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第4話  辺境の街グレイウッド

 森を抜ける瞬間というのは、いつだって劇的だ。

 今まで頭上を覆っていた鬱蒼うっそうとした緑の天井が、ふっと途切れるあの感じ。


 視界が暴力的なまでに開けて、光の量が三倍くらいに跳ね上がる。瞳孔がキュッと収縮して、世界が一瞬、白飛びする。


「……おお」


 思わず、間抜けな声が漏れた。  

 目の前に広がっていたのは、ただの平原じゃない。ましてや、ありふれた田舎の風景でもない。

 そこにあったのは、巨大な「根」の上に築かれた、奇跡みたいな箱庭だった。

   

 グレイウッド


 世界樹ユグド・アルボルから伸びる無数の根の一つが、地表を突き破って隆起し、なだらかな台地を作っている。その根の背中を借りるようにして、赤茶色の屋根を持つ石造りの家々がびっしりと並んでいた。

   

 根、といってもサイズ感がバグってる。幅数キロはあるだろうか。まるで巨大な龍が大地に伏せている背中の上で、人間たちが生活を営んでいるような、そんな光景だ。

   

 建物のレンガ色は温かみのある赤茶色で、あちこちの煙突から白い煙がたなびいている。風に乗って流れてくるのは、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、どこかの家で煮込んでいるスープの香り。

     

 平和だ。  

 涙が出そうなくらい、圧倒的に平和の匂いがする。


「わふぅ……(いいにおい)」


 隣で、フェデが鼻をひくひくさせている。金色の毛並みが陽光を浴びてキラキラしていて、こいつがただ座っているだけで絵画みたいだ。デカいけど。やっぱりどう見ても、ゴールデンレトリバーの尺を超えている。小熊だ。あるいはライオンの幼獣。


「ここだな、フェデ。俺たちの楽園は」

 

 俺は確信した。  

 霊素の流れが、この街周辺だけ異様に安定している。世界樹の根が天然の空気清浄機みたいに働いているのか、空気が澄んでいて軽い。ここでなら、俺の「魔力漏れ」も多少は誤魔化せるかもしれないし、何より、こののどかな雰囲気。


 スローライフをするためにあつらえたような街じゃないか。


「よし、行こう。まずは入国審査……じゃなくて、街に入る許可をもらわないとな」


 俺はアストラの鞘(木の棒にしか見えない)の位置を直し、深呼吸を一回。

 大丈夫。今の俺は、どこからどう見ても無害な旅人だ。魔力は腹筋に力を入れて(概念)抑え込んでるし、連れているのは可愛いワンちゃんと、肩に乗った小鳥と、懐に隠した子狐と、水筒の中の人魚だけ。

 

 ……字面にするとなかなかの怪しさだが、パッと見は平気なはずだ。


 街へと続く街道には、商人の馬車や、籠を背負った農夫たちが列をなしていた。 俺もその列に並ぶ。  

 門番は二人。槍を持った兵士だが、鎧は軽装で、表情も険しくない。あくびを噛み殺しながら、通り過ぎる人々に適当に挨拶をしている。


「次の方ー」

 

 俺の番が来た。心臓が少しだけ早鐘を打つ。  

 もしここで、「貴様、その溢れ出る霊素は何だ!」とか「その犬、伝説の霊獣では!?」とかバレたら、俺の計画はスタートラインで爆散する。


 極力、影を薄く。存在感を消して。俺は道端の石ころ。あるいは背景のモブA。


「よ、よろしくお願いします。旅の者です」


 引きつった笑顔で会釈する。門番の男が、俺をじろりと見た。そして、視線を下に移し、フェデを見た。  

 沈黙。やばいか? デカすぎたか? 猛獣扱いか?


「……でっけぇ犬だなあ!」

 

 門番が破顔した。


「毛並みツヤツヤじゃねえか。いいもん食わせてんなあ、兄ちゃん」

「え、あ、はい。自慢の相棒なんで」

「へえー、大人しそうな顔してら。噛まねえか?」

「噛みません。すっごく賢いんで」

 

 フェデが空気を読んで「わふっ(愛想笑い)」と短く鳴き、尻尾をブンブン振ってみせた。その風圧で門番の前髪が舞い上がる。


「ははは! 元気だなあ! よし、通っていいぞ。あ、ギルドに行くなら大通りを真っ直ぐな。登録証がないなら、早めに作っとけよ」

「あ、ありがとうございます!」


 あっさり。  拍子抜けするほど簡単に、俺は門を通過した。

 背後で「今の犬、モフモフしたかったなあ」という門番のぼやきが聞こえて、俺は心の中でガッツポーズを決める。

 

 勝った。俺の隠蔽スキル(物理)とフェデの愛嬌の勝利だ。


 ***


 門をくぐると、そこは喧騒の渦だった。  

 メインストリートは石畳で舗装されていて、道の両側には露店がひしめき合っている。


「新鮮なリンゴだよ! 朝採れだよ!」

「魔物除けの護符はいらんかねー、効くよー!」

「そこのお兄さん! 串焼き一本どうだい!」


 活気。熱気。そして何より、圧倒的な「生活」の匂い。  

 俺が前世で暮らしていた無機質なコンクリートジャングルとは違う。ここには、人が生きている体温がある。


「すげぇ……ファンタジーだ」

 

 当たり前なんだけど、改めて感動してしまう。

 通りを行き交う人々も多様だ。普通の人間っぽいのが多いけど、たまに耳の長いエルフっぽい人や、筋肉の塊みたいなドワーフ、獣の耳を生やした獣人なんかも普通に歩いている。


 誰も俺を変な目で見ない。ただの雑踏の一部として、俺を受け入れてくれている。

 これが、俺が求めていた「日常」か。


「ルークよ。美味そうな匂いがするぞ。あの肉が回ってるやつ、買おうぜ」

 

 懐に隠れていたヴァルだ。俺は慌てて咳払いをしてごまかす。


「……コホン。ヴァル、顔出すなって言ったろ。心話テレパシーで頼む」


『ちっ、めんどくせぇな。……おいルーク、あの串焼きだ。あれを食わせろ』


 頭の中に直接響く声に切り替わる。便利な機能だ。


『わたくしも、あの果物が気になります。風に乗って甘い香りが……』


 肩に乗っているフィオまで、小声でさえずるフリをして念を送ってくる。


『ルーク様、お水……新鮮な湧き水が欲しいです』  


 水筒の中のラグまで。こいつら、遠足気分かよ。まあ、俺も似たようなもんだけど。


「分かった、分かったから。まずは金だ。先立つものがなきゃ、串焼き一本買えないんだよ」


 俺のポケットの中は、悲しいことにスッカラカンだ。世界樹様は最強の剣と最強の犬はくれたけど、当面の生活費(現地通貨)まではくれなかった。


 世知辛い。神様ってやつは、いつも肝心なところで気が利かないもんだ。

 生活費を稼ぐ。そのためには、冒険者になるしかない。

 

 ラノベの定番だ。ギルドに行って登録して、薬草採取とかドブ攫いとか、地味な依頼をこなして日銭を稼ぐ。

 

 今の俺には、それが最高に魅力的な職業に見えた。だって、ノルマも残業もない(はずだ)。自分のペースで働ける(はずだ)。


「よし、フェデ。まずはギルドを探すぞ」

「わふ!(にく!)」

 

 フェデの思考がシンプルすぎる。でも、その純粋な食欲こそが今の俺たちの原動力だ。  


 俺たちは人混みをかき分け、教えられた通り大通りを進んだ。  

 街の中心に近づくにつれて、建物が立派になっていく。そして、ひときわ大きな、木造と石造りを組み合わせた頑丈そうな建物が見えてきた。

 

 入り口の上には、剣と盾、そして世界樹の葉をあしらった看板が掲げられている。


 ――冒険者ギルド・グレイウッド支部。


 冒険者たちがたむろしている入り口付近は、少しだけ柄が悪そうな雰囲気もあるが、殺伐とはしていない。笑い声や、昨日の戦果を自慢し合う大声が響いている。


「ここか……」

 

 ゴクリ、と唾を飲み込む。ここに入れば、俺は正式にこの世界の住人になる。

 

 ただのルーカス・ヴァレリオとして。精霊王なんて肩書きは、あの森の奥に置いてきた。これからは、しがないDランク冒険者として生きていくんだ。


『……ルークよ、ビビってんのか?』

 

 ヴァルがからかうように念を送ってくる。


「馬鹿言え。武者震いだ」

 

 俺は強がって、フェデの背中をポンと叩いた。


「行くぞ。俺たちのスローライフの第一歩だ」

「わふっ!」


 俺は勢いよく、ギルドの重厚な両開きの扉を押し開けた。

 

 カランコロン、と軽やかなベルの音が鳴り、中の喧騒と、酒と料理の匂いが一気に押し寄せてくる。    

 この時の俺は、本気で信じていた。  

 登録なんて、書類書いてハンコ押して終わりだと。

 

 まさかその先に、俺のスローライフ計画を粉微塵に粉砕する「魔の計測器」が待ち構えているなんて、神様でも(いや世界樹様なら知ってたかもしれないが)予想できなかったに違いない。

   

 扉が開く。俺の新しい人生の、本当の「エラー」が始まる音がした。


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