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第78話  工房のブロム

 熱い。サウナとかそういうレベルじゃない。肺の中の空気がそのまま火種になりそうな、暴力的な熱気が渦巻いている。  


 鍛冶王ハルドに「連れて行け」と顎でしゃくられた俺は、その丸太みたいな腕をした職人――ブロム・アイアンハンドに、出荷される荷物みたいに小脇に抱えられて、工房の最奥へと連行されていた。


「おい若造! 暴れるんじゃねえぞ。ここらの炉に落ちたら、骨も残らねぇからな!」

「暴れてません! むしろ縮こまってます!」

「ガハハ! 威勢がいいのか悪いのかわかんねぇ奴だな!」


 連れてこられたのは、広大なドワーフ工房の中でも一際ごちゃごちゃした、まさに「職人の巣」といった風情の一角だった。  

 床には削りかけの金属片が散らばり、壁には用途不明のゴツイ工具がびっしり。中央には、小さいけれど猛烈な青白い炎を吐き出す専用炉が鎮座している。


「ここが俺の城よ。……おう、そこは座るな。試作の爆裂鋲リベットが転がってる」

「座るとこないじゃないですか」

「床でいいだろ、床で。ドワーフの床は頑丈だ」


 雑だなぁ。俺は仕方なく、比較的鉄屑が少なそうな隅っこに、フェデと一緒に腰を下ろした。  

 手には、ボロ布を剥がされたままのアストラの鞘。さっきから妙に熱を持っている気がする。鍛冶王に見つかって興奮してるのか、それともようやく直してもらえるのが嬉しいのか。


「さて、と」


 ブロムさんが額に乗せてたルーペゴーグルを、カシャっと目の位置に下ろした。途端に、その雰囲気が変わる。  

 さっきまでの豪快な酔っ払いみたいな親父が消えて、獲物の急所を見定める狩人のような、静かで鋭い空気が漂い出した。


「見せてみな。その……バケモノの寝床みたいな鞘をよ」


 ゴツい指先が、鞘の表面をなぞる。傷だらけで、火傷の痕があって、爪の間には油と煤が染み込んでる手。

 でも、その触り方は驚くほど繊細だった。まるで壊れ物を扱うみたいに。いや、赤ん坊の肌に触れるみたいに。


「……ひでぇな」


 ぽつりと、ブロムさんが呟いた。


「霊脈がズタズタだ。外側はなんとか形を保ってるが、中身は悲鳴を上げてやがる。……おい小僧、お前、こいつに何を流し込んだ?」


 レンズの奥の瞳が、俺を射抜く。嘘はつけない。っていうか、ハルドに見抜かれた時点でもう手遅れだ。


「……俺の、霊素です。ちょっと……量が、多くて」

「ちょっと、じゃねぇだろ。滝みてぇな量を無理やりじょうごで注ぎ込んだみてぇな痕跡がありやがる。……ふん、こいつが頑丈な『世界樹の枝』じゃなかったら、とっくに破裂して消し炭だ」


 ブロムさんは呆れたように鼻を鳴らすと、作業台から何かの鉱石を取り出した。青白く光る、透き通った石。


霊導鉱スピリット・オアだ。こいつを溶かして、ヒビ割れた霊脈に流し込んで補強する。……だがな、ただ流し込めばいいってもんじゃねぇ。お前の霊素と馴染まなきゃ、異物として吐き出されちまう」

「馴染む、ですか」

「おうよ。……おい、ちょっと手を出せ」


 言われるままに右手を出すと、ブロムさんがガシッと掴んできた。熱い。体温が高い。


「今から俺がこいつ(鞘)の脈を見る。お前も同調しろ。どこが詰まってて、どこが痛がってるか……お前ならわかんだろ?」


 ギクリとした。  

 

 精霊の声は聞こえるけど、道具の声までは……いや、待てよ。アストラはただの道具じゃない。世界樹の一部だ。俺の魂と繋がった、半身みたいなものだ。  

 俺は目を閉じて、意識を鞘に向ける。指先から、ブロムさんの手を介して、鞘の鼓動が伝わってくる。


 ドクン。ドクン。 苦しげで、熱くて、でも力強い鼓動。


(……そこ、右の……継ぎ目のあたりが、きしんでる)


 無意識に、言葉が出た。


「……右上の、木目がねじれてるところ。そこが……息苦しいって言ってます」


 ブロムさんの手がピクリと動いた。

 ニヤリと、口元が歪む気配がした。


「正解だ。そこが一番の重傷箇所よ。……へぇ、人間にしてはいい勘してやがるじゃねぇか。王都の着飾った騎士様たちゃ、剣をただの人殺しの道具としか思っちゃいねぇが……お前は違うな」


 ブロムさんの手から、熱い魔力が流れ込んでくる。


「いいぜ、気に入った。……名前は?」


「ルークです」

「ルークか。よし、手伝え。俺がハンマーで叩くリズムに合わせて、お前のそのバカでかい霊素を、針の穴に通すつもりで細く、長く流し込め。……できるな?」

「……やります」


 やるしかない。アストラを直すためだ。それに、この職人の熱意に応えないなんて、男じゃない気がした。


 キンッ!  


 高い音が、狭い工房に響く。  

 ブロムさんが小さなハンマーを振るうたびに、青白い火花が散る。  

 俺はそれに合わせて、神経を研ぎ澄ませて霊素を送る。汗が吹き出る。喉が渇く。  

 でも、不思議と辛くない。ブロムさんのハンマーは、まるで楽器みたいだ。正確なリズム。迷いのない打撃。そこには、言葉はいらない。


「……そこだ! 流せ!」

「はいッ!」


 キンッ、カーン!  


 光が弾ける。鞘のヒビ割れに、溶けた霊導鉱が吸い込まれていく。まるで傷口が癒えるみたいに。  

 俺たちは時間を忘れて、ただひたすらに、木の枝と向き合い続けた。


 ***


「――ぷはぁッ!」


 何時間経っただろうか。作業が終わった瞬間、ブロムさんがジョッキをあおって、豪快に息を吐いた。


「生き返るぜぇ……! おいルーク、お前も飲め飲め!」

「いただきます……って、これ度数ヤバくないですか?」

 渡されたジョッキの中身は、琥珀色でトロッとしてて、匂いだけで酔っ払いそうだ。ドワーフ名物《炎蜜エール》

 

 俺たちの目の前には、修復を終えたアストラの鞘が鎮座している。継ぎ目に薄く青いラインが走ってて、前より少しだけ、神秘的な雰囲気が増している。心なしか、鞘も満足げに「ふぅ」と息をついているように見えた。


「いやぁ、いい仕事だった」


 ブロムさんが満足げに髭を撫でる。


「正直な、最初は親方に押し付けられた仕事だと思ってたがよ……お前との呼吸、悪くなかったぜ」

「ありがとうございます。……ブロムさんの腕が凄すぎて、俺は必死でしたけど」

「ガハハ! 謙遜すんな。ドワーフのつちに合わせて霊素を流せる人間なんて、そうはいねぇよ」


 ブロムさんは上機嫌で、二杯目のジョッキに手を伸ばす。俺も恐る恐る口をつける。……喉が焼けるみたいに熱いけど、悪くない。体の芯がカッと熱くなる。


「……なぁ、ルーク」


 ふと、ブロムさんの声のトーンが落ちた。


「あの、色男のことだがよ」

「え?」

「お前の連れだ。……副団長様、だったか?」


 オスカーのことだ。俺の胃袋が、条件反射でキュッと縮む。


「あいつの剣な。……俺も見ちまったんだがよ」


 ブロムさんはジョッキを揺らしながら、遠い目をした。


「ありゃあ、いい剣だったぜ」

「……え?」

親方ハルドも認めてたろ?『魂が乗ってる』ってな。……俺が見てもそう思うよ。手入れは完璧、脂も湿気も抜けて、毎日毎日バカみたいに大事に磨かれてたのが分かる。……持ち主の執念みてぇなもんが、刃に焼き付いてた」


 意外だった。てっきり、ドワーフたちはオスカーを「飾り物」だと笑いものにしていると思っていたから。ハルドのあの態度も、そういうことだと思っていた。


「正直な、人間があそこまで剣を愛せるなんて思ってなかったよ。……あいつは、本物の騎士だ。親方の『悪くねえ』って言葉は、俺たちにとっちゃあ最大級の賛辞なんだぜ?」


 ブロムさんが、ドン、とジョッキを置いた。苦い顔をしている。


「だがな……相手が悪すぎた」


 その視線が、修復されたアストラの鞘に向けられる。


「どれだけ人間が努力して、魂込めて鉄を磨いてもよ……その直後に『神様が作った枝』と並べられちゃあ、形無しだ」


「…………」


「親方が見向きもしなくなったのは、あいつの剣が悪いんじゃねえ。……お前のコレが、凄すぎたんだよ。星と蝋燭を並べたら、誰も蝋燭の明かりなんて見ねぇだろ? ……そういうことだ」


 残酷な理屈だった。オスカーは間違っていなかった。努力もしていた。実力もあった。ただ、俺という「規格外」が、最悪のタイミングで横にいた。それだけの理由で、彼の全てが霞んでしまった。


「あいつ、可哀想になぁ」


 ブロムさんが、ポツリと漏らした。


「否定された方がまだマシだったかもしれねぇ。『お前の剣はゴミだ』って言われたなら、怒れるし、次はもっといい物を作ろうって気にもなる。……けどよ、一度は認められたんだ。最高だって言われた直後に、比較にもならねぇ圧倒的な『上』を見せつけられて、視界から消された」


 俺は、何も言えなかった。それは、俺がやったことだ。意図したわけじゃない。リュックの留め具が緩んだだけの事故だ。でも、結果として俺の存在が、オスカーの一番輝くはずだった瞬間を、土足で踏み躙った。


「……俺、どうすればよかったんですかね」

「どうしようもねぇよ。お前がその枝を持ってる限りな」


 ブロムさんはニヤリと笑って、俺の背中をバンと叩いた。


「ま、気に病むこたぁねえ!才能ってのは残酷なもんだ。持ってる奴は、持ってねぇ奴の気持ちなんてわからなくていいんだよ。……ただな」


 少しだけ、声が低くなる。


「気ぃつけな。……プライドの高い奴ほど、折れた時の破片は鋭いぜ?」


 俺は苦笑して、ジョッキをあおるしかなかった。ドワーフの酒は、甘くて、苦くて、そしてどうしようもなく喉に焼付いた。


 ***


 一方その頃。ドワーフたちの宿舎として割り当てられた、石造りの冷たい部屋。静寂だけが、そこにあった。  

 窓の外からは、ドワーフたちの宴の騒ぎ声が微かに聞こえてくるが、この部屋の中だけは、まるで深海のように重く沈んでいる。


 机に向かう男の背中があった。ガルドリア王国第二王子、オスカー=ヴァルド・ガルドリアン

 

 彼は、机上のランプの明かりだけを頼りに、ペンを走らせていた。

『遠征報告書』 そう書かれた羊皮紙の上を、インクを含んだペン先が滑る。  

 正確で、美しい筆跡。感情の乱れなど微塵も感じさせない、完璧な文字の羅列。  


 だが……


 『特務候補生ルークについて』

 その項目に差し掛かった時、ペンの動きが止まった。書くべき事実は、わかっている。  

 彼がドワーフの鍛冶王に認められたこと。王族である自分ですら門前払いされた相手と、対等に渡り合ったこと。  

 そして、あのアストラの鞘という、得体の知れない「何か」を所持していること。


(……書け)


 オスカーは、心の中で自分に命じる。これは任務だ。私情を挟んではならない。ありのままを報告するのが、副団長としての義務だ。  

 だか、指が動かない。脳裏に焼き付いて離れない光景がある。ハルドに放り投げられた、自分の剣。  

 ゴミを見るような目。

 

 そして――ブロムと笑い合うルークの姿。


 なぜだ。なぜ、私が否定され、彼が肯定される。私は王族だ。誰よりも努力し、誰よりも国を思い、全てを犠牲にしてきた。

 

 なのに、なぜ。


「……ッ」


 ガリッ、と乾いた音がした。ペン先が、羊皮紙に深く食い込んでいた。インクが滲み、黒い染みとなって広がる。  

 それはまるで、彼の心に広がる闇そのもののように見えた。


「……特務候補生ルーク」


 オスカーは、独り言のように呟く。その声は、震えていた。


「ドワーフとの交渉能力あり。……および、鍛冶王との個人的接触を確認」


 書いた、書いてしまった。  

 それは、ルークの有能さを認める言葉であり、同時に、自分自身の無能さを証明する言葉でもあった。  

 ペンを置く手が、微かに震えている。彼は、自分の右手を左手で強く握りしめた。

 震えるな。認めるな。  お前は王族だ。  誰よりも強く、気高くあらねばならない。


「……私は、負けていない」


 誰に言い訳しているのかもわからぬまま、オスカーは滲んだインクをじっと見つめ続けた。窓の外から聞こえる笑い声が、ひどく遠く、そして耳障りに感じられた。


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