15.アーノルド、帰還
「おお!久しぶりに帰ってきたらやっぱり騒がしくていいなァ。
あっはっはっは!!!」
アーノルド・ハイドレンジア。
――第十九師団をまとめ上げる凄腕の隊長だ。
ベルンハルトとはさほど変わらない年齢。
それでいて、高ランクの討伐依頼を次々とこなす化け物師団を率いている。
ただ、表舞台に上がっているのは隊長である彼のみ。
同じ特撰部隊に所属する、ベルンハルトでさえ、他の隊員を見たことがない。
何人いるのか。
どのような連携で害魔獣を討つのか――。
その実態を知る者は、誰も居ない。
自分の体躯よりも遥かに大きな荷車には、巨大な龍種の死骸が積まれている。
それを難なく引きながら、依頼を終えてすぐとは思えないような朗らかな態度で、民衆に愛想を振り撒く姿はまさにこの国の英雄と呼ぶに相応しい。
ベルンハルトは生唾を飲んだ。
同じく討伐任務をこなしてきたとはいえ、彼とは魔術の精度も、体力も、技術も――彼とは桁違いだ。
右腕には今回の任務で無様に負った傷。
背には頼れる味方であったフォンス。
右にはウトウトと目を擦るカフカ。
左には……満身創痍で項垂れているクルトが居た。
(俺たちは、第十九師団のように立派に害魔獣と戦えるのか。
ベルンハルトは、じっと遠くなるアーノルドを見つめた。
「……その前に、寮に帰るか……。
ほら、行くぞ。
クルト歩けるか?」
「はぁ……外の空気を吸ったら落ち着きました……。
ご迷惑をおかけて、申し訳ないです……。」
クルトが立ち上がり、ベルンハルトに土下座する勢いで頭を下げた。
「……酒はほどほどにしような。」
「はい……。」
「zzz……。」
ベルンハルトを先頭に、第二十師団はゆっくりと歩き始めた。
寮への道はまだまだ遠い。
――――――
エーテル城、入り口近く。
夜もすっかり更けているというのに、竜の死骸を囲みながら仕入れの作業が行われていた。
「それじゃあ、この肉は市場に搬入。
んで、こっちの鱗は――。」
「ちょっとぉおお!!!
本当にそのでかい死骸、持って帰ってきたのぉ!?」
エーテル城内から、小さな影が全速力で近づいてきた。
薄桃色と、淡い水色が交差する長い髪。
柔らかく白い肌は、雪のように透き通ってみえる。
長いまつ毛が揺れ、金色の瞳が、夜に浮かぶ星のように輝いている。
市場の人間たちは、その人間離れした美貌に思わずざわつく。
「ああ、エレーシャじゃないか。
お風呂の時間には間に合ったのか?」
「はぁ!?
こんな薄汚い男たちの前で、乙女のお風呂の話なんかしないでよねぇっ!
裸でも想像されたらどーすんの!?
ていうか、臭い!
さっさとお風呂入っちゃってよ。
傷だって深いんだから、治療しないとじゃん。
ボクが寝ちゃう前に、終わらせないと、治してあげないから!」
「ああ、悪い悪い。
さっさと終わらせるから、そう怒るなって。
そういえば、ヘイルはどうしたんだ?
トドメを刺した後、すぐに帰っちまったから腹でも空いてるのかと思ってよ。」
「……ヘイルねぇ……。
あいつ、帰ってきた途端に引きこもりっぱなしだよ。」
「ははは!!!
相変わらず勉強熱心だなぁ!
俺も見習いたい!」
「アーノルドはそーいうの苦手でしょ。
ボク、先に戻ってるからね!」
エレーシャは言いたいことだけを一気にまくし立てると、そのままくるりと踵を返し城内へ戻っていった。
「――っつーわけでよ。
この肉たちの処理は、市場の一存で管理してもらってもいいか?
俺も治療があってな。
そのかわりと言っちゃなんだが、無料で持って言ってくれ。」
「アーノルドさん、いつも本当にありがとうございます。」
「第十九師団様のおかげで、我が国の竜肉供給は安定しています!」
「いいんだよ。
なるべく手ごろな値段で提供してやってくれよ。
俺も酒場で食う肉が一番好きだからな。」
アーノルドは、空になった荷車を引きながらエーテル城の中に消えていった。
彼の去った後には、市場の人間の騒めきだけが残されていた。
「この量をたった一人で……。」
商人がざらりとした竜の表面をなぞる。
「ああ、相変わらず恐ろしい力だ……。
魔術師でも、十人は必要なほどの重さだぞ、この肉。」
「見ろ、この裂傷。
一撃で仕留めないと、こんなに綺麗に肉は残らないぞ。」
「心臓をひと突き……か。
どんなスピードしてんのかねぇ。」
「しかも、これが毎回だからな。
第十九師団が帰還した日は、必ず竜肉が市場に並ぶ。」
「とにかく、市場に運び込みましょうか。」
第十九師団の仕事っぷりに、唖然とする者たち。
それぞれが魔道具や飼育用ゴーレムなどを使い、竜肉を運んでいく。
生ぬるい空気が城門を漂う。
濃い血の匂いが鼻を掠め、顔を顰める者もいた。
エチルエーテル市の食生活に、竜肉は欠かせない。
炎龍種、氷龍種、雷龍種――。
それぞれの違う属性のエーテルを纏う龍種たちが国の各地で空を支配していた。
人里を襲い、生命環境を脅かす魔獣。
いつしか人々は、それらを害魔獣と呼ぶようになった。
龍種は、その中でも特に危険度の高い存在であり、高ランクの討伐依頼として扱われている。
民間の討伐隊の実力者でさえ、手を焼くほどの脅威なのである。
――――――
「おお、アーノルドじゃないか!
今回の任務はなかなか長引いたんじゃないか?」
――エーテル城、寮内。
アーノルドの帰還に、ミザンが駆け寄った。
「エレーシャがずーっとお前を医務室でお待ちだぞ。
ずっと愚痴を聞かされる身にもなってくれよ……。」
ミザンが頭を抱える。
そんな姿を見て、アーノルドが吹き出した。
「あっはっはっは!!!
すみません、ミザンさん。
エレーシャには強く言っておきます。」
「ああ、頼むぞ!本気でな!
俺よりもずいぶん年上だから、口ごたえできなくて困ってるんだよ。」
「――誰が年寄りだってぇ?」
音もなく忍び寄る影。
アーノルドの背後には、いつの間にか小柄なエレーシャが立っていた。
「年寄りなんて言ってねぇよ!」
エレーシャがミザンをギロリと睨んだ。
アーノルドは板挟みになり、身動きを取ることができない。
「あのね〜。
見た目は絶対にボクの方が若々しいんだから!!
そーいうとこだよ、オ、ジ、サ、ン!!!」
「オジサン!!!
まぁ、お前らよりかは老けてるけどよ……。」
「エレーシャ、それくらいにしろ。
ミザンさんが落ち込んだら、明日は飯抜きだぞ。」
「俺は飯炊き用員かよ!」
エレーシャは、くるりと踵を返す。
「んー、それは困っちゃうなあ。
オジサンのご飯はとびきり美味しいからね。
とりあえず、ボクは医務室にいるから。
30分以内に風呂、上がってきてね!
絶対、絶対だからねー!!」
勢いよく扉が閉まる。
先ほどよりも軽やかな足取りで、エレーシャは城内に駆けていく。
アーノルドは、背中に背負っていた大剣を玄関に立てかけ、一息つく。
彼の体躯よりも大きな武器の刃には、ところどころに霜がついていた。
銀の刃には、うっすらと凍った跡が残っており、ミザンがそれをじっと見つめる。
「おい、珍しく味方の魔術でもまともに喰らったのか?」
「いや……?
アイツはそんなにコントロール悪くないですよ。」
「あー、まあそうだよな。
でもお前の剣、凍結した跡があるからさ。
流れ弾でも当たったのかと思ったんだよ。」
「今回の氷龍種の討伐はかなり簡単な部類でしたよ。
正直、後衛は暇そうでしたし!」
「――氷龍種?」
ほんのわずかな沈黙。
アーノルドがキョトンとした顔でミザンを見る。
次の瞬間、ミザンが何かを思い出したかのように大きな声を出した。
「待て、今回はどこの任務だったんだ?」
「あぁ、えっと。
――リーヴァロット市の氷龍種の任務ですが……。」
「あああああああああ!!!
待て、それランクなんだった?」
アーノルドが少し首を傾げながら口を開く。
「確か4だったはず、それがどうかしたんですか?」
その言葉を聞き、ミザンの顔色がみるみるうちに青ざめていく。
「アーノルド、すまない。
俺のミスだった。」
「はい?」
「それは新入りたちの任務だ!!!!!!!!!」
「えぇええっ!?
ベルンハルト達は無事なんですか?」
「あぁ、無事だ……。
やけにボロボロになって帰ってきたなと思ってたんだよ……。
アイツら、いきなり高ランク帯の炎龍種を倒してきたのか……。」
「あっはっはっはっは!!!!!
こりゃすげェな!!!」
アーノルドが豪快に笑った。
「ミザンさん、アイツらなかなかやりますね。
――きっと、俺たちをすぐに超える立派な師団になりますよ。」
「お前らみたいな怪物になるには時間がかかりそうだけどな。
……って、もうこんな時間じゃないか。」
「エレーシャをこれ以上怒らせたら、三日は回復魔術無しで特攻させられそうだ。
それじゃあミザンさん、また明日。」
アーノルドは快活な笑顔を残し、去っていった。
「はぁ……。
とりあえず、ベルンハルト達が帰ってきたらなんて言おうかね……。」
ミザンが頭を掻く。
「詫びに俺のお気に入りの、超上等エーテルビールでも飲ましてやるか。」
――その選択は、今この瞬間、最も不正解に近かった。
玄関に置かれた、高ランク帯の依頼表たちを手に取る。
そこには、害魔獣に関する討伐依頼が大量に書き連ねられていた。
ランクは10から1で表されている。
本来ベルンハルト達は、3か4程度の依頼を受けるべきだったのだが――。
「えーっと、炎龍種、炎龍種っと。
第十九師団に直々にご依頼が来たやつだから……高ランクだったはずなんだよな。」
パラパラとページを捲ると、洞穴の炎龍種の文字が見えた。
「ッ!?」
ミザンは息を呑んだ。
そこに記されていたのは、ランク7という文字だったからだ。
「ランク7だと――?」
「逆にどうやって、炎龍種を討伐したんだよ!?」
「ミザンさん――聞こえていますよ。」
ガチャッ!!!
ドアが勢いよく開く。
ミザンが顔をあげると――。
そこには怪訝な顔をしたベルンハルトが立っていた。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!
次回から遂に、第十九師団が登場します。
水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!
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