表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/165

第62話  本部魔導棟のアリス

 休憩ってのは、心と体を休めるためにある。そうだよな? だのに、どうして俺は今、爆発寸前の魔導実験棟の前に立たされてるんだ。

 ことの発端は、ほんの数十分前。俺とフェデが、宿舎のふかふかベッドと感動の再会を果たそうとした、まさにその瞬間だった。隣室の壁――というか、もはや俺の部屋の一部と化している副団長室のドアが、無慈悲に開いたんだ。


「ヴァレリオ、昨日言ったいた使いを頼む」

「……副団長。俺のシフト表、見ました? 今日はもう上がりのはずなんですけど」

「知っている。だが、これは『ついで』だ、言ってあっただろう。」


 ついでとは俺の中で「信用できない言葉ランキング」堂々の第一位に君臨する単語だ。  

 オスカー副団長は、眉ひとつ動かさずに重そうな木箱をドンと俺の胸に押し付けてきた。ずしり、と腕に来る重さ。中身は知らないが、箱の隙間から妙にピリピリした気配が漏れ出している。嫌な予感しかしない。


「本部の北区画にある『魔導研究棟』へ届けろ。急ぎの魔石サンプルだそうだ」

「えぇ……あそこ、なんか空気がヤバくないですか? 近づくと頭痛がするというか」

「軟弱なことを言うな。ただの届け物だ。置いてくるだけでいい」


 置いてくるだけでいい。これも信用できない言葉ランキングの上位ランカーだ。

 魔導研究棟。 セカイジュ騎士団本部の中でも、一際異質な場所だ。  


 俺みたいな霊素過多の人間にとって、あそこは地雷原みたいなもんである。だってそうだろ? 魔導士とか研究者ってのは、目に見えないエネルギーの変化に敏感な連中ばっかりだ。  

 俺が必死こいて「隠蔽マスク」してる、この溢れ出しそうな霊素の奔流を、鼻の利く魔導士に嗅ぎつけられたらどうする。  

 地下牢行きか、解剖台行きか。どっちにしろ俺のスローライフは死ぬ。


『……ルーク、あそこは嫌な予感がするぞ。鼻がムズムズする』  


 ふところの中で、炎の精霊ヴァルが不満げにうごめく。


『我慢しろ。サクッと置いて、ダッシュで帰るぞ』


 俺は小声で相棒をなだめ、足元のフェデに視線を落とした。


「お前も、なるべく気配消しとけよ? デカい犬のふりだぞ」

「わふ(まかせろ)」  


 フェデは頼もしく尻尾を振るが、こいつの「まかせろ」が機能した試しがない気がする。  

 ため息をつきつつ、俺は重い足取りで北区画へと向かった。


 ***


 本部の北外れ。鬱蒼うっそうとした木々に囲まれた一角に、その建物はあった。


 騎士団分室『魔導研究棟』  


 他の建物が「質実剛健な軍事要塞」って感じなのに対して、ここだけ世界観が違うっていうか、マッドな匂いがプンプンする。

 窓ガラスが割れたまま魔法障壁だけで補修されてる箇所がいくつもあるし、換気口からは紫色の煙が出てるし。近づくだけで、肌にピリピリくるような魔力のノイズが走ってる。


「……うわぁ。入りたくねぇ」


 俺が入口の前で躊躇ちゅうちょしていると。 ノックをするべきか、それとも回れ右をして全力疾走で逃げるべきか。俺が人生の岐路に立って悩んでいた、その時だった。


 ――カッ!!!!


 視界が真っ白になった。

 音よりも先に、強烈な閃光が扉の隙間から噴き出す。


「うおっ!?」


 ドォォォォォォォォォンッ!!!!!


 鼓膜を揺らす爆音。同時に、一階の窓ガラスと扉が派手に吹き飛び、黒煙と共にキラキラした破片が俺の足元に降り注いできた。  

 とっさにフェデが前に出て、見えない障壁で破片を弾く。俺も箱を抱えてバックステップ。危ねぇ。直撃コースだった。


「けほっ、けほっ……! あーもう! また配合間違えたぁー!?」


 もうもうと立ち込める黒煙の中から、能天気な声が聞こえてきた。 いや、爆発しといてその感想はおかしくないか?  

 煙を切り裂くようにして飛び出してきたのは、小柄な少女だった。  


 ふわりと広がる、栗色のウェーブヘア。丈の長いローブはすすだらけで、あちこち焦げている。手には分厚い本と、先がひん曲がった杖。  


 そして傍には、風をまとう美しい馬型の霊獣――上位霊獣シルフ・アステリオンが、呆れたようにいなないていた。


「カリくん、今の記録とった!? 青じゃなくて紫に光ったよ!」


 少女は顔についた煤を袖でごしごしぬぐいながら、独り言をつぶやいている。その翡翠ひすい色に輝く瞳が、キラキラと好奇心だけで回っている。


 ……あ、これ、関わっちゃダメなタイプだ。俺の「平穏に生きたいセンサー」が、全力で警報を鳴らしている。  

 回れ右して帰ろう。書類はここに置いておけば風で飛んでくだろ。そう思って一歩下がった、その瞬間。


「ん?」


 少女が、顔を上げた。翡翠の瞳が、俺を捉える。いや、「俺」じゃない。俺の「中身」を見たような、ぞっとする感覚。


「あ! 君、だあれ?」


 少女は馬型の霊獣を飛び越え、ふわりと軽い足取りで目の前に着地した。 距離が、近い。鼻先が触れそうな距離で、じろじろと覗き込んでくる。


「えっと……俺は、オスカー副団長の使いで……新人のルークです」

「ふうん? 噂の新人くんかぁ。にしては……変だね」


 どくん、と心臓が跳ねた。


「変、って何がですか」

「色だよ、色」


 少女は無邪気に笑いながら、俺の胸のあたりを指先でつつく。

「君の霊素レイソ。ぜんっぜん混ざってないの。人間ってね、普通はいろんな感情とか属性が混ざって、濁った色をしてるんだよ?オスカーくんとか、すっごいギトギトした赤黒い色してるし」


 おい、上司の悪口をサラッと言うな。


「でも君、透明だね。すっごく澄んでる。……まるで、世界樹の湧き水みたい」


 ――ッ!  背筋に冷たいものが走った。  

 この子、見えてる(・・・・)。


 俺が必死に『隠蔽マスク』して、Dランク一般人に見せかけているその下。とんでもない質量の霊素が渦巻いている、「中身」の純度を、感覚だけで見抜いてやがる。


『……旦那。こいつ、マズイぜ』  


 懐の中で、雷のアルクがバチバチと小さく音を立てる。


『目がいいなんてもんじゃねぇ。こいつの眼球、どうなってやがる? 魔力回路が焼き切れる寸前まで「」てやがるぞ』


 少女――アリス=フェンリード。王国の特任魔導騎士にして、序列8位の「賢者」。  

 噂には聞いていた。辺境伯家の三女で、魔法に関しては天才を通り越して「怪物」だと。


「ねえねえ、君さぁ。ちょっと触らせてくれない? 解剖とかしないから! ちょっと魔力回路に負荷かけて、どこまで耐えられるかテストするだけだから!」

「しねぇよ! 解剖と変わんないだろそれ!」

 俺は思わず大声でツッコミを入れて、半歩下がる。 フェデが「がるる……」と低くうなり、俺とアリスの間に割って入った。


「おや? わんちゃん、怖い顔しないでよー。カリくん、挨拶してあげて」


 アリスが言うと、後ろにいた馬の霊獣――カリヴェルが、優雅に首を下げた。上位霊獣同士の、無言の会話。フェデの警戒が、少しだけ緩む。こいつ(馬)はまともらしい。飼い主がアレなだけで。


「あ、そうだ! 私、アリス。ここで魔術の研究とか、古代遺跡のガラクタいじりとかしてるの。君のこと、もっと知りたいな」


 アリスは満面の笑みで、俺の手から荷物をひったくると、空いた手で俺の手首をガシッと掴んだ。  

 そのてのひらから、微弱な解析魔法が流れてくるのを、俺は全神経を集中させて弾く。


「……あれ? 弾かれた?」


 アリスがキョトンとする。  

 やばい。自然にやりすぎた。一般兵なら魔法を通してしまうところだ。


「えっと、俺、魔力酔いしやすい体質で……無意識にガードしちゃうんです、ハハハ」

「へぇ……無意識で、私の『解析』を弾くんだ。Dランクなのに?」


 翡翠の瞳が、すっと細められた。  

 その瞬間、彼女の周りの空気が変わる。無邪気な少女の顔が消え、底知れない「探求者」の顔が覗く。


「面白いね、君。……ねえ、オスカーくんには内緒にしてあげるからさ」  


 アリスは声を潜めて、悪戯いたずらっぽく囁いた。


「今度、私に実験台モルモット……じゃなかった、協力者になってよ。君のその『透明な色』の秘密、暴いてみたいなぁ」


 終わった。

 俺の「目立たず平穏な騎士団生活」プランが、音を立てて崩れ去っていく音がする。  

 オスカーの監視だけでも胃が痛いのに、今度はマッドサイエンティスト気質の天才魔女に目をつけられた。


「……荷物は渡しましたからね! 失礼しますッ!」


 俺は逃げるようにきびすを返した。 背後から、「また来てねー! 絶対だよー! お茶とお菓子と拘束台、用意しとくから!」という明るすぎる声が追いかけてくる。

 建物を出て、ようやく普通の空気を吸い込む。フェデが心配そうに俺の足に頭を擦り付けてきた。


「……わふぅ(だいじょうぶ?)」

「……大丈夫じゃない、かもな」


 俺は大きくため息をついた。 ギルベルト博士、ネリス記録官、そしてアリス。俺の「嘘」に気づいている人間が、増えてきた。


『主よ。あの、ただの人間ではないですね』

 

 冷静な氷のフロスが、静かに告げる。 『霊核の容量キャパシティはそこまで大きくありませんが……循環速度フラックスが異常です。おそらく、常時脳内で術式を組み続けている。いつ暴発してもおかしくない』


「ああ。関わりたくないけど……向こうが逃してくれそうにないな」


 俺は頭を抱えながら、オスカーのいる本隊塔へと足を速めた。  

 あそこに戻れば、また「なんで遅かったんだ」って説教されるんだろうけど。今だけは、あのクソ真面目な副団長の顔を見ると、少しだけ安心できそうな気がした。


 ……なんて、思ってた俺が甘かったんだけどな。このあとすぐに、もっとデカいトラブルが地下から湧いてくるなんて、この時の俺はまだ知らない。


■ カリヴェル(シルフ・アステリオン《カリヴェル》)

種族: ホース型・上位霊獣

呼び名: カリ、カリくん

契約者: アリス(特任魔導騎士)

紹介: 風を纏って空を駆ける、美しき軍馬の霊獣。 魔導の研究に夢中で周りが見えなくなるアリスを背に乗せ、戦場を疾走する頼れる相棒です。 元々はアリスの実家(辺境伯家)が領地防衛のために管理していた個体ですが、アリスが旅立つ際、父から「娘を守って共に帰ってこい」という願いと共に託されました。

能力: 上位種特有の「天風疾駆ゼファーギャロップ」により、空中に見えない足場を作って高速移動が可能です。アリスが魔法陣の解析を行っている間、敵の攻撃を回避し続ける「動く研究室」としての役割も果たします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ