第3話 精霊たちとの再会
森を歩くっていうのは、案外、体力を削られるもんだ。
考えてみれば当たり前の話で、舗装されたアスファルトの上を革靴で歩くのとはわけが違う。木の根っこやら腐葉土やらでデコボコした地面を、スニーカーですらない旅のブーツで踏みしめてるわけだから。
使う筋肉が違う。インナーマッスルが悲鳴を上げているというか、もっと単純にカロリーを燃やしてる感がすごい。
おまけに、俺の体からは常時、霊素とかいう謎エネルギーが駄々漏れ状態なわけで。これってつまり、常に全力疾走しながら発電機回してるようなもんじゃないか?燃費、最悪なんじゃ?
「……休憩だ。メシにしよう」
俺がそう宣言して近くの倒木に腰を下ろすと、先行して草むらに頭を突っ込んでいたフェデが、「わふっ!」と元気に返事をして戻ってきた。
その口には、どこで見つけてきたのか、立派な木の実のついた枝と、妙に色の濃いキノコが咥えられている。
野生、たくましすぎない?俺、さっきまで「コンビニおにぎり食べたいなー」ってのんきに現実逃避してたんだけど。相棒がいきなり現地調達してくるとは。
「でかしたフェデ。……でもこれ、焼かないと食えないよな?」
フェデが尻尾を振って勧めてくるんだから毒はないんだろうが、生でいく勇気はない。
俺は周囲の枯れ枝を集め、地面に積み上げた。さて、ここからが問題だ。ライターもマッチもない。あるのは俺の体から溢れ出る、制御しきれない霊素だけ。
前世の知識で火起こしなんてしたこともないし、魔法なんて高度なスキルはまだ使い方がさっぱりだ。とりあえず、木の枝を擦り合わせてみるか?
いや、日が暮れるわ。途方に暮れて、ため息をついた、その時だ。
チリッ。
枯れ草が爆ぜるような、小さな音がした。
「ん?」
足元の枯れ枝が集まっているあたりから、不意に赤い煙が立ち上る。いや、煙じゃない。火種だ。
誰かが着火剤でも放り込んだみたいに、ポッと小さな炎が生まれたかと思うと、それが生き物みたいに揺らめいて、あっという間に焚き火くらいのサイズに育った。
「……は?」
俺、何もしてないぞ。摩擦熱が発生するほど高速で枝を擦った覚えもない。
呆気にとられていると、炎の奥からひょっこりと、赤い毛並みの何かが顔を出した。
子狐だ。
赤い毛並みの子狐が、炎の中から飛び出してきた。尻尾の先が青白く燃えていて、つり上がった瞳は生意気そうな金色。そいつは俺を見るなり、ニヤリと――狐が笑う普通?
――笑って、こう言ったのだ。
『よう、ルーク。待ちくたびれたぜ。火加減はこれくらいでいいか?』
「喋ったぁ!?」
俺が腰を抜かしそうになっていると、今度は頭上からバサバサと羽音が降ってくる。
『おやおや。火だけあっても、食材がなければ宴は始まりませんよ』
理屈っぽい声と共に、緑色の羽根を持つ小鳥が舞い降りてきた。目だけが妙に賢そうで、眼鏡でもかけてそうなインテリな雰囲気だ。そいつが翼をパタパタやると、つむじ風が起きて、木の上から食べ頃の果実がバラバラと俺の手元に落ちてきた。
さらに、だ。
『騒がしいですね……食事の前には、手を洗うのが礼儀です』
どこからともなく、水の玉がふわふわと飛んできた。中には、半透明の尾びれを揺らす、手のひらサイズの人魚の少女が浮かんでいる。
水色の髪をなびかせて、彼女が指先を振ると、清潔な水が俺の手元にシャワーみたいに降り注いだ。
炎の子狐。 風の小鳥。 水の人魚。
三匹、いや三柱の不思議な生き物が、俺とフェデを取り囲んでいる。
フェデはといえば、「お、来たか」みたいな顔で尻尾を振っているし。これ、俺だけ状況に追いつけてないやつですか?
『主よ! 再会を祝して、派手に燃やそうぜ!』
子狐が俺の足元にすり寄ってくる。熱くない。むしろポカポカして気持ちいい。
『我が王。風は常にあなたと共に』
小鳥が俺の肩に止まる。重さを感じないくらい軽い。
『……ルークさま。相変わらず、無防備な霊素の使い方ですね』
人魚が俺の目の前で涼しげに浮かんでいる。
「えっと……君たちは?」
恐る恐る尋ねると、三者三様の答えが返ってきた。
『あ? 忘れちまったのかよ! オレだよオレ、炎のヴァルだ! ヴァルス=イグナ様だ!』
『わたくしは風のフィオ。かつてあなたの参謀役を務めていた者です』
『……水のラグ、です。あなたの火照った頭を冷やすのが、私の役目でしたね』
ヴァル、フィオ、ラグ。その名前を聞いた瞬間、脳の奥底にある引き出しが勝手に開いた気がした。前世の記憶じゃない。もっと古い、魂に刻まれた記憶。
ああ、そうだ。知ってる。
ずっと昔、俺が「精霊王」だった頃、こいつらはいつも側にいた。うるさいくらい元気な炎と、理屈屋の風と、毒舌な水。
魔王戦争の果てに散り散りになり、俺が戻ってくるのをずっと待っていた、古い友人たち。
「……そっか。また会えたんだな」
自然と、そんな言葉が出た。再会の感動に浸りたいところだが、俺にはどうしても気になって仕方がないことが一つあった。
俺は焼けたキノコをハフハフと齧りながら(ヴァルの火加減が絶妙で悔しいほど美味かった)、素朴な疑問をぶつけた。
「なあ。お前ら、さっきから火点けたり水出したりしてるけど……それ、魔法か?」
俺の中にある精霊王としての知識が警鐘を鳴らす。精霊っていうのは人間と契約して、その魔力を借りて力を行使する存在だ。勝手にバンバン魔法を使えるもんじゃないはず。
精霊はあくまで「力の源泉」であり、それを出力するのは契約者である人間の霊核の役割だ。
なのに、こいつらは単独で火を吐き、水を降らせた。すると、ヴァルがキョトンとした顔で言った。
『あん? 魔法じゃねえよ。ただの現象だ』
「現象?」
『そこの空気に、ルークの霊素がうじゃうじゃ漂ってるだろ? お前、蛇口壊れた水道みたいにエネルギー漏らしまくってるからさ。それをちょっと吸って、火種にしただけだ』
フィオが翼を広げて補足する。
『いわゆる無線給電状態ですね。我が王の周囲数メートルは、濃密な霊素の海。わたくしたちは、そこに浮かんで、あなたの余剰エネルギーをお借りして遊んでいるに過ぎません』
ラグがため息交じりに付け加えた。
『本来、精霊は人の内側にある霊核を通して力を使いますが……ルークさまの場合、外に溢れている分だけで、これくらいの水遊びはできてしまうのです。……本当に、エコじゃないですね』
つまり、なんだ。 俺が必死に隠蔽しようとして漏れ出ちゃってるエネルギーを、こいつらは勝手に吸って、焚き火したり水浴びしたりしてるってことか。
術式として組まれた「魔法」じゃなくて、ただのエネルギーの塊をポイポイ投げてるだけだと?
「お前らのその火や水は、俺のダダ漏れエネルギーで遊んでるだけかよ!」
思わずツッコミを入れた。俺の燃費が悪い原因、ここにもあるじゃん!
『細かいことはいいじゃねぇか! ほら、キノコ焼けたぞ!』
ヴァルが悪びれもせず、焚き火に新しい枝を放り込む。
『待たれよ。塩がありませんね。風に乗せて岩塩の粒子を運びましょうか』
『……焦がさないでくださいね、駄犬。後始末をするのは私なのですから』
『誰が駄犬だコラ! オレは狐だ!』
賑やかだ。ついさっきまでの静かな森が、一気に修学旅行の夜みたいになった。フェデも混ざって「わふわふ」言ってるし。
俺は焚き火の前で膝を抱えながら、苦笑した。
スローライフ。一人と一匹の、静かな旅。そんな計画は、開始数時間で修正を余儀なくされたらしい。
でもまあ、悪くはないか。一人で食う飯より、こうやって騒がしい連中と囲む飯の方が、ずっと美味い気がする。
食事が終わって、一息ついた頃。 俺は改めて三柱に向き直った。
「みんな、ありがとな。また力を貸してくれるのは嬉しいよ。……ただ、一つ頼みがあるんだ」
『なんだ? 世界征服か?』 ヴァルが物騒なことを言う。
「違う。逆だ。……目立ちたくないんだ」
俺は切実に訴えた。これから俺は人里、近くにある『グレイウッド』って街を目指すつもりだ。
そこで「精霊王です!上位精霊従えてます!」なんてバレたら、スローライフどころか強制ハードモード突入だ。
国とか教会とかに囲われて、『世界を救え』だの『魔王を倒せ』だの言われる未来しか見えない。
「だから頼む。街に行ったら、お前らは絶対に正体を隠してくれ。喋るな。魔法も使うな。ただの『ペット』のふりをしてくれ」
沈黙。精霊たちが顔を見合わせる。
『ペット……だと? この焔冠の王たるオレ様が?』
ヴァルが不満げに鼻を鳴らす。
『……ふむ。我が王がそう望まれるのであれば、致し方ありません』
フィオは意外とすんなり受け入れた。
『ルークさまのお世話係としてなら、まあ……可愛がられるのも悪くありませんね』
ラグはまんざらでもなさそうだ。
「頼むよ。俺が精霊王だなんてバレたら、俺の安眠が終わるんだ。お前らが喋ったり、すごい魔法を使ったりしたら一発アウトだからな」
『ちっ……しゃーねぇな。ルークの頼みだ、付き合ってやるよ』
ヴァルが折れた。こいつ、口は悪いけど情に厚いんだよな。チョロいとも言う。
『では、人前では「ただの賢い小鳥」として振る舞いましょう』
『私は……そうですね、透明化してルーク様の水筒の中にでも隠れています』
「助かる。本当に助かる」
これで、隠蔽工作は完璧だ。
俺のDランク偽装(腹筋に力入れる作戦)と、こいつらのペット偽装。
よし、いける。 これなら、どんな街に行っても、ただの「動物好きな旅人」として通るはずだ。
「よし、契約成立だ! 行くぞ、グレイウッドへ! 目指せ、平穏無事な一般市民ライフ!」
『わふー!(ごはーん!)』
『燃えてきたぜぇ!』
『やれやれ……お世話係が増えましたね』
『風向きは……少々、乱れておりますが』
こうして。子犬(超大型)、子狐(発火性)、人魚(毒舌)、小鳥(説教臭い)という、どう見ても一般人には見えない愉快な一行を引き連れて、俺は森を抜けた。
その先に待つのが、平穏とは程遠い「計測不能」騒動だとは、この時の俺はまだ知る由もなかったのだ。
■ ヴァル(ヴァルス=イグナ)
属性: 炎
仮の姿: 赤い毛並みの子狐(尻尾の先が燃えている)
性格: 短気で口が悪いツンデレ兄貴分。「燃やすか?」が口癖。
正体: 「焔冠の王」の二つ名を持つ炎の上位精霊。かつての戦争では最前線で暴れまわった武闘派ですが、今はルークのツッコミ役に収まっています。彼が本気を出すと、地図から山が一つ消えます。
■ ラグ(ラグナ=アクエリア)
属性: 水
仮の姿: 空中を泳ぐ、手のひらサイズの人魚
性格: おっとりした口調で鋭い毒を吐くクールなお姉さん。
正体: 「深環の姫」と呼ばれる水の上位精霊。治癒と浄化のエキスパートですが、敵に対しては容赦がなく、笑顔で水圧切断をお見舞いするタイプです。
■ フィオ(シルフィオ=ヴェント)
属性: 風
仮の姿: 知的な目をした緑色の小鳥
性格: 理屈っぽくて真面目な参謀役。ルークを「我が王」と呼ぶ。
正体: 「翠嵐の賢者」の異名を持つ風の上位精霊。世界中の風の声を聴いて情報を集める、パーティのレーダー兼ナビゲーター。見た目は可愛い小鳥ですが、その羽ばたき一つで竜巻を起こせます。




