7.4人の朝
幼い頃の夢を見た。
士官学校時代も、卒業してからエチルエーテル市に帰ってきても、この場面を夢に見ることが多かった。
――燃え盛る森を、泣きながら誰かの背中に必死にしがみつく自分の姿を、何処か遠くで眺めていた。
「――、どうするんですか?」
夢の中に居るちっぽけな自分をみて、ベルンハルトはいつも自分の無力感に打ちひしがれる。
ただぼんやりと、これは夢の中なのだと理解しながらも、この空間が薄れていくのをただひたすらに待つのみだった。
「っ……!」
目を開けると、見慣れない天井が視界に入った。
(いつもの夢…か。ところでここは――)
部屋の外は既に騒がしく、聞き慣れない喋り声や、慌ただしい足音がバタバタと聞こえていた。
どうやら、この寮の壁が薄いようで、声が筒抜けだった。
外からは士官学校時代に幾度となく聞いたフォンスの声が絶えることなく耳に入ってきている。
そして今、自分が置かれている状況を素早く感知した。
(そうだ…。俺、昨日こっちの寮に引っ越してきたんだ。)
――ベルンハルト・エチルエーテルは、エーテル国随一の水準を持つリーヴァロット市立士官学校を、ほんの数ヶ月前に卒業したばかりだった。
…だが、共に入学した幼馴染であり、親友のフォンスは士官学校を卒業した頃にはもう隣には居なかった。
彼は幼い頃からの良き理解者である親友を失い、孤独のままエーテル城で、部隊の配属を待つことになった。
彼は、エチルエーテルの苗字を持つ由緒正しい”エチルエーテル家”の血筋の青年。
別にこんな古びた寮に入らなくてもよかったのだが。
――隊長として、第二十師団の絆を深めるため。
その理由で、自分の住んでいたエーテル城の部屋を捨ててきたのであった。
コンコン、と何者かが部屋をノックした。
「ベルンハルト、起きてるかー?開けるぞー?」
勢いよくフォンスが部屋の扉を開いた。
相変わらずのデリカシーの無さに、ベルンハルトは、少し懐かしい気持ちになる。
「おはよう。どうかしたのか?」
「あぁ、管理人のミザンさん?が朝ごはんだぞって。」
「もう来ているのか…、朝早くからご苦労だな…。」
部屋を出て大広間に向かう。
どうやら、朝ごはんの時間になっても全く起きてこなかったため、フォンスがわざわざ起こしに来てくれたようだった。
士官学校時代のことを思い出し、ベルンハルトは少し懐かしい気持ちになった。
中央の机には、ミザンが美味しそうな朝ごはんを並べている。
カフカ、クルトはひと足先に朝ごはんを美味しそうに頬張り、ミザンと3人で談笑していた。
「ベルンハルト!おはよー!意外とお寝坊さんなんだねぇ…。意外かも!」
「おはようございます、昨日はバタバタしていましたもんね。お疲れ様です。」
「こいつ、学生時代も朝弱くてさー。毎日起こしてやってたんだぜ。」
「そんなことよりさ、フォンスも早く食べなよ!この蜜焼きパンすっごく美味しいんだよ!!焼きたて!」
カフカが目をキラキラと輝かせながら、机の中央にある焼きたての蜜焼きパンを指さす。
パンからは、この古びた寮には似つかわしくないような甘い香ばしい匂いが漂っていた。
「おぉ!最近は十九達が忙しくて居ないから、料理なんて久々にしたけど、こんなに感動してくれるなんてオジサン嬉しくて泣いちまうよぉ…。」
「そんなに美味いのか!じゃあオレも…。ん、これめちゃくちゃ美味いぞ!?」
「野営時代はここまで美味しいパンを食べたことはありません。管理人さん、本当にありがとうございます。」
「そうだ、自己紹介してなかったな。俺はミザン・ターナーだ。この寮の管理を任されている。趣味は料理だ!これからよろしくな。」
「ミザンさんって言うんだー!よろしくお願いします!」
カフカが、座りながらペコリと頭を下げた。
「ベルンハルト、寝起きは食欲無いってのはわかるけどよ、オジサンの朝ごはんめちゃくちゃ美味いから、食ってくれよな。」
「あ、はい…。すいません、寝起きは頭が回らなくて。」
「謝らなくていいんだよ。今日のソーセージは火竜のだからな!今日は依頼の準備日だろ?しっかり食えよな。」
「そうだミザンさん、おすすめの魔術道具屋さんってどこにありますか?卒業前と随分変わってるから、あんまり分からなくて。」
「そうだな…、もう俺も長らく魔術道具なんて買いに行ってないからな。まあ老舗の魔導工房アストラか…、最近表通りに出来たとこもいいんじゃ無いか?」
「わかりました、そこらへん当たってみます。ありがとうございます。」
朝9時、窓から見える空は蒼々と輝いており、太陽の光が眩しい。
この寮を包む光は、一年を通して寒いエーテル国にしては暖かかった。
―――
お昼過ぎ。
朝の日差しよりも数倍強い光が、4人を照らしていた。
今彼らがいるのはエチルエーテル市の城下町であった。
美しく石畳で舗装された道は、まさにエーテル国の繁栄をそのまま意味しているように思える。
カフカのヒールの音が歩くたびに軽快に鳴る。
――そして、見慣れない大きな赤い杖を彼女は背負っていた。
「カフカさんの持っているそれって…杖?なのか?」
「うん、そうだよー!魔術道具を買うなら、この杖に補助水晶でも嵌めてもらおっかなーって。」
彼女が歩くたびに、杖の金属部分がシャラリと鳴る。
杖の形状が、あまりにも異質なためベルンハルト達は訝しげにカフカの背中にある杖を眺めていた。
「すごい形をしているんだな…。これは何魔術を使う杖なんだ…?」
「んー、お母さんは焔魔術を使っていたから、多分焔かなあ?」
「焔か…、というかその杖を使って魔術をつかったことはないのか?」
「無いよ!これは、お守りみたいなものだからね。」
にこにことカフカが笑う。
彼女の小さな身体には、大きな杖は少しアンバランスに見える。
「エチルエーテル市って何回きても綺麗な街だね。私、ここの通り大好きなんだー!」
「ここはメイン通りだからな。
えっと…、アストラ工房は昔俺も行ったことがあるんだが……。」
アストラ工房、その名前を聞いた瞬間、フォンスは何かを思い出したかのように表情を変えた。
「そういえば、オレたち入学前に何度か来たよな。懐かしいな!」
「ベルンハルトさんとフォンスさんは、一緒の学校に通っていたんですか?」
クルトは興味津々だった。
「おう、一緒だったぜ!寮の部屋まで同じだった!」
ベルンハルトは、士官学校時代の話を聞くと、ほんの少しだけ表情が曇る。
理由は――フォンスとは共に卒業できなかったからだ。
フォンスが何故途中で居なくなったのかも聞けないまま、再会して3日が経過してしまったのだった。
この話になると、どんな感情をフォンスに向けていいか分からなくなってしまうため、『魔導工房アストラ』に向かって他よりも少し早歩きで向かっていった。
「着いたぞ。」
路地裏に少し入ると、どこか懐かしさを感じさせる店があった。
石造りの外壁はところどころ風化しているものの、丁寧に補修され続けてきた跡が残っている。
少し文字が掠れている看板には「魔導工房アストラ」としっかり刻まれていた。
ドアに手をかけると、年季が入った金属が擦れる音がその場に響き渡った。
「相変わらずって感じだな。」
足を踏み入れると、大小様々な魔術道具が綺麗に陳列されていた。
壁には到底支払えないであろう額の値札と杖がズラリと並んでおり、この工房が如何に老舗であるかというのがわかる。
「魔術道具ってこんなに高いんだ…。杖一本って、すごい高いんだなあ。」
「カフカちゃんのもかなり高そうだけどな、年季入ってるし。」
「店主さんに何がおすすめか聞いてみましょうか。僕も新しい試験管などが欲しいのですが…、売っているのでしょうか。」
「そうだね!すみませーん!店主さんいますかー?」
店の奥に向かってカフカが声を掛ける。
どうやら魔術道具が陳列されている部分とすぐ隣り合わせに作業場があるらしく、鈍い金属の音が鳴り響いている。
声に気づいたのか、ピタリと音が止んだ。
バタバタと足音がし、人影がこちらに近づいてきた。
「いらっしゃい。何をお探し――あれ?」
ベルンハルトは、作業場から出てきた人物を見ると、今朝の夢がはっきりと脳内に浮かんだ。
この懐かしい声色、忘れるはずがなかった。
店の奥から出てきたのは、かつて幼い頃の自分が幾度と無く聞いた声だった。
――かつて、父の隣で戦っていた、あの人だったからだ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
次のお話では、ベルンハルトの知るある人物が登場!?
水曜19時、日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!
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