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ゲンジュウ!  作者: ポンタロー
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第三章

第三章


「うーん、どれにするかな?」

 日曜の昼下がり、外道は悩んでいた。その店の中で悩んでいた。世間一般ではペットショップと呼ばれる店の、首輪コーナーの前で悩んでいた。

 ここは特区デパート八階にあるペットショップ。様々な種類の首輪の中で考え込むこと一時間。店員の「何かお探しですか?」の問いに、「ちょっと首輪をね」と答え、「ワンちゃん用ですか?」ときたところを、「いや、美少女用です」と言い切り、ドン引きさせてから早一時間が経過している。

「うーん、迷うなあ。これなんかどうだろう?」

「そ、それはちょっと細すぎるんじゃないかな? 小型犬用って書いてあるよ、外道君」

 そう言って、繰り広げられる外道(+内道)の一人会話。店員に加え、その店を訪れていた客達もが、外道に不審そうな、もしくは可哀想なものを見るような視線を向ける。

 しかし、この男にはそんなことは全く関係なかった。

「うーん、やっぱり躾用に鞭や低温ロウソクも必要かな?」

「いやいや、それはちょっとアブノーマルすぎるんじゃないかな、外道君。さすがにこのお店には、鞭も低温ロウソクも置いてないと思うよ」

「何! なんて品揃えの悪い店だ。けしからん」

「いやいや、普通はないから。あるとすればアダルトグッズのお店だと思うよ」

「はっ、そうかそうだった! 俺としたことが、ペットに着ける首輪は、ペットショップでしか手に入らないと安易に決め付けていた。やるじゃないか、見直したぞ、内道」

「フッフッフッ。任せてよ、外道君。ちなみに夜の調教用には、バイブやローターも必要だと思うんだけど」

「おお! 珍しくやる気満々じゃないか! カッコいいぞ、内道!」

「フッ、僕だってやる時はやるのさ。じゃあ早速行こうか、外道君。僕の記憶が確かならば、ここからだと、特区駅付近にあるお店が一番近いはずだよ」

「おおっ! 物知りだな、内道!」

「フフッ、こじんまりとしたお店なんだけど、中々の品揃えでね。おまけに年中無休の二四時間営業だから、いつでも「このドアホおおおーーー!」」

 そろそろ本気で警察に通報しようと思ったらしく、電話の受話器に手を伸ばした店員。

しかし、それを止めたのは、豪快な叫びと共に、変質者(外道)にカンフーキックを叩き込む、カスタードクリーム色の金髪をした少女、天夏だった。

「このドアホ! 公共の場で何言うてんねん! ちょっとは周りのことも考えろ!」

 どこで息継ぎをしているのか分からない早口で、一気にまくし立てる天夏。

 そのやりとりを見た周りの口から、安堵の息が漏れた。

 受話器に手を伸ばしていた店員も、できれば店内での警察沙汰は避けたかったらしく、それを見て手を引いた。

「こんなところで何してんのねん。犬なんて飼うてへんやろ?」

「フッ、何を言ってるんだ、天夏? ルーンがいるじゃないか。今、あいつ用のくび「いたいけな少女に何着けようとしとるんじゃおのれはああああーーー!」」

 外道が最後まで言い切る前に、天夏渾身の右ストレートが炸裂する。

 それをモロに鳩尾に受けた外道は、あまりの威力に思わず蹲った。

「ソトミチ、大丈夫?」

 痛みのあまり蹲った外道に、どこからか聞き覚えのある美声が聞こえた。

 朦朧とする意識の中、何とか外道が首を上げると、そこには髪の色と同じ真っ白な色のワンピースに身を包んだルーンが、外道の前に座り込んでいる。

 無防備にしゃがみこんだワンピースの裾から、肉付きのいいムッチリとした太ももと、ピンク色の下着がバッチリ覗いていた。それを見た外道の意識が半分ほど回復する。

「ルーン、どうしてここに?」

「アマカと服買いに来た。私は何も着けない方がいいって言ったんだけど、アマカがダメだって」

「そうか。俺も、何も着けない方が断然いいとおもヘブッ!」

 言おうとした外道の頭に、天夏の閃光飛び膝蹴りが突き刺さる。

「黙れ、変態! ルーンも、この世界じゃちゃんと服を着るのが普通やの。アンタ、可愛いんやから、裸で歩いてたら男共がほっとか……」

「フッ、モテない女のひがギュぺッ!」

 なおも暴言を吐こうとした外道をジャーマンスープレックスで黙らせ、天夏は右手でルーンの手を、左手で気絶した外道の襟を掴んでペットショップを後にした。


「ったく、ほんとアホなんやから。少しは常識ってもんを持ってほしいわ」

 ペットショップを出てからというもの、天夏嬢はずっとご機嫌斜めだった。

「ほう、まるで自分には常識があるかのような口ぶりだな」

「少なくとも、兄ちゃんよりはあるわ」

「ほほう。俺には、ベランダを蹴破って、人様の部屋に入ってはいけないという常識くらいはあるのだが」

「うぐっ!」

「まあいい。しかし、結局ルーンの首輪は買えなかったな」

「買わんでええやろ。そんなもん」

「バカモノ! ペットに首輪は必須アイテムだろうが!」

 拳を握りしめて力説する外道。

「相手は人間やんか!」

「いや、幻獣だ幻獣。少なくとも本人はそう言ってる」

 その言葉にルーンはコックリ。

「見た目が人間なんやから、世間様から見れば人間や!」

 一歩も譲らぬ天夏に、外道は大きくため息を吐いた。

「はあ、分かったよ、天夏。本音を言おう」

「本音?」

「ああ、俺が、ルーンに、首輪を、着けて、楽しみた「アホかあああーー!」

 ついに(というかすでに)ブチ切れた天夏が、天夏神拳奥義の一つ『天夏無双』を外道に向けてぶっ放す。外道は錐揉み状態で大理石の床に転がった。

 ルーンは、そんな外道を指でツンツン突いている。

「ソトミチ、私に首輪着けるか?」

「あ、ああ。首輪は、俺がお前のご主人様であるという証拠だからな」

「……証拠」

 ルーンは少しの間考え込んだ後、立ち上がって宣言した。

「私、首輪する」

「ちょっ! 何言うてんの、ルーン!」

「私、ソトミチのペット。だから、ちゃんと首輪する」

「フッ、偉いぞルーン」

 その言葉を聞いた外道が、瀕死の状態から瞬く間に復活した。

「よし。さっそく首輪を選びに行くとしよう。ちょうど渋谷のアダルトショップに良さそうなのがががががーー!」

「何を言おうとしたんかな~。ん~」

 外道の首を片手で軽々と締め上げながら、天夏が尋ねる。

「だって、ルーンがしたい……イタッ! ギブギブギブ」

「ルーンが許してもウチがゆるさなって……あれっ? ルーン、何見とんの?」

 気が付くと、ルーンが店の一角に立ち止まって、ある物を見ていた。

「これは……」

「チョーカーやね」

 そう。それは女性が首に巻くファッションアイテム、チョーカーだった。

 ルーンはその中の、小さな鈴をあしらった真っ白いチョーカーに釘付けになっている。

「首輪、これがいい」

「あのなルーン、これは首輪じゃ……」

「これならええで」

 そう言ったのは天夏だ。

「これなら周りから見ても変に思われへんやろうし、大丈夫やろ」

「いや、しかし……」

「何か文句あんの?」

 レーザービームでも撃てそうな視線を向けられた外道は、泣く泣く頷いた。

「分かった。分かりましたよ」

 ふてくされた様子の外道に、ルーンが不安そうな表情で尋ねた。

「ソトミチ、これダメか?」

「いや、ダメってことはねーけど、これだとリードが着けられウゲッ!」

 天夏が裏拳一発で外道を黙らせ、笑顔でルーンの手を引っ張る。

「はい、決まり。これはウチが買ったげるから。ほらほら、早く行こ♪」

 そう言って、外道を置き去りにしたまま、天夏はレジへと向かった。


 午後七時。さすがにカジノを生業とする特区だけあって、商業エリアは、夜の方が活気があった。

 この商業エリアは、カジノ特区の中でも、家族連れの客をメインターゲットにしているため、特に娯楽施設が充実しており、カラオケ、ゲーセン、ボーリング、水族館に動物園はもちろんのこと、『特区パラダイス』と名の付く小さな遊園地まで存在した。

 そんな商業エリアの一角にある高級レストラン。新号グループが経営するこのレストランの一番奥にあるVIP専用の個室で、今、熱い死闘が繰り広げられていた。

 ちなみにここはレストランではあるが、今テーブルの上に並んでいるのは料理ではなく、カードと大量のチップだった。

 そんなカードとチップを取り囲んで座っているのは、デパートで置き去りにされていたところにお誘いを受けた外道と、赤助、黄太郎、青之進の四人。そして、長くウエーブのかかった茶髪をした、外道達より少し年上の美女。この年上美女、名前を紫電音奈しでんおとなという。

 歳は二〇歳。妖艶という言葉がピッタリの小悪魔的な瞳に、一七〇センチを超える長身。そして、その最大の特徴は、服を着ていようとお構い無しに存在を主張する、その巨乳だった(外道カウンターで推定九五センチ)。

 カジノ解禁を機に、一山当てようとこちらに移り住んだ彼女は、今は特区デパートのブティックで働きながら、日々ギャンブルに興じている。

 しかし、ギャンブルの腕自体はそれほどでもなく、玄人揃いの場では連戦連敗のため、こうしてたまに、新号三兄弟の行うポーカーゲームに顔を出すわけだ。

 このポーカーゲームは、新号三兄弟の「ギャンブルに強い男はクールでカッコいい」という妙な思い込みから不定期に開催されるもので、当初は兄弟だけで行っていた。

しかし、「やはり他人相手にやらないと面白くない」という思いと、「でもギャンブルの強い人ってなんか怖そう」という思いから、知り合いの外道が呼ばれ(基本的に友人のいない三兄弟は他に呼べる人間がいない)、カモの匂いを嗅ぎつけた音奈が、最大の武器である巨乳を使っていつの間にやら潜り込み、このメンツで行われるようになった。

 ポーカーのルールはテキサスホールデム。プレイヤー毎に配られる二枚の手札と、コミュニティカードと呼ばれる全プレイヤー共通のカードを組み合わせて行うポーカーである。

 そんなゲームもすでに終盤。赤助、黄太郎、青之進の三人はすでにアウト。テーブルに残っているのは外道と音奈の二人だ。

 そして現在、二人の手元には新号三兄弟から巻き上げた大量のチップがうず高く積まれている。

 両者がポーカーフェイスを装いつつも、無言の火花を散らす。

 ちなみに、この中では外道がダントツの腕を誇っている。前述した通り、シンガクのカジノ科一の秀才である外道にとっては、ポーカーもお手の物。対する他の四者の腕は、赤助、黄太郎、青之進、音奈の順に、ヘッポコ、ヘッポコ、ヘッポコ、ややヘッポコ。正直、外道にとっては落ちている金を拾うだけのゲームなのだ。

 そしてゲームは最終局面へ。両者、カードを静かに見つめながらチップを賭けていく。

 そんな中、最後のベットで音奈が動いた。

「オールイン」

 そう言って、音奈は自分の手元にあるチップを、全てテーブルの中央にあるポット(賭けたチップを置くところ)に移動させる。

 オールイン。自分の持っているチップを全て賭ける、いわゆる全賭けである。自分の手によほど自信があるのか、あるいはハッタリか。どちらにしても、負けたら全てのチップを失う大博打だ。

 対する外道の取れる行動は二つ。すなわち勝負を受けるか否か。

 勝負を降りた(フォールド)場合、今まで賭けたチップは失うが、それでもある程度は手元に残る。

 しかし、勝負を受ける場合、音奈のチップが自分とほぼ同量のため、こちらも持っているチップのほぼ大半を賭けなければならない。

 すなわち、こちらもデッドオアアライブの大博打となる。

 すでにかなりのチップを賭けてしまっているが、ここで引いてもまだ余裕でプラスである。こちらの手札を確認する。外道の手はフラッシュ(同種札が五枚ある役)だ。悪い手ではない。さて、どうするべきか……。

 外道は自分のカードを見つめながらも、チラリと視線を音奈に移す。相変わらずのポーカーフェイス。その表情は読めない。

 しかし外道は、僅かに音奈の頬を伝う一筋の汗を見逃さなかった。

「こっちもオールイ……」

 音奈の手をハッタリと読んで、勝負を受けようとする外道。

 しかし、オールインを宣言する直前、自分の足元に触れる音奈の素足の感触に気づき、言葉を止めた。

 外道がゆっくりと視線を音奈に戻すと、彼女は妖艶な笑みを浮かべ、目で語りかけている。

(「ねえ、げどうっち。この勝負、降りてくんない?」

「はあ? 嫌に決まってんだろ。だってお前の手、どうせワンペアか役なしだろ」

「当ったり。さすがげどうっち。実はさ、私、今月ピンチで、今日負けたら家賃払えないんだよね」

「そんなの俺が知るか。とにかく俺は受けるぞ」

「ふーん。どうしても?」

「どうしても」

「そっか、残念だなあ。もし降りてくれたら、今度デートしてあげようと思ったのに。お持ち帰り込・み・で♡」)

「フォールド(降りる)!」

 紫電音奈。神鳳学園カジノ科一の秀才、当本外道が唯一金を巻き上げられない女性ギャンブラーだった。



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