第五節
「あの、ですから、タオルと服を持って来たいので、しばらく目を──」
「分かった、持ってくる」
「え? いいです! 自分で取りに行きますから!」
シェリムは慌てる。
だが、俺が視界にいるので立ち上がることは出来ない。
何しろ隠せるものはノワールと自分の手しかない。
そんな状態で、一階の風呂場まで行って服を取ってくるなんて難しいだろう。
俺だって優しさくらい持ち合わせている。
目を閉じてただ、取りに行くのを待っているのが一番優しいんだろうけど、そんなことは俺には出来ない。
「俺が行ってくるから、そこで待ってろ」
「だから! 私が行きますって!」
シェリムが慌てて立ち上がって俺を追おうとする。
「ふにゃん……?」
シェリムの膝の、主にインカ帝国の初代皇帝の名を冠した神聖な場所を隠していたノワールがごろん、と転がる。
俺の目の前には一糸まとわぬ女の子が、一人で立っていた。
見た目は普通の女の子で、ただちょっと色素が薄く、肌が真っ白いというだけの神。
シャンプーの最中に連れてこられたため、乾きかけてる髪の毛がばさばさの女の子が、そこにはいた。
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
シェリムは胸と股間を押さえてしゃがみこむ。
「だから取ってきてやるから、そこでおとなしく待ってろって」
「うわーん! 全部見られた!」
号泣するシェリムを背に、俺は風呂場へ向かった。
脱衣所にはシェリムが脱いだと思われる白いワンピースが置いてあった。
他にも白いインナーシャツと黒いブラジャーとパンツ、あとソックスがあった。
「あいつ、これをもう一度着るつもりだったのか……」
俺は潔癖症でもないが、風呂に入る前に脱いだ服をもう一度着るのはあまりしない性格だ。
「ほら、こんなに汚れてるじゃないか、全く」
俺は数ある服の中からパンツを選び、匂いを嗅いだ。
そこからはシェリムと同じ匂いがした。
「しょうがない、これは洗うか」
俺は、それらの服を洗濯機に入れた。
「おっと、ワンピースは一緒に洗ってもいいかわからないから持っておくか」
俺はバスタオルとワンピースだけ持って二階の部屋に戻る。
「あのね、ノワールも全部見せるの」
「やめなさいって! それはあなたの身体じゃないでしょう!」
部屋に戻ると、服を脱ごうとしているノワールとそれを止めるシェリムがいた。
シェリムは当然全裸で、俺にさっきは見せなかった尻を見せつけていた。
「あっ! 貴大さんおかえりなさい!」
シェリムはさっと身体を隠す。
「露出狂の女神って、お前の事だったのか」
「違います! 早く服を!」
「いや、服はいいんだけどさ、それ、一度着た服だろ?」
「はい……って、なんでワンピースだけなんですか?」
「他は洗濯機に入れておいた」
「なんでですか!?」
シェリムは抗議しながら、そそくさとバスタオルを体に巻く。
「いや、汚れてたからさ。それよりお前ってこれからどうするんだ?」
そう言えばこいつら、これからどうするつもりなのか聞いてなかったな。
こいつはアヴィーラを倒しに来てるんだが、その間どこにいるつもりなんだろう。
ま、どこかに行くとか言い出しても、俺はブランシェとノワールの所有権を主張してここに住ませる気だがな。
「その……あの悪魔を倒すまでは行くところもないですし、この身体も元はここの犬さんですから、ここに住ませていただけるとありがたいのですが……」
シェリムは俺の望み通りの事を言った。
「そこまで言うのなら、泊めてやってもいい。で、金やるから服買ってこい。そこにファッションさわむらって量販店があるから」
「……え?」
「同じ服ずっと着てたら汚いだろ? だから、洗う必要があるから、買ってこい」
「で、ですが……」
「でなければ、服を洗うたびに全裸になるが?」
「喜んで買いに行きます!」
シェリムは金を受け取って、自分がバスタオルとワンピースを抱えたままの全裸だったのを思い出した。
「あ、あのっ! ワンピース以外の服は……」
「さっき言っただろ? 洗濯機に入れたって」
「聞きましたけど! ワンピースだけでは外出できません!」
「なんで?」
「その……下着がないと……外に出られません……」
シェリムが恥ずかしそうにもじもじとする。
「下着なんて服着てりゃ関係ないだろ?」
「ありますっ! 透けたらどうするんですか! それにスカートが翻ったり、胸元が開いたりしてしまったら……」
シェリムが半泣きでもじもじする。
「透けるのが怖いなら、黒い下着着るなよ。ま、透けてなかったけどな」
「それはインナーを着ていたからです!」
「じゃ、試してみようか。せっかく持ってんだからさ」
「え? あ、はい……」
シェリムはタオルの上からワンピースを着て、タオルを取った。
「うーん、どうかなあ……」
「あ、あんまり見ないでくださいね……」
「見ないとわからないじゃないか」
俺は構わずシェリムの身体を服の上から凝視する。
シェリムは俺がスカートめくったりしないかを極限まで警戒しているようで、両手でスカートの裾をつかんでいる。
「透けてはないなあ」
俺はじっとシェリムの乙女パーツが隠されている辺りを凝視したが、何も見えては来なかった。
シェリムはもじもじしながらうつむいていた。
チャンス!
「だが、確かに胸元は開いてるから前かがみはまずいな」
俺はシェリムの無警戒な胸元を思いっきり引っ張ってみる。
「いやぁぁぁぁっ!」
ちょっとうつむいたシェリムの胸元から、ノーブラの胸が露わになった。
すぐに胸を押さえたので、ほんの一秒程度だったが、くっきりと見えた。
更に胸元に意識が集中したシェリムのスカートを──。
「させませんっ!」
「おぷうっ!」
俺は綺麗に飛ばされた。
「女の子の必死のガードを甘く見ない事ですっ!」
シェリムは俺をきっと睨むが、迫力はあまりない。
ガードが堅くなったら面白くない。
もうこの辺にしておくか。
「ま、大丈夫じゃないか?」
「ううっ……もう、嫌……」
半泣きのシェリム。
ちょっと悪いことしたかな。
だが、俺だって胸元を確認しただけだ、別に悪いことをしたかったわけじゃない。
むしろ、ここで見せて外に出てから見せなくて正解だっただろう?
「にゃぁぁぁぁ……」
そう主張しようとした時、ノワールが不思議な唸り声を上げた。
「あ、もう夕暮れです! 悪魔が来ます!」
「なんだって!? ノワール!」
「にゃあ……あのね、身体が動かないの」
「明日は休みだから一緒に遊んでやるからな!」
「あそぶ、あのね、貴大とあそ……」
ノワールは最後まで言葉を言うことが出来なかった。
「ノワール……」
俺は意識の消えたノワールをしっかりと抱きしめた。
「ふはははは! 闇より舞い戻りし妾が、今日こそは……って、きゃぁぁぁぁっ! な、なんであんたが抱きしめてんのよっ!」
ノワール、いや、アヴィーラが俺を突き飛ばす。
「全く、油断も隙も──」
「ちょっとこっちへ来てくださいっ!」
大声でノーパンシェリムがアヴィーラを引っ張る。
「な、なによっ!?」
俺が言葉を挟む間もなく、シェリムはアヴィーラを引っ張って部屋から出て行こうとしていた。
「いいからっ!」
「なによ? 対決ならここで──」
「対決より大事なことです! 私にとっても、あなたにとっても!」
「わ、分かったわよ……」
シェリムの勢いに負けて、アヴィーラは渋々付いていく。
一人取り残された俺。
なんだ? シェリムは何をしたいんだ?
二人はすぐ外で話をしてるようだ。
ちょっと盗み聞きしてやれ。
俺はドアに耳を付け、外の様子を窺った。
「何なのよ! 対決じゃなかったら何がしたいのよ!」
「……落ち着いて聞いてください。私はもうすぐ魂が存在しなくなり、犬に取って代わられます」
「あっそ、あんた徳が低いのねぇ」
「人のことは言えないでしょう。それで、あなたに頼みたいことがあるんです」
「何よ?」
神からの頼みに、怪訝そうな悪魔のアヴィーラ。
「私の身体を、貴大さんから守ってくれませんか?」
「はあ? 何言ってんの?」
わけが分からない、と言った声のアヴィーラ。
俺だって同じ気持ちだ。
俺のような高潔な紳士は全ての美少女の味方だ。
敵に回ることなんてあるわけないだろ?
「あの人は、確実に私の身体に……その、性的な行為をすることでしょう。それから守って欲しいのです」
とても深刻そうに、シェリムがとても失礼なことを言う。
むかついたので、あいつがいなくなったら性的な行為とやらをしてやろう、と心に誓った。
「なんであたしがあんたを守らなきゃならないのよ。夜はあたしのやりたい放題なのよ? あんたがどうなろうと知らないわよ。……あ、妾は神がどうなろうと知ったことではない。精々人の子の慰み者になるがいい」
思い出したように、威厳ある悪魔口調に戻る。
前から思ってたけど、アヴィーラの声って可愛いから、そもそも威厳も何もないんだがな。
「……代わりに私が昼のあなたの身体を守ってあげます」
「は?」
「今日も私はあなたの身体を貴大さんから守りました。あなたの宿主は貴大さんに従順で、なんでも受け入れるどころか、私がされたセクハラ行為さえも自分から積極的にされたがってましたよ?」
「え? え? な、何をされたの?」
「……何の前触れも無く、いきなりスカートを最大限まで捲り上げたり、お風呂に入っている時に踏み込まれて、裸のまま押入れに放り込まれたり……うう……」
シェリムの声が涙を帯びる。
「……それをあたしが自分からされたがった?」
「はい、私はそれを止めました。あなたが私を守らないなら、私もあなたを守りません。あなたは陵辱を喜んで受け入れればいいのです」
「ひぃっ!」
「私はそれをじっと見ています。いえ、ビデオに撮ってブルーレイに焼いて、地獄の魔王さんに郵送します」
神が地獄に郵送ってできるのかよ。
「こ、この悪魔っ!」
アヴィーラがシェリムを非難する。
悪魔にとって悪魔って非難用語なんだ。
「悪魔はあなたです。どうしますか? 私を守ってくれますか?」
「……分かったわよ。でも、それ以外であたしは全力であんたを排除するからね!」
「当然です。協定は貴大さんのセクハラに関してだけです」
「それならいいわよ。守ってあげる。その代わり、あたしも守ってよねっ!」
「分かりました。協定は成立ですね。それではちょっと出かけてきます」
「どこに行くのよ?」
「服を買いに! 日が暮れる前に!」
そう言って、シェリムが走っていく足音が聞こえた。
「何なのよ、全く……」
つぶやく声と共にドアが開く。
俺が耳をつけていたドアがなくなり、目の前にアヴィーラの顔が現れる。
「わぁぁぁぁぁっ! な、何してるのよ!」
「盗み聞きをしてた」
「堂々と言うなっ!」
アヴィーラは少し俺と距離を取りながら、そう抗議する。
こいつ、シェリムの言葉を間に受けてやがるな。
まあいいさ、俺にはセクハラをする気なんてさらさらないんだから、こいつらの同盟なんて無駄なものだろうしな。
俺はほう、と、その場に座り込む。
アヴィーラが警戒しながら距離を取る。
そんな一方的な緊張状態がしばらく続いた。
「……何よ?」
俺がちらり、とアヴィーラの方を見ると、胸元を押さえながら、俺を睨む。
確実に男から貞操を守ろうとする時の女の子の態度だ。
俺がわざわざ紳士的でいるのが馬鹿らしくなってくる。
「あのな、別にお前に何かするつもりなんかないぞ? これまでもしてないだろ?」
「したじゃないの! あたしが来た瞬間抱きついたり、脇の下くすぐったり!」
言われてみたら、そんなことをした気がした。
「まあ些細な事故だ、気にするな」
「気にするわっ! それにあの神の怯えよう! 絶対何かしようとしてたでしょ!」
「ああ、あいつは臆病なんだよ」
性にな。
「……本当? 信じられないわね」
アヴィーラは疑惑を持った目で俺を見る。
「じゃあお前は俺じゃなく、神を信用するのか?」
「ぐっ……!」
アヴィーラは苦しげに言葉に詰まり、俺を睨む。
神を信じる、と言ってしまえば、悪魔である自分のアイデンティティーを傷つける。
だから、ここは俺を信じると言うしかない。
「どっちなんだ?」
「あ、あたしは──」
「騙されてはいけません! それがこの人の手ですっ!」
開いたままのドアの向こうから叫び声が聞こえる。
そこにはシェリムが立っていた。
行った時と同じワンピースを来ていて、手にはさわむらの紙袋を持っている。
走って来たのか、肩で息をしている。
「お、帰ってきたな? ちゃんと買えたか? 服だけじゃなくパンツとかもだぞ?」
「……はい、ありがとうございます。別にそこまで気にしていただく必要はありませんが一応感謝しておきます」
シェリムは何かを諦めたような表情で答える。
「ちゃんとパンツは穿いてきたか? ノーパンは身体に悪いぞ?」
俺はシェリムのワンピースのスカートをめくって確認する。
安っぽい柄物で、最初穿いてた高級そうな黒とは大違いだが、ちゃんと穿いているので俺は安心した。
会って半日の女の子のパンツの心配までするなんて、俺って結構気遣いの男なのかな?