~異世界1日目・2日目~
一応、もしかしたらあるかもしれないので残酷描写のタグを張っておきました。
~異世界1日目~
石田光輝は森の中で寝そべっていた。
傍らには彼のものと思われるリュックサックが投げ出されていた。
「どこだよ、ここ。俺は異世界に迷い込んだって言うのか?」
いきなり飛躍したことを呟く光輝。しかし、それにはそうとしか思えない理由がある。
「確か俺は山に登っていたんじゃないのか?」
そう。光輝は山登りをしていた……はずなのだが。
彼は誤って崖から転落してしまったのだ。そして気が付くと見知らぬ森の中。
これでは異世界に迷い込んだと思っても仕方がないだろう。
「ふぅ。まあいいか。ここが異世界ならそれはそれでいいか。とりあえず森の中を歩いてみるか」
そう言って光輝は森の中を歩いて行った。
それからしばらくたった頃。
光輝は倒れている少女を見つけた。
「お、おい!どうした!大丈夫か!?」
見たところ、15、6歳くらいの少女である。心配しないわけにはいかない。
光輝は軽く少女の肩を揺すってみたが、反応がない。まさかと思って首筋に手を当てる。
「……ふぅ、よかった」
どうやら脈はあったらしい。首筋から手を離す。
と、少女のプラチナブロンドの髪に手が触れてしまい、その下にある耳が光輝の目にとまった。
「こ、これって……」
その耳は笹穂のように先がとがった耳だった。つまり、それが何を意味するのかというと……。
「間違いない。エルフだ。これで異世界確定だな……。けど、一体どうしたんだ、この子は?」
光輝は首を傾げる。
「はぁ。なんだか面倒なことになりそうだな。雨も降りそうだし、とりあえずは雨宿りができるところでも探すとするか」
光輝は空を見上げて憂鬱そうに呟き、そのエルフの少女を背負って雨宿りができるところを探し始めた。
探し始めてからすぐに、光輝は小さな洞窟を見つけた。
奥行きは8,9メートルほどで、ちょうどいい具合に奥が広い空間になっていた。光輝とエルフの少女が雨宿りをするのには十分すぎる広さだ。
光輝はとりあえずリュックから寝袋を取り出し、それを地面に敷いて少女をそこに横たわらせた。
そして、ここに来る途中で拾ったたくさんの枯れ木を組み合わせ、焚火を作った。これで寒さをしのぐこともできるし、野生の獣を遠ざけることもできる。
そこまですると、光輝は大きめの保温瓶と茶色い粉が入った袋、二つのコップを取り出した。保温瓶のふたを開け、中を確認する光輝。
「ん、まだ温かいな」
そう言うと、粉をコップに入れ、お湯を注ぐ。すると、出来上がったココアから甘い香りが広がる。
と、少女が目を覚ました。
「ん、うん……」
「お、起きたか。どうだ、気分は?」
「……?」
光輝は声をかけたが、少女はきょとんと首をかしげている。翠の目が光輝を見つめる。
「あ~、やっぱり異世界だと言葉が通じないか。ま、半ば予想してはいたんだけどさ。ほら、ココア飲めよ。温まるぞ」
光輝はエルフの少女にココアのコップを持たせる。
「ココアはいいぞ。ココアは最高の飲み物だ。人類の宝だ」
光輝が熱く持論を述べていると、少女が言葉を発した。
「……コ?」
「お、そうだ。ココアだ。コ、コ、ア」
「コ、コ、ア?」
「そう、ココア。うまいぞ」
そう言って光輝はココアを飲んだ。
それを見て安心したのか、少女もココアを口にした。
「ほら、食べようぜ。腹減ってるだろ?」
光輝はリュックからクッキーの袋を取り出し、1枚少女に手渡す。
「……?」
少女はクッキーを手に、光輝を見つめて首を傾げた。
「ああ、大丈夫。それクッキーっていう食べ物。おいしいから食べてみな」
そう言って光輝もクッキーをかじる。少女もつられて口にする。
「クッキー?」
「そうそう。クッキー」
光輝は少女と一緒にクッキーを食べココアを飲んだ。
「それじゃあ、まぁ、自己紹介するか。俺は石田光輝だ」
光輝は自分のことを指しながら自己紹介する。
「……アクア・クラウディア」
光輝の身振りが理解できたのか、少女はそう名乗った。
「そっか、アクア・クラウディアっていうのか。ん~、毎回全部呼ぶのは長いかな。んじゃ、アクアって呼ぶか」
その後、光輝はアクアに様々な日本語を教えた。
初めはなかなか進まず苦労していた光輝だったが、しばらくするとアクアが日本語の文法を理解し、それからはメキメキと言葉を覚えていってついには光輝と会話ができるようにまでなっていた。
やがて、夜の帳が下り始めたとき、アクアが眠そうな顔をした。
「ん、もうそんな時間か。それじゃアクア、もう寝るか。アクアは寝袋で眠ってくれ」
「わかった」
アクアは寝袋に潜り込むと、すぐに寝息を立て始めた。会話ができるまでに回復わしていても、精神的に疲れていたのだろう。
「さて、それじゃあ俺も寝るとするか」
光輝はそう言うと、洞窟の壁にもたれかかって目を閉じた。
~異世界2日目~
2日目の朝、光輝はアクアに揺さぶられて起こされた。
「起きて」
「ん、朝か」
目をこすりながら起き上る光輝。
「……大切な話がある」
「何だ?俺でいいなら聞くけど」
アクアはしばらくためらった後、意を決したように口を開いた。
「私は、昨日言ったようにアクア・クラウディアという名前。私はコウキのようなヒト種ではなく、エルフ族の者、だった」
「だった、って、どういうことだ?」
「私はあるエルフ族の里に生まれた。見た目は普通のエルフと同じ。けれど、里のエルフたちはすぐに私が普通でないと気が付いた。生まれて1ヶ月で言葉を話せばだれだっておかしいと思う。私はすぐに里長や賢者たちのところに預けられるようになった。初めはいろいろなことを教えてくれたけど、しだいに私と接してくれなくなってきた。私はずっと隔離されて育てられてきたけれど、17歳になった昨日、私は里を脱走した。里を出たことで信仰を捨てることになったけど、コウキに会うことができた。今では脱走してよかったと思っている」
アクアの告白に戸惑っていた光輝だが、ようやく口を開いた。
「アクア、その、なんで昨日会ったばかりの俺にそんな話を聞かせてくれるんだ?」
「……コウキなら、私を助けてくれたコウキなら私を受け入れてくれると思ったから。私は優しくしてくれる人がほしかった」
「そうか……。アクアも辛かったんだな。大丈夫だ。俺はお前を否定しない。俺はお前のそばにいてやる」
光輝の優しい言葉に、堪えきれなくなったのか、アクアが光輝の胸にすがりついて泣き出した。
「っう、えっく、ひくっ……」
「よしよし、大丈夫だからな」
光輝はただアクアの髪をなでているのだった。
しばらくして、アクアは泣きやんだ。
「ん、ありがとう、コウキ」
「いいって。落ち着いたか、アクア?」
「うん。……コウキ、ひとつお願いがある」
「なんだ?俺に出来る事なら何でもやるぞ」
「私は……」
くぅぅ~。
「……そっか。朝飯がまだだったな。朝飯を先にしていいか、アクア?」
「か、かまわない」
お腹を鳴らしたアクアが顔を赤らめてそう言った。
アクアの案内で森の中を歩き、果物を探して朝食とする光輝。
魔法瓶のお湯はすでに冷めてしまっていたので、携帯コンロでもう一度温めてココアにする。
それと光輝のクッキーが朝食のメニューである。
「そう言えば、ココアは気に入ったか?」
「ん。とても甘くておいしい」
「それは良かった」
朝食を食べ進める光輝とアクア。
やがてそれも終わり、光輝がアクアに尋ねる。
「それで、お願いって何だ?」
「その、コウキのことを、お、お兄ちゃん、って呼びたい……」
「……うん?」
光輝が固まる。
「わ、私に優しくしてくれたコウキを、兄として慕いたい……」
「あ~、アクアには兄は?」
「いなかった」
「そうか。俺も妹はいなかったな」
自分で何を言っているのか分からなくなってきた光輝。
「まぁ、いいか。アクアの好きなように呼んでくれて構わない」
「ありがとう。お、お兄ちゃん」
若干の上目遣いでアクアが光輝にお礼を言う。
「ん、ま、まぁ、それより、これからアクアはどうする?森から出るか?」
「ん、出たい」
「それなら村とは反対側に向かったほうがいいよな。村はどっちにあったんだ?」
「東の方にある」
「そっか。それじゃ、西の方に行くか。後で馬とか買うことにして。アクアもずっと歩きだと辛いだろ。いい馬を買うには結構お金が必要だと思うからそこはおれが何とかするよ」
「それならば、バコンクに行くのがいい。私の知り合いが居酒屋と馬商人をしている。お金は……お兄ちゃんに頼ることになる」
「それは別に構わないって。それで、具体的に俺は何をすればいいんだ?」
「そこの主人は居酒屋で音楽を客に聴かせている。腕がいい楽士ならば雇ってくれる。お兄ちゃんは何か楽器はできる?」
「まぁ、一応は。自前の楽器もあるし」
「それならば大丈夫。雇ってくれれば眠る所と朝食は用意してくれる。夕方から夜にかけての時間に仕事をすれば後は基本的に自由」
「なるほど。それじゃあそのバコンクって街に行くとするか」
こうして二人は旅立つのであった。
「そういえば、このあたりはなんていうんだ?」
「この辺りはプンペノンという地域」
もしかしたら本当の兄妹に見えなくないのかもしれない。