第30話 フェデのお使い
頭が、割れるかと思った。
いやマジで。比喩とかじゃなくて、こう、ガンガンと内側からドワーフの親方がハンマーで叩いてるみたいな痛さなわけ。
熱っぽいし、喉もイガイガする。これが……風邪ってやつか。
前世の社畜時代じゃ過労で倒れるまで気づかなかったりしたけど、この健康優良児な体に転生してからは初めてのダウンだ。
昨日の地下水路探索で変な菌でも吸ったか? それとも、張り切りすぎて知恵熱でも出たか? どっちにしろ、今の俺は布団の住人だ。
起き上がることすら億劫な、ダメ人間モード全開ってわけ。
「ルークさん、大丈夫ですかぁ……?」
ドアの向こうから、宿の女将マルタさんの心配そうな声がする。ありがたい。女将さんが女神に見える。
「すみません……今日はちょっと、動けそうになくて……」
掠れた声で返すと、あとでお粥を持ってきてくれる気配がして、パタパタと足音が遠ざかった。
で、だ。問題は俺の相棒よ。
ベッドの横で、さっきからずーっと俺の顔を覗き込んでる、黄金色のもふもふ。
フェデだ。心配なんだろうな。眉毛ないけど、眉をハの字にしてるのがわかる。
「くぅ〜ん……」
情けない声出しやがって。可愛いなちくしょう。
「大丈夫だって。ちょっと寝てりゃ治るから」
頭を撫でてやると、フェデは何かを決意したように、スッと立ち上がった。そして、部屋の隅にある俺の鞄を鼻先でつついて、中から小銭入れを引っ張り出してきた。
え? まさか。
「わふっ!(ぼくがいく!)」
いやいやいや。わかるよ? お前が賢いのは知ってる。普通の犬じゃないし、最上位霊獣だし、なんなら王都の学者よりIQ高いかもしれない。
でもな、お使いはハードル高くないか?
「買い物……行く気か?」
「わふ!」
尻尾がブンブン回ってる。自信満々だ。扇風機かよ。
止めようと思ったんだけど、熱のせいで頭が回らないし、フェデの瞳があまりにキラキラしてて、つい言っちまったんだよな。
「……じゃあ、頼むわ。メモ書くから、それ持って……ポーションと、あと何か消化にいいものを……」
フェデは首に風呂敷(唐草模様じゃないけど、それっぽい布)を巻いてもらい、そこに小銭とメモを入れて、意気揚々と部屋を出て行った。
パタン、と閉まるドア。
……大丈夫か? 変な人に捕まったりしないか? いや、フェデなら逆に捕まえた相手を懐柔しかねないけど。
俺は熱に浮かされながら、相棒の初めての「ソロ冒険」を天井の木目越しに幻視するしかなかった。
***
ここからは、あとで聞いた話だ。あるいは、俺が見た夢かもしれない。
グレイウッドの街は、今日も平和だった。
大通りを、一匹の大きな犬が歩いている。毛並みは太陽を吸い込んだみたいにキラキラしてて、首にはちょっと不恰好な布袋。すれ違う人たちが、みんな振り返る。
「あら、あれは宿屋の……」
「お使いか? 偉いねえ!」
フェデは尻尾を振って愛想を振りまきつつ、目的地へ一直線だ。迷いがない。
まずは肉屋の頑固親父、ボルドさんの店。
「おう、いらっしゃ……って、犬かよ!」
ボルドさんは最初ギョッとしたらしいけど、フェデがちょこんと前足をカウンターに乗せて、首のメモを見せた瞬間、陥落した。
『ご主人様が風邪っぴきなんだ。栄養つくやつ、頼むぜ』
俺の汚い走り書きメモ。
ボルドさんは「なんだよ、あの兄ちゃんダウンかよ」とぶっきらぼうに言いながら、一番いい赤身肉と、あとスープ用の骨を包んでくれたらしい。
「ほらよ。お釣りはとっときな。……お前の分もオマケだ」
骨付き肉を一本、フェデの口にくわえさせる。
フェデは「わふぅ(ありがと!)」と一鳴きして、深々とお辞儀をしたとか。
犬がお辞儀するんだぞ? 目撃した主婦たちが「きゃーっ!」ってなったのは言うまでもない。
次は花屋だ。
「あら、フェデちゃん!」
看板娘のフローラちゃんが見つけて駆け寄ってくる。フェデは肉の包みを一旦置いて、フローラちゃんの手に鼻先を擦り付ける。あざとい。これだからイケメン(犬)は。
どうやらフェデの判断で、見舞いの花を買おうとしたらしい。メモにはないのに。フローラちゃんは察して、黄色い元気な花を選んでくれた。
「ルークさんに、早く良くなってねって伝えてね」
フェデはその花を一輪、口の端っこに器用に咥えて、また歩き出す。
ここまでは完璧だ。
絵に描いたような「はじめてのおつかい」成功例。
だが、街ってのはそんなに甘くない。路地裏から、ガラの悪い酔っ払いがふらふらと出てきた。
「あぁん? なんだその犬……美味そうな肉持ってんじゃねぇか……」
昼間っから泥酔してるダメ人間だ。フェデの荷物に手を伸ばそうとする。
フェデは唸りもせず、ただ静かに相手を見上げるだけ。
手が出せないわけじゃない。本気を出せば、この街ごと吹き飛ばせる力を持ってるんだから。
でも、主(俺)に「目立つな」って言われてるから我慢してるんだよな。
偉いぞフェデ。
酔っ払いの手が、フェデの頭に触れようとした、その時だ。
ボッ。突然、男の足元で謎の小火が発生した。
「うわ熱っ!? なんだ!?」
男が慌てて飛び跳ねる。さらに、どこからともなく飛んできた水風船みたいな水塊が、男の顔面を直撃。 バシャッ!
「ぶへぇッ!?」
水浸しになった男が目を白黒させている隙に、一陣の風が吹いて、男をクルクルと回転させて路地の奥へ転がしていった。
……うん。 偶然、じゃないよな。どう考えても。 建物の屋根の上。
そこに、三つの小さな影があったらしい。
赤い毛並みの子狐。水色の髪のちっちゃな人魚。緑の羽を持つ小鳥。
『危ないところだったぜ……あの野郎、燃やし尽くしてやろうかと思ったが』
ヴァルが鼻息荒く言えば、
『ダメですよ。ルークさまに怒られます。軽く湿らせる程度にしておきましたけど』
ラグが冷静にツッコミを入れ
『風で退場願いました。……しかし、フェデ殿も甘いですね。あのような輩、噛み砕けばよいのに』
フィオが一番過激なことをさらっと言う。
そう。こいつら、俺が寝込んでるのをいいことに、勝手について行ってたんだ。
「護衛任務」とか勝手に名付けて。
フェデが転びそうになれば風で小石をどかし、雨が降りそうになれば炎で雲を蒸発させ(やりすぎだろ)、道に迷いそうになれば水鏡で道順を示し。
過保護か!
王族のパレードでもそこまでしないぞってくらいの、鉄壁の守り。
フェデも途中で気づいたのか、屋根の上に向かって「わふっ」て手を振ってたらしい。
共犯者め。結局、フェデは一度も危険な目に遭うことなく(遭わせることなく)、ポーションと食材と花を抱えて、意気揚々と宿屋へ戻ってきた。
「ただいまっ!」って言わんばかりの勢いで、俺の部屋のドアを頭突きで開けて。
***
「……んぅ……?」
目が覚めると、枕元にドサッと荷物が置かれていた。
いい匂いがする。ボルドさんの店の肉と、薬屋の袋。
そして、枕元には一輪の黄色い花。
「わふぅ」
フェデがベッドに顎を乗せて、尻尾をパタパタさせてる。 『行ってきたよ! 完璧だったよ!』 そう言ってる顔だ。
「……お前、すごいな。本当に行ってきたのか」
俺が驚いて起き上がろうとすると、窓の外から三つの影がスッと入ってきた。
実体化はしてないけど、気配でわかる。
『ルークよ、目が覚めたか!』
ヴァルの声が脳内に響く。
『フェデのやつ、なかなかやるじゃねぇか。ま、オレたちのサポートがあったからこそだけどな!』
『余計なことを言わないでください、ヴァル』
ラグの呆れた声。
『……我が王の安眠を妨げぬよう、我々は影に徹しておりましたゆえ』
フィオの澄ました声。
全部聞こえてるっつーの。俺は苦笑して、ため息をついた。
「お前らなぁ……俺が寝てる間に、街中で騒ぎ起こしてないだろうな?」
『まさか! 完璧な隠密行動だったぜ! あの酔っ払い以外はな!』
「酔っ払い……?」
まあ、詳しくは聞かないでおこう。深く聞くと熱が上がりそうだ。
「ありがとな、フェデ。……それと、お前らも」
俺が言うと、フェデは嬉しそうに俺の頬を舐めた。ザリザリした舌の感触が、くすぐったい。窓辺の精霊たちも、なんだかんだで誇らしげだ。
買ってきたポーションを飲む。苦いけど、なんか効く気がする。
フェデが買ってきた肉は、あとでマルタさんに料理してもらおう。
この黄色い花は……花瓶がないから、コップにでも挿しておくか。
殺風景な男の部屋が、そこだけ少し明るくなった気がした。
「……さて、もう一眠りするか」
熱はまだあるけど、気分は悪くない。
俺の周りには、最強の(そして最高に過保護な)番犬と、お節介な精霊たちがいるんだ。
世界を救うとか、魔王がどうとか、今はどうでもいい。今はただ、この騒がしくて温かい日常に、身を任せておこう。
俺は布団を被り直して、フェデの背中に足を乗っけた。
湯たんぽ代わりの最上位霊獣。贅沢すぎるだろ、これ。
おやすみ、グレイウッド。
風邪が治ったら、また騒がしい日々が待ってるんだろうけど。
今日は、このまま。




