら、外道は眠りについた。
次の日、朝食を終え、後片付けをしていた天夏に、下手な口笛を吹きながら外道が言った。
「天夏ー、ちょっとコンビニ行ってくるわー」
「あいよー。行ってらっしゃーい」
こちらを見ることなく、食器を洗いながら天夏が返す。
(「よっしゃ!」)
外道は内心でガッツポーズ。まずは第一段階クリア。
続いて外道は、天夏に聞こえないように小さく、「ルーンの小屋」と書かれた部屋をノックする。数秒後、部屋からルーンが出てきて口を開いた。
「ソトミチ、私も一緒に行きたい」
やや棒読み口調だが、とりあえずオーケー。事前の打ち合わせ通りだった。
「そうかー。そんじゃコンビニまで一緒に行くかー」
チラリと天夏の方を見るが、天夏は特に気にした様子もなく食器を洗っている。
(「よっしゃよっしゃ!」)
外道、再び内心でガッツポーズ。第二段階クリア。
そして、外道はルーンを伴ってマンションを出た。
そして、外道とルーンの二人は、今現在、特区最大の高級ホテル『シンゴーキングダムホテル』へとやってきていた。
最初はラブホに行こうとしたのだが、一〇〇パーセント「僕達、○ックスします!」と公言しているような場所に行くのは、バリバリチェリーボーイの外道君には厳しすぎた。
故に、外道はここに来た。
何故、外道が特区最大の高級ホテルに部屋を取れたかと聞かれれば、その理由がこちら。
(「よう、赤助。調子はそうだ!」
前日の深夜。外道がこっそりと連絡を取った先は、クラスメイトの赤マッシュルームこと、新号赤助だった。
「夜中の三時に起こされて、スッキリ爽快なわけないだろう。どうしたんだ、こんな時間に?」
「いや、実は頼みがあってさ」
「ほう、君が頼みとは珍しいな」
「親友のお前にしか頼めないことなんだ」
親友。その言葉は、友達いない歴=彼女いない歴=実年齢の赤助にとって、まさにハートを打ち抜く級の威力があったらしく……
「フッ、仕方ないな。何でも言ってくれたまえ。『親友』の僕が力になろう」
赤助が、親友という単語を強調しながら先を促す。
内心で「かかった」と思いながら、続ける外道。
「お前の親、確か特区ででかいホテルを経営してたよな」
「ああ、シンゴーキングダムホテルのことか? それがどうした?」
「何も聞かず、明日一日、そこを一部屋貸してほしい」
「ははっ。何だそんなことか。分かった。VIP専用のシンゴースペシャルキングダムスイートを用意しよう。『親友』の僕に任せたまえ」
親友という言葉に酔っているため、「何故?」とも、「誰と?」とも聞かずにあっさりと了承する赤助。
「助かる。恩に着るよ、親友」
「フッ、気にするな。じゃあな、『親友』」
そして、最後まで親友を強調しながら、会話は終了した。)
というわけで、やってきたのがここ、シンゴーキングダムホテルである。
真っ赤な絨毯にフカフカのソファー。「メチャクチャ金かけてます」といわんばかりのホテル内を、場違い感バリバリで進んでいく外道。
対するルーンは、いつもどおりの無表情。ルーンの容姿に惹かれた者達が、チラチラと視線を送っているが、それにももちろん無反応。
フロントに名を名乗った瞬間、奥から支配人らしき人物が現れ、何度も壊れた人形のように頭を下げられたのには驚いた。
しかし、そんな外道は部屋に入った瞬間、さらに驚いた。外道の住んでいるマンションよりも広い室内に、見渡す限りのオーシャンビュー。しかも、寝室はなんと三つ。思わず「乱ピー用か?」などと思ってしまう。
そして、とってもお高いですといわんばかりのシャンデリア。そのシャンデリアの下に置かれたテーブルには、「親友へ。親友より」と書かれた手紙と共に、山盛りのフルーツが置いてあった。
あまりの豪華さに、ガラにもなく怯みかけた外道だったが、気を取り直してルーンへと向き直る。
「ルーン、実はな、今日ここに連れてきたのには訳があるんだ」
「ソトミチ、あの果物食べたい」
「…………」
先ほどから山盛りフルーツに目が釘付けで、全く外道の話を聞いていないルーン。
外道は一つため息を吐いて、巨峰を一粒、ルーンの口に押し込んだ。
餌を与えられたルーンは、ようやく外道へと視線を向ける。
「で、訳って何?」
外道の体に緊張が走る。
「うむ。実はな、俺、お前と交尾したいんだ」
外道は率直に言った。ストレートに言った。こうでもしないと伝わらないと思ったからだ。
「ソトミチ、私と交尾したいの?」
「したい!」
首を傾げて尋ねるルーンに、外道は即答した。
「じゃ、交尾する」
ルーンは短くそう言うと、もそもそと、着ていた真っ白いワンピースを脱ぎ始めた。
「うおっ!」
思わず飛びのいて、ティッシュを鼻に詰める外道。
今日の下着は白だった。清楚と可憐さを引き立たせる純白の下着。その下着に包まれた、控えめながらも美しい形の胸。プリッとしたお尻。そして、頬ずりしたくなるような太もも。鼻に詰めたティッシュが赤く染まっていく。
「ソトミチ、交尾しないの?」
その美しい肢体から目を離せなくなっていた外道に、ルーンは声をかけた。
「あ、ああ。じゃあ……とりあえずベッドに寝てくれ」
外道に言われるまま、フカフカのベッドに横たわるルーン。
そしてその上に、心臓をバクバクさせながら、外道が覆い被さった。
「よし、行くぞ!」と決心して、戦闘を開始しようとする外道だったが、意気込みとは裏腹に、体が全く動かない。
(「ど、どうしよう。体が動かない」
「どうしたの、外道君?」)
見かねた内道君が助けに入った。
(「どうしよう、内道。頭が真っ白になっちまって、何をしたらいいのか分かんねえ」
「落ち着いて、外道君。この日のために、ギャルゲーとかエロゲーとかブルーレイとか見て、しっかり知識だけは溜め込んできたはずでしょ」
「そ、そうだった。そうだ。俺はやればできる子だ。じゃあまず、俺の猛り狂った熱いピーを、濡れたルーンのピピーに無理やりねじ込んで……」
「待った待った。全然できてないよ、外道君。こういう時は、まずお互いの緊張を解すために、キスから入るのがセオリーでしょ」
「そ、そうか。分かった。じゃあまず、俺のピーにキスさせて、それから丹念にしゃ……」
「待った待った。そうじゃなくて……、あー、もう! こうなったら、スマホで調べてみなよ。調べている内に少しは落ち着くでしょ」
「そ、そうだな。そうしよう。先走って、『アイツ下手くそ』なんて思われたら、俺はもう、男として生きていけないしな」
「ルーンちゃんは、そんなこと思わないと思うけど……」
「俺の気分の問題なんだよ!」)
そこで一旦、内道との会話を終えた外道は、やや引きつった声でルーンに言った。
「ル、ルーン、ゴメンな、ちょっと待っててくれ」
そう言って、ルーンを寝かせたまま、部屋の隅でスマホをいじりだす外道。すでにこの時点で完全にアウトなのだが、テンパッた外道は全く気づいていない。
(「で、何を検索するばいいんだ、内道?」
「うーん、『初めてのエッチ』とか『正しい○ックスの仕方』とかじゃないの」
「そ、そうか。よし、それでいこう」)
内道のアドバイスに従って、外道がスマホを操作する。操作している指が、僅かに震えていた。
そんな外道の肩が、ツンツンと突かれる。
「ゴメンな、ルーン。ちょっと待っててくれ。すぐ済むから」
外道が、スマホを見ながら答える。
しかし、さらにツンツン突かれる。
「ルーン、頼むから、もう少しだけ待っててくれ。すぐにお前が泣いて悦ぶテクニックを見つけ……て……」
必死に弁明しながら振り返る外道。しかし、そこにいたのはルーンではなかった。
いつの間にか現れた天夏が、口からどす黒い瘴気を放ち、外道の前で仁王立ちしている。
「に~い~ちゃ~ん~」
その声は、まるで地獄の底から響く亡者共の声だった。
「あ、天夏。どうしてここに……」
恐怖のあまり膝が震えている外道に、天夏がニッコリと笑って答える。
「ウチな、こう見えても、結構顔広いんや♡」
そして現在、特区最大の高級ホテル『シンゴーキングダムホテル』の最上階、シンゴースペシャルキングダムスイートで、外道とルーンは正座していた。
外道は体中に、青あざ、青タン、たんこぶ、引っ掻き傷をこさえて、すでに瀕死状態。
一方のルーンは、部屋に置いてあったバナナをおいしそうに頬張っている。
二人を目の前にして、天夏は腕を組んだまま仁王立ち。
「はっきり言っとくで」
そう切り出し、ルーンに一言。
「ルーン、ウチと兄ちゃん、どっちが偉いと思う?」
「…………」
ルーンは食べるのに夢中で全く聞いていない。
そんなルーンから無言でバナナを取り上げ、天夏が再度尋ねる。
「ルーン、ウチと兄ちゃん、どっちが偉いと思う?」
ルーンは、躊躇いがちに天夏を指差した。
「そや。じゃあ、毎日、兄ちゃんとルーンのご飯を作ってるのは誰や?」
またもルーンは、躊躇いがちに天夏を指差した。
「その通り。以上を踏まえた上で言うとくで。もし今後、兄ちゃんと、こ、交尾しようとしたら、これからずっとご飯抜きや」
「ん、分かった。もうソトミチと交尾しない」
天夏の言葉に、ルーンが間を置かずに頷く。
「よろしい。ほんじゃ帰るで」
「ん」
ルーンの言葉に満足した天夏は、大きく頷いて部屋を出た。
一人寂しく正座する外道を残して。