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鏡の中の男神様

作者: かわいさん
掲載日:2026/05/14

「我ながら頭が悪いな」


 購入したばかりの手鏡を眺めながら独り言ちる。


 鏡に映っているのは平凡な顔だ。全国を探せばどこにでもいるような冴えない男子高校生が映っている。

 

 俺はただ、彼女が欲しかった。


 高校に入学する前は「彼女を作ってバラ色の高校生活を送るぜ」などと浅はかな夢を見ていた。しかし、高校生活二度目の夏休みを迎えても彼女どころか女友達すらいない。

 

 この手鏡を購入した理由もそれだ。


 最近人気の男性アイドルがいる。


 そのアイドルは手鏡を持ち歩いている。男目線では意味不明だが、女子からの評判はかなり良い。身なりに気を遣っているのが好印象なのだとか。俺が以前から気になっていた少女もそのアイドルに夢中だったりする。


 で、彼女が欲しかった俺はそれを聞いて手鏡を購入したわけだ。


 しかも単なる手鏡じゃない。


 シンプルデザインのコンパクトミラーは一万円以上する高級品だ。高額の理由はダンジョン産だから。


「……我ながらマジで頭が悪い」


 高校生にとって一万円は高い。


 必死に稼いだバイト代を何に使っているのだろう。自己嫌悪が止まらない。というか、現在進行形で自己嫌悪中だったりする。


「まあ、今さらだよな。買った後だし」


 こうなったら無理にでも自分を肯定するしかない。


 ほら、この手鏡は話のネタになる。そのトークがウケるかは甚だ疑問ではあるが、多少の話題くらいにはなるだろう。多分。


『――これは夢でしょうか?』


 ……?


 不意に女の声が聞こえた、気がした。

 

 家族は外出しているし、ここは俺の部屋だ。女の声が聞こえる可能性などスマホかパソコンしかないが、どちらも操作していない。


「気のせいか」

『っ、やはり声が聞こえます。耳までおかしくなってしまったのでしょうか』


 気のせいじゃない。

 

 確かに声がする。それも近くだ。


 きょろきょろと辺りを見回した後、何気なく手鏡に視線を向けた。そこに映っていたのは冴えない男子高校生ではなく、ピンク髪の少女だった。


 ところどころボロボロになっているが、着ているのはメイド服のように見える。少女は砂漠のような場所で倒れていた。顔は乾き、目には生気がない。


 少女と目が合う。


『お、お願いします……もし幻でないのなら、水を一杯ください』


 少女はカサカサになった口を開く。


 これ、俺に言ってるのか?


 頭の中を疑問が埋め尽くしたが、口と体が勝手に動いた。

 

「お、おう。少し待っててくれ!」


 立ち上がった俺は急いで台所に向かった。コップを手に取り、蛇口を捻って水を出す。たっぷり縁まで水が満たしたところで手鏡の前に戻ってきた。


 正直、自分でも何をしているのかわかっていない。


 手鏡に少女など映るはずがない。しかも助けてくれと声を発するとかありえない。おまけに髪の色はピンクだし、顔立ちも日本人のそれとは異なる。大体、助けを求めたのが事実だとしても水をどうやって渡すというのか。

 

「えっと、水を持ってきたけど」

『あっ、ありがとうございます……っ!』


 少女がこちらに這って近づく。そして、手を伸ばす。


 次の瞬間、手鏡の中から腕が飛び出してきた。


「うおっ!」


 マジか?


 驚いていると、飛び出してきた手がコップを掴む。そして、手は鏡の向こう側に戻っていく。手鏡越しに映った少女の手には俺が用意したコップがある。

 

 少女は水を口に含んだ。


『これは……幻じゃない。本物の水っ!』


 凄まじい勢いで水を飲み始めた。あっという間にコップの水が無くなった。


「あの、もう一杯飲むか?」

『はいっ!』


 コップを受け取った俺は先ほどと同じように水でコップに満たすと、少女に手渡した。相変わらずゴクゴクと勢いよく水を飲んでいる。


 徐々に少女の顔色が戻っていく。

 

 あっという間に水を飲み干した少女は放心したように息を吐いた。しばしその様子を眺めていたら、余韻に浸っていた少女と目が合った。


 何かに気付いたように少女は慌てて跪いた。


『ありがとうございます。偉大なる”鏡の中の男神様”の慈悲に深く感謝いたします。本当に、本当にありがとうございます!」


 鏡の中の男神様?


 それは俺のことだろうか。初めて呼ばれたぞ。当たり前だけど、俺は神様などではない。普通の男子高校生だ。


 この少女は誰かと勘違いしているみたいだな。

 

 本来なら訂正すべきだろうが、さっきまで瀕死の様子だった少女だ。頭の中が混乱しているだけかもしれない。


 というか、俺自身もこの状況をよくわかっていない。


 唐突すぎて意味不明ではあるが、こういう時は女の子に嫌われないようにするのが後悔しない選択だ。この子が勘違いしている男神様らしく接するとしよう。ほら、女の子に嫌われたくないし。


「まだ水は必要か?」

『え、あの……はい。水を確保できるところまで距離がありますので』

「では、これを持って行くといい」


 俺は先ほどコンビニで購入したペットボトルの水を渡す。


『こ、これは!?』


 少女はペットボトルを眺めて目を瞬いている。


『柔らかく透明な筒……これが神の世界の技術ですか。貴重な物をお恵みくださり、ありがとうございます。男神様!』


 少女は再び深々と頭を下げた。その様子といったら神に感謝を捧げているようだった。男神様というのはやはり俺のことらしい。


 妙な少女だ。単なるペットボトルに神の世界の技術とか言い出したぞ。


 困惑していると、少女が地面に顔をこすりつけたまま口を開いた。


『貴重な物を頂戴した上に、このような頼みをするのは誠に無礼で恥知らずと承知しております。ですが、男神様のお力をどうかお貸しください!』

「……」


 相変わらず状況は不明だが、女の子に頭を下げられると罪悪感がある。


「わかった。話を聞くから顔を上げてくれ」

『はい。ありがとうございます!』


 少女は辺りをきょろきょろ見回すと、懐から小さな箱を取り出した。箱を開けると中から指輪を取り出し、俺に渡してきた。


『私はサンブリエ王国の第一王女、アストリア殿下にお仕えしております。メイドに偽装しておりますが、侍女でございます』


 サンブリエ王国?

 アストリア王女?


 それほど地理に詳しいわけじゃないが、一切聞いたことがない国名だ。それに、メイドとか侍女とか違いがよくわからない。


『男神様にお願いしたいのは、この指輪をアストリア王女にお渡しすることです』

「……」

『貢物として私の魔玉を捧げさせていただきます。何卒、何卒よろしくお願いいたしますっ!』


 魔玉って何だ?


 首を傾げていると、少女は指輪と共にピンポンサイズの玉を渡してきた。


 まずは指輪だ。指輪には綺麗な宝石が埋め込まれていた。七色に光り輝く宝石は見ているだけで吸い込まれそうになる。


 魔玉の方は赤く輝いている。一瞬だけ迷ったが、受け取った。


 その直後だった。魔玉は受け取った瞬間に溶けるようにして俺の体の中に消えていった。まるで吸収されるかのようだった。

 

 えっ、なにこれ?


「……」

『……』


 その様子を見ていた少女は唖然とした表情で再び頭を地面にこすりつける。


『どうか、どうかよろしくお願いいたします!』


 相変わらず意味不明だ。


 でも、女の子に悲しい顔をさせたくない。そう思ってしまうのが童貞という悲しい生き物なのである。


「わかった。そなたの願い、聞き届けよう」

『ありがとうございます!』


 少女は笑顔を浮かべた。その明るい表情は最初に見た時と全然違い、とても魅力的に映った。


「これからどうするのだ?」

『マフマルの秘密基地に向かいます。そこが合流地点となっていますので』

「……そうか」

『男神様、本当にありがとうございました!』


 少女が最後に頭を下げたところで景色が変わっていく。数秒程で少女の姿は消え、冴えない男子高校生が映っていた。


 えっ、なにこれ?


 ◇


 ピンク髪の少女が手鏡に映ってから数日が経過した。


 手鏡はあれから何の反応も示さなかった。相変わらずそこに映るのは冴えない男子高校生の姿だけ。


 サンブリエ王国について調べてみたが、情報は一切なかった。


 あの少女のことが気になりすぎて夏休みの宿題が手に付かなかった。あれから何度も手鏡を確認しているのだが、そのせいで家族から白い目で見られた。特に妹からの視線は強烈だった。


 もしかして全部夢だったとか?


 何度かそう思ったが、残念ながら現実だ。俺の手には少女から渡された指輪がある。指輪に付いた宝石は七色に光っており、今まで見たことがない宝石だ。ネットで調べてみても似たような宝石はなかった。


「……変な子だったな。ペットボトルも知らなかったみたいだし」


 ペットボトルを知らないとか考えられないだろ。世界中で普及しているはずだし。もしかして、あれは異世界だったとか?


 などと考えていた時だった。


『っ、これは――』


 不意に声が聞こえてきた。


 前回のことを思い出し、すぐ手鏡に視線を向けた。


 案の定、そこには少女が映っていた。


 前回の少女とは別人だ。今度は金髪でドレスを着た、気品に満ちた少女だった。場所はどこかの部屋の中だ。天蓋付きのベッドがあり、部屋に置いてある調度品には手鏡越しでも高級感があるのがわかった。


『……』

「……」


 しばし目が合い、互いに沈黙した。


 沈黙を破ったのは少女の背後から聞こえた声だった。


『どうかなさいましたか、アストリア殿下?』

『いえ、何でもないわ』


 アストリア?


 その名前には聞き覚えがある。あのピンク髪の少女が言っていた名前じゃないか。殿下という声も聞こえたぞ。


 ジッと眺めていると、少女は深々と頭を下げた。


『ようこそお越しくださいました。わたくしはサンブリエ王国の第一王女、アストリア・サンブリエと申します。偉大なる”鏡の中の男神様”にお目にかかれたこと、大変光栄に存じます』


 マジで王女様かよ。


 小心者の俺なので、もし本人が近くにいれば跪いてしまうだろう。しかし、相手は手鏡に映っているだけ。


 というか、また鏡の中の男神様?


 完全に人違いなのだが、俺には任務がある。あのピンク髪の少女と約束した。女の子との約束を破るわけにはいかない。


 よくわからないままだが、ここは”鏡の中の男神様”になりきったほうが良さそうだ。そうでないと指輪泥棒にされて面倒な話になりそうだし。


「アストリア王女か。そなたに預かり物がある」

『……預かり物ですか?』

 

 メイド服の少女から受け取った指輪を取り出す。


『それは!?』


 アストリア王女は指輪に大きな反応を示した。


『……これをどこで?』

「ある娘からそなたに渡すよう頼まれた」

『っ、それは……ピンク色の髪をした少女ではありませんでしたか。わたくしと同じ年頃の少女で、メイド服を着ていたはずです』

「うむ。我が会ったのはその娘だ」

 

 王女の顔は何とも複雑そうだった。


『……あの、エマはどうしたのでしょう?』

「エマというのは?」

『指輪を所持していた人物です』

「彼女なら砂漠で困っていたから水を飲ませた。その後についてだが、マフマルの秘密基地に向かうと言っていたぞ」


 王女の表情が晴れやかなものになった。


『エマは生きているのですね!?』

「我が会った数日前は確実に生きていたぞ」


 水がなくて危なそうではあったけど。


 相当心配していたのか、王女はそれを聞いて安堵した様子だ。我慢しているようだが、瞳からは大粒の涙がこぼれていた。


『本当にありがとうございます!』

 

 感激するのはいいが、俺としては話が一切見えてこない。


「……アストリア王女よ。少々聞いてもよいか?」

『もちろんです。男神様の質問なら何でも答えさせていただきます』


 指輪を渡すように頼まれはしたが、それ以上のことは知らない。俺が事情を知る必要は一切ないのだが、こうして話をしている以上は気になる。


 というか、あのエマという少女は個人的にかなり好みだったりする。


「何やら騒動があったようだな。我は人間界のことをあまり知らぬ。良かったら事情を聞かせてくれ」

『……かしこまりました。男神様には呆れられてしまう話ですが』


 そう断ってから王女は続ける。


『サンブリエ王国では現在、わたくしと兄上で王位継承を争っています。本来ならば次期王になるのは兄上なのですが、少しばかり問題のある人物です。そもそも側室の子であり、魔力も低くサンブリエ王国を導くには力量不足と。それに加えて人格のほうにも少々問題がありまして』


 王位継承争い?


 これは本当に異世界の可能性が高いな。


 サンブリエ王国という名前の国は調べても出なかったし、そもそもこのご時世に王位継承争いとか聞かないぞ。


「なるほど。しかし、そなたが争うのは何故だろう。他に男兄弟はいないのか?」

『弟がいたのですが……数年前に妹と共に行方不明になりました』


 聞いちゃいけない話題だったらしい。


『父上も兄上を問題ありとしております。ですが、兄上を支持する派閥を無視することもできません。そこで父上は試練を用意しました。魔物が蔓延る迷宮の奥に潜り、王の証である指輪を入手することです。わたくしはエマや信頼できる者達と数々の試練を潜り抜けて指輪を入手しました。しかし、それを知った兄上が指輪を強奪しようと襲撃してきたのです」


 平然とえげつない発言が飛び出したな。


 言い方からして母親違いの兄だろうが、妹を襲撃するとか現代日本で育った俺には信じられない。


『わたくし達は二手に分かれて王都に戻ることにしたのです。腹心のエマに指輪を託し、わたくしは囮になりました。エマは本来のルートから外れ、別ルートで王都に向かう予定でした。ただ、そちらは砂漠を経由するので非常に危険です。エマは優れた魔術師ですが、それでも不安で』


 アストリア王女は自分達だけ先に城に戻ってしまい、戻らないエマの身を案じていたらしい。


 これで納得できた。だからエマは砂漠で倒れていたのか。


『偉大なる”鏡の中の男神様”のお陰で助かりました。伝説の通り、慈悲深いお方で本当に救われました!』


 王女は深々と頭を下げた。


「……伝説とは何だ?」

『あっ、そうですよね。わたくし達にとっては特別な出来事でも、神々にとっては些細な出来事かもしれません。男神様が以前に降臨された時のことです。男神様が手助けした人物はサンブリエ王国を建国した人物だったのです。それから”鏡の中の男神様”はサンブリエ王国の民にとって信仰する神となったのです』


 なるほど。


 その「鏡の中の男神様」と今の俺の状況がたまたま一緒だから、神様と勘違いしたというわけだ。おかげで納得できた。


 エマや王女の対応はおかしかった。今の状況だって、普通なら不法侵入とかそういうのを警戒するところだろう。


 と、同時にこれでますます正体を明かすわけにはいかなくなった。ここで俺が単なる小市民ですと白状したら神を騙るなと王女様が怒るかもしれない。

 

「ふむ。そういうことであったか」

 

 それっぽく頷いておいた。


「しかし、その指輪があればそなたは――」

『はい。この指輪があればわたくしは女王として国を治めることができます。エマも無事のようですし、秘密基地で身を隠しているのならすぐに迎えに行けますわ』


 それは良かった。


 かじった程度しか聞いていないが、少なくとも妹を襲撃するような奴が王様よりは目の前にいる美しい女性が王となったほうが国民も安堵するだろう。まあ、手鏡の向こうがどうなっているのか知らないけど。


『あの――』

「どうした?」

『恐れながら、質問をしてよろしいでしょうか?』


 俺は頷く。


『……何故、わたくしの前に降臨してくださったのでしょうか』


 王女は遠慮がちに続けた。


『男神様はサンブリエ王国の建国に手を貸したものの、その後は一度も降臨しなかったと聞いています。父上が即位する際にも揉め事があったと聞いていますが、どうして今になってご助力くださるのでしょうか?』

「うむ――」


 頭を働かせる。

 

「エマという娘の王女を想う気持ちに心を打たれたのだ。あの娘は死にかけながらそなたのことを案じていた。我はその健気さに報いたくなったのだ」


 それっぽい感じの発言すると『ありがとうございます』と王女様は瞳を潤ませながら一礼した。


 その後、王女は少し席を外すと小さな箱と玉を持ってきた。


『どうぞ、お納めくださいませ』


 王女は箱を開ける。そこにはブレスレットが収められていた。


「これは?」

『風の迷宮を攻略した際に風の女神様から賜った神器でございます』


 神器とは大層なものが飛び出したな。


『そして、魔玉でございます』

「……魔玉」

 

 もう一つの玉はエマに貰ったのと似ている。ただ、今度の玉は紫色に輝いていた。

 

『ご存じとは思いますが、魔玉は自分の魔力を形にしたものです。伝説では男神様は魔玉を捧げられるとお喜びになると』

「……」


 魔玉というのはこっちの世界で言うところの定番のお供え物みたいなものだったのか。


 これは多分、本物の男神様が欲したのだろう。俺もそう思っているから、エマや王女はこれを献上してきたというわけか。


 魔力を形にしたものというのが少し怖いが、受け取らないわけにはいかないだろう。


「うむ、頂こう」


 王女は捧げる格好をしたので、俺は手を伸ばして受け取った。その瞬間、魔玉は俺の体内に消えていった。


『っ、本当に吸収できるのですね!』

「……?」

『人間は魔玉を取り込むことができないのです。他人の魔力を取り込むとその瞬間に爆発してしまいます。まさに神の御業です!』


 マジか。


 っていうか、これはどういう原理だ?


 詳しくは不明だが、俺が魔玉を吸収したことで王女の瞳から疑念みたいなものが完全に消え去ったのがわかる。


 続いてブレスレットの方も受け取った。


『やはり神々は神器を持てるのですね!』

「……?」

『人間では素手で持つことができないのです。わたくしが以前持とうとしたときは風の刃で切り刻まれ、腕に大怪我を負ってしまいました』


 これまたマジか?


 慌てて手放しそうになったが、別に触れても何の問題もない。


『もしや、風の女神様が神器を授けてくださったのは”鏡の中の男神様”に支払う対価だったのでしょうか。さすがは神々ですわ!』


 王女の中で勝手に物語が出来上がってしまったようだ。


 これ以上はボロが出そうだ。


 そう思っていたら、手鏡の景色がゆっくりと変わり始めた。


「う、うむ。対価は受け取った。さらばだ」

『はい。本当にありがとうございました!』


 程なくして、手鏡から王女の姿が消えた。


 ◇


「……俺が探索者になれるとはな」


 夏休みも終盤を迎えたその日。


 俺は探索者になった。


 探索者になればダンジョンに潜ることができる。探索者になるには魔力が必要だが、俺には生まれつき魔力がなかった。そのせいで探索者にはなれなかった。今までちっともモテなかった理由の一つがこれだ。


 探索者はとにかくモテる。


 魔物を退治する姿は格好いいし、魔法を撃って魔物を制圧する姿は絵になる。強くて金持ちなのでモテないはずがない。勝手に敵視している例のアイドルは探索者としても超一流だったりする。


「魔力に目覚めた理由か」


 これまで魔力がなかった俺だが、数日前の朝に妹から魔力を感じると言われ検査を受けた。結果として魔力が目覚めていたのでそのまま探索者となった。


 魔力は後天的に目覚めることもあるが、その確率は非常に低い。探索者ギルドの人からは心当たりがないか何度も尋ねられた。


「……報告はできなかったけど、心当たりは一つしかないよな」


 その心当たりとは魔玉だ。


 魔力の塊という説明を受けたあの魔玉を体内に入れたことで魔力が宿ったと考えるのが自然だろう。


「魔力を目覚めさせるアイテムとか聞いたことがない。ってことは、この手鏡が異世界に通じているという仮説は間違いなさそうだな」


 この手鏡は恐らくマジックアイテムだ。


 ダンジョンからは貴重なマジックアイテムに武器類が大量に見つかる。しかし一部はボロボロでどう見ても貴重に見えない物もある。


 この手鏡もゴミ扱いされて投げ売りされたのだろう。


「異世界の存在は黙っていたほうが良いだろうな」


 異世界については昔から議論されていた。数十年前に突然ダンジョンが出現したが、このダンジョンが異世界からやってきたと唱える学者も多い。


 その異世界で俺は神を騙った。


 これはまずい。もしバレたら双方の世界から大バッシングを受ける。黙っておくのが賢明だろう。


「しかし、これだけの物を貰っておいて水と指輪の受け渡しだけってのは釣り合ってないよな。エマや王女が困ってるなら力になりたいけど」


 その時だった。

 

 この数日間、何をしても反応しなかった手鏡が向こうの世界を映した。


 アストリア王女?

 

 そこに映し出されたのは部屋の椅子に座るアストリア王女だった。その手には縄があり、縛られていた。


 おいおい、どういう状況だ?


 俺に気付いたアストリア王女が深々と頭を下げた。


『お久しぶりです、男神様。お見苦しいところをお見せしています』

「う、うむ。何があったのだ?」

 

 視線を手に向ける。


『兄上の暴走です。男神様のご尽力もあり、わたくしは正式に次の王となることが決まりました。兄上も祝福してくれました。だから油断していたのです――』


 それから王女は語ってくれた。


 俺が渡した指輪を持っていくと、アストリア王女は正式に次期王に内定した。争っていた王子も納得した様子だった。


 しかし、それは罠だった。


 王子は納得などしていなかった。既にアストリア王女に決定しているのだが、それは王族の中の話だ。今日は貴族を集め、そこで大々的に次期王を発表する任命式が行われる。だが、直前で王子に呼びされた。


 そして、部屋に閉じ込められた。


「王子の目的は?」

『父上から任命される今日の式典を欠席させることです』

「クーデターか?」

『いえ、兄上にクーデターを起こすような気概はありませんわ。あの腰抜けがそのような真似ができるはずありません。それが出来るようならわたくしも兄上が王になることに反対などしませんもの。単なる嫌がらせですわ』


 アストリア王女が順調に女王になるのが気に食わないから、式典に遅らせることでケチをつけようとしているわけか。


 器の小さい王子だな。


「部屋からは出られぬのか?」

『魔封じの縄で縛られた者は魔力を封じられ、魔法を使用することができません。魔力がなければ部屋の前に立つ者を突破できないので』


 魔法を封じ、部屋の前に見張りを置いたわけか。


 俺にどうにかできないか?


 残念ながら手を伸ばしても届かない。仮に王女が鏡に近づいたとしても手鏡は片腕しか通らないので縄を解くのは難しい。


 なら、魔法ならどうだろう。


 今なら魔法が使える。本来ならダンジョン以外で魔法の使用は禁止されているが、手鏡の向こうは異世界だ。問題はなさそうだ。


「王女よ、後ろを向くのだ」

『は、はい』


 大丈夫だ、さっきダンジョンに潜って問題なかっただろ。


 先ほど探索者になるための講習を受け、最後にダンジョンに潜って実際に魔法を発動させた。かなり威力があると褒められた。


 ――カマイタチ。


 風魔法のカマイタチを発動させると、真空の刃が飛ぶ。真空の刃は狙い通り縄に向かって飛ぶが、魔法が消されてしまった。


「……」

『……?』

 

 まずい。


 幸い王女は後ろを向いているので今のは見ていない。今の俺は神様だ。この程度の縄を簡単に解けないと嘘がバレてしまうかもしれない。


 どうにかしなければと焦りながら周囲を見ると、視界に神器のブレスレットが見えた。


「……頼むぞ」


 俺はブレスレットを手に装着すると、再び同じ魔法を発動させる。


 さっきよりも魔法が強くなっているのがわかる。


 真空の刃が飛来し、王女の手を縛っていた縄に接触する。先ほどは魔法が消されてしまったが、今後は魔法が消されることなく縄を切断した。


 よし、上手くいった!


「縄は我の魔法で斬った」

『凄い……魔法を通さない魔封じの縄をあっさり切断してしまうなんて。これが人が及ぶはずのない神々のお力なのですね!』


 あっ、そういえば魔法封じとか言っていたな。


「う、うむ。これで脱出できそうか?」

『ありがとうございます。魔法が使えれば大丈夫です!』


 言うなり、アストリア王女は動き出す。


『殿下!?』

『邪魔だ!』


 見張っていた兵士が物音に反応して扉を開けた直後、アストリア少女は兵士の顔面を蹴り飛ばした。


 へっ?


 その鋭い蹴りは何なのさ。


 可愛い顔から飛び出した鋭い蹴りに驚いたけど、そういえばこの王女様は迷宮とやらに入って王の指輪を獲得した程の猛者だったな。すっかり忘れていた。

 

『ありがとうございます。このお礼は――』

「構わない。早く行きなさい」

『は、はい!』


 一礼すると、王女様は駆け出した。


 格好いいな。


 その勇敢な後ろを姿を見ていると、女の子にモテたくて頑張っている俺がホントに小さく感じて嫌になるよ。

 

 これで少しは恩を返せただろうか?


 魔法を使えるようにしてくれたお礼としてはまだまだ足りないかもしれないが、手伝えることは他になさそうだ。二度と会わないかもしれないし、これでチャラにしてもらうしかない。


「……いい王様になってください」

 

 つぶやいて頭を下げると、手鏡の向こうの景色がゆっくりと消えていく。原理はわからないが、役目が終わったということだろう。


 数秒もしない内に冴えない男子高校生を映す単なる手鏡になった。


「もしかしたら、王女様を女王陛下にするための手鏡だったのかもな」


 答えは誰にもわからない。


 でも、終わったことはわかる。


 どこかで期待していた。これが何かの始まりではないかと。ひと夏の出会いから始まる壮大な物語みたいなのを。


「……本当に、我ながら頭が悪いな。さっ、楽しい夏休みもこれで終わりだ。今年は女の子と喋れたから進歩はしているな。よし、宿題終わらせよう」


 エアコンのスイッチを入れると、放置していた宿題の消化を始めた。


 二学期はもう、すぐそこに迫っている。


 ◇ 


 こうして異世界の王女様を助けた冴えない男子高校生の夏休みは幕を閉じた。そして、退屈で何も起こらない日常に戻って――


 戻ったのは最初の数日だけだった。


 俺は知らなかった。

 魔玉のおかげで魔力が信じられない程に高められ、ダンジョンで無双できるくらい強者になっていたことを。


 俺は知らなかった。

 異世界でアストリア王女を女王陛下にした意味と、手鏡が引き起こす出会いと騒動が今後も続いていくことを。


 俺は知らなかった。

 ダンジョンで無双したことで世間から注目され、その影響で様々な事件に巻き込まれていくことを。


 俺は知らなかった。

 敵視していたイケメンアイドルが実はアストリア王女の弟であり、事故でこの世界に飛ばされてしまった王子であることを。


 俺は知らなかった。

 以前から気になっていたクラスメイトの美少女がアストリア王女の妹であり、兄と共にこの世界に飛ばされてしまった王女であること。 


 そして、俺は知らなかった。

 彼女が欲しいという理由で手鏡を購入したこの物語の結末を。



 ……続く?

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