表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲンジュウ!  作者: ポンタロー
3/17

第二章

第二章


私立神鳳学園しんほうがくえん』。通称『シンガク』。

 一年前、特区への移住が始まった際に設立された小中高一貫教育の新設校で、高等部では日本で唯一、高校からディーラー職を学べるカジノ科がある学園だった。

 カジノ解禁に伴い、専門職としてのディーラー確保と不景気による雇用問題打破のため、国が法律に緩和を加え、ここ神鳳学園でのみ、高校教育からカジノ職を学ぶことが可能となった。

 カジノ科の生徒は午前の四限で一般の授業(ちなみに古典と家庭科はない)を受け、午後の二限で各自の選択したカジノ専門科目を学ぶ。科目は『ブラックジャック』、『ルーレット』、『ポーカー』、『バカラ』の四種類の実技と、『カジノ歴史』、『カジノ英会話』、『カジノ作法』などの三種の座学を合わせた計七つ。ここから卒業までに必要な単位を調整し、各々が履修する。そして、卒業と同時にディーラーとして働くための資格を得るのだ。

 無論、普通科もある。こちらは一般の高校とそれほど大差ない(古典も家庭科ある)が、カジノの試験運営地の特徴として、語学に力を入れていた。よって、英語の他に任意で選択した(フランス語、ドイツ語、中国語、ポルトガル語など)第二外国語が授業に組み込まれている。

 ちなみに、外道はカジノ科、天夏は普通科である。

 実はこの外道、意外なことにこの学園一の問題児であると同時に、カジノ科一の秀才でもあった。元々、外国生活が長く複数の語学に堪能な上、手先が器用なためディーラーとしての腕も秀逸。その腕は、教師が思わず舌を巻くほどのものだった。

 しかし、その秀才の唯一の難点が、その素行の悪さであった。

 サボリ、居眠りは無論のこと、当たり前のように教師へタメ口を使い(というか、基本的に外道は他人を敬うということを知らない)、ひどい時など授業中にスマホで昼食のピザを頼む始末。

 しかし、試験に限っていえば全科目ほぼ満点ときたものだから教師陣も頭が痛い。


 学校までは歩いて二〇分ほど。基本的には一人でのんびりと行きたい外道なのだが、一年前の入学から一度として天夏の目をすり抜けて登校できた試しがない。天夏曰く『天夏レーダー』なるものが働き、外道の動きを察知できるそうだが、本当のところはよく分からない。そんなわけで今日も結局、天夏と一緒の登校となった。

「ルーン、大丈夫かな?」

 白いブレザーと白いスラックスというシンガクの制服に身を包んだ外道が、心配そうに呟く。

「大丈夫やって。お昼ご飯用に、ご飯一升炊いといたし、おやつもどっさり。出てくる時、テレビに釘付けになってたから、当分はあのままや」

 不安そうな外道に、外道と同じく白いブレザーと、チェックのスカートに身を包んだ天夏があっけらかんと答えた。

「う~む、そうは言っても、やはり心配だ」

「あのな兄ちゃん、ちょっと過保護すぎ。いくらルーンが別の世界から来たと言っても、そこまで心配する必要はないって。ほら、いいからさっさと教室に行く」

 他の生徒の見ている前で思い切り尻を蹴り飛ばされた外道は、渋々教室へと向かった。


 シンガクの一クラス人数は二〇人程度。それほど広くない教室には、人数分の机と椅子、そしてノートパソコンが設置されている。

 基本的に席は自由なので、とりあえず定位置である一番後ろの窓際に座る外道。席に着くと、すぐさま三人の生徒が外道の周りにやってきた。

「おはよう、同志当本」

「昨日はゲリピーで欠席だってな。調子はどうだ?」

「そ、そとみち君。今日も天夏タンと一緒に登校してきたの? うらやましいなあ」

 そう言って外道の周りで騒ぎ始めたのは、それぞれ髪を赤、黄、青に染めたマッシュルームカットの三人組だった。おまけに、何故着けているのか分からないマントの色もそれぞれ赤、黄、青。髪の色とマント以外、見た目は全く同じ。三つ子である。

 彼らの名は、赤マッシュルームが『新号赤助しんごうあかすけ』、黄マッシュルームが『新号黄太郎しんごうきたろう』、青マッシュルームが『新号青之進しんごうあおのしん』といい、『新号グループ』という日本有数の大企業の御曹司達であった。

 そのままでは実の親ですら見分けがつかないという理由で髪の色を分け、マントを着けると何かカッコいいという理由でマントを着けている。その見た目から『キノコ三兄弟』、もしくは『人間信号機』と呼ばれる、シンガクの恥部三つ子である。

 外道との出会いは一年前、彼らの父がシンガクの理事というコネで入学したことをネタに、ガラの悪い連中にからまれていたところを助けたのがきっかけで、外道に懐くようになった。

「君がいなくて寂しかったぞ」

 三人を代表するかのようにそう言ったのは、赤いマッシュルームカットの長男赤助だ。

 ちなみに、外道をオタクの道へと引きずり込んだのがこの男。「布教」と称して自分の気に入った漫画、ゲーム、ブルーレイなどを毎日のように外道に持ってくる。

「そうだそうだ。君が休んだら、いじめられた時に助けてくれる人がいないじゃないか」

 そう言ったのは次男の黄太郎。この男は機械オタクだ。年中色んな発明を手がけては、周りの者に見せびらかす。それに加え、無類のゲーム好きでもあるこの男は、ゲームと名の付く物なら何でもこなす。ネットゲームにテレビゲーム、トレーディングカードゲームに果てはサバイバルゲームまで。もちろんお気に入りのスポットはゲームセンター。オールジャンルのゲームをこなすこの男は、自称ゲームマイスターを名乗っている。

「そ、そとみち君、今度また天夏タンに会わせてよ」

 顔を赤らめながら、汗を拭きつつそう言ったのは三男の青之進。ちなみに、この男の趣味はアイドルの追っかけ。自分の小遣いの九〇パーセントをアイドルグッズにつぎ込む猛者だ(残りの一〇パーセントはお菓子)。普段は大人しいが、自分の応援しているアイドルの悪口を一言でも言おうものなら、半狂乱になって襲い掛かってくる。

 どういうわけか天夏に惚れており、ことあるごとに天夏に会わせろとうるさい(実際に一度だけ会う機会を設けたことがあるのだが、会った瞬間に、天夏が「キモイ」の一言で殴り飛ばした。にも関わらず、本人は若干恍惚の表情を浮かべていたのだから、ある意味尊敬できる)。

「ったく、朝から騒がしいな」

 そんな三人に向かって、外道は呆れたように言った。ちなみに外道は、この三人のことを同志だとも友人だとも思っていない。ただ金持ちなので何かの役に立つかもという、人として最低な理由で適当に話を合わせている。

「フフフ、まあそう言うな。今日は君の快気祝いということでこれを持ってきた」

 赤助がマントの中から取り出したのは、中身の見えない黒いビニール袋。

「これは?」

「先週発売した新作だよ。前評判通りの実にいい出来でね。シナリオもイラストも完璧だ。特に声優陣がヤバイ。全員、今一押しの声優さんで、特にあのシーンのボイスといったら、間違いなく鼻血モンだぞ」

「ほ、ほう……」

 赤助の言葉に、思わず喉を鳴らす外道。

「ちなみに、同志当本。君は血の繋がっていない巨乳の妹は好きかね?」

「大好きだ!」

 即答する外道に、赤助は満足そうに頷いた。

「では、これもきっと気に入るだろう。ああ、僕はもうクリアしたから、返すのはいつでも構わんよ。では、じっくりと楽しみたまえ。はっはっはっ」

 男前な笑い声を残して、赤助は他の二人を引き摺りながら自分の席へと戻っていった。


「ただいまー」

 学校を終え帰宅した外道の元にルーンがとことこと歩いてきた。

「おかえり」

 そして、相変わらずの無表情で一言。

 そんな反応にも慣れた外道は、靴を脱ぎながらルーンに尋ねる。

「ちゃんといい子にしてたか?」

「ん。してた」

「そうかそうか。よしよし」

 そう言って、ルーンの頭を撫でる外道。撫でられたルーンは、少し驚いた顔になった。

「何で、頭撫でるの?」

「そりゃいい子にお留守番してたペットは褒めてやらないとな。えらいえらい」

 なおも、ルーンの頭を撫で続ける外道。ルーンは大人しくされるがままになっていたが、少しだけくすぐったそうに目を細めていた。どうやら嬉しいようだ。

「天夏は?」

「ご飯作ってる」

 その言葉を聞いた外道は、ルーンの頭から手を放し、リビングへと向かった。

 ルーンが、少し名残惜しそうな顔をしながらも外道に付いてくる。

「あっ、お帰りー♪ ちょうどご飯できたでー♪」

 笑顔で外道を迎えたのは、パンダのエプロンを着けた天夏だ。

 テーブルの上には、から揚げ、肉じゃが、天ぷらなどの定番のおかずが所狭しと並んでいる。

 実はこの天夏嬢、思い込んだら一直線、壁があろうが地雷が埋まっていようが突っ走る性格が、普段はマイナス面に働くことが多いのだが、こと料理面に関してはそれがプラスに働いた。

 一年前、突如として料理に目覚めた天夏嬢は、すぐさま特訓を開始。僅か一年でプロ顔負けの腕前となっている。

「ほら、早く座って。食べよ♪」

 四人掛けの長方形テーブルの一方に外道が座り。対面に天夏とルーンが並んで座る。

「いやーしかし、やっぱり天夏の料理は上手いなー」

「そ、そう。まあ、それほどでもあるけどな。ムハ、ムハハハ」

 珍しく素直に褒める外道に、天夏はニンマリと笑って、不気味な笑い声を上げた。

 ルーンは箸が上手く使えないため、フォークとスプーンで黙々と食べている。

「これならいつでも婿にいけるな」

「没収されたいんか?」

「じょ、冗談です」

 急に態度の豹変した天夏に、外道は慌てて謝り、おかずの入った皿を退避させる。

「ったく、まあええわ。それより、ルーンに好き嫌いがないみたいでよかったな」

「だな。最初は何食わせていいか分からなかったけど」

「兄ちゃん、最初ドッグフードあげようとしてたやろ」

「だって、幻獣って言ってたし」

「アホちゃうか。見た目で分かるやん」

「そりゃそうだけどさ。でも、ドッグフードはうまいんだぞ」

 その言葉を聞いた天夏は、思わず顔を引きつらせた。

 ルーンはフォークをから揚げに突き刺し、我関せずとばかりにパクパク食べている。

「兄ちゃん、ドッグフード食べたことあんの?」

「そりゃあるさ。食う物に困ってた時代があったからな」

「ふーん、ウチにはないけど」

「けっ、ブルジョワが。まあ、食いモンはなんとかなったけど、問題は女だったな」

「へっ? 女?」

「食いモンはなんとか調達できたが、女は調達できなかったからな。俺の昔暮らしていたところは男ばかりのムサイとこで、たまに女を見かけても、殺意剥き出しのゴリラの雌みたいなのばかりでな。とてもじゃないがアレは無理だ」

「ふ、ふーん。じゃあ、そっちの経験はまだないの?」

 天夏が赤面しつつ尋ねる。

「ああ。自慢じゃないが、バリバリのチェリーボーイさ。あーあ、どっかにただで交尾させてくれる女いないかなー」

「こ、交尾って……。もうちょっと言い方あるやろ」

「んじゃ、○ックス」

「はっきり言うな!」

「何だよ。面倒くさいお子様だな」

 そんなことを話しつつ、じゃれ合う二人。そんな様子をじっと見ていたルーンが、相変わらず表情に乏しい顔で口を開いた。

「ソトミチ、交尾したいか?」

 いきなり話を振られた外道は、一瞬戸惑う。

「いや、したいかしたくないかで答えたら、間違いなくしたいと答えるが……」

「じゃ、交尾する」

 外道の言葉を聞いたルーンが、いきなり立って、着ていた白いワイシャツを脱ぎ始めた。

 ブラジャーは着けていないらしく、小振りながらも形のいい胸が露わになる。

 普通の男なら赤くなって顔を背ける場面だが、そこは外道、当然ガン見であった。

「こ、交尾って。ちょっとルーン、何言うてんの!」

「ソトミチ交尾したいって言った。だから交尾する」

「ア、アホ言うんやない! 自分を安売りしたらあかん!」

 天夏が、顔から湯気を噴き出しながら叫んだ。

「でも、ソトミチは私のご主人様。私、ご主人様のしたいことする」

「ア・カ・ンーーー!」

 天夏の絶叫が部屋内に轟いた。ちなみに外道は、「ついに俺にもこの時が……」などと言いながら、マイワールドにダイブしている。

「あのなルーン、そういうことは好きな相手としかしたらアカンの! 分かる?」

「分かんない」

「かああー! と・に・か・く・アカンったらアカン!」

「何で? 私、ソトミチのペットなのに」

「ペットだろうが、メイドだろうが、アカンなものはアカン! 兄ちゃんも何か言うたって!」

 マイワールドに浸っていた外道に、天夏は強烈なカエル跳びアッパーを叩き込んで言った。

「はっ! いかんいかん。つい、嬉しすぎて色んなプレイを想像してしまった」

「ったく。ほら、兄ちゃん。何か言うたって。一応、飼い主やろ」

「うむ、任せろ。ルーン、避妊はちゃんとしたほ「ちっがーーう!」」

 ルーンの手を握りながら語る外道に、ジャンピング踵落としを叩き込んで天夏が叫ぶ。

「そうやなくて。こ、こう……とか、そういうエッチィことはしたらアカンって言うの!」

「何で?」

「な、何でって……」

 真顔で尋ねる外道に、天夏は思わず口籠もる。

「ルーンはオッケー。俺もオッケー。何の問題が?」

「うっ!」

「お互い合意の上でなら、何の問題もないと思うが?」

「ううっ!」

「とりあえず天夏君。今日のところは早めに寝てくれたまえ。僕達はこれからハッスルタイムにとつにゅ「だまらっしゃあああーー!」」

 突如暴走した天夏が、『天夏神拳奥義 天夏瞬裂拳』を放ち、問答無用で外道を失神させた。

「と、とにかく、ウチの目の黒い内は、そんなこと絶対させへんから! え・え・な!」

 そう言って、天夏は一〇分ほど、失神した外道の頭を揺さぶり続けた。


「さて……と」

 しばらくして、ようやく意識を取り戻した外道は、自室へと戻り一息吐いた。

 天夏に殴られた頭がまだクラクラする。「あんなに凶暴で、将来は本当に大丈夫か?」と、割と真剣に考えた外道だったが、結局のところ自分が考えてもどうしようもないことなので放っておくことにした。

 そして、自分の鞄からゴソゴソと黒いビニール袋を取り出す。その中に入っていた『キュンキュンシスターパラダイス☆ お兄ちゃん○○しよ♡』と書かれた箱を目にした瞬間、外道の顔に、ニンマリとした笑みが浮かべた。

 丁寧にソフトをケースから取り出し、パソコンへインストール。かかる時間は約五分。

 その間に軽く首を振りながら、手をくねくね足をくねくね。そして、軽く屈伸。チラリと箱に残ったティッシュの量を確認。問題なし。続いてヘッドホンをセット。準備オーケー。

 そして、インストールは完了した。外道が期待と緊張感に胸を膨らませながら、スタートボタンをクリック……しようとして気が付いた。自分の部屋の隅っこに、ちょこんと三角座りをしている人物がいることを……。

「何やってんだ、ルーン!」

 そこにいたのはルーンであった。どうやら外道を待っていたらしい。隅っこにちょこんと座り込んだまま、じっと外道を見つめている。

「遊びにきた」

 そう言って、ルーンはいつもどおり表情に乏しいながらも、若干飼い主に甘えるような視線で外道を見つめた。

 外道は困った。こんな無垢な目を向けられて邪険に追い払うことなど、(美少女限定)紳士の外道にはとてもできない。

 しかし今、外道の頭の中は、可愛い妹達とのキャッキャッウフフタイムでいっぱいである。どうしたものか……と、そこで外道の頭に、ピカッと豆電球が点灯した。

「よし、ルーン。先にお風呂に入ってこい」

 女の子のお風呂は長いと読んだ外道が、名案とばかりにルーンに言った。

「お風呂?」

 ルーンは小さく首を捻る。

「そうだ。先にお風呂に入って、それから遊ぼう」

「ん、分かった」

 外道の言葉を聞いたルーンは、素直に頷いて立ち上がる。

「でも、お風呂ってどこ?」

「えっ? ああ、トイレの隣だ」

「ん」

 そう小さく頷いて、ルーンは部屋を出て行った。


 それから一時間後、現在ゲームは最初のヤマ場へと差し掛かっていた。血が繋がっているとばかり思っていた主人公の兄と、ヒロインである妹(巨乳)の間に血縁関係がないことが分かり、ヒロインが意を決して主人公に告白する場面である。

(『お兄ちゃん、私、ずっと前からお兄ちゃんのことが好きだったの』

萌甘もか、俺も好きだ』

『ほんと?』

『ああ、ずっと前から好きだった』

『嬉しい!』)

 満面の笑みで、主人公に抱きつく萌甘。

 そして、目を潤ませて主人公の耳元で囁く。

(『ねえ、お兄ちゃん。お願いがあるの』

『何だい?』

『抱いて。もう離れたくない。私をめちゃくちゃにして、お兄ちゃんだけのものにして……』)

 萌甘は、ゆっくりと着ている衣服を脱ぎ始めた。顔に残るあどけなさとは対照的に、大人の色香を感じさせる豊満な肢体が、徐々にその姿を現す。

 生まれたままの姿になった萌甘は、妖艶な表情を浮かべて主人公に囁いた。

(『ねえ、早く。お兄ちゃんの逞しいピーを、私のピピーにブチ込んでグチャグチャにかき回して。そして、お兄ちゃんの熱いピピピーを私にちょうだい♡』)

「ブフォ!」

 清純そうに見える萌甘の口からいきなり飛び出したエロワード。奇襲を受けた外道は、盛大に鼻血を噴き出した。鮮血がノートパソコンの液晶画面にベッタリと張り付く。

「い、いかん」

 慌てて液晶画面をティッシュで拭き取る外道。

 しかし、液晶画面こそ綺麗になったものの、盛大に噴き出た鼻血は、見事なまでに外道の全身を赤く染め上げていた。一応は拭き取ったものの、まだ少しベトベトする。

「仕方ない。風呂に入るか」

 少し考え込んだ後、そう結論付けた外道は、いそいそとバスルームへと向かった。


 ガチャリとドアノブを回して、脱衣所の中へと入る外道。

 脱衣所を見渡すが他の衣服はなし。シャワー音も聞こえてこない。どうやら、ルーンはすでに上がったようだ。若干残念に思いつつ、外道は服を脱ぎ始めた。

 そして、生まれたままの姿でバスルームの扉を開ける。

「はっ?」

 開けた瞬間、外道の目は点になった。

 そこには、空の浴槽に服を着たままの状態でルーンがちょこんと座っていたのだ。

「もしもしルーンさん、何をやってらっしゃるの?」

「お風呂に入ってる」

「…………」

 外道、しばし沈黙。少し頭の中を整理してから口を開く。

「えー、ルーンさん。お風呂に入るってどういう意味か分かります?」

「お風呂に入ること」

「…………」

 外道、再び沈黙。どうやらシルヴァリオンでは、「体を洗うこと」を「お風呂に入る」と言っても通じないらしい。外道は大きくため息を吐いた。トイレには普通に行ってたものだから、てっきりこういう知識はちゃんとあるとばかり思っていたのだが。大方、トイレの使い方は、天夏辺りが教えたのだろう。

「あのな、お風呂に入れって言うのは、体を洗えって意味なんだよ」

「……おお!」

 ルーンがポンと手を叩く。

「でも、お水がない」

「……これを使え」

 外道がシャワーを手に持つ。

「お水、出てない」

「ここを押すんだ」

 今度はシャワーのマークの付いたボタンをポチリ。

 すると、シャワーヘッドから勢い良く水が噴き出した。

「おお、すごい! お水出てきた!」

 ルーンが目をパチクリさせて驚いている。

「ちなみに止める時も同じボタンを押すんだ」

「分かった」

 ルーンが目を輝かせて興味津々なご様子で頷いた。

「あー、あと、水の温度が熱かったり冷たかったりしたら、ここで調節な」

 外道は温度を調節する部分を指で示す。

「んっ、分かった」

 またもコックリと頷くルーン。先ほどから、目が外道の持つシャワーに釘付けになっている。

「やってみたいのか?」

「んっ」

 外道の言葉にルーンはコクリ。若干不安に思いながらも、外道はルーンにシャワーを渡した。

 シャー。シャワーを手渡されたルーンは、たどたどしい手付きでシャワーの水を自分の体にふきかけている。水に濡れたワイシャツが徐々にルーンの体に張り付き、ルーンの体のラインをくっきりと浮かび上がらせた。外道が思わず喉を鳴らす。

(あ、ある意味、全裸よりもエロいな)

 そんなことを思いながら鼻の下を伸ばす外道。

 やがて、ひとしきり水を浴びていたルーンが、外道に向かって口を開いた。

「ソトミチ、ちょっと冷たい」

「おっ、そうか? 温度調節はここな」

 ルーンが外道に教えられた温度調節の部分を一番熱い箇所に合わせ、その水を外道に向けてふきかける。

「アチチチチ!」

 モロに温水を浴びた外道は、思わず悲鳴を上げた。

 ルーンはそんな外道の様子をじっと見つめ、さらに温水をふきかける。

「アチャチャチャチャ! こらルーン、何すんだ!」

「ソトミチ、おもしろい」

「面白くてもそういうことしちゃいけません。悪い子には……おしおきだ!」

 外道が一瞬の隙をついてシャワーを奪い取り、今度は冷水に変えてルーンにふきかけた。

「ふえ、冷たい。ソトミチやめる、冷たい」

 困ったように叫ぶルーン。その困った表情がさらに外道の嗜虐心を擽る。

「ムフフ、お返しだ。たっぷりと可愛がってやるから……!」

 しかし、ルーンをさらにいじろうとした外道は、強烈な殺気を感じて思わず振り返った。

 するとそこでは、天夏が口から牙を生やして仁王立ちしている。

 外道は僅かに戦慄を覚えて後ずさった。

「何やってんの?」

「いや、これはだな。ルーンがシャワーの使い方を知らなかったから、ちょっとレクチャーを」

「ほう」

 天夏の目がギラリと光る。

「シャワーの使い方を教えるのに、どうして兄ちゃんが服を脱ぐ必要があんの?」

「あっ!」

 そこで外道は、ようやく自分が真っ裸であることに気が付いた。

「こ、これは……」

 怯える外道に、天夏がニッコリとエンジェルスマイルを浮かべて口を開く。

「もう、アカンやん、兄ちゃん。こんなにバスルームを汚したら」

「えっ? いや別に汚してはいないが……」

 バキッ。そこで天夏が、外道の顔面に渾身のグーパンを叩き込んだ。

 外道の鼻から大量の鼻血が噴き出す。

「何言うてんの? こんなに汚れてるやんか。ちゃんと綺麗にしとかなアカンで♡」

 そう言って、天夏は濡れたルーンをバスタオルに包み、手を引いてバスルームを出て行った。



「ソトミチ、ソトミチ」

 土曜日の午後、天文学的な確率で、学校の宿題というものをやっていた外道の服の裾を、ルーンがちょいちょい引っ張った。

「んっ、何だ?」

「お出かけしたい」

「お出かけ? 言っただろ、外は……」

「危ないから駄目だ」。そう言おうとした外道だったが、ションボリしたような顔をするルーンを見てその言葉を止める。

 そうだった。ルーンがこちらに来てから、ずっとこのマンションに閉じ込めたままだ。閉じ込められることの辛さは、外道自身、よく知っていた。

 外道は一つため息を吐くと、ルーンの頭にポンと手を乗せる。

「分かったよ。着替えてこい」

「ん♪」

 外道の言葉を聞いたルーンは、目を輝かせて自室へと戻った。

 外道は自分の部屋を出て、昼食の後片付けをしていた天夏に声をかける。

「天夏―。ちょっと散歩行ってくるわー」

「はいよー」

「ルーンと一緒に」

「ちょっと待てい!」

「ルーン」の単語を聞きつけた天夏が、茶碗を洗っていた手を止めて叫ぶ。

「デートとちゃうよな?」

「アホか。散歩だ。ルーンの奴、こっちに来てから外に出てないんだぞ。散歩くらいいいだろ」

「ほんまに? ただの散歩?」

 天夏が鋭い視線で外道を探るように睨み付ける。その視線は、あたかも容疑者を取り調べる刑事のそれであった。

「だから、そうだって。なんならお前も一緒に「行く!」」

 行くと言ったのはもちろん天夏だ。外道の問いに即答した天夏は、天夏神拳奥義『神速食器洗浄拳』を使い、残っていた食器をすぐさま洗い上げた。


「はい、これから散歩に出かけるわけやけど。ルーン、さっきウチの言ったこと、覚えてるか?」

 いきなり仕切りモードへと突入した天夏が、純白のワンピースに身を包んだルーンに尋ねた。ちなみに、このワンピースは、天夏が通販で取り寄せた物だ。

「ん、大丈夫」

 ルーンは力強く頷いた。

「じゃあ、復唱」

「一つ、お外で服を脱いじゃいけません。二つ、お外では、ソトミチをご主人様と呼んじゃいけません。三つ、勝手にフラフラどこかへ行っちゃいけません。四つ、勝手にお店にあるものを食べちゃいけません。五つ、知らない人に付いていっちゃいけません」

「よろしい!」

 ルーンの答えに満足した天夏は、大きく頷いた。

「まあ、ウチらがいるから大丈夫やと思うけどな。けど、もし知らない人に連れていかれそうになったら『きゃあーー、犯されるーー!』って叫ぶんやで。ウチはそうすることにしてるわ」

「お前の場合は男だと思われるから、その表現はおかしグフッ!」

 ポツリと呟いた外道に、天夏のハートブレイクショットが炸裂した。

「さて、ほな行くで。レッツゴー!」


 散歩と言っても、マンション近辺を軽く回る程度だった。開発途中である特区には、まだそれほど人はいない。徐々に人口は増えてきているが、爆発的に増えるのはもう少し先だろう。

 先頭に外道。その後ろを、外道のシャツをハシと掴んで歩いていくルーン。そして、殿を天夏という鉄壁の布陣で歩く、チーム『外道』。土曜の午後だけあって、出歩いている人もそれなりに多かった。そして、その視線の悉くがルーンに注がれている。

「ソトミチ、なんか見られてる」

「ハハッ、しょうがないさ。ルーンは美少女だからな」

「ビショウジョ? 私、ビショウジョなの?」

「もちろんさ。言われたことないか?」

「……ある。シルヴァリオンにいた頃、変に息を荒くした男達が言ってた」

「はは、まあそうだろうな」

「ビショウジョだと、何でジロジロ見られるの?」

「そりゃ、ルーンが可愛いからだよ」

「可愛いと何でジロジロ見られるの?」

「男は、可愛い女の子が好きだからさ」

「よく分かんない」

「ええと……、天夏、助けてくれ。何て説明したらいいか分からん」

 外道のヘルプコールに、天夏は大きく胸を張って言い放った。

「美少女っていうのは、得することも多いけど危険も多い、いわゆる諸刃の剣のことや」

「モロハノケン?」

「そや。美少女やと得をすることも多いけど、それと同時に危険なことも多いんや。美少女やと大抵の男達は親切にしてくれるけど、それはルーンに下心があるから。ジロジロ見られるのもそのせいや。ルーンをどこかに引っ張り込んで、あーんなことやこーんなことをグムッ!」

 喋り続ける天夏の口を強引に押さえつける外道。そのまま天夏の耳元で、小さく叫ぶ。

(「何言ってんだ、お前は! 脚色しすぎなんだよ!」

「何で! 間違ってへんやん!」

「間違っちゃいないが、それが全てじゃないだろーが!」

「でも、間違いなく九割以上の男は、下心満載やで。兄ちゃんだってそうやろ!」

「うっ! それは否定できんが……」

「ほら見い。だから、今の内にしっかりレクチャーしとかな……って、あれ、ルーンは?」)

 小声で言い合っていた二人は、いつの間にかルーンが見当たらないことに気が付いた。

「あれ、ルーン?」

 辺りを見回す外道。しかし、やはりルーンはいない。

「どうしよ。まさか誘拐?」

 天夏の顔から徐々に血の気が引いていく。

「落ち着け。とりあえず俺は来た道を戻る。お前はもう少し先を見てきてくれ。見つけたらお互いに連絡を」

「わ、分かった」

 外道の言葉に、ルーンは何度も頷いて猛スピードで駆けていった。


 幸い、ルーンはすぐに見つかった。外道達の通り過ぎた神社(カジノ神社と呼ばれる胡散臭さ満載の神社。金運上昇のご利益があるそうだが、何を祭っているのかは不明)の中に出ている屋台の前に立っていたのだ。その神社は、土曜と日曜に屋台を出しており、射的やりんご飴など様々な屋台が並んでいる。ルーンはそんな屋台の一つ、「ベビーカステラ」と書かれた屋台の前で、嬉しそうに何かを頬張っていた。

「ルーン、探したぞ!」

 外道が安堵の息を吐いてルーンに声をかける。

「あっ、ソトミチ!」

「天夏に言われたこと、忘れたのか?」

「ごめんなさい」

 シュンと項垂れるルーン。

 怒りよりも安堵の方が強かった外道は、ルーンの頭を優しく撫でた。

「まあ、無事ならいいさ。ところで、何食ってんだ?」

「これ」

 そう言って、ルーンが見せたのは一口サイズのカステラだった。

「あのな、ルーン。勝手にお店の物を食べちゃいけませんって……」

「これ、もらった」

「もらった? 誰に?」

「僕ッス」

 屋台の奥から声が聞こえる。声の方に目を向けた外道は、驚きのあまり、思わず仰け反った。

 屋台の中にいたのは、どう見ても「自分はヤンキーです」といわんばかりの、ピンク色の特攻服を着て、同じくピンク色の髪をリーゼントにした男だった。

 おまけに、額にしているピンクのハチマキには、大きく『クルル命』と書かれている。その名前には聞き覚えがあった。数年ほど前からブレイクしている、アイドルの名前だったはずだ。

 外道は、一瞬この男(以後、特攻ピンクと呼称)が、ナンパ目的でルーンに近づいたと思った。

 しかし、ベビーカステラに齧り付くルーンをニコニコしながら見つめている特攻ピンクに下心は感じられない。外道は僅かに警戒を緩めた。

「悪いな、兄さん。金払うよ」

「いやいや、気にしないでください。僕が勝手にやったことですから。しかしこのコ、可愛いッスねえ。彼女さんッスか?」

「か、彼女。ええ響きどすなあ」と、思わず心の中でニヤける外道。

 しかし、今はそれどころではないので、何とか平静を装い、口を開いた。

「いや、ちょっとした知り合いさ。アンタは?」

「僕は応援寺真おうえんじまこと。世界一のベビーカステラ職人を目指している男ッス!」

 そう言って、キラーンとどや顔を決める特攻ピンク。外道の頬から、汗が一筋流れ落ちた。

「ほ、ほう。世界一のベビーカステラ職人か。しかし、何でまたベビーカステラ職人を目指そうと思ったんだ?」

「よくぞ聞いてくれました。実は僕、生涯を懸けて応援しようと決めたアイドルがいるッス。そのコの大好物がベビーカステラだったッス!」

「……だから、世界一のベビーカステラ職人を目指そうと?」

「はいッス!」

「それだけ?」

「それだけッス!」

「…………」

 外道は何も言わなかった。言ってはいけないような気がした。

「しかしこのコ、ほんとに可愛いッスねえ。やっぱ、美少女最高ッス」

「何? アンタもそう思うか?」

「もちろんッス。美少女は全世界の宝ッスから」

「フッ、君とは良き友人になれそうだ。俺の名は当本外道。以後、よろしグーーー!」

 素敵な笑顔で右手を差し出そうとした外道の顔に、突如、疾風飛び膝蹴りが突き刺さる。

「見つけたら連絡って言うたやろ! おかげでこっちは特区中探し回ったんやぞゴラアア!」

 全身汗だくに仁王の形相を浮かべた天夏は、口から牙を生やして気絶している外道を何度も踏みつけた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ