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第81話  溶岩亀の出現

 ドォン!!


 腹の底を、巨人の振るう破城槌ラムで直接かち割られたみたいな、重苦しい音がした。

 

 空気が震える?いや、違う。空間そのものが熱でひしゃげて、悲鳴を上げているんだ。 坑道の奥深く。陽炎がゆらめく暗闇の向こう側から、とんでもない質量の「ナニカ」が、ズリ……ズリ……と。地獄の底から這い出してくる音がする。


 最初は、岩壁が崩落したのかと思った。でも違う、デカすぎる。  

 天井から垂れ下がる鍾乳石を、まるで枯れ枝みたいにバキバキとへし折りながら進んでくる、黒と赤の巨大な岩塊。 全長、軽く十メートルはあるんじゃないか?


 背中に背負っているのは、ドーム状の甲羅……いや、あれは甲羅なんて可愛いもんじゃない。冷え固まって鋭利になった黒曜石と、未だドロドロに脈打つ赤熱したマグマが混ざり合った、生きた火山そのものだ。


「……嘘、だろ……」


 隣でカインが、肺の空気が抜けたような情けない声で呻いた。

 無理もない話だ、俺だって足がすくんでいる。さっきまで必死に相手をしていたマグマ・リザードが、愛くるしい愛玩動物に見えるレベルの化け物なんだから。

 

 奴が歩くたびに、重たい足が地面に深々とめり込む。ジュウウウ、と岩が焼け焦げる音が、ここまで響いてくる。鼻先から漏れる呼気が、濃密な白煙になって坑内を満たしていく。硫黄と、死の臭い。まさに地獄の窯元だ。


 溶岩亀ヴォルカニック・タートル。いや、あんな馬鹿げたデカさは、王立図書館の図鑑のどこを探したって載ってない。この鉱山に溜まった熱と魔素、その全てを吸い尽くして肥大化した、正真正銘の変異種イレギュラー



『うひょー! 美味そう!』

(は?)  


 俺が絶句していると、脳内に場違いな声が響いた。


『見ろよルーク! あの背中のマグマ! あれ、何百年も煮込まれた極上の火霊素だぜ? ひと口吸ったら、三日は腹いっぱいになれるな!』


 懐の中で、炎精霊のヴァルが舌なめずりをする気配がした。お前な、あれを見て「美味そう」とか思うの、この広い世界でお前だけだからな。でも、悔しいがヴァルの言う通りだ。精霊視を発動して見てみると、そいつの姿は肉眼よりもっとエグいことになっていた。


 赤と黒の澱みが、甲羅の中でドス黒い渦を巻いている。本来なら循環して山へ還るはずの火の霊素が、出口を失って、あの中で腐敗しながら熱を溜め込んでいるんだ。  

 言ってみれば、蓋を溶接したまま火にかけ続けた錬金釜。あるいは、暴発寸前の魔導炉だ。  

 刺激すれば、どうなるか。考えるだけで寒気がする。


「ひるむなッ!!」


 その絶望的に煮詰まった空気を、鋭い怒号が切り裂いた。  


 オスカーだ。  


 我らが副団長は、カインやノルンが恐怖で足を踏み出すよりも早く、前に出ていた。その横顔に、恐怖の色はない。あるのは、焦燥。そして、煮えたぎるような執念だけ。


「たかが、図体がデカいだけの爬虫類だ……! バルザード、行くぞ!」


 オスカーが剣を抜く。  


 ジャラッ、と甲冑が鳴る音が、妙に耳に残った。彼の横には、黄金のたてがみを持つ獅子――上位霊獣アスト・レグナスのバルザードが並んでいる。バルザードが低く喉を鳴らした。その声は、ただの野獣の威嚇じゃない。主の覚悟に呼応して、張り詰めた空気をさらにピリつかせる、王者の響きだ。


「バルザード! 合わせろ!」

「グルルルルッ!」


 亀が、大きくあぎとを開けた。喉の奥で、紅蓮の光が収束していくのが見える。  


 ブレスだ。


 あれだけの質量だ。直撃すれば、俺たちどころか、この坑道ごと蒸発して塵も残らない。


「来るぞ! 総員、我が背後に回れ!」


 オスカーが叫ぶと同時に、左手の巨大なタワーシールドを構えた。鋼鉄と魔鉱石を幾重にも重ねた、ガルドリア王家自慢の重盾。だが、相手はマグマの奔流だ。いくらドワーフの名工が鍛えた名盾でも、あの熱量で溶かされるんじゃ……


 ゴオオオオオオオオッ!!


 放たれた。視界が白く染まるほどの熱線。


「うわあっ!」  


 カインが悲鳴を上げ、ノルンが顔を覆う。俺も目を細めた肌がチリチリと焼ける感覚。終わった、と思った。


 ガアアアアアアッ!!


 バルザードの咆哮


 獅子が吠えた瞬間、そのたてがみが黄金に輝き、オスカーの盾を包み込むように光の障壁を展開した。霊獣スキル《盾鬣解放オーラム・マントル》物理的な盾の上に、高密度の霊素の盾を重ねる鉄壁の布陣!


 ドォガアアアアアン!!


 熱線が盾に直撃し、四方八方に散る。坑道の壁が飴細工のように溶け、天井が焼け落ちる。  


 熱い熱い熱い!でも。  


 オスカーは、一歩も引かなかった。鎧の隙間から煙を上げ、足元の岩盤が砕けて靴がめり込んでも、その膝は折れない。


「ぐ、おおおおおッ!!」


 歯を食いしばり、血管が切れそうな形相で耐える。バルザードもまた、主を支えるように体を押し付け、光を供給し続ける。見てるだけで火傷しそうな熱量なのに、あの二人の間にある「誇り」みたいなもんが、熱を弾いてるみたいだ。


 すげぇ


 正直、舐めてた。ただ血筋がいいだけの、飾り物の副団長なんかじゃない。

 あの人は今、本物の「盾」だ。

 数秒が、永遠に感じられた。やがて、亀のブレスが途切れる。プシュウウウ、と白煙を上げて、亀が息継ぎをした、その一瞬。


「今だッ!!」


 オスカーが、煙を切り裂いて飛び出した。  


 速い


 盾を捨て、両手で剣を握りしめた決死の突撃。ブレスを耐えきった直後だぞ? 普通なら呼吸困難と脱水症状で倒れてるタイミングだ。なのに、今の彼は、むしろ加速している。焦りか、執念か。それとも、王族としての意地か。


「我が剣は、ガルドリアの威光! 貴様ごとき岩塊に、止められるものかあああッ!!」


 剣身に、真紅の炎が宿る。  契約精霊グランの力だけじゃない。オスカー自身の魂を薪にして燃やしたような、どす黒く、それでいて鮮烈な赤。  


 狙うは、亀の右前脚。巨大な体を支える、神殿の柱のような足首の関節。


「《皇炎・零距離斬インペリアル・ゼロ》ッ!!」


 踏み込みと同時に、全身の霊素を爆発させる。剣を振るというより、炎の塊を叩きつけるような一撃。


 ズドォン!!


 斬撃音が、爆発音に変わる。硬いはずの岩石の皮膚が、熟れた果実か何かのように容易く融解し、両断された。マグマのような血飛沫が舞う。亀の巨体が、ガクンと傾いた。


「グオオオッ!?」


 支えを失った右側から、ズズズン! と地面に崩れ落ちる。  

 ダウンだ。あの山みたいな化け物を、人間ひとりの剣が転ばせやがった。


「はぁ……はぁ……! 見たか……!」


 オスカーは、赤熱して歪んだ剣を構えたまま、肩で息をする。全身、煤だらけだ。  

 立派だった白銀の鎧は黒く焦げ、マントなんて半分燃え尽きてボロ布みたいになっている。  

 でも、その背中は。今まで見たどの瞬間よりも、デカく見えた。


「すげぇ……副団長……!」


 カインが震える声で呟く。


 俺も、思わず息を呑んだ。昨日のドワーフ工房での屈辱。俺への嫉妬。兄への劣等感。あんなの、貴族特有の癇癪だと思ってた。でも違った。全部を燃料にして、あの人は今、限界を超えたんだ。ただの綺麗な剣技じゃない。

 なりふり構わない、泥臭くて、熱くて、痛々しいほどの一撃。


『へぇ、やるじゃんあの王子。……ちょーっと燃やしすぎな気もするけどな』


 ヴァルが感心半分、呆れ半分で呟く。  


 そうなんだよな。今の技、威力は凄かったけど、霊素の使い方が荒すぎる。自分の命まで薪にしてるみたいな、危うい燃え方だった。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。


「畳み掛けるぞ! 総員、攻撃用意!」


 オスカーが叫ぶ。その声には、確かな覇気が戻っていた。  


 亀はまだ生きてる。片足を失ったくらいじゃ死なない生命力だ。でも、勝機は見えた。あの人が、命懸けで作った隙だ。無駄にするわけにはいかない。

 俺は愛剣アストラの鞘を握り直す。掌に嫌な汗が滲んでいるのを、柄革に擦り付けた。手伝う必要なんてないかもしれない。今日の副団長は、俺なんかが手を出すまでもなく、英雄そのものだ。  


 ……そう、信じたいんだけどな。  


 崩れ落ちた亀の瞳が、まだギョロリと赤く光っているのが、どうにも胸騒ぎがする。ただのダウンじゃない。奴は、まだ何か隠してる気がするんだ。


「……まだだ。まだ終わってない」


 俺が呟くと同時にズズ……と。倒れた亀の甲羅が、不気味に明滅を始めた。空気が変わる。  

 さっきまでの熱波が「強火」だとしたら。今度は、「爆発」の前兆だ。


「副団長! 離れて!」


 俺の声が届くより早く。亀の甲羅の隙間から、目もくらむような閃光が漏れ出した。


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