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ゲンジュウ!  作者: ポンタロー
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第一三章

第一三章


 意識を失った外道だったが、自分の腹に広がる優しい温もりで目を覚ました。

 大量出血で死ぬ時は、寒気を感じるものだと思っていた。

 でも、今は腹部がかなり熱い。というかめちゃくちゃ熱い。

 しかし、不快に感じる熱さではなく、腹から体にじんわりと広がる心地いい温もりだった。

 見ると、大穴の開いた自分の腹に、ルーンが泣きながら手をかざしている。その手から流れる光が徐々に外道の体を満たし、腹に開いた穴をみるみる塞いでいった。

 大量に出血したため、まだ意識が朦朧としている外道だったが、泣きながら手をかざしているルーンの額、その中央に三〇センチほどの角が生えていることに気がついた。

「ルーン、お前……」

「ソトミチ、気がついた!」

 ルーンは手をかざしたまま、顔だけを外道に向ける。その顔は今、涙でグシャグシャになっていた。しかし、そんな顔すらも愛らしい。「美少女って、ほんと得だよな」などと、状況を忘れそんなことを思う外道だった。

 周りを見渡すと、天夏とライリンも心配そうな表情を浮かべて外道の顔を覗き込んでいる。

「何だよ、天夏、泣いてんのか?」

「な、泣いてへんもん。ウチ、全然心配なんてしてへんから」

 そう言って、ゴシゴシ目元を擦りながらそっぽを向く天夏。

 やがて、傷が完全に塞がった外道は、ゆっくりと体を起こした。

 完治を確認したルーンは、嬉しそうな笑みを浮かべて外道の上に倒れこむ。

「何がどうなってんだ?」

 その問いに答えたのはライリンだった。

「新KKRの送り込んできた増援は、ドラゴンだけではなかったのじゃ。もう一匹、『蠅の王』と呼ばれる幻獣ベルゼブブがドラゴンの体内に隠れておった。そいつがドラゴンの死後、その体内から姿を現し、ルーンに向けて攻撃してきたのじゃ。お主はその攻撃からルーンを庇い、瀕死の重傷を負った。それを今、ルーンが癒したのじゃ」

 目を真っ赤に充血させてライリンが答える。必死に泣くまいと堪えるライリンを見て、外道は僅かに顔を綻ばせた。

「しかし、癒すって。ルーンはそんなことができるのか?」

「当然じゃ。ルーンは幻獣じゃからな」

「幻獣って、ルーンはどうみても人間じゃ……」

「バカモノ。この角が見えんのか。ルーンはれっきとした幻獣。それも、ユニコーンというシルヴァリオンで最も希少な幻獣じゃ」

 ユニコーン。一角獣とも呼ばれ、額の真ん中に角の生えた伝説上の生物。馬の姿をしており、その性格は極めて獰猛で、処女だけが唯一大人しくさせることができるとされている。

 確かにユニコーンは、あらゆる病気や傷を治したり、穢れた水を浄化できるとされているが。

「しかし、ルーンはそんなこと一言も……」

「当然じゃ。幻獣は幻獣じゃが、ルーンはユニコーンと人間の間に産まれた子供。いわば、ユニコーンのハーフじゃ」

「ハ、ハーフって……」

「だから、感情が高ぶった時にしか治癒能力は使えん。ルーンも、自分が幻獣だという自覚はあっても、ユニコーンだという自覚はなかったのじゃろう。角も治癒能力を使う時以外は引っ込んでおるようじゃしの。そしてそれが、ルーンが新KKRから狙われている真の理由でもある。ユニコーンの角は万病に効く秘薬じゃからな」

 外道が倒れこんだルーンを見ると、ルーンの額に生えていた角は、徐々にその姿を消しつつあった。鋭く尖った見事な角は、光の粒になって消えていく。

「どんな傷も病気もたちどころに治してしまう秘薬。その価値は計り知れん。ルーンがシルヴァリオンを滅ぼす存在と言われておるのもそのためじゃ。わらわは、ただ単にルーンの容姿が妬ましくて狙っておっただけじゃが、新KKRの本来の目的は、『シルヴァリオンの均衡を崩す恐れのあるルーンを殺す』ことではなく、『ルーンを殺してその角を奪い取り、シルヴァリオンの覇権を握る』ことなのじゃ」

「ふーん」

「ソトミチよ。ルーンがこの世界にいるということは、すでに新KKRにバレておる。奴らはまず間違いなく、これからも刺客を送ってくるぞ」

「その時はまた戦うさ。俺のペットに手を出す奴は、俺が許しちゃおかないからな」

 外道は、ライリンの言葉に、不敵な笑みを浮かべて答えた。

「たのもーッス! まだ、終わっちゃいないッスよ!」

 良い顔(+セリフ)で締めくくろうとした外道だったが、そこに割って入る声が一つ。

 一同の視線が、声の方に集中する。すると、半壊したビルの陰から、一人の人物が現れた。

 現れたのは、綺麗なショートの金髪を靡かせ、透き通った青い瞳に涙をいっぱい溜めた少女(見た目)。背は天夏よりもさらに低い。

「ユ、ユユ! お主まで来ておったのか……」

「はいッス! ドンを援護するためやってきたッス!」

「ライリン、知り合いか?」

「うむ。新KKRの参謀、つまりはわらわの右腕じゃな。名は、ユユ=ブリタニー。シルヴァリオンにある国の一つ、『ブリタニー王国』の第一王子じゃ」

「ふ~ん。男か。……残念だ」

「ドン! どういうことッスか! 相手を油断させて隙を突く作戦かと思い、ずっと黙って見てたッスけど、一向にその気配はなし。まさか、本当に新KKRを裏切るつもりじゃないッスよね?」

「いや、わらわは本当に新KKRをやめる。他の者にはお主の方から伝えてくれ。理由は……寿退社ということにしておくかの。……ぽっ」

「ガーン!」

 ユユが、世界の終わりに直面したかのような声を出した。

「ド、ドン、一体どうしたんスか? 共にルーンをぶっ殺そうという新KKRの誓いを忘れたんスか?」

「うむ。忘れた」

「ええええええ!」

 ユユが、大きく口を開いたまま硬直する。

 会話に付いていけない他の三人は、静かに成り行きを見守っていた。

「というかじゃな、わらわはもう、ルーンのことなどどうでもいいのじゃ。そう、今のわらわには、わらわを愛してくれる一人の男がいる。それだけでわらわは十分……ぽっ」

「ドーン!」

 ライリンの言葉に、しばし精神的なダメージで呆然としていたユユだったが、不意に外道を、鋭い眼差しで睨みつける。

「お、お前が……いや、お前のせいで……」

「……そ、それは完全に逆恨みだと思うが。で、お前もルーンを狙ってるのか?」

「そうッス! 僕には、どうしてもルーンの角が必要なんス!」

「……そうか。分かった。じゃあ、死ね」

 言うやいなや、外道はユユに向かって発砲。

 しかし、まだ体調が完全ではないため、弾は、ユユの髪を数本飛ばすに止まった。

 しかし、いきなり撃たれたユユは、顔を恐怖に染め、その場に尻餅をつく。

「あわ、あわわわ……」

「チッ、外したか。運のいいガキだ」

「ちょっと兄ちゃん! 相手、まだ子供やで!」

「いいんだよ。子供だろうが何だろうが、男にかける情けはねぇ」

「「「…………」」」

 その言葉に、ルーン、天夏、ライリンは呆れ顔。

「じゃあな、クソガキ。お前には運がなかった。もしお前が女だったなら、今後の成長に期待して、見逃してやるところだが、あいにくと、お前の体にはいらないモンがついてる。恨むなら、女に生んでくれなかった親を恨みな」

 そう吐き捨て、外道は引き金に指を……

「やめんか、アホたれ!」

 かけようとしたが、そこに天夏が割って入る。

「まったく。こんな小さい子いじめるんやないわ! ほら僕、アメちゃんあげるから元気だし」

 天夏は、ポケットをまさぐってアメを一つ取り出し、それをユユの口に放り込む。

 アメを舐めて多少は落ち着いたのか、ユユはまだ警戒しつつも、ゆっくりと立ち上がった。

「こ、こんなことじゃ、僕は懐柔されないッス」

「別に、そんなつもりあらへんよ。でも、なんでアンタみたいな小さい子まで、ルーンを狙っとんの?」

「それは……」

 そこで、ユユはわずかに言いよどんだ。

「それは……もう、ルーンの角を売るくらいしか、我が国が助かる道がないからッス」

「……どういうこと?」

「僕の国は今、財政の悪化で、巨額の負債を抱えてるッス。もう、ルーンの角を差し出すくらいしか、助かる道はないんスよ」

「そりゃアンタのパパが、ちゃんとええまつりごとせえへんかったからちゃうの?」

「違うッス! 父上は、シルヴァリオン屈指の賢君として、ちゃんと国を統治してたッス! そう、僕の国は、元々豊かな国でした。……ルーンが現れるまでは」

「は? 何でそこにルーンが出てくんの?」

「……ある日突然、我が国にやってきたルーンを見て、一目でその美しさに魅了された父上は、すぐにKKRに加入し、ルーンの描かれた絵とか、置物とかに国の予算をジャブジャブ使い始めたんス」

「「「「…………」」」」

「ドンがKKRをぶっ潰してくれたおかげで、父上の浪費は止まったものの、そのせいで国の財政は悪化。他国から借金しまくって、何とか国を動かしてる状態なんス。でも、KKRがなくなったせいで、父上はやる気をなくすし、母上は、毎日届く借金の督促状の山を見て倒れるしで、ほんと我が国は滅亡寸前なんスよ! しかも、お金がないから、軍備の増強もできなくて、いつ他国に攻め入られてもおかしくない状況なんス!」

「「「「…………」」」」

「だから、だから……ルーンの角を売りさえすれば、お金ができると思って。だから……」

 外道は内心で呆れていた。

「なあ、ライリン」

「何じゃ?」

「お前も、アスカとかいう国のお姫様なんだよな?」

「うむ。まあの」

「助けてやらなかったのか?」

「そうしたかったが、わらわの国も、以前にわらわが、ギャンブルで国庫の金をかなり使い込んでしまい、それほど余裕がなくての」

「…………」

 外道、絶句。

「せ、せめて、同盟組むなりして、攻め込まれないように助けてやればいいじゃねえか」

「無理じゃな。わらわの母と、ユユの母は犬猿の仲じゃ。何やら昔、男を取り合ったとかなんとか。故に、同盟などまずありえん」

「……あいつは、お前の右腕なんだよな?」

「うむ。『元』の」

「強いのか?」

「いや。多少は魔法の心得があるものの、戦闘能力は低い。しかし、こちらの言葉がペラペラなことからも分かるように、頭は良くての。主に作戦の立案や指揮を任せておった。ちなみに、わらわにギャンブルを教えたのもあやつじゃ。そして、ドラゴンやべルゼブブを、こちらの世界に送り込んだ張本人でもある」

「ふ~ん」

 外道は腕を組んで考え込んだ。

 外道としては、とっととユユの頭に風穴を開けてはい終了、としたいのだが、どうも周りがそうさせてくれそうにない。とはいえ、帰しても、後の火種になることは明らかである。

(仕方ない)

「おい、チビッ子!」

 何かを決意した外道が、ユユに向かって叫ぶ。

「な、なんスか!」

 天夏にあやされていたユユが、体をビクッと震わせて、外道の声に反応した。

「俺とギャンブルしようぜ」

「え? ギャンブルッスか?」

 ユユが驚きで目を丸くする。

「ああ、お前が勝ったらルーンをやるよ。煮るなり焼くなり好きにしろ」

 その言葉に、ルーンが反応する。

「ソトミチ……」

 しかし外道は、ルーンに何も答えず、目配せだけを返した。

「俺としては、さっさとお前をぶっ殺して、帰って、飯食って、寝たいんだが、確かにお前の境遇にも、一片の同情の余地はある。そこでだ。俺とギャンブルをして、お前が勝ったらルーンをやろう。種目は……」

 外道が、ポケットを漁るが、何もなかった。本当はコインでもあればよかったのだが。コインを諦め、周囲を見渡す。すると、瓦礫の下から、特区ならではと言うべきか、ルーレットを発見した。アメリカンスタイルの物(0と00がある)だ。

「ダラダラと長い勝負をするのもめんどくさいし、俺はシルヴァリオンのギャンブルなど知らん。ってことで、こいつで決めようぜ。一発勝負だ」

「ル、ルーレットッスか?」

「お前、ルーレット知ってんのか?」

「バ、バカにするなッス! こう見えても、僕はこっちのギャンブルにも詳しいッス!」

「なるほど。じゃあ説明はしなくていいな。こいつでケリをつけようぜ。赤か黒に賭けてな」

「0か00に入ったら?」

「その時はやり直しさ。お前も見てたと思うが、こいつはさっきそこから掘り出してきたモンだから、仕込みもイカサマもしようがない。ボールを入れるのは俺がするから、入れ終わった後で、お前が先に賭け、俺が残った方に賭ける。お前がボールを入れてもいいが、その時は俺が先に賭け、お前が後だ。どうする?」

「……やるッス。僕には、もう後がないッスから」

「いいだろう。ああ、言い忘れてた。お前が勝ったら、確かにルーンをやる。俺はこう見えても、約束を守る男でね。そうでなくちゃギャンブルは成り立たない。だから、お前が勝ったら、確実にルーンはやる。ただし、俺が勝ったら……」

「……ゴクリ」

「お前を殺す」

「なっ!」

「当然だろ! お前をそのまま帰しても、俺にはデメリットしかないんだ。だから、俺が勝ったら、この場で即お前を殺す。お前まさか、自分が勝った時はルーンをもらって、負けたらただ帰るだけ済むなんて思ってないよな?」

「…………」

「兄ちゃん! それは……」

「天夏、お前は黙ってろ」

 外道に静かに一喝され、天夏は沈黙する。

「どうすんだ?」

「……やるッス」

「よし。で、ボールはどっちが入れる?」

「……僕が入れるッス」

「なるほど。いいだろう。では、お前がボールを入れ、俺が先に賭ける。で、いいな?」

「…………」

 沈黙を肯定と受け取った外道が、ボールをユユに渡す。

 そして、ユユは、おぼつかない手付きでホイールを回し、それとは逆回転でボールを投げ入れた。ルーレットがクルクルと回る。

「じゃあ、賭けるか。これから先、俺もお前も一切ルーレットには触れない……いいな?」

「…………」

「俺は黒に賭ける」

「……なら、僕は赤ッスね」

 ベットを終え、皆がルーレットに注目する。運命を決めるルーレットは、ずっと規則正しく回り続けていたが、やがてカランという音を立てて、一つのポケットに収まった。

 入った先は……。

「……赤だな」

「……赤ッスね」

「…………」

「…………。ってことは、僕の勝ちッスか!」

 己の勝利に気づいたユユが、いきなり叫ぶ。

「そうなるな」

「え? え? ほんとに? ほんとに僕の勝ちッスか? マジで? ほんとに?」

「ああ、マジだ。おめでとう。これでルーンはお前の物だ」

「ほ、ほんとにいいんスか?」

「ああ、もちろん。ほら、さっさとルーンを持っていけ」

 そう言って、ユユをルーンのもとへと促す外道。ルーン及び他の者から非難じみた視線を受けるが、サラリと受け流す。

 そして、ユユが大喜びで外道の横を通り抜けようとしたその時、ユユの背後、もっと厳密に言えばユユの後頭部に、外道が銃口を当てた。

 銃口を当てられたユユは、一瞬で凍りつき、その場で固まる。

「な、何のマネッスか?」

「決まってるだろう。お前に取られたルーンを取り返すのさ。力尽くでな」

「ひ、卑怯ッス! 騙したんスね!」

「人聞きが悪いな。騙してなどいない。お前は俺とのギャンブルに勝った。だから、ルーンはお前の物だ。おめでとう。そして俺は、お前からルーンを奪うためにお前を殺す。どうだ? 騙してないだろ?」

「ううっ……」

「一瞬とはいえ夢が見られたんだ。よかったじゃないか。さよなら、ユユ=ブリタニー」

 そして、外道はためらわずに引き金を引いた。

 カチ。

「え?」

 しかし、いつまでたっても、外道の銃から弾は出ない。

「と、言いたいところなんだが……」

 弾切れになった銃を下ろして外道が言う。

「このままお前を殺すと、ウチの妹がうるさいんでな。仕方ないから、お前を助けてやる」

「え? え?」

「お前は今からシルヴァリオンに帰って、まずはお前の国に攻め入ろうとする連中にこう伝えるんだ。『我が国は、新KKRのドン、ライリン=アスカや、ドラゴン、ベルゼブブですら歯が立たなかった異世界の強国と同盟を結んだ。我が国に攻め入ろうとする国には、同盟国……《トック》が、我らに代わって裁きを下す』ってな」

「…………」

「まあ、ハッタリ言ってると思われそうだから、後でライリンに証人として説明してもらうなり、直筆の書面でも書いてもらえ」

「…………」

「んで、次に新KKRの連中にこう伝えるんだ。『異世界の奴らは超強い。ドンでもドラゴンでも敵わなかった。ルーンは、奴らの庇護を受けている。今、ルーンに手を出しても返り討ちは必至だから、しばらく静観した方がいい』ってな。これで、しばらくは大人しくしてるだろ」

「…………」

「んで、最後はお前の親父にこう言っとけ。『ルーンは同盟国トックでアイドルになった。もし、うまくブリタニー王国を立て直したら、自分が同盟国の友人から、色んなグッズやその他諸々をもらってきてやる。うまくいけば、生のルーンと握手とかできるかも』ってな。こう言っとけば、ルーンに首ったけのお前の親父はやる気出すだろ」

「…………」

 ユユはうつむき、肩を小刻みに震わせながら、黙って話を聞いていた。

「ほら、分かったら、さっさと行けよ」

「……う、うう、ううう」

 照れくさそうにユユを促す外道。ユユは嗚咽を漏らしながら、しばらくその場を動かない。

 しかし、しばらくそうしていた後、突然、外道の胸に飛び込んだ

「あ、ありがとッス。ありがとッス! アニキー!」

「はっ?」

「僕の国、これで救われるッス! このご恩、一生忘れないッス!」

 顔を、涙と鼻水まみれにして、ユユが叫ぶ。

「分かった。分かったから。ほら、さっさと行って、やることやってこい」

 言われたユユが、持っていたハンカチで顔を拭い、テレポートクリスタルを取り出す。

「うッス! 行ってくるッス! アニキ、ほんとにありがとうございました!」

 そして、最後に深々と頭を下げて、ユユは去っていった。


「兄ちゃん、お疲れ」

 ユユを見送った後、天夏が外道に声をかける。

「見事な大岡裁きやね」

「うむ。さすがはわらわの恋人じゃ」

「ソトミチ、カッコいい」

「うるさい。お前らが後で何か言いそうだから、仕方なくやっただけだ」

「またまた~。照れんでもいいやん。ご褒美にチューしたろか?」

「ふざけんな。それはご褒美じゃなくて、罰ゲームだろうが」

「何か言うた?」

「いや、何でも」

「まったく。ほんとに素直やないんやから。でも、これで残るは、こっちの後始末だけか。しっかし、派手にやったなー」

 半壊した居住エリアを見渡しながら天夏が言った。人的被害こそ出ていないものの、どう考えても大事である。

「これ、後始末どうすんの、兄ちゃん?」

 先ほどから、ルーンとライリンは二人揃って申し訳なさそうな表情を浮かべている。

そんな中、天夏に尋ねられた外道は、全く動じずに答えた。

「大丈夫だ。心配するな」

 堂々と言い放つ外道に、ルーンとライリンは「ソトミチ、カッコいい♡」的な視線を向けた。

「じゃあ、天夏。早速、君の父上に取り次いでくれたまえ」

「「「はっ?」」」

 その言葉を聞いた天夏、ルーン、ライリンの声が見事に重なる。

「『はっ?』じゃない。君の父上に連絡だ。今回の件を何とかしてもらわんとな」

「な、なんでよ。自分で何とかするんちゃうの!」

「あのなあ、天夏。こんなの俺に何とかできるわけないだろ。でも、幸いなことに君の父上には権力がある。俺にはできないことが君の父上ならできる。だから、今回の件は君の父上に任せる。これは自然な流れだ」

「どこが自然や。ただの押し付けやんか」

「そうとも言うな。まあ、気にするな。はっはっはっ」

 外道は全く悪びれずにカラカラと笑った。ルーンとライリンは、露骨に落胆の表情を見せている。天夏はなおも抗弁しようとしたが、どうせ何を言っても無駄だと思ったのか、あきらめたように口を開いた。

「分かった。じゃあ、一回だけかけてみるけど、パパも仕事で忙しいやろうから、かからんかったらあきらめてよ」

「心配するな。君の父上は、君からの着信なら必ずワンコール以内に出る。そういう漢だ」

「ほんまかいな」

 疑心暗鬼の表情を浮かべながらも、父の番号にかける天夏。

 そして、外道の宣言通り、ワンコールで豪傑に繋がった。

『はーい、パパでちゅよ~』

 スマホ越しに、気持ちの悪い、男の赤ちゃん言葉が響く。その声に反応した外道は、天夏からスマホをぶんどった。

「残念ながら天夏じゃありません。俺です」

 外道の声を聞いた豪傑は、少しがっかりした声で返す。

『おお、外道君か。すまん。つい、可愛い娘が、パパが恋しくなってかけてきたと思ってな』

 気落ちした様子で語る豪傑。外道はこの男の親馬鹿ぶりを良く知っているので、特にツッコムことはしなかった。

『で、外道君。私に何か用かね?』

「ええ、実は折り入ってご相談がありまして」

『ほう、君が相談事とは珍し……くもないな。先ほども、居住エリアにいる全ての人間を他のエリアに移せという無茶な頼みを聞いたばかりだった。まあ、君は将来、天夏の婿になる予定だから、義理の息子みたいなものだ。言ってみなさい』

「ありがとうございます。しかし、残念ながらこの国は、男同士の婚姻を認めておりません」

『…………。外道君、何度も言うが、いかに凶暴で、ティラノザウルスを素手で仕留めてそのまま食べてしまいそうな子でも、生物学的には一応女だ。男ではない』

「すいません、お父さん。僕は、AAカップ以下の女性を女性とは認めてないんです」

『ふむ、なるほど。しかし、これから先、急成長を遂げる可能性も……』

「あると思いますか?」

『……ないな。まあいい、とりあえず天夏のことは置いといて……』

 天夏が何かを叫ぼうとしたが、外道が空いている方の手でその口を塞ぎ、発言を阻止。

『で、相談事というのは何かね?』

「実はちょっと派手に暴れてしまいまして。居住エリア一帯が、半壊状態なんですよ。後処理の方、何とかお願いできませんか?」

『……ほう、半壊状態ね』

 電話越しに、若干呆れたような声が響く。

『何をやったのかね?』

「いやあ、思わず本気出して、ロケットランチャーとかスナイパーライフルとか爆薬とかド派手に使っちゃったんですよ。はっはっはっ」

『…………』

 豪傑、僅かに沈黙。

『……まあいい。で、何故そんなにはっちゃけてしまったのかね?』

「美少女のためです」

 豪傑の問いに、外道はきっぱりといい顔で答えた。

『ほう、美少女とな。はっ! まさか君は天夏のために……』

「違います、お父さん。美男子ではなく、美少女のために戦ったんです」

『…………』

 豪傑、再び沈黙。

『……で、その美少女と君はどういう関係なのかね?』

「いい質問です、お父さん。実は二人おりまして、一人はペット、そしてもう一人は恋人です」

『…………』

 やはり、きっぱりといい顔で言い切る外道に、豪傑は三度沈黙した。

『……つまり君は、天夏が君に好意を寄せているのを知っているにも関わらず、他の美少女をペット及び恋人にし、あまつさえそれらを守るために出した被害を、天夏の父である私に何とかしろと、そう言っているのかね?』

「その通りです」

 天夏は、「さすがにそれは無理やろ」的な顔をしたが、豪傑の答えは、天夏の予想を遥かに裏切るものだった。

『いいだろう』

「はっ? ええの?」

 そう叫んだのは天夏だ。

「ありがとうございます。お父さん」

 そして、こうなることが分かってましたとばかりに笑みを浮かべる外道。

『ただし条件がある』

「何でしょう?」

『天夏がスクール水着にネコ耳を付けて、《パパ大好き♡》とポーズ付きで言っている動画を送ってくれたら何とかしよう』

「お任せください。私が責任を持って送らせていただきます」

「ふざけんグムッ!」

 叫ぼうとした天夏の口を、またも外道が塞ぐ。

『うむ。では送られ次第、今回の件の後処理を開始しよう。よろしく頼むぞ』

 そう言って、あっさりと電話は切れた。


 電話を終えた外道に、当然の如く天夏が噛み付いた。

「兄ちゃん、どういうことや! ウチは絶対スク水なんか着いひんからな!」

 頬を膨らませてそっぽを向く天夏。どうやら、相当お怒りのようだ。

 しかし、外道はそんな天夏の反応を予想していたかのようにニヤリと笑う。

「天夏、勘違いするな。俺は今回の件を何とかしてほしいからああ言ったんじゃない。純粋にお前のスク水姿を見たいから言ったんだ」

「えっ?」

 外道の言葉を聞いた天夏が、驚愕の表情を浮かべた。

「兄ちゃん、ウチのスク水が見たいの?」

「ああ、もちろんさ。お前のお父さんに出された条件というのももちろんあるが、何より俺がお前のスク水姿を見たかったんだ。だから、今回の条件を引き受けた」

「そ、そっか。そんなにウチのスク水が見たかったんや……」

 天夏が、外道の言葉に頬を染めて俯く。

「ああ、俺はお前のスク水が見たくてたまらない。だから天夏、俺のために着てくれるか?」

「……うん、ええよ」

 いつの間にやら、というか、どういうわけか話がまとまったのを、ルーンとライリンはすっかり蚊帳の外状態で見ていた。

「なあ、ルーンよ」

「何?」

「この世界の人間は……変じゃな」

 その言葉にルーンはコックリ。

「うん、私もそう思う」



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