16.ランク7
月明かりの中、第二十師団の四人はフラフラとエーテル城前までやっとの思いで帰還した。
街灯も少ないため、酔っ払いには危険な道だとベルンハルトは悟る。
「やっと、吐き気が完全に収まりました……。」
「私、なんか頭いたーい……。」
カフカが虚な目をしながら頭を抑える。
感じたことのない頭痛に、彼女は更に歩くスピードがゆっくりになる。
――そして、今最も問題児であるフォンスと言うと。
「……ふあぁ〜……。
ん?なんだ?寒ィぞここ……。
酒場に穴でも空いてンの……か?
……ん?」
フォンスが瞼を擦る。
夜の冷たい空気が肌に刺さり、不快感を感じる。
そして、今地に足を着けていない状態であると言うことを徐々に頭で理解する。
「おい」
「ベルンハルトォ、お前どこにいるんだ?」
「ここだよここ!!!
お前の、下!!」
「ウワァーッ!?!?」
フォンスが驚きのあまりバランスを崩し、ベルンハルトの背から勢いよく落ちる。
ドシン!!
腰を抑えながら、今自分の置かれている状況を必死に考える。
「お前、やっと起きたな?」
「オレ、さっきまで酒場で隣のおっちゃんたちと飲んでて……。」
「そこまでは覚えてるんだな。」
ベルンハルトが大きくため息をついた。
その様子を見て、気まずそうにフォンスが頭を掻く。
「悪ィ!!
酒場からオレのこと運ばせたってことだよな!?」
「右腕はまだ痛むのに、お前を背負って歩いたせいで肩も痛い。」
「ホントスミマセン……。」
「……まぁいい。
その代わり、報告書は頑張れよ。」
「うう、流石兄弟だぜ〜……。」
「うわ、近寄るな酒臭いんだよ!」
――――――
エーテル城前広場。
もう夜は深いというのにも関わらず、あたりは妙に騒がしかった。
「なんでしょうか?
血生臭いですね……。
また気持ち悪くなりそうです……。」
クルトが目を細める。
「流石に敷地内での嘔吐はやめろよ……。」
「ねえ、見て!」
カフカが広場中央を行き来する人々を指差した。
そこでは、多くの人間が行き来しながら何かを囲んでいる。
よく見ると――そこに横たわっていたのは、つい先ほど自分たちも嬉々として食べていた食材だった。
「あれは……。
龍種の死骸か?」
「フォンスは寝てたから見てないんだな。
あれは、第十九師団のアーノルドさんが運んできた竜肉だ。
明日には市場に新鮮な肉が並ぶだろう。」
「第十九師団って、オレ達の上の階に住んでる人たちだよな?」
「そういえば、面接から一度も会ったことがないですね……。」
「アーノルドさんは、俺も特撰部隊に配属されてから初めて知ったんだが……。
俺たちよりも遥かに強い。」
「えぇ〜。
私たちも負けてないよ!!
炎龍種の討伐だってできたじゃん!」
カフカが胸を張る。
酔いが覚めてきたのか、段々と普段の明るさを取り戻していた。
「まぁ、俺たちは炎龍種を逃しただけで殺せてはいない……。
あんな龍種くらい、アーノルドさんならすぐに殺してしまうだろう。」
「上司がそこまで強いなんて、戦いっぷりを一度見てみたいですね。」
「なぁ、第十九師団の他のメンバーは知らないのか?」
フォンスが首を傾げた。
「知らないな……。
何人いるのかさえも明かされていない。
表立って活動しているのは、アーノルドさんだけだ。」
「へぇ〜!
どんな人たちなんだろう!
早く会ってみたいなぁ!!」
目をキラキラさせながら、カフカがスキップする。
先程の情けない姿は、もうどこにもなかった。
「今なら寮内にいるんじゃないか?」
「ホント!?
楽しみだなぁ。
女の子いたりするかなぁ、友達になれたらいいなぁ。」
広場の中央の営みを横目に、四人は寮へと足を進めた。
今日は雲ひとつない、綺麗な夜空だった。
――――――
そして、少し前の場面に遡る。
「ミザンさん――聞こえていますよ。」
「べ、ベルンハルトじゃあないか……。
どうだ?あそこの酒場、めちゃくちゃ美味かっただろ?
今から二次会でもやるか?
なぁ、あ、あはは……。」
明らかに動揺するミザンをベルンハルトが鋭い目つきでじっと睨んだ。
「説明してください、俺達の受けた依頼のことですよね?」
「き、聞こえてたのか……!!
いや、本当にすまなかった!!!
土下座でもなんでもやる!」
ミザンが床に座り込む。
その慌て具合に、カフカがキョトンと顔をする。
「ねぇ、ランク7ってどういうこと?」
彼女が床に落ちている書籍を手に取る。
乱雑に放置されていたため、ページが折れ曲がっていた。
「炎龍種の依頼が、オレ達が受けていいランクの依頼じゃなかったってことだな。
にしても、なかなかの高ランク依頼だったんだな……。」
「本当にすまなかったと思っている。
アーノルドが帰還した時に気づいたんだ……。
やけに満身創痍で帰還したし、何があったのかと思ったんだよ。
でもお前ら、夕方くらいまで眠りっぱなしだし、そのまま酒場行っちまったから……。」
ミザンが床に勢いよく額を擦り付ける。
摩擦で火が起きそうだ。
「この通りだ、ベルンハルト、どうかどうか。
ジョンには言わないでくれぇえええええええ!!!!!」
耳がキーンとするような叫び声。
ベルンハルトは二重の意味で、顔を顰める。
少し考えた後、口を開く。
「俺が直接父上と話す機会はないですが……報告書でバレますよ?」
「ああ……俺のボーナスカットが決まった……。」
額の次は、顔を床に擦り付けていた。
「あのさ、とりあえず倒せてしっかり生きて帰ってこれたんだし……いいんじゃない?
もしかしたら、第十九師団の人たちが行ってたらあの子、お母さんに会えないまま市場に並んでたかもだし。」
少し寂しそうにカフカが目を伏せる。
「確かにな。
別に悪いことしたそうな感じじゃなかったし。
ミザンさんのおかげってことにしとこうぜ!」
「カフカちゃん……、フォンス……。
第二十師団はいい子達ばっかりだな……。」
「……報告書には手違いってことは書かないでおきます。
父上のことだから、クビにしそうですしね。」
「あ、ありがとうベルンハルト……!
お詫びに今から秘伝のエーテルビールを飲ませてやろう……。」
「それは結構です。」
――――――
「おっそ〜い!!!
後3分遅かったらもう寝てたんだけどぉ!」
――エーテル城、医務室。
蝋燭と月明かりに照らされて、エレーシャが杖を振り回している姿が見えた。
だだっ広い空間には患者様のベッドがずらりと並んでおり、その一つにエレーシャがちょこんと座っている。
アーノルドは笑いながらドアをパタンと閉める。
「悪い悪い。
返り血を拭き取るのに案外時間がかかったんだよ。
ほら、臭くないだろう?」
アーノルドが勢いよくエレーシャの顔に腕を近づける。
あまりの勢いに、思わずベッドからひっくり返りそうになる。
「うわわっ!」
あまりの勢いに、エレーシャは思わずベッドから転げ落ちそうになる。
「距離感とか考えてって前から言ってるじゃん!!
本当にアーノルドってこっちの気持ち考えないよねぇ!」
「ははは、いつもご苦労さん。
今回は右腕と右肩がやけに痛むから、念入りに頼む。」
「はぁーい。
てか、報告書の台紙、アイツに渡してきたの?」
エレーシャが杖を左手に持ち、右手をアーノルドの背中へと翳す。
ふわり、と水色のエーテルが手のひらからゆっくりと滲んだ。
しゅう……。
水滴が広がるようにアーノルドの背を包み、淡く光が薄暗い医務室を照らした。
「ああ、さっき図書館の方まで走ってきた。」
「こんな時間なのにまだ図書館にいるなんて、研究バカすぎない!?
あの調子で明日の報告会までに書いて来なかったら杖で殴ってやるんだから……!」
エレーシャが杖を素振りすると、空気中のエーテルが揺らぎ始めた。
「おい、痛い痛い。
エレーシャ、治療に集中してくれ。
背中がチクチクする。」
「あ、ごめん。」
エレーシャは再び、アーノルドの背中に手を翳す。
「てか、結構傷深くない?
この強さで再生癒術やっても塞がらないんだけど。」
「本当か?
……おかしいな、俺のエーテルの流れが遅いのか?」
「はぁ〜、そんなことあるわけないって。
アーノルドのエーテル回路は普通じゃないでしょ。」
「エレーシャに言われたくないな。」
「ボクとアーノルドはそもそも種族違いなんだから、違って当然なの。」
「それもそうだな。」
アーノルドが苦笑した。
次第に座っているのが疲れたのか、ベッドに横たわる。
ウトウトしながら、大きな欠伸までしている。
「ふわぁ、このまま寝ちまいそうだ……。」
「ちょっと!
ここ医務室!!!
せめて寮に戻って寝なよ!?」
「寮まで戻る体力はないな……。」
「はぁぁあああ!
だから仮眠くらいは取れって言ったのに!
何日も徹夜で害魔獣と戦うからでしょぉ!!」
「グゥ。」
「あああ寝るな!もー!!」
エレーシャの声が、医務室に響き渡る。
先程までエチルエーテルの英雄だった男は、今しがた眠りについた。
「はぁ……。本当にどうしようもない隊長だよ。」
エレーシャは寝息を立てるアーノルドを横目に、右手を翳し続ける。
(……にしても妙だな……。
アーノルドのエーテル回路のスピードなら、この出力で浴びせ続けたら傷は塞がるはず……なのに。)
(癒術を、受け入れるスピードがいつもよりも遅い?)
(何かに、阻害されているみたいだ。)
エレーシャに緊張が走る。
このような現象は、長い人生のうちで一度も経験がない。
皮膚を覆うようにエーテルの膜が広がる。
戦闘で負った深い傷が、塞がる気配もなくそこに鎮座し続けている。
アーノルドの寝息とエレーシャの呼気が、かろうじて静寂を切り裂き続ける。
(ダメだ……。)
(皮膚が再生したと思ったら、また傷が戻る……。
これも報告書に書かないとだぁ……。)
ふぅ、とエレーシャがため息をついた。
エーテルを消し、隣にあったベッドに同じように横になる。
「おやすみ、アーノルド。
呑気な英雄さんだね、君は。」
エレーシャは目を瞑りながらそっと呟いた。




