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第51話  監視役の副団長

【第2部】 セカイジュ騎士団・青春編(友情と亀裂)

 案内されたのは、要塞のド真ん中にある、やけに浮世離れした一角だった。  

 無骨な石積みの兵舎が並ぶエリアを抜けた先。ぽつんと建ってる、レンガ造りの建物。つたなんか絡まっちゃって、窓枠はピカピカに磨かれたオーク材。どう見ても貴族の隠れ家か、あるいは高級な療養所って風情だ。

 

 案内役の事務官が、すました顔で扉を開ける。


「こちらが『特務候補生寮』になります」


 中に入って、おれは開いた口がふさがらなくなった。広い、バカみたいに広い。エントランスにはふっかふかの絨毯じゅうたん。天井からは魔石のシャンデリアがぶら下がってて、昼間だってのに淡い光をき散らしてる。

 空気は魔法で調整されてるのか、外の凍えるような寒風がウソみたいにポカポカだ。

 

 足元で、フェデが「わふぅ」と感嘆の声を漏らした。尻尾が扇風機みたいに回ってる。お前、野生をどこに置いてきたんだよ。


「ルーカス候補生の部屋は、こちらの一階奥。特別仕様の防音室となっております」


 通された部屋は、もう笑っちゃうくらい豪華だった。十二畳はあるリビングに、革張りのソファ。壁には暖炉(魔導式)。奥にはキングサイズのベッドが鎮座してる。  

 勧誘の時の、あのアウリック支部長の言葉が脳裏をよぎる。『完全個室、食事はビュッフェ、大浴場サウナ付き』

 ウソじゃなかった。むしろ想像以上だ。おれはソファに倒れ込むように座り、天井を見上げた。


「……勝ったな」


 独り言が漏れる。これなら、まあ、耐えられる。『野良勇者』なんてレッテルを貼られて、強制連行されたときは人生終わったと思ったけど。この環境なら、多少の監視とか訓練なんて、ホテルの宿泊代だと思えば安いもんだ。

 

 フェデもさっそくベッドに飛び乗って、スプリングの弾力を確かめるようにポンポン跳ねてる。平和だ。スローライフの舞台が、森から高級ホテルに移っただけ。そう思えば、むしろ勝ち組なんじゃないか?


 と、その時だ。部屋の奥、パーテーションで区切られた向こう側から、ガサゴソと音がした。  


 ん? 完全個室って聞いてたんだけど。


「……あ? 誰だあんた」


 ぬっと顔を出したのは、おれと同じくらいの歳の少年だった。  

 黒髪は寝癖で爆発してて、目は半分閉じてるみたいな気だるげな灰色。着崩した訓練服の隙間から、やる気のないオーラが湯気みたいに立ち上ってる。  

 腰には二本の剣。でも、その置き方が雑というか、そこら辺に放り出してる感じだ。


「えっと、今日からここに入ることになったルーカスだ。よろしく」

「あー……そう。おれはカイン。カイン・ヘルダート。……ま、よろしく」


 カインと名乗ったそいつは、大きなあくびを噛み殺しながら頭をかいた。どうやらここは、完全個室じゃなくてシェアハウス形式らしい。  


 リビングは共有、寝室は別。なるほど、最近の流行りってやつか。  


 でもまあ、見るからに「落ちこぼれ」オーラ全開のコイツなら、気楽でいいかもしれない。ガツガツした出世欲とか無さそうだし。


「でけぇ犬だな」


 カインがフェデを見て、眉をひそめる。フェデは「遊んでくれるの?」と勘違いして、カインの足元に擦り寄っていく。  

 カインが嫌がるかと思いきや、意外にもその手つきは優しかった。無言でフェデの頭をわしゃわしゃと撫で回す。なんだ、いい奴じゃん。


「……ん〜? 新しい人ですか〜?」


 今度は、廊下側のドアからひょっこりと顔を出す人物がいた。  

 女の子だ。淡い金色の髪をゆるーい三つ編みにして、頭の上にはちょこんと突き出た獣耳。お尻の方では、ふわふわの尻尾がゆらゆら揺れてる。  

 教会風のローブを着てるけど、ボタン掛け違えてないかそれ。


「お隣の202号室のノルンですよ〜。よろしくね〜」


 間延びした声。とろんとした眠そうな目。手には食べかけのクッキー。亜人、いや狐の獣人か?

彼女はゆらゆらと近づいてくると、おれじゃなくてフェデの方へダイブした。


「わぁ〜、もふもふですね〜。あったかい〜」

「あ、こらフェデ、暴れるなよ」

「いい匂いしますね〜この子。……ルーカスくんも、なんか変な匂いしますけど〜」


 ドキッとした。  


 ノルンがおれを見上げる。その青い瞳が、一瞬だけ鋭く細められた気がしたからだ。値踏みするような、もっと深いところにある「魂の色」を覗き込むような視線。  

 ……気のせいか?  彼女はすぐにへらりと笑って、またクッキーをかじり始めた。カインにノルン、そしておれとフェデ。  


 ……なんだこのメンツ


 騎士団のエリート養成所って聞いてたけど、どう見ても『問題児収容所』の空気が漂ってるんだけど。ま、いっか。類は友を呼ぶって言うし。ゆるくやっていけそうだ。

 そう。完全に油断してた。ここが「特務」なんて仰々しい名前の付いた寮だってこと、忘れてたんだ。そして、おれの入団条件に「厳重な監視」が付いてたことも。


 カツ、カツ、カツ


 廊下の奥から、軍靴の音が響いてきた。そのリズムの正確さだけで、歩いてる人間の性格が透けて見えるような、硬質で冷たい音。  

 

 空気が凍る。  


 だらけてたカインが、弾かれたように姿勢を正した。ノルンの耳がピクリと立って、クッキーを食べる手が止まる。


フェデが、低く喉を鳴らした。


 現れたのは、一人の騎士だった。鋼色の短髪。彫刻みたいに整った顔立ち。まとってるのは、副団長の証である青と銀のマント。  

 その立ち姿だけで、部屋の空気がピンと張り詰める。ガルドリア王国第二王子、オスカー・ヴァルド・ガルドリアン。

 

「……浮かれているようだな、貴様ら」


 声がいい。無駄にいい声だ。腹の底に響くようなバリトンボイス。でも言ってることは尋問官のそれだった。  

 オスカーは部屋の中を見回し、直立不動になったカインを一瞥いちべつで射殺し、ノルンを冷たい視線で黙らせ、最後におれを見た。  

 その目。明確な「警戒」と、得体の知れない異物を見るような嫌悪感が混じってる。測定不能のスコアを叩き出した『野良勇者』を見る目だ。


「き、貴様がルーカス・ヴァレリオか」

「は、はい! 今日からお世話になります!」


 反射的に敬礼しちまった。社畜時代の悲しいさがだ。上司オーラを感じると身体が勝手に反応する。


「挨拶は不要だ。……総団長より、貴様の監視および指導を任された」


 オスカーはおれの目の前まで歩み寄ってくる。顔が近い。威圧感がすごい。香水の匂いじゃなくて、手入れされた剣の鉄の匂いがする。


「私の部屋は隣だ。この壁一枚隔てた士官室にいる」


 オスカーが指さしたのは、リビングの壁にある装飾だと思ってた扉だった。

 そこ、開くのかよ。ていうか、隣って。プライバシーは? おれの安眠は?


「逃げようなどと考えるな。貴様の一挙手一投足、呼吸の回数に至るまで、全て私が把握する」

「い、いや、そこまでは……」

「返事は『はい』か『イエス』だ!」

「イエス・サー!」


 なんだこの圧迫面接。カインが気の毒そうな目でこっちを見てるのがわかる。助けてくれよ同室のよしみで。  


 オスカーは冷たく言い放つ。


「詳しく知らんが、貴様を野放しにするわけにはいかない。……いいか、ルーカス」


 彼はぐいっと顔を近づけてきて、青銀の瞳でおれを射抜いた。


「貴様の手綱は、私が直接握る。……光栄に思え」


 ぞわり、と背筋が粟立つ。これは「指導」なんて生易しいもんじゃない。「管理」だ。それも、絶対に見逃さないという執念じみたやつ。  

 スローライフ? 隠れてのんびり? 無理だ。この人の前じゃ、あくび一つすら命取りになりそうだ。

 オスカーはふん、と鼻を鳴らすと、フェデの方をちらりと見た。フェデは「遊んでくれるの?」と期待に満ちた目で尻尾を振ってる。  

 オスカーの眉間が一瞬だけピクリと動いたが、彼はすぐに冷徹な仮面を被り直し、きびすを返した。


「特にその霊獣。しつけはできているんだろうな? 騎士団の品位を損なうような真似をすれば、即刻檻に入れるぞ」

「わふっ(失礼な)」

「だ、大丈夫です! この子は賢いんで! それに……」


 おれはゴクリと唾を飲み込み、一番大事なことを確認する。これだけは、死守しなければならない。  スローライフが死んでも、これだけは。


「あの、霊獣の食費が経費で落ちるって話、本当ですよね? 上限なしって聞いたんですけど」


 一瞬、場が静まり返った。カインが「マジかよ」と吹き出し、ノルンが「すごぉい」と目を丸くする。オスカーは信じられないものを見る目で俺を見たあと、深いため息をついた。


「……書類上は、そうなっている。騎士団の財政が傾かない限りはな」

「よかったぁ……!」


 おれはガッツポーズをした。フェデも「肉!」と言わんばかりに尻尾をブンブン振る。その風圧で、オスカーのマントがバサバサと煽られた。オスカーのこめかみに青筋が浮かぶ。


「……貴様ら、緊張感というものがないのか!」


 怒鳴り声が響く。でも、おれは内心で少しだけ安堵していた。監視付きで、自由はないかもしれない。でも、飯はうまいし、フェデもお腹いっぱい食べられる。  

 この堅物王子、真面目すぎて融通が利かなそうだけど、その分「約束」は守りそうだ。「食わせる」と言ったら、意地でも食わせてくれるタイプに見える。


「明朝〇六〇〇(マルロクマルマル)、中庭に集合だ。遅刻は一秒たりとも許さん。以上だ」


 バタンッ!!  

 隣室への扉が閉まる音が、死刑宣告のように響いた。


 しんと静まり返る部屋。カインが深い深いため息をついて、その場に崩れ落ちた。


「……終わった。マジで終わった。まさか『鬼の副団長』が直属とか……」

「うぅ〜、お昼寝できないですねぇ〜……」


 ノルンも耳をぺたんと伏せてる。おれは。おれは、フェデの背中に顔を埋めた。豪華な個室、美味しい食事、温泉サウナ。その代償が、あの堅物王子の二十四時間監視付き生活か。

 

 ……高い。  代償が高すぎる。


「わふぅ」


 フェデが慰めるように頬を舐めてくれた。うん、ありがとう。でもなフェデ。おれたちの「食費のための就職」、初日から前途多難すぎるぞ。  

 壁の向こうから、鋭い視線を感じる気がした。おれの心臓は、スローライフとは程遠い早鐘を打っていた。  


「……ま、なんとかなる……か?」


 呟いた言葉は、自分でも驚くほど弱々しかった。窓の外、遠くにそびえる世界樹が、心なしか苦笑いしているように見えた。


■ ノルン(ノルン・ルウェリア)

種族: 亜人(狐獣人系)♀

年齢:16歳

立場: 教会推薦の特別候補生 / 魔導支援班

紹介: 「……ん。これ、異常値だ」と眠そうに呟く、省エネ気質の天才少女。 常に眠たげな目をしていますが頭の回転は速く、結界術や情報解析を得意とします。実は世界樹教会から「霊核異常者の監視」という密命を帯びており、ルークを(あまり深刻にならずに)観察対象としてロックオンします。

霊核スコア(入団時): ランクC+

Intake(吸収): 2,480

Core(容量): 2,370

Flux(速度): 2,210

【総合】: 7,060

解説: 候補生としては破格のハイスペック。全ての数値が平均して高く、すでに正規騎士レベルの実力を持っています。支援や解析に特化した、安定感のあるステータスです。


■ カイン(カイン・ヘルダート)

種族: 人間♂

立場: 騎士団候補生(落ちこぼれ枠)/二刀流剣士

紹介: 「は? バケモンじゃん」とルークに毒づく、口の悪い同期生。 常に留年スレスレの成績で、自身の才能のなさに強いコンプレックスを抱いていますが、誰よりも諦めが悪い頑固者でもあります。 ルークの圧倒的な力を目の当たりにし、嫉妬しつつも「お前が前衛なら、俺は後ろで斬ることに集中できる」と背中を預ける、泥臭い相棒枠となっていきます。

霊核スコア(入団時): ランクD+

Intake(吸収): 2,090

Core(容量): 1,810

Flux(速度): 910

【総合】: 4,810

解説: 正規騎士ライン(5000)に届いていないギリギリの数値。特に「Flux(循環速度)」が低く、魔法やスキルの発動が遅いのが致命的欠点ですが、実戦の中で異常な伸びを見せるポテンシャルを秘めています。

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