第50話 鉄壁の王都ヴァルドンガルド
ガタゴト、なんて可愛らしい音はしなかった。
VIP待遇という名の護送馬車は、魔法サスペンション完備の快適仕様で、俺とフェデを乗せて滑るように街道を爆走していたからだ。
窓の外、流れる景色が急速に色を変えていく。のどかな田園の緑が消え、荒涼とした岩肌と、煤けたような空の色が視界を埋め尽くす。
「……うわぁ」
思わず声が漏れた。見えてきたのは、巨大な黒い塊だ。
ガルドリア王国、王都ヴァルドンガルド。大陸の中央ミドルリムの北に位置し、さらに西の「黄昏圏」から流れてくる魔素や魔獣を食い止めるために存在する、国家規模の防波堤。
別名――北西の盾
「……到着しました、ルーカス様。どうぞ」
騎士が恭しく扉を開けるが、その目は「絶対に逃がさんぞ」と雄弁に語っている。俺はため息をひとつ吐いて、膝の上で爆睡している茶色い毛玉――最上位霊獣フェデリオを揺り起こした。
「ほらフェデ、着いたぞ。……起きてくれ、足が痺れて感覚がない」
「わふ……」
寝ぼけ眼で欠伸をする大型犬(仮)
こいつの食費を経費で落とすという甘い蜜に釣られ、俺は魂を売ったのだ。いや、正確には「スローライフ」を売った。
馬車を降りると、そこには圧倒的な高さの城壁がそびえ立っていた。七重に巡らされた防壁は、まるで巨人が大地に突き立てた盾のようだ。空気そのものが硬い。鉄と、油と、わずかな緊張の匂い。
王都のさらに奥、山腹にへばりつくように鎮座するのが、俺たちの新居であり職場となる場所。
セカイジュ騎士団総本部――《世界樹守護聖堂砦(セント・アルボル要塞)》
「……要塞じゃん」
「ええ、要塞ですが?」
案内役の騎士が不思議そうに首をかしげる。いや、騎士団の本部だとは聞いていたけど、ここまでガチの軍事施設だとは思わないだろう普通。
巨大な《誓約門》をくぐり、訓練場や兵舎が並ぶ区画を抜ける。すれ違う騎士たちの視線が痛い。彼らの装備は傷だらけで、目は戦場を知る者特有の鋭さがある。
そんな中を、観光気分丸出しの平服と、尻尾をブンブン振っている大型犬が歩いているのだ。浮くどころの話ではない。異物混入だ。
「総団長がお待ちです」
通されたのは、本部棟の最上階にある執務室だった。重厚なオーク材の扉が開かれる。そこには、一人の男が立っていた。
窓の外、世界樹の方角を背にして立つ男。逆光で表情は見えないが、そのシルエットだけで呼吸が詰まるような圧迫感がある。
セカイジュ騎士団、総団長。序列二位にして実質的なトップ
アウストレア・ラインハルト
「……来たか」
男が振り返る。鋼鉄のような銀髪。深海のように静かで、底知れない瞳。何もしゃべっていないのに、肌がチリチリとするような「雷」の気配が漂っている。
俺の肩に乗っていた三体の精霊(ヴァル、ラグ、フィオ)が、気配を消して俺の服の中に隠れた。フェデですら、一瞬だけ身を低くして唸り声を呑み込んだ。
「ルーカス・ヴァレリオだな」
「は、はい。……一応、そうです」
敬語が正しいのかすらわからない。この男、人間というより「災害」に近い何かな気がする。
「グレイウッドでの報告は聞いている。計測不能のエラー、暴走根の鎮圧、そして……」
アウストレアの視線が、俺の足元のフェデへ落ちる。
「その霊獣。……ふむ」
値踏みするように目を細めたが、それ以上の言及はなかった。代わりに彼は、部屋の中央に置かれた一台の装置を顎でしゃくった。
「茶番は終わりだ。手続きを済ませる」
「手続き、ですか?」
「入団試験だ。そこで手を置け」
そこにあったのは、水晶の柱だった。冒険者ギルドにあった簡易的なものとは違う。台座には複雑な魔導回路が刻まれ、内部には世界樹の結晶片が埋め込まれている。
セカイジュ騎士団専用の《高精度霊核共振計》測定上限は30,000。人間の限界はおろか、英雄の領域すら測れる軍用規格の代物だ。
「ギルドの玩具では測れなかったようだが、これなら誤魔化しは効かん。……全力でやれとは言わん。だが、隠せば即座に地下牢行きだと思え」
脅しではなかった。ただの事務連絡のようなトーンで「地下牢」と言われた。俺は観念した。
ここで小細工をしてバレたら、それこそフェデと引き離されて実験動物コースだ。ある程度は出すしかない。Sランク……いや、Aランクの上位くらいで止まってくれれば御の字か?
俺は恐る恐る、水晶に手を触れた。
キィィィィン……
接触した瞬間、耳鳴りのような高周波が部屋を震わせた。冒険者ギルドの時のような「爆発的な吸い上げ」ではない。もっと静かで、深い共鳴。俺の中にある霊素が、せき止められたダムの放流のように、水晶へと流れ込んでいく。
空中に浮かぶ三つの円環状メーターが、凄まじい勢いで回転を始めた。
吸収率(Intake)――針が跳ね上がる。容量(Core)――唸りを上げて数値が刻まれる。循環速度(Flux)――視認できない速度で回転する。
(ちょ、待て、止まれ! ストップ!)
内心で叫ぶが、流れ出た霊素は止まらない。俺の意思とは無関係に、世界樹の欠片が俺の魂――精霊王の核に反応して、勝手に数値を叩き出していく。
15,000。筆頭騎士(勇者)クラスの領域を一瞬で突破した。水晶が眩い蒼色に発光し、部屋中の空気が振動する。
そして―― ピタリ、と針が止まった。
Intake:9,550 Core:9,320 Flux:10,040 ――総合スコア:28,910。
部屋に沈黙が落ちた。誰も動かない。記録係の女性騎士が、ペンを取り落とす音だけが響いた。 俺はそっと手を離す。壊れてはいない。だが、水晶は熱を帯びて白く煙を上げていた。
「……28,910、か」
アウストレアの声は、驚くほど冷静だった。だが、その瞳の奥には、猛禽類が獲物を見つけた時のような鋭い光が宿っている。
「我らが誇る筆頭騎士、勇者エリシア・リュミエルの基礎スコアが、およそ24,350だ」
総団長が、独り言のように呟く。
「数値だけで言えば、お前は現役の勇者を超えている」
「い、いや、これは何かの間違いで……俺、ただの田舎者なんで……」
「黙れ。数字は嘘をつかん」
一喝。アウストレアは机の上の書類――エリシアのステータス表と、今の俺の数値を並べて見下ろした。
「だが、お前には“属性”がないな」
痛いところを突かれた。
そう、俺は精霊王の生まれ変わりゆえに、全属性を内包している。それは外から見れば「色が混ざりすぎて透明(無属性)」に見えるのだ。特定の属性に尖っていないということは、特定の精霊との強烈なパス(契約)が結びにくいということでもある。
「勇者エリシアは光の大精霊と契約している。精霊からのバフ(増幅)を受ければ、その戦闘能力は倍――49,000近くになる」
総団長は冷徹に分析する。この世界の「契約」の仕組みだ。人間はあくまで霊素の「媒体」に過ぎない。28,000の器があっても、そこに流し込む「精霊という電源」がなければ、ただの頑丈なタンクだ。
逆にエリシアは、24,350の器に、最強の電源(光の大精霊)を繋いでいる。だからこそ“勇者”なのだ。
アウストレアの視線が、再び俺を射抜く。
「お前は器だけが異常に巨大だ。だが、中身を流し込むべき“属性”の偏りがない。ゆえにどの上位精霊とも契約の縁が見えん。……いや、精霊側が恐れて近づかないのか?」
違うんです、服の中に三体隠れてるんです、とは死んでも言えない。
彼はゆっくりと歩み寄り、俺の目の前で立ち止まった。見下ろされる威圧感。喉がひきつる。
「28,910。……何の加護も受けず、ただ人の身ひとつでこの領域にいるとはな」
アウストレアは、侮蔑でも称賛でもなく、危険物を識別する目で俺を定義した。
「――野良勇者か」
その言葉が、妙に腑に落ちてしまった。勇者ではない。けれど、一般人でもない。世界樹に選ばれたはずなのに、誰の管理下にもない不安定な存在。
「この青年……騎士団の外に置いて良い存在ではないな」
アウストレアの声が一段低くなった。殺気ではない。だが、明確な「管理意志」だ。危険物は、檻の中に入れて監視するに限る。
「野に放たれた剣が、世界を斬るか、救うか……ここで見極めさせてもらう」
アウストレアは指を鳴らす。控えていた騎士が、一枚の書類を俺に突きつけた。
「特務候補生として入寮を許可する。ただし、一般寮ではない」
「え?」
「監視付きの特別棟だ。……お前の手綱は、我々が直接握る」
総団長の口元が、わずかに歪んだ気がした。それは歓迎の笑みではない。猛獣を檻に入れる看守の笑みだった。
「連れて行け。……そして、あの男に引き渡せ」
俺は半ば引きずられるようにして、執務室を後にした。背中で閉まる扉の音が、まるで牢獄の鍵をかける音のように聞こえた。
スローライフ? ああ、そんな言葉もありましたね。
遠い過去の記憶のように霞んでいくそれを思い出しながら、俺はフェデの背中に顔を埋めて、音のない悲鳴を上げたのだった。
【第1部 黎明の冒険者編 完】
いつも、お読みいただきありがとうございます。第1部が完結いたしました。
【お知らせ】
本日の更新はこれでおしまいです。
第2部は明日1日おやすみをいただいて明後日からはじめます。
ここまで1日3話更新を続けてきましたが、書きだめも少なくなってきました、そこで第2部からはお昼と深夜の2話更新とさせていただきます。
今後もよろしくお願いいたします。




