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第68話  遠征任務の通達

 腹が痛い、胃がキリキリする。

 場所は、セカイジュ騎士団総本部――その最深部、総団長執務室の分厚い扉の前。

 

 隣に突っ立っているのは、我らが副団長兼・俺の監視役、オスカー=ヴァルド・ガルドリアン。 こいつの全身から放たれるオーラが、マジで洒落になってない。


 昨日の今日だもんなぁ。 広場での「勇者エリシア帰還イベント」。オスカー渾身の「おかえりなさい」スマイルが見事にスルーされ、あろうことか俺(の足元のフェデ)に極上の笑顔が向けられたあの一件。  


 あれ以来、オスカーはずっと能面だ。感情をごっそり削ぎ落としたみたいな顔で、一言も喋らない。ただ、まとわりつく霊素がどす黒く渦巻いてて、近くにいるだけで室温が下がった気がする。  

 後ろに控えてる同期のカインなんて、直立不動のままガチガチ震えて鎧が微振動してるし、ノルンは「あー、帰ってこたつで寝たいです〜」とか小声で現実逃避してるし。


「……入るぞ」


 低く、抑揚のない声。 オスカーがノックし、重厚な扉が開かれる。 途端に、肌を焼くようなピリつきが襲ってきた。

 部屋の中央、執務机の奥に座っているのは「動く要塞」こと総団長アウストレア・ラインハルト。 このおっさん、座ってるだけで圧がすごい。  

 背後に雷雲でも背負ってんのかってくらい、空気がビリビリ震えてる。土精霊オルド系のどっしりした重圧感に、雷精霊アルク系の瞬発的な殺気が混ざってるからタチが悪い。  


 俺の懐で、雷のアルクが『げっ、雷親父だ』と小さく文句を垂れた。しっ、静かにしろ。バレるだろ。


「……来たか」


 アウストレアが書類から顔を上げる。 その鋭い視線が、オスカーを通り越して俺を射抜いた。

 うわ、見透かされてる感。 俺の中にある精霊王核(測定不能のエラー数値)を、この人は理解してやがる。「野良勇者」なんて不名誉な呼び名をつけた張本人だし、油断も隙もありゃしない。


「副団長、および特務候補生諸君。……楽にせよとは言わん。心して聞け」


 アウストレアの声が、腹の底に重く響く。 そして、淡々と告げた。


「単刀直入に言う。……遠征だ」


 その一言で、部屋の空気が張り詰める。

 隣で、オスカーの肩がピクリと跳ねたのを俺は見逃さなかった。遠征。それはつまり、王都ここでの「おままごと」は終わりって合図だ。


「向かう先は二つ」


 ドン、と太い指が地図を叩く

 重い音


「一つ目はドワーフの喉元、《グラナイト・クラウン》だ。奴らの造る『鉄』……騎士団用の新装備を受け取ってこい。ついでに輸送路の掃除と……奥地で蠢く魔素ゴミの始末もな」


 ドワーフの山か。 あそこには確か、気難しい「鍛冶王」がいるって聞いたことがある。  

 ふと、腰のアストラに手が伸びた。ボロ布を巻いたさやごしに、剣の脈動が伝わってくる。最近こいつ、俺の霊素ガソリンを流すたびにミシミシ悲鳴上げてるし。ドワーフの技術で修理頼めるなら、むしろラッキーかもしれない。


「そして、二つ目」


 アウストレアの指が、地図を滑って東へ移動する。

「エルフのルナヘルム。……勇者エリシアの『里帰り』に、貴様らが付き従え。公式な、護衛任務としてな」


 部屋の温度が、氷点下まで下がった気がした。  

 オスカーの霊素が、一瞬だけ爆発しそうになって、無理やり押し込められるのを見た。


 勇者の護衛。 聞こえはいい。名誉な任務だ。 だが、実質は「お飾り」に近い。だって勇者エリシアは単独でSランク戦力だぞ。俺たちが守るまでもなく、彼女ひとりで軍隊くらい壊滅できる。

 

 つまりこれは、副団長であるオスカーに対し、「勇者の後ろをついて回れ」と言っているに等しい。  

 屈辱だろうな。昨日の今日で、あんな扱いを受けた女の背中を見ながら旅をするなんて。

 でも、オスカーは表情を崩さなかった。ギリ、と奥歯が鳴る音が聞こえた気がしたが、次の瞬間には完璧な敬礼を決めていた。


「――拝命いたしました。……必ずや、セカイジュ騎士団の威光を示してみせます」


 声が硬い。 鉄みたいに冷たくて、硬い。 アウストレアは、そんなオスカーの内心を見透かすように目を細めたあと、再び俺を見た。


「ルーク。貴様もだ」

「……はい?」

「貴様も行くのだ。特務候補生としてな」


 げっ。  俺は内心で舌打ちした。


「……総団長閣下、俺はまだ訓練中の身でして……そんな重要任務、荷が重いといいますか……」

「監視するとは言ったが、閉じ込めるとは言っていない。……外の世界を見てこい。その力が、世界にとって薬になるか、毒になるか。……副団長オスカーの下で、己の在り方を学べ」


 ……なるほどね。要するに「オスカーに首輪を握らせて、俺をテストする」ってことか。


「オスカー……この任務、ただの遠征と思うなよ」


 アウストレアの声色が、鋭さを増す。


「ドワーフの頑迷な職人たちも、高慢なエルフどもも……一筋縄ではいかん。それに何より、この『規格外ルーク』をどう使いこなすか。……それが貴様の指揮官としての試金石だ」


 試金石……兄レオンハルトに「ごっこ遊び」と嘲笑われた、その指揮能力を。 勇者の隣に立つ資格があるのかを。 試されている。


「……御意」


 オスカーが深く頭を下げる。 その顔は見えないけれど、俺の精霊視には、彼の中でどす黒い炎が燃え上がるのが見えた。


「――下がってよし。出発は三日後だ」


 退出の許可が出た。 重厚な扉が閉まり、廊下に出た瞬間。カインが「ぷはぁっ!」と溺れていた人間みたいに息を吐いた。


「し、死ぬかと思った……! 総団長の覇気、ヤバすぎだろ!」

「ん〜、お部屋の湿度がすごかったですね〜。カビ生えそう」  


 ノルンは相変わらずのんきだ。俺もやれやれと肩を回して、宿舎に戻ろうとした、そのとき。


「……ルーク」


 背後から、氷のような声が突き刺さった。 振り返ると、オスカーが立っている。  

 総団長の前で見せていた従順さは欠片もない。あるのは、獲物を追い詰める捕食者のような、冷たくて鋭い眼光だけ。


「勘違いするなよ」


 彼はツカツカと俺に歩み寄ると、顔を近づけて囁いた。


「総団長がお前をどう評価していようと、この遠征の指揮官は私だ。……貴様は、私の駒だ」


 駒。 はっきりと、そう言った。 仲間でも、部下ですらない。使い潰すための道具だと。


「勝手な真似は許さん。私の許可なく魔法を使うことも、その犬を暴れさせることも禁ずる。……私の指示通りに動けばいい。成果は私が上げる。貴様は黙って、私の『背景』でいろ」


 その瞳の奥で、嫉妬と功名心がどす黒く渦巻いているのが見えた。  

 ああ、これだ。 昨日のエリシアの一件で、完全に火がついちまったんだな。  

 自分が主役でなければ気が済まない。俺みたいな「得体の知れない新人」が目立つことが、許せないんだ。


 めんどくせぇ……本音を言えば「どうぞどうぞ、主役なんて喜んで譲りますよ」って感じなんだけど、こいつの精神状態、ちょっと危うすぎないか?  

 張り詰めすぎた糸は、切れるのも早いぞ。


『ルーク、こいつ……焦げ臭いぜ』


 懐の中で、ヴァルが不快そうに呟く。


『誇りっつーより、ありゃあ焦りだ。変な方向に爆発しなきゃいいけどな』


 俺も同感だ。でも、ここで反論しても火に油を注ぐだけだ。 俺は、できるだけ無害な、やる気のない新人の顔を作って、へらりと笑ってみせた。


「へいへい、了解です副団長。自分、サボるの得意なんで。指示待ち人間に徹しますよ」

「……ふん。口先だけは達者だな」


 オスカーは、侮蔑の色を隠そうともせずに鼻を鳴らすと、マントを翻して去っていった。  

 カツ、カツ、カツ……と、規則正しい足音が遠ざかっていく。  

 その後ろ姿は、やっぱり完璧で。 でも、どこか危うくて。 いつかプツンと切れてしまいそうな。


「……はぁ。胃薬、もっと貰っとくか」


 俺の呟きに、足元のフェデが「わふぅ(どんまい)」と能天気に鳴いた。 お前はいいよな、可愛がられるだけでいいんだから。


「行くぞ、フェデ。……忙しくなりそうだ」


 ドワーフの山脈、そしてエルフの森。 スローライフを取り戻すための旅が、どうしてこうも火薬庫みたいなメンバーで行かなきゃならないのか。  


 俺は深く、深ーくため息をついて、重い足取りで歩き出した。  

 出発まで、あと三日。 俺たちの平穏が崩れ去るカウントダウンは、もう始まっている。




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