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第79話  鉱山からのSOS

 ガンガンする。頭蓋骨の内側で、性悪な小人が何十人も集まってハンマー投げ大会を開催してるみたいだ。しかも予選から決勝までノンストップで。ドワーフの酒《炎蜜エール》。あれは飲み物じゃない。

 液体燃料だ。ほぼランプの油だろ。喉の奥がまだ焼けるように熱いし、胃袋の中じゃ盛大なキャンプファイヤーが鎮火する気配もない。


「……みず。だれか、慈悲を……」

「わふ(ないよ)」


 足元のフェデが、冷ややかに鼻を鳴らした。つれないねぇ。昨日はあんなに仲良く骨付き肉を貪り合った相棒だろ、薄情なもふもふめ。恨み言のひとつもこぼしたいが、口を開くのもしんどい。


 鉛みたいに重たいまぶたを無理やりこじ開けて、枕元を手探る。指先に触れたのは《星霊剣アストラ》の鞘。昨日、ブロム親方と徹夜で直した世界樹の枝だ。


 俺のバカでかい霊素を吸いまくって、持ち主より元気になってやがる。こっちは死にかけだってのに。


 カンカンカンカンカンッ!!


 うわ、うるさっ。空気を無理やり引き裂くような金属音。宿舎の分厚い石壁がビリビリ震えるレベルの音量だ。ただの時報じゃない。叩き方が乱暴で、焦ってて、聞いてるこっちの心臓まで早鐘打たされるみたいな、嫌なリズム。


 警鐘だ。  


 俺は弾かれたみたいに寝台から飛び起きた。二日酔いの頭痛が一瞬でどっか行ったわ。人間の生存本能ってのはすげぇ。


「おいルーク! 起きろ! なんかヤバいぞ!」


 同室のカインが窓から身を乗り出して叫んでる。


「敵襲か!?」

「いや、違う……山だ! 鉱山の方から煙が出てる!」


 窓枠に手をかけて外を見る。広場はもう、つつき回した蜂の巣みたいになってた。  

 武装したドワーフたちが怒鳴り合いながら走ってる。視線の先、遠くの大工房のさらに奥。山のお腹にあたる部分から、どす黒い煙がモクモクと吹き上がっていた。風に乗って漂ってくるのは、鼻を刺す硫黄と、何かが焦げたような有機的な臭い。


「行くぞ!」


 理屈より先に体が動く。俺たちも装備をひっ掴んで部屋を飛び出した。


 ***


 広場はもう、戦場の手前みたいになってた。坑道から次々と運び出されてくる怪我人たち。酷い火傷だ。ただ熱で焼かれただけじゃない、皮膚の下で何かが蠢いてるような、毒々しい紫色の浸食痕。魔力による汚染。

 あれは、間違いなく魔獣のしわざだ。  

 現場で怒鳴り散らして指揮を執ってる、小山みたいな背中を見つけた。鍛冶王ハルドだ。俺は人混みをかき分けて駆け寄った。


「ハルド王! 一体なにが!」

「おう、若造か……! クソッ、最悪の目覚めだぜ」


 ハルド王はすすだらけの顔を歪めて、地面に唾を吐き捨てた。その目が睨みつけているのは、ぽっかりと黒い口を開けた坑道の入り口だ。


「深層の《フレイムヴェイン坑道》でガスが爆ぜやがった。ただの事故じゃねぇ。あのエリアの霊脈が暴走して、『巣』がパカっと開きやがったらしい」

「巣って……魔獣ですか」

「ああ。溶岩被ったデカいのがウジャウジャ湧いてきやがった。中の工夫こうふたちが逃げ遅れてる。助けに行きてぇが、今の装備じゃ深層の熱に耐えられねぇ……!」


 ギリ、と奥歯を鳴らすハルド王。フレイムヴェインって言えば、この山脈でいちばん火の気が強い場所だ。そこで魔獣が湧いたってことは、要するに煮えたぎるマグマの中で鬼ごっこするようなもんだ。

 

 無茶だ、生身で飛び込めば、戦う前に蒸し焼きになる。自殺行為にも程がある。それでも、俺が「手伝います」って言いかけた、その瞬間。


「――ならば、我々の出番だな」


 騒然とする広場を、冷たいナイフみたいに切り裂く声。 ざあっと、波が引くように人混みが割れる。  

 現れたのは、白銀。完璧に磨き上げられたフルプレートアーマー。朝日の反射で目が潰れそうなくらい輝いてる。  


 我らが副団長、オスカー=ヴァルド・ガルドリアン。


 正気かよ。昨日の今日だぜ? ドワーフに剣をついで扱いされて、その高い矜持をずたずたにされたはずなのに。髪の毛一本乱れてないし、背筋も定規が入ってるみたいにピンと伸びてる。

 

 なんだこの人、心臓が剛金アダマンタイトででも出来てんのか。あるいは神経まで鋼鉄製かよ。その横には、金色のたてがみを揺らす獅子、上位霊獣アスト・レグナスのバルザードが堂々と控えてる。絵になりすぎてて、なんかもう腹立つくらいだ。


 ハルド王が露骨に眉をひそめる。


「あぁ? なに言ってやがる王子様。こいつは俺たちの山の問題だ。昨日来たばかりの、人間がしゃしゃり出る幕じゃ……」

「客として来たのではない!」


 オスカーの声が、ビリッと空気を震わせた。その気迫。ドワーフの頑固親父たちが、一瞬たじろぐレベルの圧力。


「我々は同盟に基づき、この地の魔素汚染を調査しに来たのだ。魔獣が出たのなら、それは騎士団の管轄である。民を救うのに、国境も種族もない」


 言い切った。

 ……あーあ、かっこよすぎだろ。


「証明が必要なら、行動で示そう。私の剣が、ただの飾りではないことを」


 ああ、そうか。この人は、折れてないんだ。悔しさも、屈辱も、全部飲み込んで。それを「やるべきこと」への燃料に変えてる。背中から立ち上る気配が、昨日のピリピリした神経質な感じとは違う。もっと太くて熱い。  


 正直、ちょっと見直した。いや、かなり。やっぱり腐っても(腐ってないけど)一国の王子で、騎士団の副団長なんだな。


 ハルドさんが、鼻をフンと鳴らして、担いでたハンマーを持ち直した。


「……へっ。口だけは達者だな。熱くて狭い穴蔵だぞ。自慢の鎧が溶けて泣き言いうんじゃねぇぞ」

「侮るな。私は炎の上位精霊と契約している。熱ごとき、障害にはならん」


 言うが早いか、オスカーは翻るマントと共に振り返り、俺たち候補生に号令を飛ばした。  

 その顔、迷いなし。


「総員、抜刀! カイン、ノルン、ルーク! 遅れるな、突入するぞ!」

「了解!」


 カインが良い返事をする。ノルンも眠そうな目をこすりながら杖を構えた。  

 そして、オスカーの横には、金色のたてがみを揺らす獅子、バルザードが並ぶ。  

 人と獣、二つの影が重なって、先陣を切る。


「私が先行して道を切り開く! 各隊、遅れるな!」


 うわ、絵になるなぁ。先頭を走るその背中は、分厚い城壁みたいに頼もしい。俺と目が合った時も、昨日の冷たい視線じゃなくて、もっとこう、指揮官としての鋭い光があった。「ついてこい」って言ってるような。


「……へへっ。やるじゃん、副団長」


 俺は思わず口元を緩めて、アストラの柄を握りしめた。懐の中で、炎の精霊ヴァルが「ケッ、格好つけやがって」なんて悪態をついてるけど、その声もどこか楽しげだ。


「行くぞ、フェデ。……英雄様の背中、見失わないようにな」

「わふっ!(まかせろ!)」


 熱気が渦巻く坑道の入り口へ。  

 俺たちは、吸い込まれるように飛び込んだ。


 ***


 坑道の中は、控えめに言って灼熱地獄だった。一歩進むごとに温度が跳ね上がる。壁面の岩肌は赤く脈打ってて、まるで巨大な生き物の内臓の中にいるみたいだ。天井からは高熱の雫がポタポタと落ちてきて、地面でジュッという音を立てて蒸発している。靴底を通して伝わってくる熱だけで、足の裏が焼けそうだ。普通の人間なら、立っているだけで意識が白濁しそうな熱気。息をするたびに肺が焼ける。


「熱っ……! これ、息できるのかよ!?」


 カインが顔を歪めてる。ノルンも耳をペタンと倒して、かなりしんどそうだ。でも、先頭を行くオスカーは止まらない。


「魔導班、冷却結界クール・バリアを展開! 範囲を絞れ、私の周囲だけでいい、その代わり強度は最大だ!」


 的確な指示が飛ぶ。オスカーの鎧が、青白い光に包まれる。契約精霊である炎の上位精霊グラン・グラディオスの力が、熱を遮断する断熱層を作ってるんだ。  

 さらに、獅子のバルザードが低く喉を鳴らすと、周囲の熱気が一瞬だけ押し戻される。王威咆哮レグナ・ロアか。士気を上げつつ、場の空気を力尽くで制圧してやがる。


「行くぞ! バルザード、右の岩を砕け! 通り道を確保する!」


 ドォン! と崩れた岩石を、オスカーの大盾が弾き飛ばす。  


 速い。

 迷いがない。


 熱波も、崩落も、まるで路傍の小石みたいに蹴散らして進んでいく。  

 俺は最後尾で、フェデと一緒に皆のフォローに回ってたけど、正直やることがなかった。前衛が完璧すぎるからだ。


(……やっぱり、この人は英雄なんだな)


 俺は精霊視で、その背中を眺めてた。霊素の流れに淀みがない。昨日のような焦りや、ドロドロした嫉妬みたいな色は、今は綺麗に消え失せている。あるのは純粋に、部下を守り、民を救いたいっていう意志だけ。


 それが、彼の剣を鋭く研ぎ澄ませている。王族だとか、副団長だとか、そういう肩書じゃなくて。この人は、根っこからの「守護者」なんだろうな。ちょっとだけ、羨ましいとすら思った。俺には、あんなふうに堂々と先頭に立って「俺についてこい」なんて言える自信がないから。


「ルーク! 右後方、熱源反応! 小型の魔獣だ、処理しろ!」

「了解!」


 オスカーの声が飛んでくる。俺の位置からはまだ見えてない敵を、気配だけで察知したのか。視野が広いなんてレベルじゃない。背中にも目がついてるんじゃないか?  

 言われた通り、岩陰から飛び出してきた火トカゲを、アストラの鞘でコンッと叩いて気絶させる。


「処理完了!」

「よし、このまま深層へ突入する! 速度を上げるぞ!」


 オスカーが加速する。その背中には、昨日の「哀れな副団長」の影なんて微塵もなかった。  

 これなら、行けるかもしれない。この人が指揮を執るなら、どんなバケモノが出たって、きっと何とかなる。


 そんな予感すらさせる、完璧な進軍だった。  

 ――そう、この時までは。  

 俺たちは、火口の底へ吸い込まれるように、さらに深く、熱い闇の中へと駆け込んでいった。


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