18.初任務、報告書
ベルンハルトが咳払いをし、スッと立ち上がる。
「ベルンハルト・エチルエーテル。
第二十師団の隊長を務めています。
まだまだなりたてで未熟者ですが、どんな任務も命を賭して成功させるつもりです。
どうか、よろしくお願いいたします。」
アーノルドがうん、と頷いた。
エレーシャは頬杖をつきながらベルンハルトをまじまじと見ている。
ヘイルは、興味がなさそうに先程の本の続きを読んでいた。
ベルンハルトはフォンスを一瞥し、再度椅子に腰掛ける。
視線を感じとり、フォンスが堂々と立ち上がった。
「フォンス・フレッドです。
雷魔術と焔魔術、一応両方使えます。
よろしくお願いします!
足引っ張らないように頑張りまっす!」
本に釘付けだったヘイルの視線が、フォンスへと移る。
「君、二刀流の魔術使いなんだ。」
「はい、そうです。
基本は雷魔術を使って戦います。」
「……珍しい回路だね。」
ヘイルが含んだような笑みを浮かべる。
フォンスの拳に装着している魔術道具を、じっと眺めている。
すると、エレーシャが何かを察したように頭を掻いた。
「ごめんねフォンスくん。
コイツ興味あることにとことん貪欲で……。
放っておいたら、実験台とかにされそうだから、気をつけて!」
「大丈夫っすよ!気にしないでください。」
フォンスが小さく笑い、そそくさと椅子に座った。
エレーシャはため息をつき、ヘイルは再び本に視線を戻した。
「じゃあ次、僕ですね。
クルト・マールテンと申します。
薬魔術を学びながら、故郷からここに辿り着きました。
今はヒーラーとして第二十師団に在籍しています。
よろしくお願い致します。」
「おおー!ボクの可愛い後輩!
後で君の使う薬魔術について教えてよ。」
エレーシャの口が緩む。
さっきまでの態度とは大違いだった。
「もちろんです。」
クルトがゆっくりと礼をした。
エレーシャは満足げに浮かべた後、その隣に座るカフカを睨んだ。
緊張のせいか、カフカが慌てて立ち上がる。
あまりにも勢いよく立ち上がったため、彼女の高いヒールが縺れる。
「わあっ!?」
足元に優しく置かれていた杖に引っかかり、大きな音を立てる。
――シャラン。
聞き馴染みの無い金属音に、ヘイルがまた本から足元に視線をずらした。
「おい、大丈夫か?」
間一髪、椅子の背もたれを掴み転げるのを防いだ。
アーノルドが心配そうに声をかける。
もちろん、それはどんな時でも隊員の怪我は自分の責任だと彼は思っているからで。
――そんなことはつゆ知らず、エレーシャの視線がさらに冷たくカフカに降り注いでいた。
「すみません、こんな大勢の前で話すのは初めてで……。
カフカと言います。
あの、えっと……、こんなこと言うのもなんですが、実はまだ魔術を使ったことがなくて。
自分がどのポジションで戦うべきかもわかりません。
……なので、これから先たくさん戦い方を教えてください!
よろしくお願いします!!」
捲し立てるかのように、自己紹介の言葉を並べた。
シン、と会議室が静まる。
「……魔術が使えないのに、特撰部隊に入ったのか。」
先程まで、頷くだけだったアーノルドがポツリと呟いた。
「っ……はい。」
会議室に緊張が走る。
カフカが目を伏せながら、身じろぎする。
「はははははッ、なんて度胸だ!
こんなに肝が座った騎士団の人間、初めて見たぞ。
カフカちゃん、と言ったか?」
アーノルドの笑い声が会議室に轟いた。
声の圧に、ビリ、と空気中のエーテルが揺れる。
「あ、はい。
カフカちゃんです。」
「君はきっと、立派な魔術師になるさ。
まだ魔術に触れたことがなら、俺たちと一緒に学んでいったらいい。
前衛か、後衛か……。
はたまた支援に回るか。
これから何にだってなれる、可能性の怪物だ。」
「可能性の、怪物?わ、私がですか――?」
「ああそうだ。
君はまだまだ若い、きっと短命種でもない。
なら、後八十年は生きられる。
それまでに、立派な魔術師になればいい。
俺だって、最初は剣を握るのに何日もかかったんだ。」
「魔術使えなくたって、誰かを助けるためにこの隊に志願した。
これだけでも一人前の騎士団員だと、俺は思うぞ。」
「……ッ、あ、ありがとうございます。」
エレーシャがつまらなさそうに腕を組む。
ベルンハルトは、胸を撫で下ろした。
――魔術が使えない、この事実がどれだけ重いことかを誰よりも理解していたからだ。
もし特撰部隊の総団長に、彼女の存在が否定されたら――逆らうことはできない。
だからこそ、自分の仲間が認められたことがすごくすごく、嬉しかったのだ。
カフカがほっとして、席へと腰掛けた。
杖は足元に放置されたまま、金属部分が床に静かに放り出されいる。
ヘイルがゆっくりと本に視線を戻すと、また興味がなさそうに無表情になった。
「さて、と。
第二十師団の皆、自己紹介ありがとう。
そして、改めて初の任務の達成、ご苦労だった。」
アーノルドが机の上に置いてある紙を手に取る。
そこには、ベルンハルトたちが必死で完成させた炎龍種についての内容がびっしりと書き綴られていた。
「まずは、聞かせてくれないか?
――ランク7の炎龍種について。」
ベルンハルトは目を丸くした。
「アーノルドさんは、ご存知だったんですか?」
「ああいや、俺も今回の遠征から帰還してから知った。
よく無事で帰って来れた。
そして、気づかなかったこと、本当にすまないと思っている。」
「いいえ、俺もランク7だと気づかずに戦い、救援を呼ばなかった。
隊長としての判断を誤りました。」
「隊長失格――?
ベルンハルト、それは違う。
結果論だったとしても、自分の部隊を指揮し、守り抜いた。
そしてこの高ランクの戦いで勝ったこと。
初任務とは思えない偉業だ。」
ベルンハルトは黙る。
炎龍種は確かにあの洞穴から排除した。
だが、討伐はしていない。
それを、任務達成と言ってもいいのだろうかと、葛藤していたからだ。
「アーノルドさん、ありがとうございます。
ただ、我々は炎龍種に留めを刺すことはできませんでした。」
「……殺さなかった、ということか。」
「はい、詳細はこちらの報告書を追って報告させていただきます。」
ベルンハルトも、同じく紙を手に取った――。
「今回、我々が洞穴で遭遇したのは、見た目は一般的な炎龍種でした。
大きさは、成龍くらい。
ただ今回の任務で向かった洞穴は、明らかに成龍が住むには難しい規模の場所でした。」
「ふぅん、なるほどね。
……要するに、成龍クラスが入れるわけないような穴に何故かその炎龍種がいたってこと?」
エレーシャが、アーノルドの資料を覗き込みながら目を細めた。
「エレーシャさんの仰る通りです。
洞穴内部には、炎龍種がもがいたような無数の傷が残っていました。」
「んー……。
てことは、転移魔術とか?
いやそんなわけないよねぇ。
あんな高度魔術、使える人限られてるでしょ?」
エレーシャが唸っていると、ヘイルが間髪入れずに口を挟んだ。
「そもそも、転移魔術は自分自身を転移するものだ。
自分一人をどこかに飛ばすだけでも恐ろしいほどのエーテルを消費する……。
成龍クラスの何かを転移させようとしたら、恐ろしいほどの回路を持っていないとできないだろうね。」
「あー、はいはい!
すぐに魔術の話になったら口を挟んでくるんだから。
どーせ自分はできるって自慢でしょ!?」
「僕は専門外の魔術には興味がなくてね。
ミスって胴体と頭が泣き別れになっても、つまらないし。」
ヘイルが揶揄うように少し笑った。
その様子を見て、ベルンハルトが恐る恐る続きを声に出す。
「そして、炎龍種は地下空間に幽閉されていました。
どれほどの期間かはわかりませんが……。」
「まず、炎龍種が地下に巣食うなんて聞いたこともないな。
地下なんて、龍種の腹の足しになるようなものはないだろうし。」
「そうですね。
地下空間には炎龍種の餌になるようなものなんて見当たりませんでした。
……ただ、かなりの高濃度のエーテルが充満していました。」
「……高濃度のエーテル、か。」
「エーテルなんて食べても成長しないよ?
なんだか変な話だね。」
エレーシャが神妙な面持ちで報告書を睨みつけている。
アーノルドに握られていた報告書は、いつの間にかエレーシャに奪われていた。
「その後、地下空間で炎龍種と交戦しました。
自分とフォンスが腹部を貫き、一度は倒れ込んだのですが……。
――その後、すぐに皮膚が再生し、もう一度立ち上がり攻撃を仕掛けてきました。」
「さ、再生?」
「はい、ほんの数分の間に完全に内臓まで元通りになりました。」
「はぁ、そんな龍種聞いたことないんだけど。
……しかも、ヒーラーなんていないわけでしょ?
ものの数分で体表の致命傷を完全に治し切るなんて、ボクでも難しいのにさ。」
「もちろん、外的要因で傷が塞がったとは考えにくいです。
高濃度のエーテルとの因果関係も、わかりませんでした。」
「続けてくれ、ベルンハルト。
この絶体絶命の状態で、どうやってほとんど無傷で生還したんだ?」
「わかりました。
この後、カフカさんの杖に過剰に反応し始めました。
杖の金属音に反応して、咆哮を上げていることに気がついたのです。」
ヘイルの眉がピクリと動いた。
「杖って、君の足元に転がっている子のことかい?」
「は、はい……!」
それまで手放す気のなかった本を、ヘイルが静かに閉じた。
「…何、あんま興味なかったんじゃないの?」
「いや、たった今興味が湧いたんだよ。
その再生する炎龍種の話とやらにね。」
「お前、今までの話聞いていたのか?」
アーノルドが報告書をヘイルに渡そうとする。
――だが、彼は受け取ろうとしなかった。
「面白そうな部分だけ頭に入っているからいいよ。
さて、君の杖だけど。」
ヘイルの鋭い眼光が、カフカに刺さる。
「いい音がするんだね、不思議な音だ。」
「そ、そうですか?
ありがとうございます。」
カフカが戸惑いながらも答えた。
妙な空気に包まれ、喉がつっかえる。
「見てもいいかい。
ずっと気になっていたんだ、その奇妙な金属音。」
カフカが、言われるがままに床に放置していた杖を慌てて拾い上げた。
シャラン――。
金属音が、静まり返った会議室に不自然に響いた。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!
改めて、炎龍種の違和感に少しずつ迫って行きます。
水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととても嬉しいです!
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