表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/168

第61話  休日、城下町視察

 休み、やすみ。

 ああ、なんて甘美な響きなんだろう。この三文字だけで白飯が食える。いや、食わなくていい。今はただ、泥のように眠らせてくれ。

 

 入団してからこっち、俺の網膜に焼き付いていたのは、愛想のない石壁と、男汁全開の訓練場と、視界の暴力みたいなマッチョ先輩たちの暑苦しい笑顔だけだった。

 

 だから今日くらい、人間としての尊厳を取り戻させてほしい。  

 布団という名の聖域サンクチュアリ。ここから出たら死ぬ。俺はそういう病気にかかっている。  

 足元にはフェデの温かい腹毛。最高だ。このモフモフに顔を埋めて、日が落ちるまで意識を飛ばす。それが俺の選んだ今日の冒険だ。文句あるか。魔王が来たって俺は動かないぞ。テコでもな。


 ――ガンッ!!


 そんな鋼鉄の決意は、蹴り飛ばされたドアの悲鳴と共にあっさり死んだ。


「起床ッ! 総員、外出準備!」


 は?  飛び起きて枕を盾にする俺の前に、仁王立ちする人影ひとつ。  

 逆光で顔が見えない。でも分かる。この無駄にいい姿勢。休日だっていうのに、首元までキッチリとボタンを留めたシャツ。定規で引いたみたいに鋭いプレスの入ったズボン。

 

 第二王子にして副団長。そして俺の平穏を食い荒らす天敵(監視役)。オスカー=ヴァルド・ガルドリアン様のお出ましだ。


「……あのさぁ、副団長。今日、オフですよね? 俺の記憶が確かなら、カレンダーの数字が赤かった気がするんですけど」

「オフだ。だからこそ貴様の監視が必要なのだ」


 オスカーは腕組みをして、ふん、と鼻を鳴らした。


「貴様のような規格外を、休日に野放しにしてみろ。昼寝の寝返りひとつで兵舎が半壊するかもしれん」

「しませんよ! 俺をなんだと思ってるんすか!」

「歩く災害」


 即答かよ。ひどいな。まあ、否定しきれない実績があるのが辛いとこだけど。  

 で、監視って何するんです? 狭い部屋で一日中、男二人でにらめっこ? 地獄かよ。それなら俺は意地でも寝ますけど。


「外出するぞ。支度をしろ」

「……は?」


「貴様らはまだ王都の構造を把握していない。有事の際、路地裏ひとつ頭に入っていないようでは市民を守れん。よってこれより、城下町の『視察』を行う」


 視察ぅ? それ、世間一般では「街ブラ」って言うんじゃねぇの? 俺がポカンとしていると、オスカーの背後からひょっこりと顔を出した奴らがいた。


「へへっ、そういうことだぜルーク! たまには息抜きしようぜ!」

「んむぅ……ルーク君、おいしいお店教えてくださぁい……」


 ニカッと白い歯を見せるカインと、相変わらず夢の中に半分片足を突っ込んでるノルン。 なるほどね。  

 どうやら俺の愛しい休日は、開始五秒で「副団長と行く! 地獄の強制遠足」に書き換えられちまったらしい。  


 はぁ、マジかよ。勘弁してくれ。


 ***


 ガルドリアの王都、ヴァルドンガルド。鉄と石で組み上げられた無骨な軍事都市だけど、坂道を下って外郭の市場エリアまで来ると、意外なほど活気があった。  

 肉を焼く煙。鼻をくすぐるスパイスの匂い。商人のダミ声。行き交う人々は兵士が多いけど、みんな非番なのか表情は緩んでる。


「わふっ! わふぅ!」


 俺の足元では、フェデが尻尾をちぎれんばかりにブン回して、あちこちの屋台に熱視線を送っていた。わかるよフェデ、いい匂いだもんな。朝飯食ったばっかりだけどな。俺の財布が泣いてるぞ。


「おい、列を乱すな。ヴァレリオ、その犬の手綱をしっかり握っておけ」


 オスカーが眉間みけんに深いしわを寄せて指示を飛ばす。  

 彼、私服なのに歩き方が完全に「軍人のそれ」なんだよな。背筋がピンとしすぎてて、周りの人たちが「お、偉い人が来た」って感じで勝手にモーゼみたいに道を空けちゃう。


 目立つってば。


「副団長、もうちょっとリラックスしましょうよ。せっかくの休みなんですから」

「街の視察だと言ったはずだ。有事の際、どの路地が避難経路になり得るか、常にシミュレーションを……」

「あー! うまそー! ルーク、あれ食おうぜ!」


 カインがオスカーの高尚な講釈をぶった切って指差したのは、串焼きの屋台だった。  

 巨大な脂身たっぷりの肉が、炭火の上でジュウジュウと音を立てて暴れている。タレの焦げる匂いが、暴力的なほど食欲をそそるやつだ。

『特大ボアの串焼き』。一本で大銅貨三枚。安い。


「いいな。フェデの分も買うか」  

「わふっ!(肉!)」

「待て」


 財布を取り出そうとした俺の手を、オスカーがガシッと掴んで止めた。  

 その視線は、串焼き肉に釘付けになっている。いや、食いたいわけじゃなさそうだ。むしろ、新種の魔獣でも見るような目で凝視してる。


「……なんだ、その黒い物体は」

「え、串焼きですけど」

「衛生状態はどうなっている? 直火とはいえ、屋外で、しかも素手で調理しているなど……王家検疫を通していない肉を摂取するなど自殺行為だ」


 うわあ。出たよ、深窓しんそうの王子様ムーブ。 こちとら落ちたもんでも「三秒以内ならセーフ」ってルールで生きてきた冒険者だぞ。


『ケッ、軟弱な王子サマだぜ。肉なんて焼けばだいたい大丈夫なんだよ!』


 ふところの中で、透明化した炎の精霊ヴァルが呆れたように毒づく。お前は黙ってろ、熱いから。


「オスカーさん、おいしいですよぉ? ほら、あーん」


 ノルンがいつの間にか買ってきた串を、とろんとした目でオスカーの口元に差し出した。この子、怖いものなしかよ。副団長だぞ?


「ば、馬鹿者! 私は職務中であり……むぐっ!?」


 抗議しようと口を開けた瞬間、ノルンが絶妙なタイミングで肉を突っ込んだ。  

 オスカーの目がカッと見開かれる。  


 咀嚼そしゃく。  

 ごくん。


「…………」

 沈黙


 カインと俺が固唾かたずを飲んで見守る中、オスカーは口元のタレをハンカチで上品にぬぐい、ボソッと言った。


「……悪くない」

「でしょー! お兄さん、追加で四本!」

「おい待て、私は許可して……むぐっ!」


 二本目が突っ込まれた。もう抵抗しないんかい。口の端にタレをつけたまま、もぐもぐと巨大な肉を頬張る第二王子の姿。なんかこう、見てはいけないものを見ている背徳感があるけど……不思議と、嫌な感じはしない。


「よし、俺らも食うぞ。おっちゃん、追加で!」


 俺たちも串を受け取る。カインは「あちちッ」とか言いながら即かぶりつき、ノルンも幸せそうにハフハフしてる。  

 俺も一口。

 ……うん、美味い。ちょっと味が濃いけど、労働の後の体にはこれくらいが丁度いい。こっそり懐にちぎった肉を落としてやると、ヴァルたちが無言でむさぼり食う気配がした。で、問題は、この人だ。


「…………」


 オスカーが、渡された三本目の串焼きを凝視したまま固まっている。まるで、未知の魔道具の解析でもしてるみたいな目つきだ。


「……副団長? 食わないんすか?」

「……いや。これは、どうやって食べるのだ?」

「へ?」

「食器がない。ナイフも、フォークも。……このまま口に運べというのか? タレが垂れる危険性が極めて高いが」


 マジかよ。王子様育ちってのは聞いてたけど、屋台メシ食ったことないのか。


「あのですね。こうやって、串を持って、ガブッていくんすよ。タレがついたら、あとで拭けばいいんです」


 俺が見本を見せる。オスカーは眉間に深いシワを寄せ、決死の覚悟みたいな顔で串を持ち上げた。  

 戦術の授業で「前衛を捨て石にする」なんて冷徹な判断をした男が、たかが串焼き一本に冷や汗をかいている。


「……ふっ、くくっ」


 カインがこらえきれずに吹き出した。


「なっ、貴様! 上官を笑うとは何事だ!」

「いや、すんません! だって副団長、顔! 顔が魔王と戦う前みたいになってますって!」

「うるさい! ええい、ままよ!」


 オスカーが、やけくそ気味に肉にかぶりついた。その瞬間、予想通りというか、お約束というか。 たっぷりと絡んでいたタレが、口の端からぽたりと垂れて、彼のあごについた。


「あっ」


 オスカーが硬直する。王族としてあるまじき失態、とか思ってんのかな。ハンカチを取り出そうと彼が慌てた、そのときだ。


「わふっ!」


 俺の足元から飛び出した黄金色の影――フェデが、オスカーの膝に前足をかけ、その顎についたタレを、ペロリと舐め取った。


「うおっ!?」


 オスカーが素っ頓狂な声を上げてのけぞる。


「き、貴様っ……! 無礼だぞ!」


 でも、フェデはお構いなしだ。「もっとくれ」とばかりに尻尾をブンブン振って、オスカーの手にある串を見つめてる。  

 あのフェデが。最上位霊獣であり、ルーク以外には懐かないはずの、あのフェデが。


「……ははっ! フェデのやつ、副団長のことが気に入ったみたいっすね」


 俺が言うと、オスカーは目を丸くして、それから困ったようにフェデを見下ろした。  

 その顔には、いつもの険しさがない。ただの、でかい犬に懐かれて戸惑ってる、ひとりの青年の顔だった。


「……バルザード(私の相棒)ですら、私にこんな風に甘えたりはしないぞ。……こいつは、おまえに似て図々しいな」


 憎まれ口を叩きながらも、オスカーの手は、恐る恐るフェデの頭に伸びていた。黄金の毛並みに、指が触れる。フェデが気持ちよさそうに目を細める。


「……柔らかいな」


 ポツリと、オスカーがつぶやいた。その声を聞いて、カインもノルンも、そして懐の中の精霊たちも、なんだかほっこりした空気になる。  

 カインがニカっと笑って、自分の串の残りを差し出した。


「ほら副団長、もっと食ってくださいよ! ここ、タレがうまいんすから!」

「ば、馬鹿者! 食べかけを寄こすな!」

「あ、じゃあ私のもあげますぅ〜」

「ノルンまで! ええい、服につく!」


 わあわあと騒ぐ同期たち。それにみくちゃにされながら、オスカーが、ふっと笑った。嘲笑でも、冷笑でもない。  

 年相応の、呆れたような、でも楽しそうな笑顔。


「……まったく。貴様らは、緊張感が足りん」


 そう言いながら、彼は口についたタレを指でぬぐって、また肉にかぶりついた。今度は、迷いなく。


 ***


 夕暮れ時。茜色に染まる王都の坂道を、俺たちは砦に向かって歩いていた。  

 お腹はいっぱいだし、ノルンはお土産のクッキー抱えて幸せそうだし、カインはオスカーに剣術の質問攻めをしてる。  

 俺は、少し後ろを歩きながら、その背中を眺めていた。悪い人じゃないんだよな、やっぱり。  

 ただ、背負ってるものが重すぎて、真面目すぎて、自分を追い込んじゃうだけで。


『……ルーク殿』


 風のフィオが、小声でささやく。

『風向きが……少し、変わりましたね』

『ああ。……今のアイツなら、多少の無茶ぶりにも耐えられそうだぜ』


 雷のアルクも、珍しくオスカーを認めるような口ぶりだ。俺もそう思う。こうやって、たまには肩の力を抜いて、笑い合える時間があれば。  

 あの冷たい「監視役」の仮面の下にある、本当の彼と、わかり合える日が来るかもしれない。


「おい、ルーク」


 前を行くオスカーが、ふと立ち止まって振り返った。夕陽を背負ったその顔は、逆光でよく見えなかったけど、声は穏やかだった。


「……悪くない休日だった。礼を言う」

「へいへい。また行きましょうよ、副団長」


 俺は軽く手を振って応える。フェデが「わふっ」と鳴いて、オスカーの足元に擦り寄った。

 この平穏が、ずっと続けばいい。俺は本気でそう願った。  

 これから先に待っている、過酷な運命なんて、まだ何も知らないフリをして。  


 王都の鐘が、カランコロンと鳴り響く。影が長く伸びて、夜の気配を連れてくるまで、あと少し。


「……帰るぞ。明日は本部内の魔導研究棟へ行く。お使いの任務だ」


 オスカーが立ち上がり、いつもの副団長の顔に戻る。  


 魔導棟

 ああ、嫌な予感しかしない。そこにいるのは、先日、厨房でみかけた、天才にして変人魔導騎士、アリス=フェンリードだったか。  


 俺の「隠蔽」が、また一枚剥がされそうな気がするんだよなぁ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ