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ゲンジュウ!  作者: ポンタロー
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第一章

第一章


 東京都カジノ特区。二〇一三年に『日本カジノ法案』が成立し、日本におけるカジノが合法となった。

 しかし政府は、カジノの保安性と健全性を危惧する世論の声から、一部の地域で試験運営を行うことを決意。そしてそれを二〇一〇年から羽田空港の東に建設途中だった人工島で行うこととなった。それがカジノ特区である。

 このカジノ特区は東京23区の中に組み込まれ、この人工島が完成した二〇一四年から東京は23区ではなく24区となった。

 そして、二〇一五年、日本経済活性化の期待を一身に受けたカジノ特区は、不安と期待の入り混じる中、その運営を開始した。

 カジノ特区は四キロ四方の正方形型の人工島で、特区内に全ての行政及び司法機関を取り込んでおり、別名カジノ都市と呼ばれている。

 現在の人口は約二万人。カジノ特区は湾岸道路を通して本島と繋がっており、交通手段としてはバス、車、モノレール、飛行機など様々なものが選択可能であった。

 カジノ特区は大きく分けて五分割されており、主にカジノが立ち並ぶカジノエリア。ホテルやショッピングなど、様々な娯楽施設を備えた商業エリア。行政や司法を行う行政エリア。工場や港のある工業エリア。そして、カジノ特区に住む者達の居住エリアに分かれている。

 カジノビジネスにおける経済効果に伴い、特区の地価が爆発的に高騰すると呼んだ富裕層は、こぞって土地を買い求め、現在に至る。


 外道の住んでいるマンションは、そんな特区にある4LDKの高級マンションの一室。そこに一人暮らしである。両親はいない。死別したとか、外道を置いて海外暮らしとかいう設定ではなく本当にいない。少なくとも外道の物心ついた時にはすでにいなかった。

 そんな不思議ちゃんならぬ不思議君の外道が、何故こんなセレブ御用達みたいな高級マンションに住めるのかはさておき、今はどうすれば外道に彼女ができるかである。

「いっそ、どっかから深窓の令嬢でも誘拐してきて、無理やり手篭めにするってのはどうだ?」

「捕まっちゃうよ、外道君!」

「じゃあ、その辺にいる美少女捕まえてきて、ヤク漬けにして奴隷にするってのはどうだ?」

「やっぱり捕まっちゃうよ、外道君!」

「うーん……、よし、こうなったら、光源氏作戦で行こう。どっかから幼女を攫ってきて自分好みに育てるという……」

「普通にお洒落して、女の子に声をかけるという選択肢はないんだね、外道君」

 などと、リビングのソファーに座り込んで一人で延々と喋り続けるぼっち外道。約二時間ほどこの不毛な会話を続けた後、何かを閃いたように外道が叫んだ。

「そうだ! 異世界から美少女を攫ってくればいいんだ。そうすれば、少なくとも捕まることはない」

「……なんかもう、どこからツッコんだらいいのか分からないよ、外道君」

「問題はどうやって異世界に行くかだが……」

「僕の話をスルーな上に、問題はそこなんだね……」

「内道、うるさいぞ! うーん、どうしたものかな。どっかに異世界へと通じるゲートかなんかないかな? もしくは『美少女出て来―い!』とか言ったら、出てきたりし……て?」

 外道がそう叫んだ直後、リビングの中央から、突然奇妙な紋様が現れた。ゲームに出てくる魔法陣のようなそれは、まばゆい光を放ちながら徐々に大きくなっていき……ボフン!

 思わず目を覆ってしまうほどの光の奔流の後……

「ここ、どこ?」

 そこから一人の少女が現れた。


 そこにいたのは紛れもなく美少女だった。身長推定一五六センチ、腰まで届く流れるような白髪に、透き通るような澄んだグリーンの瞳。残念ながらお胸はそれほどでもないが(外道カウンターでは上から八〇、五六、八一)、その整った顔立ちとスレンダーなボディは、物語に出てくるエルフを彷彿とさせ(耳は普通)、外道がこれまで見てきたどんな美少女(二次元含む)よりも美しく見えた。そんな少女が今、全裸で外道を見つめている。

 この光景を目の当たりにした瞬間、外道が最初に思ったことは、「ヤッベ、俺ってば、ついに幻が見えるようになっちまったってばよ」であった。

 当然といえば当然である。全裸の美少女がいきなり目の前に出現なんて状況になれば、とりあえず夢オチかイッちまったかの二択に悩むことだろう。一応、夢オチの可能性も考慮して、外道は自分のほっぺたを思い切りつねり上げた。しっかりと、というか無茶苦茶痛い。ということは、夢オチに可能性はなし。

 次がイッちまった可能性だが、自分はドラッグ方面に手を出したことはないので、そっちの可能性も皆無。ということは、あまりの彼女欲しさに、内道同様、自分の中で勝手に空想の彼女、つまりエア彼女を作ってしまったか、あるいは……

「あなた、誰?」

 一人で延々と考え続ける外道に、やや表情に乏しい全裸の少女が声をかけた。

 澄んだ透明感のあるその美声。それを聞いた瞬間、外道は、この少女が自分の作り出したエア彼女であるという考えを否定した。自分が想像で作り出せるのは、せいぜいロリッ子系のアニメ声くらいのもの。こんな美しい声は作れない

 マイワールドへと入り込んでいた外道は、普段はまず使わない(美少女限定の)紳士口調で、目の前の少女に答えた。

「俺の名前は当本外道。君を守るナイトだ。外道と呼んでくれ」

 言われた少女は、不思議そうな表情を浮かべて問い返す。

「私を守ってくれるの?」

「そうだ。俺は君を守るために生まれてきた。名前を教えてくれ、お嬢さん」

「守るべき者の名前も知らんのか」というツッコミが、遠く最果ての地から聞こえてきたような気がしたが、残念ながら外道の耳には届かなかった。

「私の名前……ルーン。ここ、どこ?」

「ほう、ルーンちゃんね。ふむふむ、良い名前だ。ちなみにここは、日本の東京都カジノ特区。君は外国からの旅行者さんかな?」

「ニホン? トウキョウトカジノトック? 何それ?」

「ああ、外国人じゃ分からないか。あれっ、でも日本語喋ってるよな? となると……」

 そこで外道は気が付いた。少女の唇の動きと発音が微妙に合っていないことに。こう見えてもこの外道は、読唇術に加え、八カ国語を自在に操ることができる。だから間違いない。まるで少女の発している言葉が、自動的に、こちらに通じる言葉に変換されて聞こえているかのようだった。

 若干、この状況に戸惑う外道だったが、今は美少女とのフラグ成立の方が遥かに重要だ。そして正直、今はそんなことはどうでもいい。

「えーと、アメリカから来たのかな? それともイギリス?」

 違うということは分かっていつつも、とりあえず尋ねてみる外道。

「あめりか? いぎりす? 何それ? 分かんない」

 案の定、外道の予想通りの返答が返ってきた。

「ええと……、君はどこから来たの?」

「シルヴァリオン」

 少女ははっきりと答えた。

 はて、そんな国はあったか? こう見えても外道は、海外を転々としていた経験もあるため、他国のこともかなり知っているはずなのだが、それでもシルヴァリオンなどという国は聞いたことがなかった。まあ、地球上にはたくさんの国がある。きっと自分の知らない小国なのだろう。結局外道は、自分にそう言い聞かせることにした。

「で、ルーンちゃんはどうしてここに来たの?」

「逃げてきた」

 外道の言葉に、ルーンは表情こそ変えないものの、しょんぼりとした声でそう呟く。

「逃げてきたって……何から?」

「刺客」

 またもルーンは簡潔に答えた。言われた外道の頭の中が、疑問符でいっぱいになる。

「刺客って……君はひょっとして、どこかの国のお姫様なのかな?」

 その言葉に、ルーンはフルフルと首を振った。

「違う。私は、幻獣」

「げんじゅう?」

 外道は首を捻った。ゲームの中くらいでしか聞かないような単語を、美少女の口から聞くとは思わなかったのだ。

「ゴメン。げんじゅうって何かな?」

「…………。幻獣は幻獣」

 ルーンは、何を質問されているのか分からないといった感じで答えた。言われた外道も何がなんだか分からない。

「えーと、じゃあ、何でそのげんじゅう(?)のルーンちゃんが、刺客に狙われるのかな?」

 その言葉に、ルーンの目が少し潤んだ。

「それは……、私がシルヴァリオンを滅ぼす存在だから……」

 ルーンの言葉に、一瞬、外道の思考が停止する。

「シルヴァリオンを滅ぼす存在って……どゆこと?」

「分かんない」

 外道の問いにルーンは無表情のまま答えた。

「えーと、まあその辺のことはとりあえず置いといて、ルーンちゃんはこれからどうするんだい?」

「…………」

 外道の問いに、ルーンはきょとんとした顔を浮かべている。

「どこか行く当てがあるのかな?」

「……ない」

 ルーンが僅かに俯く。

 しかし、外道はルーンとは対照的に悪代官の笑みを浮かべた。

(「ちょっとちょっと、外道君。笑顔がめっちゃ悪者っぽいよ!」

「失敬だな、内道。この美少女限定紳士、当本外道に向かって」

「紳士って、どう見ても悪代官にしか見えなかったけど」

「フッ、心清らかな俺に対して何を言うか」

「どす黒いの間違いじゃないかな」)

 などと、心の中で言い合う二人。

 しかし、やがて結論が出たのか、外道は紳士? の笑みを浮かべて口を開いた。

「じゃあ、ここに住むといい」

「えっ?」

「部屋も余っているし、行くとこないんだろう?」

「……ん」

「僕は困っている人(美少女限定)を見ると、助けずにはいられない困った性格でね。君さえよければ、好きなだけここにいてくれて構わない」

「私のご主人様になるの?」

「はっ? ご主人様?」

「幻獣は人間と一緒になる時、誓約する。誓約してご主人様になってもらう」

「ご、ご主人様……」

 外道は内心で「な、なんて甘美な響きなんだ……」と感動の涙を流していた。

 こんな美少女のご主人様。今までの人生を色に例えるなら間違いなく灰色だろう。しかし、中々どうして、この世の中も捨てたものじゃない。

「ご主人様になってくれるの?」

 感動に浸っていた外道に、ルーンが再度尋ねた。

 ルーンの問いに、外道は紳士(と言う名の悪魔)の笑顔を浮かべて答える。

「ああ、喜んで君のご主人様になるさ」

「それじゃ誓約する」

 外道の言葉を聞いたルーンは、とことこと歩いて外道の目の前に立った。甘く清涼感のある香りが外道の鼻腔を擽る。「ああ、美少女ってこんなに良い匂いなんだ」と、外道は内心で思った。

 外道の前に立ったまま、外道を見つめ続けるルーン。

 しかし、そのまま一向に動く気配がない。

「ど、どうしたの? ひょっとして、もう誓約は終わったのかな?」

 ルーンは静かに首を振った。

「まだ終わってない。誓約の仕方、忘れた」

 ズルっという音が聞こえてきそうなくらい盛大に外道はつんのめった。

 どうもこの幻獣様は、相当な天然ボケのスキルをお持ちのようだ。

「わ、忘れたって……前にもしたことあるんだろ? その時はどうしたんだ?」

 思わず素に戻った外道の言葉に、またもルーンは首を振った。

「私、一度も誓約したことない。今回が初めて」

「は、はじめて……」

「初めて。ええ響きや」と外道は思った。そして、状況も忘れて一人感動に浸っている。

「あっ、思い出した」

 そう言うやいなや、ルーンは全裸のまま外道に近づく。慌てたのは外道だ。

「ど、どうしたんだ?」

「交わる」

「はっ?」

「誓約。交わるのが誓約の方法」

 ルーンは、顔色一つ変えずに言った

「ま、交わるって。意味分かってんの?」

「ん」

 ルーンはコックリと頷く。

「ソトミチ。私を抱く」

「はい! 来たコレー!」と、外道は内心で思い切りガッツポーズを決めた。

 交わる。抱く。=○ックスである。こんな美少女相手にいきなり本番である。何かもう色々スッと飛ばして即合戦である。

 外道は今、感動の涙を流しながら神に感謝していた。

(神様。どの神様か分からないし、自分は無神論者ですが、とりあえずありがとうございます。色々と灰色の人生を送ってきた自分でありますが、自分は今日、ついに大人の階段を上ります)

 一人でマイワールドまっしぐらの外道に、ルーンが声をかけた。

「どした? 嫌か?」

「とんでもございません!」

 ルーンの問いに、外道が即座に首を振る。

「それじゃ、始める」

 そう言って、ルーンは全裸で外道の腕の中に収まった。

 再び甘い匂いが外道の鼻腔を擽る。まるで、魔性の媚薬効果を秘めたようなその甘美な香りに、外道は思わずクラッきてしまい、変態さんよろしく鼻を大きく膨らませて、くんくんとルーンの匂いを嗅ぎまくった。

「ソトミチ、私を抱きしめて」

「喜んで!」

 ルーンの言葉に外道がすぐさま反応し、ルーンの体を強く抱きしめる。

 柔らかい。それが第一印象だった。スベスベで、もっちりで、柔らかい。

 思わず鼻血を噴きそうになった外道に、ルーンが口を開く。

「じゃ、誓約する。難しい言葉苦手だから、簡単にする。ソトミチ、私のご主人様になるか?」

「なります!」

「本当に?」

「モチロンです!」

「ん」

 ルーンは外道の言葉に一つ頷き、外道から体を離した。

「誓約、完了した」

「えっ? もう終わり?」

 あまりに突然の終了宣言に、外道が思わず聞き返す。

「ん。終わり。交わるっていうのは、双方の合意の下、人間が誓約する幻獣に直接触れること」

「ああ、何だ」

 そりゃそうか、と外道は思った。

 確かに、もし○ックスが誓約方法だとすれば、相手がどでかい怪物(が幻獣にいるかどうかは知らないが)だった場合、そいつらとホニャララすることになる。現実的に考えてありえない話だった。

「はあ、せっかく千載一遇のチャンスだと思ったのに。結局こんなオチかよ」

 思い切り肩透かしを喰らってガックリとうな垂れる外道に、ルーンが首を傾げて尋ねる。

「どうかしたか?」

「いいや、何でもない」

「これでソトミチは私のご主人様。私、何でも言うこと聞く」

「なぬ!」

「何でも」の部分を聞いた外道が、すぐさま顔を上げる。

「な、何でもって……ほんとに何でも?」

「ん」

 その言葉に、外道のテンションが再び上がり始める。

「や、やはり、神はまだ私を見捨ててはいなかった」

「…………」

「ああ、気にしないで。それじゃ、ご主人様の最初の命令だ。とりあえずベッドに……」

 そこで外道は気がついた。ルーンの頭が不規則に揺れている。

「ルーン、どうした?」

「ちょっと眠い」

 そう言って、ルーンが目元を擦る。外道は一つため息を吐いた。そういえば、この少女は刺客から逃げるために異世界からやってきたのだ。

「やれやれ、しょうがない。続きは今度にして今日は寝るか」

 外道はすでに目を閉じかけているルーンを抱えて、空いている部屋のベッドに運び込んだ。

「時間はたっぷりあるしな」と、心の中で自分に言い聞かせて。



 明くる日の朝、カーテンの隙間から漏れてくる光に反応して、外道は目を開けた。そして、時刻を確認。午前六時二分。「まだ早いが、とりあえず起きるか」と、そう思った外道が、体を起こ……せなかった。

 右腕がロックされて体を起こせない。外道が慌てて顔を向けると、そこには外道の右腕に抱きついてスヤスヤと寝息を立てるルーンがいた。昨日は別の寝室で眠っていたはずだが、いつの間にか、外道の隣で眠っている。

「美少女が添い寝」。普通ならこんなおいしいイベントに遭遇したら、泣いて神に感謝する外道なのだが、今の外道は表情を変えず、しかし、内心で戦慄を覚えていた。

 ルーンの存在に全く気づかなかったからだ。これほどまでに他者に接近されて全く気づかないとは。

 熟睡していたわけではない。自分はもう何年も前から、ぐっすり眠ることのできない体になってしまった。そんな自分が、他人が横で寝ていることに全く気づかないとは。

 ルーンは今、昨日外道が貸し与えたワイシャツ一枚で幸せそうに眠っている。起きている時を違い、眠っている時の方が表情があった。そこから覗くスベスベムチムチの太ももや、ワイシャツの隙間から見える胸の谷間は、普段の外道なら舐め回すように見つめた後、実際に舐めようか悩むほどの芸術品なのだが、今の外道はそんな気分ではなかった。

 鈍っているのかもしれない。そんな想いを胸に、外道はそっとルーンの拘束を解いて寝室を出た。


 寝室を出た外道は、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しコップに注いだ。

 そして思い返す。この国に来てもう一年が経った。あっという間だ。一年も経てば人はすっかり……ガシャーン!

 外道の思考は、突然のガラスを突き破る音で中断された。見ると、ベランダのガラスが見事に砕け散り、そこに実行犯と思われる人物が立っている。どうやら、上の階からロープを使って入ってきたらしい。ちなみに、ここは一〇階であった。

 そこから入ってきた、身長(推定)一五二センチ、肩辺りまで伸びたカスタードクリーム色の金髪を後ろで一つに縛り、白いデニムのショートパンツとラベンダー色のTシャツという格好をしたその人物は、洗濯板(もしくはまな板)を装備した胸を誇らしげに張って口を開いた。

「おはよう、兄ちゃん(にいちゃん)。ええ朝やね」

 そう言ってニッコリ。スッと伸びた鼻筋と子猫を思わせる真ん丸な黒い瞳、その人懐っこい顔立ちによるエンジェルスマイルは、それを見た大抵の人間を笑顔にすることだろう。そう、人の家のガラスを蹴り破って登場さえしなければ。

「天夏、いい加減、人の家のガラスを蹴破って入ってくるのはやめろ。お前は玄関というものを知らんのか?」

 外道は、天夏と呼んだ少女を軽く睨みながら言った。

「ええやん、別に。後で業者さんに来てもろて、ちゃんと直しとくから」

 この関西弁を話す少女は、鳳龍院天夏ほうりゅういんあまか。この高級マンションのオーナーの一人娘で、歳は外道と同じ一七歳。外道のことを兄ちゃんと読んでいるが、血縁関係はない。天真爛漫をそのまま体現したかのような娘で、ことあるごとに外道に絡んでくる少女だった。

 ちなみにこの天夏嬢、関西弁を話してはいるが、関西出身というわけでも、関西に住んでいたわけでも、親が関西弁を話すわけでもない。「標準語より関西弁の方がカッコいい」という彼女なりの哲学に基づき、独学で学んだのだ。故に、時々変な関西弁になることがある。

「あのな、天夏。毎回毎回業者呼んでんじゃねーよ。お前が素直に玄関から入ってくりゃいいだけの話だろうが」

「だって、ああやって入って来た方がカッコええやん」

 天夏が、両手の人差し指をツンツンしながら頬を膨らませた。

「あのな、登場にカッコよさを求めるな。普通に入りなさい、普通に」

 至極当然な外道の指摘に、天夏はなおも、不満げな表情を見せる。

「ソトミチ~、どしたの~」

 そして、ちょうどそこに、ワイシャツ一枚で目を擦りながらルーンが入ってきた。

 ピシリとその場の空気が固まる。外道の全身からは汗がブワっと噴き出し、天夏は驚愕のあまり凍りついた。

 そんな凍りついた空気の中、唯一ルーンだけが普通に動くことができた。

 ルーンはとことこと外道の傍に来ると、目を擦りながら外道に向かって口を開く。

「ソトミチ、お腹すいた」

 寝ぼけ眼のまま外道に抱きつくルーン。

 外道の体から、さらなる量の汗が滝のように流れ落ちた。顔はすでに蒼白で、死人のようになっている。

 必死にこの状況をどう説明するか考える外道だったが、残念ながらシンキングタイムはあっさりと終了した。

「に~い~ちゃ~ん~」

 呪詛でも混ざっていそうな声が天夏から漏れる。その体からは禍々しいオーラのようなものが噴出していた。

「誰、その女?」

「いや、こいつはだな、その……」

 外道は返答に詰まった。ここでの答えは、きっとリアルに自分の生命に関わる重要なものだ。ギャルゲーにおける、ここでミスったら攻略できない選択肢と同じである。しかし、自分の命が懸かっている分、こっちの方が遥かにプレッシャーがかかった。

 ここは一つ、親戚ということでこの場をやり過ごそう。

 そう思い、外道が口を開こうとしたその時……

「私、ルーン。ソトミチのペット」

 ルーンが外道より先に口を開き、おそらく最も正解からは遠い言葉を口にした。

「ぺ、ペ、ペット……」

 天夏はペットという単語を何度も繰り返しながら、わなわなと震えている。

 外道は、ゆっくりとルーンを自分から離した。

「あ、天夏、これにはだな。とてもふかーい訳があってだ「死ね」」

 必死に弁明しようとする外道に、天夏は冷たくそう言い放った直後、飛び掛るようにして外道に襲い掛かった。

 朝一から、一人の男の絶叫がご近所へと響き渡る。

 鳳龍院天夏。別にオタクというわけではないが、漫画にアニメ、特撮とアクション映画をこよなく愛するこの少女は、そこで見た技を自己流で鍛え上げた『天夏神拳』と呼ばれる拳法を使う、いわば女傑であった。

 

 天夏火山の噴火から半刻。気が付けば外道は、顔を倍くらいに腫らせ、何故かパンツ一枚に亀甲縛りという状態で正座させられていた。その隣では、縛られてこそいないが、ルーンもまだ寝ぼけ眼でうつらうつらしながら正座している。

「で、これはどういうことやの?」

 ゴゴゴという地響きのような音が聞こえてきそうなほどの怒りに満ちた天夏が、両手を組み、仁王立ちして外道に尋ねた。

「そ、それがですね……」

 外道はやはり返答に困った。頭の中で、様々な答えを返した時の、天夏の反応について考える。

「自分のペットになったルーンちゃんです。キャハ☆」と答えた場合、間違いなく即死亡。(死因、撲殺)

「自分の彼女です」と答えた場合、絶対に死亡。(死因、やはり撲殺)

「体だけの付き合いです」と答えた場合、一〇〇パーセント確実に死亡。(死因、やはりやはり撲殺)

 そこまで考えて、再び外道の体からブワッと汗が噴き出した。

(「駄目だ。どう答えても俺の助かる確率は限りなく低い。というか〇パーセントだ。どうやってこの未曾有の危機を乗り越えればいいんだ……」)

 思い悩む外道に、内道が助言を与える。

(「当初の予定通り、親戚か兄弟にしておいた方が無難じゃない?」

「いやしかし、さすがに黒髪の自分と白髪のルーンじゃ苦しくないか?」

「じゃあ、知り合いの子を一時的に預かっているということにすれば?」

「おおっ、いい考えだ。それならいけ……」)

「さっさと答えろ!」

 バキ!

 内道のアドバイスにより、ようやくいい答えを見つけた外道だったが、どうやらタイムアップだったらしい。

 答える前に天夏の十六文キックが、外道の顔面に炸裂した。

「ええか、もう一回だけ聞くで。この女は何モンやの? 答えんかったら、天夏スペシャルをお見舞いするで」

 天夏スペシャル。関節を極めながら相手を投げ飛ばす天夏神拳の奥義の一つである。以前に一度、その威力を身をもって知っている外道は、その名前に震えつつも口を開いた。

「えーと、海外出張しているこの子の両親に頼まれて、一時的に俺が預かることにな「嘘吐くな!」」

 今度は天夏の回し蹴りが、外道の側頭部にクリーンヒット。外道の頭の上をお星様が高速で旋回した。

「そんな嘘でウチを騙せるとでも思っとんのか! さっきこの子、自分は兄ちゃんのペットって言うてたやん! 次に嘘吐いたら、天夏スペシャルの後に、そのカッコでベランダから吊り下げるで!」

 ボロボロな上に、パンツ一枚で亀甲縛りを喰らって、しかもそれをご近所様にご開帳。思わず自殺したくなる凶悪コンボである。

 観念した外道は、渋々正直に話すことにした。

「実はこの子、名前はルーンって言うんだけど、昨日突然この部屋に現れたんだ。本人は異世界から来たって言ってるけど、本当かどうかは分からない。とりあえず行くとこないみたいだから、俺が面倒を見るこ「嘘吐くなって言うてるやろがあああ!」」

 メキ、ゴキ、バキ!

 正座状態の外道の首をガシリと掴んで、そのまま膝蹴り三連発。聞こえちゃいけない音と共に、外道のヒットポイントが赤く点滅した。

「どうやら、どうしても天夏スペシャルを喰らいたいようやな」

 そう言って、天夏が片手で外道の首を持ち上げる。

 しかし、そんな天夏を制したのは、いつの間にか目を覚ましたルーンだった。

「ソトミチの言ってること、ほんと。私、こことは違う世界から来た」

「えっ?」

 まさか、ルーン本人から肯定の言葉が来るとは思ってなかったらしい。天夏が驚いた様子で、外道から手を放した。

「私、シルヴァリオンってところから幻獣のルーン。今はソトミチのペット。ソトミチをいじめちゃダメ」

 ルーンが、天夏と外道の間に割って入るようにして立ち塞がった。

その表情は、とても嘘を吐いているようには見えない。

 天夏は渋々ながらも引き下がった。

「分かった。信じるわ。でも、何でアンタは兄ちゃんの部屋に来たん?」

「たまたま」

「た、たまたまって……」

 理由を聞いた天夏は、一瞬あっけに取られたような顔になり、その後、小さく息を吐いた。

「まあええわ。とりあえず朝から暴れて疲れたし、ご飯にしよ。ルーンも食べるか?」

「ん、食べる」

 パンツ一枚に亀甲縛りのままピクピクしている外道を置き去りにして、朝食の準備に入る二人。

 そんな二人を見ながら、「あれっ、何かお忘れじゃありません?」と思いつつ、意識を失う外道だった。


 外道が目を覚ました時、その視界はトランク、プラスチックケース、ダンボールで埋め尽くされていた。

「な、何だ、これは?」

 驚きのあまり、急いで体を起こそうとする外道。

 しかし、パンツ一枚に正座のまま亀甲縛りというナイスな姿勢のまま倒れていたため、うまく体を起こすことができなかった。

 しかし、何とか体を起こそうと気力を振り絞る。

 そして五分後、何とか体を起こすことに成功。周りを見回した。

 目覚めた当初、外道は自分がどこかの物置に放り込まれたのかと思った。しかし、どうやらここは間違いなく自分の部屋らしい。ダンボールのいくつも載ったソファーも、プラスチックケースがうず高く積まれたテーブルも、自分の部屋の物に間違いはなかった。

 しかし、この荷物は一体……

 思い悩む外道の視界に、せっせと空き部屋にダンボールを運び込む天夏の姿が横切った。

「おい、天夏! お前、何やってんだよ!」

 外道の声に気づいた天夏が、ダンボールを三つ抱えた状態で外道に近づく。

「何って、引越に決まってるやん」

「引越し? 誰が?」

「ウチが」

「どこに?」

「ここに」

「なして?」

「なしてって、兄ちゃんとルーンが心配だからに決まってるやんか」

 天夏がさも当然とばかりに言い切る。

「ほんとは、ルーンをウチの部屋に住まわせようと思ったけど、あの子、自分は絶対ここに住むって聞かへんから、しょうがなくウチがこっちに越してくることにしたんや」

「越してくることにしたって……。あの、天夏さん。あなたの部屋は、この部屋の真上ですよね?」

「そや」

「別に越してくる必要はないのでは?」

「何か問題でもあんの?」

「い、いや、そういうわけではないのですが」

 いきなり強烈な視線を受けた外道は、思わず弱気になった。

「ちなみにルーンは?」

「ウチのお手伝い中。これからは、ウチがまとめて兄ちゃん達の面倒見たるから感謝してや」

 天夏が少し顔を赤らめてそっぽを向く。

 外道は「アナタの言う面倒を見るとは、男をフルボッコにしてパンツ一枚にした後、正座に亀甲縛りで、その辺に転がしておくことなのでしょうか?」と切に問うてみたかったが、そんなことをすれば、残ったパンツまで剥ぎ取られるのは明白だったので必死に堪えた。

 そんな外道の視界に、チラリと時計が映る。六月一〇日、月曜日。時刻は一〇時五四分。外道とて一七歳。もちろん高校に通っている。そして現在この時刻。完全に遅刻であった。

「おい、天夏! 遅刻……」

「ああ、心配ないで」

 外道の言わんとしていることを察した天夏が、ニッコリとエンジェルスマイルを浮かべた。

「兄ちゃんは今日、ゲリピーでお休みって言うといたから。あかんで、兄ちゃん。いくら外国生活が長かったからって、道端に落ちてる物を適当に拾って食べたら。ちなみにウチは、その看病や」

「…………」

 しっかりと手回しを終えている天夏に、外道は何も言うことが出来なかった。




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