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第七節

「そこのノワールから身体を奪った人、ご主人さまにひどいことするのはやめてください」

 ブランシェが俺とアヴィーラの間に入って言う。

「あたしはアヴィーラ! ひどいことされたのはあたしの方!」

 いや、お前が勝手に見せてきただけだけどな。

 だが、そんなことを言っても納得するような奴じゃないし、ブランシェを混乱させるのもよくない。

 今でもブランシェは頭に三つくらい「?」を付けてるからな。

 ちなみにアヴィーラと俺の間に入ったブランシェの柄パンは丸見えなんだけどな。

「まあいい、さっさと行って来い」

 本当のところ、選んでる時間を考えると、そろそろ余裕もなくなって来ている。

 一日以上同じ服を着て同じパンツを穿いてるアヴィーラが、こっそりパンツを洗って、密かにノーパンで過ごすことを考えると──。

「……もう少し、ゆっくりでいいんじゃないか?」

「はあ?」

「いや、いそいでも仕方がないからさ、もう少しゆっくりでいいだろう?」

 アヴィーラが死ぬほど疑わしい目で俺を睨む。

「よく分からないけど、あんたがゆっくり行けというなら急いで行くわ……と! あんたもついて来なさいっ!」

 アヴィーラは最後の最後に俺をブランシェを二人っきりにはさせてくれなかった。

 ブランシェの腕をつかんで連れていこうとする。

「ちょっと待ってください! 私はご主人さまと一緒にいたいです!」

 ブランシェがその場を動こうとしない。

「いいから来なさいよっ! こいつと二人で置いとくと妊娠するわよ?」

「望むところです!」

「望むなっ! あんたにそんなことされると、あたしも同じ目にあうのよっ!」

 引っ張っていこうとするアヴィーラと、抵抗するブランシェ。

 傍で見てると、お姉さんを引っ張っていこうと駄々をこねる妹の図にしか見えない。

 もちろんアヴィーラが妹だ。

 このままでは埒があかないし、まあ、ほっといてどう転んでも俺には得にしかならないが、ここは大人の余裕を見せつけよう。

「まあ落ち着け、ブランシェ、俺も行くから一緒に行こう、な?」

 俺はブランシェの頭を撫でてやりながら言う。

「はいっ! お散歩ですね! それでは……」

 そう言って、ブランシェは階段を下りていった。

「……なんであんたがついてくるのよ?」

 取り残されたアヴィーラにそんなことを言われる。

「俺が行けばブランシェもついてくるだろ? それにあの子にも服を買ってやりたいしな。あ、あいつが服着るの手伝ってやってくれ。でないと俺がするが」

「分かったわよ……はあ……ま、これも魔力が貯まるまでの辛抱ね」

 諦めたようなため息を吐くアヴィーラ。

「魔力? 何の事だよ?」

「最初に言ったでしょうが、あたしは人間界を征服に来たのよ。でも、この身体を手に入れるために持ってた魔力を全部使ったから、今、魔力がなくって。だから、もし魔力が戻ったらまずあんたを犬にする! そして、あのブランシェとかいう犬に飼わせてやる! その後に人間界征服!」

 征服後回しかよ。

 しかし、こいつ俺を犬にするつもりか?

 しかもブランシェに飼わせるなんて。

 …………。

「それでお願いします!」

「希望!?」

 俺の答えが予想外だったのか、アヴィーラが大きな目で驚く。

「美少女に飼われる犬になるなんて、全男性の夢じゃないか!」

 犬だろ? 舐めるぞ! 嗅ぐぞ! ぺろぺろくんくん!

「そういう……もんなの?」

「そういうもんだ!」

 俺は力強く肯定する。

 間違いはない。

 おかしい、と言う奴とは一度話をさせて欲しい。

 なんとかするから!

「じゃあ、やめるわ。全く……人間の男って分からないわね……」

 ため息をつくアヴィーラ。

「お待たせしました!」

 軽やかに戻ってくるブランシェ。

 その手には散歩用のロープが握られていた。

 そう言えばブランシェって散歩をせがむ時にはロープをくわえて来てたよな。

 今となっては懐かしい。

「よし、首輪つけて裸になるんだ! 散歩に行くぞ!」

「させるかっ!」

 だが、俺とブランシェのいつもの散歩は、アヴィーラの妨害によって止められた。

 しょうがなく、俺たちは並んで歩いてさわむらへ向かった。

「ロープがないと落ち着きません……」

 ブランシェはあちこちに興味を示してふらふら行こうとしてはやめている。

 あっちこっち行かれても困るしこう我慢しているのも可哀想だと思うからどうするかなあ。

 これまではブランシェは興味のある方に行って、俺が駄目だと思えばロープを引くという感じで散歩していたから、ロープがないと落ち着かないというのは本当だろう。

「しょうがないなあ、ロープを──」

「付けさせないわよ」

「だが、このままじゃ可哀想だろ?」

 俺はふらふらして当惑するブランシェを見ていた。

「普通に手をつなげばいいんじゃないの?」

「それだ! 凄い、アヴィーラ、お前は天才だ!」

「……人間って考えたら普通のことじゃないの、あたしじゃなく、あんたが馬鹿なだけよ」

「そっか、ま、そうかもな」

 馬鹿にされてもいい、それだけのことをアヴィーラはやってくれた。

「じゃ、手をつなぐぞ! ブランシェ、来い!」

 俺の前をうろうろしていたブランシェが走り寄ってくる。

 それで、俺は手をつなぐ。

 右手はブランシェと、左手はアヴィーラと。

「ちょ、ちょっと! なんであたしの手もつなぐのよ!」

「え? だって、普通なんだろ?」

「普通じゃないわよ! あんたはおかしい!」

 アヴィーラに怒鳴られた上、手を振りほどこうとされる。

 まあ、離すことはないけどさ。

「はーなーせーーーっ!」

 手を引っ張ったり、俺を叩いたりするが、女の子の力なんて可愛いものだ。

 俺たちは三人並んでさわむらまで歩いた。

 到着する頃には、アヴィーラの体力は尽きていた。

「着いたぞ? ここがさわむらだ」

「はあ……はあ……あんた、本当にいつか動物にして飼ってやる……」

 悪態をつくアヴィーラの手を離し、ブランシェの手も離す。

 さわむらは衣服の量販店で、男女とも売っているが、婦人ものが多い。

 服に関してはアウターからインナーまで全てここで揃うはずだ。

 もちろん量販店である以上、奇抜でマイノリティーな服はほとんどなく、シェリムのワンピースはともかく、アヴィーラのゴスロリはない。

 そう思っていた。

「あ、ゴスロリコーナーがあるっ!」

 アヴィーラは嬉しそうに走っていった。

 おそるべしだな、さわむら。

「ご主人さま? ここは何をするところですか?」

 ブランシェはきょろきょろと辺りを見回す。

「ここは服を売っているところだな。お前にも買ってやるけど、どんなのがいいんだ?」

「よくわかりません……裸では駄目なのですか?」

「俺としてはオッケーだが駄目とか言う奴もいるし、毛がない分寒いだろうから、服を着ないと風邪を引くだろ?」

「そうなのですか……人間も不便なところがあるんですね」

 まったくだ、裸でいいんなら、どんなに素晴らしい世の中になっていたことか。

「そうか、じゃあ、俺が選んでやるかな」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 ブランシェは嬉しそうに俺の後について来た。

 今尻尾があったらぶんぶん振られていただろう。

 さて、ブランシェに似合う服か。

 ブランシェは銀髪で肌も白く、目も赤みがかってるくらい色素の薄い子だ。

 こんな子に似合う服といったら──。

「メイド服……」

「何か言いましたか、ご主人さま?」

「お前に似合う服はメイド服だ! 理由はその『ご主人さま』!」

 俺は、ブランシェをびしっ、と探偵が犯人を見つけた時のように指さして言った。

「よく分かりませんが、ご主人さまが選んでくれたのならそれがいいですっ!」

 ブランシェは嬉しそうに言う。

 俺に選んで貰ったのが嬉しいようだ。

 さて、問題は量販店のさわむらにメイド服があるかだな。

 なければ秋葉でもどこでも行ってやる。

 そんな気持ちで、嬉しそうに後を付いてくるブランシェを引き連れて店内を歩き回る。

 さわむらは老若男女の服を取り揃えているため、若い女の子の服のエリアは限られていて、しかもマイノリティな服なんてのは、数えるほどしか売ってない。

 だが、メイド服はあるだろう。

 何故ならメイド服はマジョリティだからだ。

「あっ!」

 声がするので振り返ると、そこにはアヴィーラが商品棚の前にいた。

「な、なんであんたこんなところにいるのよ!」

 狼狽に近い様子で、そんな事を言い出すアヴィーラ。

「なんでって、一緒に来ただろ?」

「そうだけど! ……他行ってよ!」

 その不自然な慌てっぷりに何事かと棚を覗き込んだら、ブラジャーとパンツのセットがずらりと並んでいた。

「…………」

 アヴィーラは泣きそうな表情で俺を睨みつける。

 俺の後ろからブランシェも興味深そうに眺めている。

 俺は、その泣きそうで、顔を赤くするアヴィーラの表情を目つめて、ふと思った。

「アヴィーラ、お前にはチェックだ。それも、濃い色のな」

「死ねぇぇぇぇっ!」

 殴られそうになったが、人前だからか魔力を使わないアヴィーラの攻撃は俺にも簡単によけられた。

「あっちいけ! こっち来るな!」

「まあ、落ち着け。ブランシェの下着も買いたいんだが、ガーターに合うセットってあるのか?」

「なんでガーター限定なのよ?」

「いや、メイド服だからな。メイド服にガーターはつきものだろ?」

「知らないわよっ! 当たり前みたいに言うなっ!」

 怒鳴られた。

 おかしいなメイドにガーターは常識なのにな。

 ま、悪魔に人間の常識なんて分からないか。

「俺が探してもいいけど、お前が駄目って言うだろ?」

「下着くらい勝手に……でも、よく考えたら、あんたにそれを許すって事はあたしがされても仕方がないって事よね? だ、駄目っ! あたしが探すわよっ! あんた、サイズは分かってるの?」

 アヴィーラがブランシェに聞く。

「サイズとは、さっきご主人さまに測ってもらった数字ですか?」

「あんた、あたしのいないところで何してんのよ!」

 俺はアヴィーラに思いっきり蹴られる。

 いや、そこいらにあった体型を測るメジャーでブランシェの身体を測っただけなんだがな。

 それは俺にも言い分がある。

「俺はさ、前々からブランシェの成長記録を記録してるんだよ。それは人間になったからってやめるわけにはいかないだろ」

「……まったく、あんたって男は」

 アヴィーラが諦めたようにため息を吐く。

 ちなみに測るときに身体にべたべたと触わりまくったのは言わないようにしよう。

 周りからもカップルのじゃれ合いに思われてたしな。

「じゃあ、そのサイズ言いなさいよ、それで探してあげるから」

「はい。腿回り三十三センチ、股下からトップまでの長さ──」

「ちょっと待って! あんた! 何測ってんのよ!」

 アヴィーラはブランシェを止め、俺に向かって責め立てる。

「いや、だから、ブランシェの成長記録を──」

「どこの世界にペットの腿の太さまで測る主人がいるのよ!」

「ここにいるぞ?」

「うるさい! 死ねっ!」

「ひぎぃっ!」

 今度はアヴィーラに顔面の中心を拳で殴られる。

 非力な女の子とはいえ、これはさすがに効いた。

「まったくしょうがないわね」

 アヴィーラはぶつぶつ言いながらも、ブランシェの寸法を測った。

 悪魔のくせに面倒見のいい奴だ。

「じゃあ、下着はあたしが適当に買っとくから、しばらくこっちに来ないで?」

 アヴィーラがそう言って、俺たちを、というか、主に俺を追い払うので、俺とブランシェは婦人服の並んでいるコーナーへと戻った。

 さて、メイド服のコーナーは……。

 お、あそこだ。って、一種類だけじゃん。

 しかも何でコスプレ売り場なんだよ、おかしいだろ。

 なんでだよ、メイド服ってコスプレじゃないだろ。

 メイド服だぞ?

 メイド職の制服だぞ?

 これはメイド差別じゃないか!

 心でそう文句を言いつつ。俺は制服とかなんかビールメーカーの柄が入った服とかがと一緒に並んでるメイド服に前に来た。

「これがご主人様の選んだ服ですか?」

「そうだ、お前のような女の子のための服だ」

 俺は断定的にそう言った。

 ブランシェはわくわくとその周囲を嬉しそうに駆け回っていた。

 その様子は犬のようでとても可愛かった。

 まあ、犬なんだが。

 そのメイド服は、いわゆる英国メイドの着ているようなメイド服ではなく、メイドカフェの店員が着ているような、スカート丈の短い服だった。

 うん、それでいい、その方がいい。

「よし、とりあえず試着してから買うか!」

「はいっ!」

 ブランシェの弾む声。

 俺のペットは人間になり、メイドになった。

 これでもう、十分だ。

 ちなみにこの後試着の着替えを手伝わせるためにアヴィーラを呼んだが、下着購入中だったので鼻の下を龍頭拳(禁じ手)で殴られたが、まあ、どうでもいい話だ。

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