好きではない。
好き、嫌い、好き、嫌い、好き。最後の花びらを掴んで掌に握ってみた。むなしい。
最初から花の枚数を数えた花占いなんて意味がないのに。それでもこれに縋ってしまうのは、きっと彼の言葉が頭に残っているから。
"別に、初めからお前なんて好きじゃなかった"
きっと半分は嘘のその言葉にかれこれ半日は悩んでいて、すっかり外も明るくなり始めてきた。
好きではない。でも嫌いではない。多分そんなところであろう私の告白を受けてくれたのは、彼がヤりたい盛りの二十代まっただ中だったから。これも推測だけど、そんなには間違っていないはず。
「私だって、好きなんかじゃっ…………!」
いくら強がっても勝手に流れてくる涙は何度拭っても止まらない。
私だってあなたなんか好きじゃなかった。ごめんね、嘘。まだ大好きなの。悔しくて寂しくて、悲しみで眠れないくらいには大好きなの。重くてごめんね。……当分忘れられそうになくて、ごめんなさい。
「どうし、よ……。明日、ふっ、仕事、なのに…うぅ」
こんなんじゃ三島に笑われちゃうなぁ、そう思ったら少しだけおかしくなって自然と口元が綻ぶ。
ピリリリッとけたたましく鳴り響いたアラームを今日は一鳴りで止められた。きっと今日はいいことが起きる。
<三島>
赤い目に気づかないはずがない。前髪を切った、新しいキーホルダーをつけてきた、普段よりメイクが濃い、どれでも気づけるんだからそんなの簡単だ。
「今日はメイク濃いんだね。デート?」
赤い瞼を隠す為のメイクだなんて知ってるよ。でも知らないふりをしなきゃいけない。所詮俺と新田はそんな関係なんだから。
「デートじゃね、ないんだけど……。うん、まぁちょっと気分転換に。変かな?」
「大丈夫だよ、変じゃない」
でも綺麗でもない。俺は普段の底なしに明るく笑う新田が好きだから、誤魔化す為に施されたメイクで無理して笑う新田は綺麗には思えないんだ。ごめんね。
なーんて考え口に出せるはずもないから代わりにコーヒーを啜る。ちょっとお高いだけあっておいしい。
「あのさ」
「うん?」
「余計なお世話っていうか、いきなり何言いだすんだよこいつって思うかもしれないけど」
「うん?」
二回目はおかしそうに笑った新田の手が止まる。いつか気に入ってると言っていた茶色の文字が並ぶキーボードに自然と動いていた視線を戻して、気づかれない程度に息を吸った。
「俺が慰めてあげようか?」
あくまでも飄々と言わなければならない。ちょっとした役者の気分だ。
新田がスカートの裾を弄る。あ、困らせちゃったなぁ。頑張って繕った表情はがちがちに強張ってるし、考えが纏まらない時の癖まで出てる。
新田が言葉を紡ごうと息を吸ったのを感じて被せるように言葉を発した。
「女の子が好きな俺としてはさ、目真っ赤なの必死に隠してる新田をほっとけないわけ」
「でも、」
「自己満足だから、お願い。うんって言って」
そう、ただの自己満足。弱ってるところにつけこもうとする、どうしようもない男の欲。
「別に、新田が好きなわけじゃないから」
ごめん、嘘ばっかりついてごめん。
「わかった、いいよ」
俯いた新田から聞こえた声は僅かに震えていたのに、慰め方も慰める意味もわからないなんて、おそらく俺はどうかしてる。
「とりあえず仕事しよう」
「あ、あぁ。また昼にでも話そう」
「そうだね」
その言葉を最後にパソコンに向き直った新田の横顔から気持ちは読めなくて、悶々としながらも俺もパソコンに向き直った。「……男の人は皆そう言うんだね。」
「え?」
「何?どうかしたの?」
「あ、いや…………別に」
「そっか」
俺は今ほどずるくありたかったことはない。
<新田>
三島に慰めてあげると言われた時、この人にはお見通しなんだなぁと思うと同時に胸の奥が燻られた。それが悔しくて自然とスカートを握っていた。
「別に、新田が好きなわけじゃないから」
あぁ、なんだこの人もか。そう思った。別に、何だってよかったのかもしれない。
高身長でイケメン、そんな三島はモテる。性格もいいし、ちょっと女好きなのに目を瞑ればたぶん理想の彼氏なんだろうな。
「それもーらいっ」
「あ!」
好きな物は最後に残すタイプの私から、唯一残るだし巻きを奪うなんてひどい奴だと目の前に座る男を睨めば、どこ吹く風で首を傾けられた。「どーしたの?」
「だし巻き」
「え、好きだった?」
「うん」
「嘘、ごめん!俺のデザートわけたげるから許して?」
ね?とでも言うように謝られれば、あざといなぁと思いながらも許してしまう。
「しょうがないなぁ」
「よっし」
「ほんとに反省してる?」
「してるしてる。ほんとごめん」
「怪しいなぁ」
慰めるとか言うからてっきり男女の関係を想像してたんだけど、なんか普通の慰め方だなぁとデザートのアイスを食べながら思う。安堵半分、落胆半分かな。
……いやいや、落胆って。何考えてるんだろう私。
自分の考えていたことを振り切るようにアイスを口に運び続けていたら、三島が様子を窺うようにスプーンを口に含んだままこちらを窺っていた。
「……何?」
「んー、別に」
「嘘。何、気になるんだけど」
「んー。ほんとなんでもないんだけどなぁ」
そう言いながらも三島の視線は相変わらず探るようなもので、その視線をこのまま受けていたら心の奥底に眠る汚いものまで見透かされそうで恐い。
「じゃあ見ないでよ」
「それは無理」
「何で」
「見たいから」
「……意味、わかんない」
少しの狼狽を滲ませた声が出た。だって急に変なことを言うから、そんなわけないのに勘違いしそうになる。
ねぇ、三島。私のこと好きなの?って。
「……俺はさ、泣いてる女の子を慰めるのは好きだけど、弱ってる女の子につけ込むようなのは嫌いなんだよね。うん、まぁ、それが俺のポリシーなわけ」
「?」
急に何を言い出すんだろうと三島を見つめる。
「だけどごめん。新田に関しては守れなさそう」
ひどく熱っぽい目をして情けなく笑っていた。
どくんと大きく胸が跳ねる。私だって馬鹿じゃないんだから三島が何を言おうとしているかくらいわかる。勘違いじゃなかったんだという驚きと、あまりにも熱い蕩けそうな視線は私をひどく焦らした。
「あ……っと、うん。ありがとう」
「まだ俺何も言ってないよ」
「でも、わかるよ」
「好きだって?」
「……!」
「何で照れるの。わかってたんでしょ?」
「……うん」
急に意地悪になった三島を一度見てまた逸らす。アイスの味があまりしない。
「大丈夫。返事は訊かない」
「……どうして?」
「だって困るでしょ?」
「そうじゃなくて。……どうして私が好きなの?いつから?」
「それ今気にするとこなんだ」
面白そうにくつくつと堪えるように喉で笑う。
「うーん。まぁ明確な時はわからないけど、気づいたらって感じかな」
「気づいたら……」
「その方がロマンチックでなんかドキドキしない?」
「しないよ」
「えー、そう?」
あ、三島も緊張してる。そう気づいた。
三島の緊張した時の癖。くるくると指先で髪を弄りながら喋っている。
「ねぇ。やっぱり返事今するよ」
「……なんで?いいよ、今度で」
「私が今したいの」
「ふーん……。そっか」
でも実際どうなんだろう。私と三島が付き合うなんて今まで考えたこともなかった。それどころか私はまだ彼が好きで、きっといつかは風化するだろうけどこのままじゃ付き合えない。それは三島にも失礼だし、何よりそうしてしまったらまた同じことになる気がする。今度は私が彼の立場で。
「ごめんね、三島。私」
「もういいよ。ていうかそれ以上言わないで」
「三島…………」
「ごめん、見ないで」
そう言う三島の声は震えていて私は咄嗟に顔を俯けた。
傷つけちゃったけどこれできっとよかったんだ。
「やべ、泣きそっ…………」
「……ありがとう、三島。好きになってくれてありがとう」
「……うん」
「もしね、もしもだけど、私が三島を好きになったらその時は私から言わせて」
「え……?」
三島の驚く顔が見える。
「だから今は言うよ」
私は三島が友達として好き。だけど男としては見れない。
「私は好きじゃない」
だから今度は私から追いかけたくなるくらい好きにさせてよ。
三島は何故か嬉しそうに笑っていた。
小説っぽいものを書きたかった。キャラが自分でも掴めません。恐ろしい。
一方通行とか両片思いが大好物です!