第59話 動力室の雷竜
ドォォォォン……!
胃袋の底から突き上げられるような重低音が、要塞の石床を揺らした。 地震じゃない。
この、肌が粟立つような静電気の味。舌の上でパチパチ弾ける金属臭。 オゾンだ。 俺の《精霊視》が、地下深くでとんでもない質量の「金色の光」が暴発したのを捉える。
「……嘘だろ」
俺は厨房の裏口から飛び出すと、警報が鳴り響く前の廊下を全力疾走した。すれ違う兵士たちが「なんだアイツ?」って顔で見てくるけど、構ってられるか。
地下三層。騎士団総本部の心臓部、魔導動力室。 さっきまで氷室で凍えてたってのに、階段を降りるごとに空気が生ぬるく、そして焦げ臭くなっていく。
『ヒャハハ! こりゃすげぇ! あの電気野郎、派手にやってんじゃねぇか!』
懐の中で、透明化した炎のヴァルが嬉しそうに声を上げる。
俺のコートの中は今、満員電車状態だ。 右ポケットに水のラグ、左ポケットに風のフィオ、胸ポケットに土のオルド、そしてフードの中にさっき回収したばかりの氷のフロス。
精霊のすし詰め。 はたから見ればただの人間だけど、霊視したら「歩く精霊爆弾」だぞこれ。
「笑い事じゃないって! 動力炉が止まったら、この要塞の機能が麻痺するだろ! 俺の平穏な生活が!」
『あら、いい気味ですわ。ガルドリアの武骨な鉄塊など、一度止めて冷やしたほうが――』
「フロスも黙ってて! お前ら、問題起こすことしか考えてないのか!?」
俺は悲鳴に近い声を上げながら、最下層の重い鉄扉の前へ滑り込んだ。 扉の隙間から、紫色の火花がバチバチと散っている。
鍵?そんなもん意味ない。 俺はアストラの鞘をテコ代わりにして、半ば溶けかかった扉を無理やりこじ開けた。
ギャギィィィン!
嫌な金属音と共に視界が開ける。 中は、青白い光の点滅で埋め尽くされていた。
太いパイプ。唸りを上げる巨大な魔導ジェネレーター。壁一面に刻まれた術式回路。 その、部屋の中央にある一番デカい「魔力貯蔵タンク」の上に。
“それ”は、へばりついていた。
「……ギャウッ! 最高だぜぇッ!」
黄金色の鱗。 背中には、黒と金の縞模様。 サイズはトカゲくらいある。翼のある、小さな竜だ。
そいつは、あろうことか要塞の命綱である動力パイプにガブりとかじりつき、漏れ出る高圧魔力を「ジュースか何か」みたいにゴキュゴキュと飲んでやがった。
「……おい」
俺の声に、竜がピタリと動きを止める。 バチッ、と鼻先でスパークが弾けた。 ゆっくりと振り返ったその顔。 爬虫類特有の縦長の瞳孔が、俺を捉えて――パアァァッと輝いた。
「あン? ……おおおッ!? その匂い! そのマヌケなツラ! 旦那じゃねぇか!!」
雷の上位精霊、アルクゥス=ヴォルトレイ。 通称、アルク。 六精霊の中で一番の暴れん坊で、スピード狂で、そしてどうしようもないバカだ。
「マヌケなツラで悪かったな! ていうか降りろ! 何食ってんだお前!」
「へへっ! いやぁ、目が覚めたら腹減っててよォ! ここの電気、ピリッとしてて辛口でウメェんだわ! ビビッと来たぜ、旦那!」
「ビビッと来てんじゃねえよ! それ、要塞の動力源! 食い尽くしたら俺たちが消されるんだよ社会的に!」
俺は駆け寄って、アルクの尻尾を掴んで引き剥がそうとする。 だが、こいつ、爪がパイプに食い込んで離れない。
「離せって!」
「ヤダね! あと一口! デザートにその『蓄電コンデンサ』ってやつ齧らせてくれよ!」
「ふざけんな! ヴァル、手伝え!」
『オラァッ! 降りろこの電気トカゲ! ルークが困ってんだろ!』
俺の懐から飛び出したヴァルが、アルクに頭突きをかます。 ドゴォッ!
「痛ってぇなこのキツネ野郎! ヤんのか!?」
「やらない! 喧嘩すんな! あーもう、パイプ歪んでるじゃねえか!」
そこで視界がふさがれた。 通路の奥から、いくつもの人影が走ってくる音だ。
「おい! 今の振動はなんだ!?」
「動力室だな! 急げ!」
整備士がきた…。 まずい…精霊 を見られるわけにはいかない…。
覚悟を決めて俺はアルクの首根っこを掴む。
「……来いっ!」
俺の《霊素吸収》をほんの一瞬全開にする。アルクが纏っていた過剰な電気エネルギーを、俺を媒介にして地に逃がす。
バチバチバチッ! 体中が痺れるような衝撃。そして、力尽きる一瞬の隙間に、俺はアルクをパイプから引き剥がし、ねじ込んでいたコートの中に押し込む。
『ぐえっ!? 狭ぇよ旦那!』
「静かにしろ! 殺されたいのか!」
アルクの頭を服の上から押えつけ、同時に、噛み跡だらけのパイプを手で覆い隠す。。 すぐさま、扉が爪先蹴りでぶった切られた。
そこから飛び込んできたのは、スパナやら杖を構えた整備士2人だ。
「な、なんだこの煙は!?」
「おい、そこにいるのは誰だ! 何をした!」
俺はボサボサになった髪をさらにかき乱し、煤だらけの顔を作って振り返る。 へらっと、力の抜けた愛想笑いを貼り付けて。
「あ、お、お疲れ様です〜……いやぁ、なんか変な音がしたんで見に来たら、火花が散ってて」
「火花だと!?」
「はい。怖かったんで、思わず手で押さえちゃいました」
俺は背後のパイプを指差す。 そこには、アルクの歯形がくっきりと残っているが……遠目には「何かが爆発して歪んだ跡」に見えなくもない。
整備兵長らしき男が、計器を確認して叫ぶ。
「……数値が安定している? 過負荷じゃなかったのか?」
「たぶん、接触不良とかじゃないですかね? ほら、あそこの留め具が腐食してて……。俺、田舎で農機具いじってたんでわかるんすけど、こういうのって大体、叩けば直るんすよ」
適当極まりない嘘。 でも、現に暴走は止まっている。 兵長は俺の顔と、ボロボロだが稼働している炉を交互に見て、深く溜息をついた。
「……ったく、最近の魔導機器は繊細すぎていかん。整備不良か。……おい新入り! 怪我はねぇか?」
「は、はい! ピンピンしてます! やっぱり整備不良ですね、ハハハ」
「笑い事じゃないぞ! ……だが、よくやった。報告書にはそう書いておく。行け!」
信じた。 俺は「失礼しまーす!」とペコペコ頭を下げ、逃げるように動力室を後にした。 背中で「ネジが一本飛んでるな」「締め直しだ!」という怒号を聞きながら。
***
特務候補生寮205号室 。 俺の部屋。 扉を閉めて、鍵をかけて、さらに念のため椅子でバリケードを築いてから、俺はベッドに倒れ込んだ。全身がまだ痺れている。
開かれたままの窓から部屋の差し込む明かりを仰ぎながら。
「……出てこい、お前ら」
俺の呼びかけに、懐の中で押し合いへし合いしていた気配が一斉に弾けた。 ポン、シュウ、パチッ。小さな破裂音とともに、六つの影が実体化する。
ベッドの上で尻尾を揺らす、赤毛の子狐――炎のヴァル。
宙をふわふわ泳ぐ、人魚の少女――水のラグ。
カーテンレールに止まる、知的な小鳥――風のフィオ。
床にどっしりと鎮座する、土偶っぽいゴーレム――土のオルド。
机の上で涼しげに耳を撫でる、雪ウサギ――氷のフロス。
そして、俺の腹の上でまだ火花を散らしている、金色の雷竜――雷のアルク。
『よぉ旦那!部屋狭くねぇか?もっと広いとこ行こうぜ!』
『うるせぇよ新入り。少しは 空気読め』
『あらあら、賑やかですねぇ』
『むにゃ……儂は眠い……』
『ルーク様、お疲れのようですな。氷枕はいりまして?』
『風が……窓の外に見張りの気配はありません。今は安全です 』.
そして、ベッドの下から「わふっ!」と飛び出してきたフェデ(大型犬サイズ)が、嬉しそうにアルクの匂いを嗅ぎ、全員に揉みくちゃにされ始める。
狭い、暑苦しい。
アルクが俺の腹の上に乗ってきて、尻尾でペシペシと叩く。 微弱な電流が流れて、ちょっと肩こりが治った気がするから悔しい。
『皆様、お揃いで。……賑やかになりますね』
『ルークよ、覚悟はよいか? これからは退屈させんぞ』
ラグとヴァルが、楽しそうに笑う。 退屈させてくれよ。頼むから。 でも、こいつらが揃った部屋の光景は、記憶の中にある「あの頃」と少しだけ重なって見えた。
魔王と戦う前の、まだ世界が平和だった頃の。
「……まあ、おかえり。みんな」
俺がボソッと言うと、騒いでいた連中が一瞬だけ静かになって、それから照れくさそうに笑った気がした。
こうして、俺の元には最強の(トラブルメーカー)手札がすべて揃ったわけだ。 スローライフ? 隠蔽? うん、もう無理だ。わかってた。 こんな連中を抱え込んで、地味に生きられるわけがない。
明日は座学の講義がある。教官は厳しいらしいし、隣の席にはあのオスカー副団長が座るはずだ。
……今のうちに、胃薬でも飲んでおくか。
■ アルク(アルクゥス=ヴォルトレイ)
属性: 雷
仮の姿: 金と黒の縞模様がある、猫サイズの小さな雷竜。
性格: 「ビビッと来たぜ!」が口癖の、せっかちで生意気なスピード狂。ルークを「旦那」と呼ぶ下町気質の兄貴分で、弱い者いじめを許さない義理堅い一面も持ちます。
正体: 「雷迅の皇子」の異名を持つ雷の上位精霊。霊素の流れに「瞬発力」と「加速」を与える起爆剤のような存在です。戦闘では神速の機動力を誇り、風のフィオと連携した時のスピードは誰にも捉えられません




