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4.(元)暗殺者の面接

 「血の匂いがしますね――。」

 

 コンコン、と扉を規則正しくノックする音が聞こえる。

 先ほどのフォンスの登場とは打って変わって、少し冷ややかな声。

 ベルンハルトは我に帰り、すぐに面接用に設えた自分の椅子に座り直した。


「どうぞ、お入りください。」


 ――素性も知らない人間との面接はこれが初めてだ。


 (さっきより、薬品の匂いが増してる……。)


 行き場をなくしたフォンスは、そそくさと部屋の端っこに椅子を持って移動していた。

 ベルンハルトが目の端に映るフォンスを睨みつけると、頑張れよーと言わんばかりに手を振っている。


 扉が開かれたと思えば、白い手袋に、長い外套を着た男性…と言って良いのかわからない見た目をした人間が立っていた。

 部屋は随分と暑苦しいのに、どうしてそんな重苦しい格好をしているのだろうかと、ベルンハルトはまじまじと面接に来た青年を見つめてしまった。


「あ…そちらの椅子、どうぞ。」


 ベルンハルトが指差した先に、いかにも座り心地の悪そうな椅子があった。


「ありがとうございます。」


「――えっと、名前は。」


「クルト・マールテン。マルティヌスから来ました。


「マルティヌス?!」


 マルティヌス――その言葉を聞いた瞬間、ベルンハルトの心臓は跳ねた。

 先ほどとは違う意味で空気が重い。

 その地名が表すのは、今すぐにでもベルンハルトは目の前にいる人間に命を盗られるかもしれないという意味だった。


「マルティヌスということは、前衛を希望ということだろうか?」


 ベルンハルトはぎこちなく面接要綱を取り出す。

 『前衛、絶対必要!』と書かれた最初のページをすっと指差した。


「いいえ、僕はこちらの隊でのヒーラーを志願します。」


「ヒーラー…ということは、医師免許か水魔術か草魔術のヒール資格証を持っているということだろうか?」


 ベルンハルトの言葉を聞き、クルトはすこし目線を下向きにずらした。


「どちらも持っていません。ただ、僕はある程度なら”治療”が可能です。」


「ふーん、そりゃすごいな……。クルトさん、だっけ?」


 端っこで話を聞いていたフォンスが間に割って入ってくる。


「マルティヌスってことは、戦闘技術は”ピカイチ”じゃないのか?どうしてヒーラーなんて志願するんだよ。」


「……僕はもう、人を殺すことはしません……いや、できません、あんな事はもう二度と。」


 クルトが、目を伏せる。


「ですが、もう助からない命を終わらせる手伝いはしたい、と思っています。」


「なるほどね…。そんな理由でわざわざエチルエーテル市まではるばる来たのか?」


「そうですね……。様々な生き物を癒してきました。小さいものは実験用のラット。大きいもので家畜用竜。回復魔術は完全に覚えてはいませんが。」


「竜も治せるのか…魔術も使わずにどうやって?」


 この世界において、回復魔術を使わずに医療を施すことは奇跡に近い。

 フォンスは驚いて感嘆の声を上げた。

 クルトはフォンスが次々と投げかけてくる質問に少しだけ嬉しそうに答えていた。

 まるで、この道中雑談なんて誰ともしてこなかったのが目に見えてわかるように。


「自分で薬品を一から調合しています。すみません、変な匂いをさせてしまって。もしかして廊下にこの匂いが充満していたりしますか?」


 フォンスとクルトの会話をベルンハルトは茫然と聞くだけであった。

 

 (というか、この面接俺よりもフォンスにやらせた方がスムーズに進むんじゃ無いか?これ。)

 

 ベルンハルトは知っていた。

 フォンスのコミュニケーションの上手さに自分が敵うわけない事を。

 士官学校の時に、いつも自分よりも友達に囲まれて楽しそうに笑っているフォンスの姿が、すぐに思い出せる。

 そして、フォンスの周りに沢山いた友人達は、突然の如く退学したフォンスに対して驚きや悲しみが隠せずにいたことも、今も鮮明に目に焼き付いていて、離れなかった。


「なあ、ベルンハルト。」


「な、なんだ?フォンス。」


 士官学校時代の記憶を一人で懐かしみ、なんとなくこのどうしようもない面接の責任から逃げようとしていた時に、ハッと現実に戻される。


「クルト、凄いぞ!自分の調合術だけで大体なんでも治せるらしい!」


「凄いだなんて……、ただ自分のやりたいことを旅の中で探していた、それだけですよ。」


 フォンスがニコニコとクルトと肩を組んでいる。

 クルトの腰に付いた薬品のボトルが揺れて、今にもよくわからない緑色の液体が床に落ちてしまいそうだ。

 

(マルティヌス出身の人間でさえ、あんなに仲良くできるのか…。)


「クルト、一緒に特撰部隊としてエーテルを守ろうぜ!」


「俺も、是非部隊に入っていただこうと思っていたところです。どうか第二十師団のヒーラーとして、これからはよろしくお願いします。」


 クルトはベルンハルトとフォンスのテンションの違いに少し困惑しながら、微笑む。


「ええ、よろしくお願いします。ありがとうございます。」


「えーっとさ、聞いていいかわかんねぇんだけどよ。」


 フォンスはじーっとクルトの顔を見つめる。


「クルトって男だよな……?」


「そうですが…、もしかして、このような格好はエーテル国ではあまり流行っていないのでしょうか?」


 クルトは艶のあるミディアムくらいの髪を一つに結んでいた。

 顔立ちは確かにやや中性的に見えるが、よく見たら外套を纏っていても筋肉質な身体。

 手袋では隠れているがゴツゴツとした手は、どのような武器も握って上手く扱えそうであった。


「すまん、そういう意味で言ったわけじゃねぇんだ。そういえば特撰部隊に女なんて来るわけがないからさ、一応確認したかったなんだよ。」


「そうですね…。落ちていたチラシを見ましたが、害魔獣の討伐がメインなんですよね?」


「あー…。オレもあんまり詳しくないんだ。さっき面接受けたとこだし。」


 フォンスはベルンハルトに説明を求めるかのようにクルトとの話を中断した。

 ベルンハルトはそれに応えるかのように少し咳払いをする。


「害魔獣――近頃、エーテル国全土で奴等が暴れていることが社会問題になっているんだ。」


「確かに、オレもたまに商売ついでに依頼されてたぜ。最近めちゃくちゃ増えてるんだってな。」


「ああ。その害魔獣の対策、そして討伐を専門とするのが特撰部隊なんだ。」


「…なるほど。もしかして、血の匂いがしたのって。」


「ついこの間、この城で害魔獣遠征で亡くなった隊員全員がここで弔われたそうだ。」


「本当に、死と隣り合わせなんだな。」


「怖くないかと言ったら嘘になる、が…。でも俺たちがやらないと、どんどんこのエーテル国は荒廃してしまうだろう。」


 ベルンハルトは、自分を奮い立たせるかのように言い切った。

 先程少しだけ緩んだ空気が、また締め付けられる。

 しんと静まり返った会議室の外では、慌ただしい靴音が聞こえてくる。


「害魔獣は強い。だからこそ、3人だけじゃ心許ない。だからせめて、あと一人は必要だと思っている。最低4人は隊に必要だからな。」


「そうですね…。あともう1人、前衛ができる魔術師などがいてくれると心強いですね。」


「オレもベルンハルトも近接武器を使うからな…。魔術師が居てくれた方が、もっと簡単に殲滅できそうだな!」


「…まあそう都合よく魔術師が面接に来てくれるとは思わないけどな…。正直、特撰部隊なんて入らなくてもある程度の魔術が使えれば稼げるわけだし。」


 先ほどから扉の外から聞こえてくる靴音が、どんどん大きくなっていき、ピタリと近くで止まった。


「ん?」


「ちょうど話してたところだし、めちゃくちゃ強い魔術師が来てくれたんじゃねぇか?!」


「…そんな都合よくいかないだろ…。」


 会議室のドアが大きな音を立ててノックされる。

 その瞬間、ベルンハルトはドアの近くに”エーテル”の揺らぎが一切ないことに気がついた。

 

 この世界では、魔術を行使する際にエーテルという栄養素を消費する。

 エーテルは空気中はもちろん、食物や飲み物、生きとし生けるものが常に摂取して暮らしている。

 ――だがそれは、普通に生きているのであればの話だが。


「じゃあベルンハルト、次も面接頑張れよ!」


 フォンスとクルトはそそくさと面接の邪魔にならないように端っこの椅子の方にいく。

 先程までの緊張感はどこにいったのやら。

 クルトも、フォンスの話術のおかげで部屋に入ってきた時よりも少し穏やかな表情で、扉の外に居る誰かを待ち侘びているようだ。

 ベルンハルトがすう、と深呼吸がする。

 エーテルが揺らがないことなんて、あり得ないのだから。

 きっと、それは自分の気のせいだと言い聞かせ大きく声を出した。


「面接でしたら、お入りください。」


 ――ガチャリ、と勢いよくドアが開いた。

 少しもエーテルが反応しない、異質な空気が一気に部屋に流れ込む。

 ベルンハルトの目の前に現れたのは、どうも特撰部隊の面接には似合わない、可憐な黒い髪の美少女がたっていた。

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