11.灼熱の洞穴へ(前)
「……困りましたね。」
クルトが洞穴の奥に視線を送る。
先程までの騒がしさが、嘘のように、二人の呼吸音だけが岩壁に反響していた。
「カフカちゃんは初任務……。
しかも、補助道具ありだったとしても魔術は使えない。」
フォンスが拳をギュッと握る。
装甲からは、パリパリ……と微かな電流音が漏れている。
クルトの方に目をやると、ベルンハルトが踏み込んだであろう岩場をじっと見つめていた。
「あれはなんだったのでしょうか。
ここは古代遺跡でもないはずなのに……。」
「エーテル回路の有無にでも反応すんのかね。」
フォンスは舌打ちし、小さく息を吐く。
「まあ、とりあえず、だ。
あいつらが先に炎龍種に遭遇しちまったらまずい、さっさと奥に進もうぜ。」
「ええ、そうしましょう。」
二人は頷き、洞穴の奥へと進んだ。
――――――
ドクンドクン、と岩壁が胎動のように不気味に響いていた。
じっとしているだけで、身体中から汗が滲み出てくる。
「……だいぶ上から落ちてきちゃったみたいだね。」
「どうやら、そうみたいだな……。」
キョロキョロとあたりを見回す。
先程までいた地点とは違い、奥には炎が揺らめいており、周りがしっかりと見える。
「俺が警戒を怠ったせいで、こんな地下まで落ちてきてしまった。
すまない、カフカさん。」
ベルンハルトがカフカに頭を下げる。
「ええ!!か、顔をあげて!!
……正直、さっき滑落した時だって、私がベルンハルトの裾を引っ張ったからだし……。
こちらこそ、ずっと足を引っ張ってばっかりでごめん。」
カフカは、どうしようもなさそうに杖の金属部分を撫でる。
シャラン、シャラン、不気味な洞穴には似合わないほどに美しい音が響く。
(希少金属……か。
本当に現世にあるとは思えない、神秘的な杖だ。)
「どうしたの?
そんなに見つめて。」
「ああ、いや。
随分とカフカさんに似合う杖だなって思って。」
そう言った途端急に照れ臭くなり、視線をずらした。
「本当!?
に、似合ってるなんて、誰にも言われたことなかったから。
めちゃくちゃ嬉しい。」
カフカが嬉しそうに、笑った。
彼女の笑顔は、晴れの日の太陽みたいだ。
ベルンハルトはその眩しさに、黙ることしかできなかった。
「……そういえば、カフカさんは、何年くらい一人だったんだ?」
「何年……か。
んー、具体的に何年かは覚えていないなぁ……。
でも、お母さんがいなくなってからは、この杖と二人で暮らしてたから、実質一人じゃなかったかも!!」
「杖って、人扱いなのかよ!?」
「ちゃんとお風呂にもたまに入れてたし……。
あ、でもでも、乾かすのが面倒でカビが生えそうになったこともあったよ!」
「その扱い……母親の形見か?」
「も、もちろん!
ギリギリ生えなかったし、セーフ!」
(それは、限りなくアウトに近いのではないのか。)
ニコニコと話すカフカに、何も言えなくなってしまった。
「カフカさんのお母さんって、多分凄い魔術師だったんだな。」
その言葉を聞いた瞬間。
カフカが、ハッとした顔をした。
そして、すぐにまた柔らかい表情に戻る。
「どうして、そう思うの?」
二人の間に、温かい風が掠める。
物体の焦げつく匂いがさっきよりも酷く、ベルンハルトが少し空咳をした。
「……カフカさんが、魔術を使えなかったとしても。
なんの縁もゆかりもない特撰部隊に入ろうと思ったことだな――。」
一息つき、考えていた言葉を呑み込んだ。
「なんでもない。
フォンスたちと合流しよう。
ここは、暑苦しいからな。」
「うん!
道は任せたよ、隊長!」
――――――
洞窟の奥に進めば進むほど、熱さが近くなる。
熱源に刻一刻と近づいている感覚がある。
鋭い熱気は、皮膚を刺すような痛みがあり、思わずベルンハルトが顔を顰めた。
「ねぇ、ベルンハルト。
ここ見て?」
「どうした。」
二歩後ろを歩くカフカが、岩壁を指差した。
――そこには、巨大な体躯が、苦しむかのように体を引きずったような痕跡があった。
所々に、天井から崩落した石も転がっており、足場の悪さが目に見えて取れる。
「これが、討伐指定の害魔獣の痕跡……?」
「わかんないけどさ、すっごい高いところにも変な痕があるよ。」
「本当だな。
あの高さの炎龍種がこんな洞穴にいるのか……?」
「そもそも、入ってこれなさそうだよね。」
カフカが、痕跡を手でなぞる。
「んー。
こうやって触っても、クルトみたいにわかんないや。」
灼熱の洞穴の中、カフカがくすりと笑った。
――その直後。
火炎が、二人の頬を掠める。
恐ろしい出力の焔。
人じゃない、理性のあるものの仕業じゃない。
本能でベルンハルトが鞘から剣を抜く。
熱に炙られたかのような、茹だるような空気が身体を覆う。
先程の熱はまだほんの子供騙しだった――そう思えるほどの熱。
「炎龍種だ!!」
ベルンハルトの叫びに呼応するかのように、熱を帯びた咆哮が唸った。
グォォォォォアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ベルンハルトは悟る。
これは――ただの炎龍種ではない。
もっと恐ろしい害魔獣に違いない。
焔魔術の火炎が洞穴の奥からひっきりなしに襲い来る。
このままだと、自分もカフカも消し炭になるだけ――
「カフカさん!!
俺から離れないように、俺が本体を叩く!!」
「う、うんッ!!」
二人は全力で走る。
進めば進むほどに、異常な熱が体を伝う。
特殊な魔術装備でもないと、この熱さには耐えられない。
――だが、ベルンハルトは進まなければならない。
この先に、たとえ自分よりも遥かに強い害魔獣が待ち受けていたとしても――。




