9.初任務、出立の時。
第二十師団が発足してから3日目。
遂に彼らの初任務の日が訪れた。
空は晴天、まるで彼らの門出を応援しているかのような天気だった。
「それでは、指定討伐区域へと出発する。
目標はエチルエーテル市から南南東に離れた小規模の森の奥地――洞穴に棲みつく害魔獣の討伐だ。」
ベルンハルトが、隊長らしく任務の詳細を読み進める。
フォンスは、楽しそうに靴紐を結ぶ。
クルトはジャケットの内の薬品を数え、準備をしていた。
そして、カフカは――少し不安そうに杖の水晶をじっと見つめていた。
「どうした?カフカさん。」
「う、うん?何でもないよ!私、一度も戦闘に参加したことないから上手くできるのかなって……。」
靴紐を結び終えたフォンスが、ぽん、とカフカの肩を叩いた。
「大丈夫だ、肩の力抜こうぜ。
逆に、オレたちは何度も実戦で倒してるんだ。
今日は見学くらいの気持ちで挑んでもいいんじゃないか?」
「そうですよ。
誰だって初戦は何もできなくて当然ですから。
あまり気負いせずに頑張りましょう。」
「ありがとう。いや、私頑張るよ!焔魔術……この任務で絶対に使えるようにしてやるんだから。」
「頼もしいな。
それじゃあ、出発しよう。」
4人は顔を見合わせながら頷いた。
第二十師団の初任務がはじまる。
――――――
出発点から、3時間ほど歩いたところで鬱蒼とした森に到着した。
道中、エチルエーテル市からはかなり道が悪く、既に持ってきた水筒の中身は少なくなりつつあった。
民間討伐依頼とはいえ、懸賞金は千ヘルというかなりの高額依頼。
非常食や、火おこしの道具など――長期戦になったとしてもしっかり戦えるようにとしっかり準備をしたはずだったのだが。
「まだ歩くのかよ。」
「ああ、そうみたいだ。」
「フォンスさん、もう水筒が空に……?」
「そうなんだよ……。
もっと持ってきておいたらよかったぜ……。」
フォンスが大口を開けながら、水筒を逆さにして上下に振る。
だが、水滴は一滴たりとも落ちてくることは無かった。
「お前、昔から任務の序盤に水がぶ飲みしすぎなんだよ……。
ほら、俺のやるから。」
ベルンハルトが腰に付けている水筒をぶっきらぼうにフォンスに差し出す。
「おー、いいのか?ありがとな!」
フォンスが奪い取るかのように、ベルンハルトの水筒を手に取り飲み干す。
「おい!俺のまで空っぽにするつもりかよ!」
ベルンハルトがフォンスの水筒を取り上げる前に、またひとつ、水筒が空になった。
「……森に入ったら、川を探しましょう。
ここら辺の水域は純度が高く、飲み水に向いているので。」
クルトは目の前にある、鬱蒼とした森の入口を指す。
「流石、詳しいな!
ここまで徒歩で旅して来ただけあるな。クルトは。」
「そういえばなんだけど……。
ベルンハルトもフォンスも、今までに討伐依頼ってやつ受けたことあるの?」
カフカが首を傾げた。
彼女の手には、昨日誂えてもらった杖が握られており、どうやらそれ以外の持ち物はひとつも持ってきていないようだ。
ベルンハルトがちらりとフォンスのに視線を送ると、得意げな顔をしながら語り出した。
「一応、士官学校では実戦として民間討伐依頼の授業があったんだ。
……で、オレたちのチームはいつも首位の成績だったんだぜ。」
「へぇー。
学びに行くところなのに、危ないことさせるんだね……。」
カフカが訝しげな顔をする。
「まあ、士官学校は軍人を育てる学校だからな。
……もちろん、厳しい依頼であれば命を落とす者だっていたぞ。」
ベルンハルトが、少し俯き気味に言った。
「この話は、この任務終わってからでもたっぷり聴かせてやるよ!
そんなことより水だ水!」
「いや、水汲みに来たのが目的じゃないっての!」
――――――
薄暗い森、足元に茂る異様なほどの雑草たち。
少し鼻を掠めるのはツンとした草木の匂いだった。
朝早くに出発してからまだ数時間しか経っていないのにも関わらず、昼の太陽の明るさはここには無かった。
「……この森は、かなりエーテルが豊富なようですね。
こんなに沢山の薬草が至る所に生えているなんて。」
クルトが、地面に生えている草を刈り取り、いつの間にか手に持っていた試験管に採取している。
色や形を素早く判断し、正確に薬草かどうかを確認している姿は、まさに敏腕な医者のようだった。
「すげぇな、どれが薬草かどうかそんなスピードでわかるもんなのか。」
「経験ですよ。
皆さんも、毎日百種類の薬草と向き合っていたら、すぐにこれくらいにはなりますよ。」
クルトが満足げに笑った。
そして、すっと奥の方に視線を移す。
「薬草たちの生え方的に、この先に川があると思います。」
この時、ベルンハルトは後方から2人のやり取りを眺めながら思った。
(マルティヌス出身だからって、入隊を断らなくてよかった……。)
切実な実感であった。
――――――
「わぁ、川だ!
しかもお魚も泳いでる!!」
カフカがはしゃぎながら川の中をのぞいている。
どうやら、クルトが言っていた”純度の高い水”というのは本当らしく、町中でもなかなかお目にかかれないほどの透き通った水が存在していた。
「よかった〜。
干涸びるところだったぜ。」
フォンスが大喜びで川の水を水筒に汲み上げている。
ここの川付近には生い茂る木々が少ないのか、太陽がしっかりと空に浮かんでいるのが見えた。
「少し休憩したら、道具の最終確認をして討伐指定区域の中心部へと向かう。
ここまでかなり歩いたからな……しっかり休もう。」
「ミザンさんが小腹が空いた時にって、蜜焼きパンを持たせてくれたよ!」
カフカが嬉しそうに、ベルンハルトの荷物から包みを取り出した。
今朝の新聞で丁寧に包まれているパンは、焼きたてでは無かったとしてもしっかりと黄金色の蜂蜜の香りが漂ってくる。
彼女は近くにある、大きな岩に腰掛ける。
朝も食べたはずのそのパンを手にもち、口いっぱいに頬張ろうとした――その時だった。
――カフカの座っている岩場が、轟音を鳴らしながら動き始めたのであった。
「……え!?」
間一髪のところで、彼女は岩場から飛び退いた。
ごつごつとした岩肌には、変色した苔や無数の傷があり、長らくこの物体が存在していたことが目に見えてわかる。
「ゴーレムじゃねぇか!?
しかもこんなデケェの、なんで森にいるんだよ!?」
即座にフォンスが右手にはめてある装甲にエーテルを流し込む。
先程まで手に持っていた水筒は飛び散る雷撃の勢いで、地面に転がった。
足を踏み込む。
迸る雷魔術を纏う装甲が、大気を揺らす。
カフカが瞬きをしたその時には、立ちあがったはずのゴーレムの巨体が地面に叩きつけられていた。
木々が大きく揺れ、森に住まう鳥達が今の衝撃で一気に飛び去る音がした。
「カフカちゃん、焔魔術だ!
苔を燃やせ!」
「わ、わかった!!」
カフカが蜜焼きパンを左手に、右手で足元に転がっている杖を拾い上げる。
(……待って?みんな、どうやって魔術道具にエーテルを流し込んでるの!?)
カフカは見様見真似で、杖をグッと握り締める。
ギギ……とゴーレムが地面に手をつき立ちあがろうとしている。
焦りながら、カフカは叫ぶ。
「うわぁーーッ!!焔魔術ぅ!!!!」
――杖はびくともしない、宝石は紅色にも輝かない。
その瞬間だった。
希少金属がふんだんにあしらわれた杖は、カフカの右手からすっぽ抜けてしまった。
杖は、弧を描きながらゴーレムの足元に見事に突き刺さった。
ゴーレムに隙を与えてしまった。
ほんの僅かな時間。
頑丈な巨体がゴーレムへと背を向けるフォンスに向かって手を振り翳す。
「チッ、嘘だろ!?
フォンス!!」
ベルンハルトが勢いよく剣を抜いた。
剣の鋒は、みるみるうちに焔魔術を纏う。
その瞬間、ゴーレムの腕部分に生えている苔を全て燃やし尽くす。
ゴーレムの身体を守っている部位が炎に覆われ、一体に焦げた匂いが広がる。
「ナイス、ベルンハルトォ!」
フォンスがゴーレムの頭部分に再度、駆け上がる。
苔が無くなり、丸腰になったゴーレムがこちらにひっきりなしに攻撃を繰り出してくる。
ドゴ!ドゴ!と何度も勢いよく地面を抉る勢いで手を振り下ろし続ける。
ベルンハルトは軽やかに避けながら、重い斬撃を繰り返しゴーレムへと叩き込んでいった。
「どうしよう、杖取りに行けないよ……!?」
カフカがその場にへたり込み、考える。
「――カフカさん、荷物お願いしますね。」
カフカの耳元で風が掠めた。
瞬く間にクルトがゴーレムの足元へと忍び込む。
その速度は、フォンスよりも速い。
ゴーレムはクルトの接近に気づいていない。
地面奥深くに突き刺さった杖を軽々と抜き、音も立てずに、カフカの方に杖と共に踵を返す。
「荷物番、ありがとうございます。
こちら、杖です。」
クルトが丁寧に杖をカフカに渡すと、カフカは半泣きになりながら大事そうに杖を抱きしめた。
「あ、ありがとう……。クルト、凄く速いんだね。」
「ありがとうございます。
僕はこのまま薬草の調合をしますので、引き続き荷物を守っていてください。」
クルトがカフカに一瞥し、懐にある薬草と容器にエーテルを流し込みはじめた。
みるみるうちに空の容器の中に、エーテルが込められ、怪しい光を放つ。
「ベルンハルトさん、伏せてください!!!」
「おう!フォンス、受け身!」
「あいよ!!!」
作りたての爆弾を、ゴーレムの足元にクルトが投げつける。
瞬時に眩い光に包まれる。
――炸裂。
ドガァアアアッ!!!
耳を劈くような破裂音が響き渡った。
「倒れたぞ!」
フォンスは、ベルンハルトの言われた通りに地面に魔術を放ちながら軽やかに着地。
即座に立ち上がり、胴体と下半身の接合部へと向かう。
「ゴーレムはな、身体と足を破壊するんだよッと!!」
先程までの軽い攻撃ではなく、鈍く、重たい攻撃が突き刺さる。
ゴーレムはぴくりとも動かなくなった。
フォンスはふぅ、と一息つきゆっくりと後衛部隊の方へと歩いてくる。
「カフカちゃん、クルト、ナイスアシストだったぜ。」
「ありがとうございます。
お二人がゴーレムの弱点に気づいていなかったら倒せていませんでした。」
「クルト、フォンス、カフカさん、初戦闘ご苦労だった。」
ベルンハルトが自分の剣を鞘に収めながら言った。
「おう!久々にお前と前衛やったらやっぱり楽しいな!」
「あぁ、俺も久しぶりの感覚だった。」
地面や木々は、ほんの数分の戦闘で荒れ果ててしまっていた。
荷物や蜜焼きパンは床に転がり、先程までの和やかな森の雰囲気は何処かに消えてしまっていた。
「―――ごめんなさい!」
3人が振り返ると、カフカが杖を握りしめながら深く頭を下げていた――。




