14.初任務の祝宴にて
「ってことで、初任務お疲れ様ーッ!!!!!!」
カーン!とガラス同士の衝突が大きく響いた。
「わーい!おつかれ〜!」
カフカが一人一人に、飲み物が入ったグラスを乾杯させる。
その表情は、まるで昨日の任務の疲れなんてなかったみたいに晴れやかだ。
「うっ、そんな激しくグラスをぶつけないでくれないか……右腕に響く……。」
ベルンハルトがグラスを机に勢いよく置き、項垂れる。
「お前、大丈夫なのかよ。
まあ、またいつでも運んでやるからよ!」
フォンスが小脇に抱えるジェスチャーをしながら、ベルンハルトに顔を近づける。
「クソ……。
あれは恥ずかしいから忘れろフォンス……。」
「なんでだよぉ〜。
学生時代を思い出したぜ、オレは!」
「お待たせしました、塩漬け瓜の薬草和えと、氷漬けトマトでーす!!」
「きたー!ありがとうございます!!」
フォンスが店員から運ばれてくる料理を受け取っていく。
気の利くクルトは、卓の上にあるグラスを少し端に寄せ、皿を綺麗に並べていた。
「すみません、白雪チーズの蜜焼きパン四人分くださーい!」
立ち去ろうとする店員に、カフカがすかさずに注文する。
「僕もいいですか?
えーと……、薬草サラダ……ゴルドース風ドレッシングで。
あと、本日のカルパッチョをお願いします。」
「かしこまりました!すぐお持ちいたしますね。」
店員は素早くメニューを聞き取り、そそくさと厨房に入って行った。
「やっぱ最初はこういうお通しだよな〜。」
「ここお通し代だけで結構取られるんだよな……。」
ベルンハルトが並べられたつまみを値踏みするかのように睨みつける。
「しゃーねぇしゃーねぇ!
城下町で一番いい立地にあるんだしなぁ!」
フォンスが早速、氷漬けトマトに手を伸ばした。
表面は薄い氷の膜に覆われ、齧ると薬草の香りが一気に鼻へと突き抜ける。
本体のトマトはしっかりと熟しており、ジュワッとした甘味が口内に広がる。
ハーブの塩気が、トマトの甘さと相乗効果を発揮していた。
「めちゃくちゃうまいな!!
こりゃお通し代だけで20ヘルは払える!」
「20ヘルは高すぎるんじゃないですか……?」
「カフカさんは食わないのか?」
ベルンハルトが取り皿をカフカに差し出す。
すると、ぶんぶんと顔を横に振った。
「……私、野菜嫌い……。」
「なるほど……。」
「塩和えの瓜も厳しいですか?」
「塩和えしてても、瓜って青臭いんだよね〜……。
うう、みんなで食べてください……。」
「なら遠慮なくいただくぞ!」
フォンスが特大のグラスを口につける。
中にあった液体が一気に飲み干され、口の周りには青白く発光する泡が付いている。
「フォンス、それ何?」
「ん?エーテルビールのことか?
カフカちゃん、お酒、飲んだことねぇのか?」
「うん、お酒って美味しい?」
「おう、美味いぞ!!
よかったら飲んでみるか?
すみませーん!エーテルビール2杯お願いしまーす!」
フォンスの大声が、騒がしい酒場に響き渡る。
「フォンス、お前もう2杯目かよ!?
ペース早すぎないか……?」
「これくらい全然酔う気配ないぜ。」
「ならいいんだけどな……。
クルトは酒強いのか……って。」
ベルンハルトが瓜を齧りながらクルトに視線を向けた。
――クルトの顔が真っ赤になり、ビール片手にトマトを口に運び続けていた。
「んー僕は強くもなく、弱くもないと思いますよぉ。」
「いや絶対に弱いだろ!!」
クルトのジョッキはまだ半分残っているのに、皿の上の氷漬けトマトはいつの間にか空になっていた。
「わー!クルトって大食いだっけ?」
カフカは、自分の嫌いな食べ物が目の前から消え、満足そうに笑っていた。
「そうなのかもしれませんね……。」
ベルンハルトは嫌な予感がした。
この宴会は、自分が正気を保たなければ終わる。
そう悟ったのだった。
「おい、クルト、本当に大丈夫か?」
「ええ……大丈夫です……。」
顔を真っ赤にしながらジョッキの中のビールを真顔で飲み干すクルト。
「クルトやるじゃん!
いい飲みっぷりだな。」
「アルコールが血中に浸透している感じがしますね……。」
「それはそうだな。」
ベルンハルトがちまちまと自分のジョッキに口をつける。
「すごいですね……。
毒なのに合法なんですねぇ……。」
クルトが真顔でジョッキを見つめながら言った。
「毒扱いなのかよ!?」
ほろ酔いのクルトが暴れている中、大量の食事が目の前に運ばれてくる。
「お待たせしました!
こちらエーテルビール2つと、白雪チーズの蜜焼きパン、サラダ、本日のカルパッチョです!
蜜焼きパンには別添えの白雪チーズをかけてお召し上がりくださいね。」
「僕、注文いいですかっ!」
「はい、どうぞー!」
「エーテルビールと、火竜のブラートヴルスト追加で。」
クルトがニコニコしながら注文を終えた。
「すごーい!!これがお酒!?青いんだ……。」
「エーテルで発酵させてるから青いんだぜ。
カフカちゃんのお酒デビューに乾杯!」
「かんぱ〜〜い!!」
「カフカさん、一応初めてだから気をつけて……って一気するな!!!!!」
なんと、フォンスに負けじと一気にジョッキの半分までビールを飲み干した。
「え〜、なんだろう。
変な感じぃ〜。」
口元に青白い泡をつけたまま、首を傾げる。
カフカの顔もみるみるうちに真っ赤に染まっており、ベルンハルトは頭を抱えた。
(これは、任務よりも大変かもしれない……。)
クルトは無言で注文したサラダを口に放り込み、カルパッチョにまで手を伸ばす。
「これは、美味しいですね。
このピンク色の切り身……オルツェの港で獲られたに違いありません!」
「いや、オルツェから運べるわけないだろ……何日かかると思ってんだよ。」
一方、フォンスはというと。
――隣の卓の男性たちと既に盃を交わしていたのだった。
「オレたちが横のテーブルに座ったことにかんぱーーいっっ!!!」
「あははは、キミ、めちゃくちゃノリいいねぇ!
どこの団?」
「ああ〜っっ!?
こんのバカフォンス!!!」
「オレっすか!?
第三十師団だっけ……んー移動商人をしてるっす!」
フォンスが胸を張る。
「違う!
お前は今第二十師団だよアホフォンス!!!」
「そこの可愛いお嬢ちゃんは……、杖ってことは、魔術師かい?」
フォンスの横に紛れて、カフカもちゃっかり横の飲み会に参加してしまっていた。
そもそもここの店のテーブルが至近距離すぎるのも悪い。
「うん!そーです!!
なんと今から、焔魔術使っちゃいまーす!」
その瞬間、カフカが座っていた椅子に立ち上がった。
床に置いてあった杖を右手に、左手にはもうほとんど中身が残っていないジョッキを持っている。
シャラン、シャラン、と杖が揺れ、酒場の注目はカフカの元に集中する。
珍しい金属音に、周囲の客がヒソヒソと話しているのがベルンハルトには分かった。
「カフカちゃん、魔術使えねぇだろぉ〜?
ほら、オレが分けてやんよ。」
フォンスがパチンと指を鳴らし、指先をこっそりと赤く光らせる。
すると、カフカの杖の金属部分からほんの少しの火が飛び出た……ように見えた。
「お嬢ちゃんいいぞ〜!!」
「あはは!!!
私って焔魔術使えたんだ!
やったー!」
「カフカちゃんすげー!
もう一流の魔術師じゃんかよっ!」
「でーしょー。」
火花が頭上でバチバチと鳴る。
杖を振り回すたびに、酒場がわぁっと盛り上がった。
「あああ、すみませんうちの隊員がご迷惑をおかけしました!!」
隣の卓にいたはずのベルンハルトが、フォンスの頭を殴り、カフカを椅子からゆっくり下す。
顔から火が出そうな勢いで、二人を強制的に回収していく。
「バカフォンス、昔から言ってるだろ!
他のテーブルには混ざるな!
んで、カフカさんは戦場でもないのに杖を振り回さない!」
「えー。
つまんねー。」
「えー。
杖も振り回されたがってるよぉー。」
「……昨日まであんなにしっかり連携できてたのに。
第二十師団はアルコールに敗北したのか……。」
ベルンハルトは大きいため息をついた。
(頼もしい回復役は真顔で変なことばっかり言うし、前衛は歯止めが効かない。
挙げ句の果てに初飲酒であの悪酔い……。
……終わっている。)
「オレはベルンハルトが止めても、まだまだ飲むからな。」
間髪入れずにフォンスが手を挙げる。
「エーテルビール1杯くださーい!!」
「はーい!」
厨房から声が聞こえる。
こんな大騒ぎでも、酒場の店員というのは感心するくらい働き者だ。
「あー、蜜焼きパン食べ忘れてたぁ……。
いっただっきまぁす!」
カフカはアツアツの蜜焼きパンを口に放り込んだ。
普段食べている蜜焼きパンとは違い、白雪チーズが大量にかかっている。
白くてツヤツヤのチーズは、まるで雪を固めたような滑らかさがあり、一口食べたカフカが声を上げた。
「う、うっまぁ……。
何これ、甘じょっぱいんだぁ……。」
カリッとした蜂蜜の表面が、とろけるようなチーズと合わさってじゅわ、と蕩けて消えた。
頬を抑え、心底幸せそうな顔をしていた。
「はあ、四人前頼んでよかったぁ……。
全部まとめて食べちゃうねぇ!」
「あ、こら。
俺も食べたいんだからな、一つくらい置いといてくれよ。」
「ベルンハルトさん、その右腕の怪我……。
大丈夫ですか?今から薬をつけましょうか。」
クルトがペタ、ペタとベルンハルトの火傷の部分を触る。
「いやもう昨日散々塗りたくってたって!!」
クルトが薬草サラダのドレッシングを、スプーンで皮膚に塗ろうとした。
「いやそれドレッシングだからァ!!!」
二人がワチャワチャと横で騒いでいると、急にテーブルに鈍い打撃音が響く。
「は?」
「え?」
――フォンスがジョッキを持ちながらテーブルに突っ伏していた。
「はぁーッ!?」
「ぐぅ……。」
先程まで一番うるさかった男が、すんなりと眠りに落ちているのだ。
急にテーブルが静かになり、違和感を覚えるベルンハルト。
フォンスを見たクルトが徐に近づき、親指をフォンスの右手首の部分に当てた。
「……フォンスさん、脈ありますね……。」
「当たり前だろ。」
「ざんね……――よかった。
死んでたら解剖するところでした。」
「やめろ、心の声聞こえてるぞクルト。」
「ねー、フォンス起きないのー?」
カフカが口いっぱいに蜜焼きパンを詰めながら目をまんまるくする。
ツンツン、と肩をつつくが、フォンスはびくともしなかった。
「こいつは昔から一度寝たら起きん。
特に酒が入ってたらな。」
「ウッ!!」
クルトが急に立ち上がる。
口を抑え、先程まで真っ赤だった顔が真っ青に変わっていた。
「お、おい、大丈夫か?
外出てくるか?」
「いえ……吐瀉物の処理は自分でできます……。」
「そういう問題じゃないだろ……。
はあ、とりあえず外出てこい、外。」
「う、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳……ウプ……。」
クルトが勢いよく酒場のドアを開け放った。
「さて……と。」
現状整理。
フォンス、机の上で爆睡。
カフカ、泥酔。
クルト、瀕死……といったところだった。
「クソ〜……。
おいフォンス起きろ、カフカさんも立って。」
「お客さん、お会計ですか?」
「あ、はい。
すみません騒がしくしちゃって……。」
ベルンハルトは酒場の店員に深々と頭を下げる。
「あはは、全然いいんですよ。
うちはいつでもこんな感じなんでね。
それじゃあ、お通し含んで……150ヘルで。」
「150……?
あれ、安くないですか?」
伝票を見ながら、首を傾げる。
既に200ヘル分の硬貨をテーブルの上に置いてあったため、予想外の値段の安さに面食らった。
「ああ、今日から竜肉料理が安くなってるんですよ!
そろそろ大量に仕入れが入る予定でしてね。」
「そうなんですね。
それじゃあこちらで。」
50ヘルを財布に直し、会計を済ませる。
店内を見回すと、確かに『竜肉半額セール』という文字がメニュー表の横に大きく掲げられていた。
「ったく、マジで起きる気配ないな……。」
フォンスの頭を軽く叩いてみるが、ぴくりとも動かない。
一方でカフカはというと、千鳥足でそそくさと酒場の入り口に向かっていた。
「はぁ……、このバカを背負うしかないな……。」
ベルンハルトが勢いよくフォンスを背負う。
たらふく飲み食いした後の身体は、想像以上に重かった。
その重みに、二人まとめて転んでしまいそうになる。
――ガチャ。
カフカが勢いよく扉を開けた瞬間、酒場の熱気をかき消すような声が外に響いていた。
いつもの人通りとは訳が違う、大衆の騒ぐ声がやけに耳に響く。
酒場で陽気に飲んでいた冒険者たちも、外の活気に気付き、ザワザワと盛り上がり出した。
「おい、竜肉の到着じゃないか?」
「すみませーん!
追加でブルートヴラスト頼む!」
「新鮮な竜肉は久しぶりだなぁ!」
竜肉を急いで頼む者、慌てて外の様子を伺いにいく者。
酒場は再び、先ほどとは違う熱気に包まれていた。
フォンスを背負いながら、人の波をかき分けて外に出る。
………………ガラガラガラガラ――――――
どこからともなく、荷車の大きな音が城下町に響く。
(なんの音だ?)
ベルンハルトがキョロキョロと辺りを見回すと、城門に向かい歩いてきている人影が見えた。
わぁ、と歓声が上がる。
そして、人々が口を揃えてこう言った。
「第十九師団が帰還なさったぞ!」
「アーノルド隊長だ!!」
第十九師団。
――アーノルド隊長。
ベルンハルトがハッと顔を上げる。
目線の先の青年と目が合った。
そこには、面接前以来顔を見ていなかった、第十九師団の隊長がいたのであった――――――。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!
今回で初任務編が終わり、次の話からは新章に入ります。
水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!
よろしければブックマークや評価などいただけると大変励みになります!




