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第25話  精霊たちの隠蔽工作

 夜だ、それも深夜。

 グレイウッドの安宿《月下葡萄亭》の二階。その一番奥にある格安の部屋で、俺ことルーカス・ヴァレリオは泥のように眠っていた。  


 幸せな時間。夢の中では、俺はただの農夫で、フェデはただの犬で、世界樹なんて庭の植木くらいのサイズだった気がする、平和そのものだ。


 だが、現実はそう甘くない。  

 俺の枕元で、とんでもなくろくでもない「闇の会議」が開かれていたことを、この時の俺は知るよしもなかった。


「……集合だ、野郎ども」  


 闇にぽぅっと、赤い光が灯る。  

 子狐の姿をした炎の上位精霊、ヴァルだ。尻尾の先がチロチロ燃えてて、豆電球代わりになってる。


「お静かにルークさまが起きちゃいますよ」

 

 すっ、と音もなく現れたのは、小さな人魚のラグ。

 空中を泳ぐように移動して、ヴァルの光が眩しすぎないように水の膜で覆った。手際がいい。


「……状況は深刻ですな」

 

 最後に、窓枠にとまっていた緑の小鳥、風のフィオがバサリと羽を閉じた。

 深夜二時。精霊たちによる、緊急対策会議の幕開けである。


「いいか、単刀直入に言うぞ」  


 ヴァルが短い前足で腕組み(?)をして、しかめっ面で切り出した。


「ルークの正体がバレかけてる。っていうか、もう半分アウトだろこれ」


「半分どころではありません。あの変人植物学者ギルベルト、あれは完全にクロです。主様の歩いた後の土壌データを採取してニヤニヤしていました。変態です」  


 ラグが淡々と、しかし毒を含んだ声で補足する。


「事務官の女も厄介ですぞ。主様の行動履歴を完璧に把握している……風が告げております、『あやつの目は節穴ではない』と」

 

 フィオがため息まじりに首を振った。


 そう。

 昨日の「枯れ沼浄化」は、あまりにも派手にやりすぎた。  

 俺が寝ている間にこいつらが危機感を募らせるのも無理はない。

 主人がお気楽に寝ている分、従者たちが胃を痛める(胃があればだが)構図が出来上がっていたのだ。


「で、だ」

 

 ヴァルが身を乗り出す。


「このままじゃ俺たちの平穏な日々も終わっちまう。ルークがどっかの国の王様とか教祖様に祭り上げられたら、俺様がルークの腹の上で昼寝する時間が減るだろうが!」

「それは困ります。私は昼下がりの水浴びタイムを何より愛しているのですから」

「わたくしも。ルーク殿の肩でうとうとする時間が減るのは国家的損失です」


 動機が不純だ。


 こいつら、俺のためというより、自分たちの快適なペットライフを守るために必死なんじゃないか?


「そこで、俺様は考えた。名付けて『ドジっ子作戦』だ!」

 

 ヴァルがドヤ顔で言い放った。  

 ラグとフィオが顔を見合わせる。


「……その、あまりに知性を感じられないネーミングについては触れませんが。具体的には?」

「おう。要するにだ、主が強すぎるのがいけないんだよ。だから、俺たちがこっそり邪魔をする。明日の依頼中に、ルークを『ただの運がいいだけのドジなDランク冒険者』に見せかければいい!」

 

 ヴァルが熱弁を振るう。


「例えば、歩いてるときに足を引っ掛けてコケさせるとか!」

「なるほど。無様な姿を晒せば、評価は下がりますね」

「魔法を使おうとした瞬間に、水で湿らせて不発にするとか!」

「ふむ。魔力制御が下手な三流魔導士に見えますわね」

「だろ!?これなら周囲も『あいつ実はすごくないんじゃね?』って安心するはずだ!」


 深夜のテンションというのは恐ろしい。  

 普段なら「主になんてことを」と止めるはずのラグとフィオも、追い詰められた結果、判断力が鈍っていたらしい。


「……採用ですね。毒をもって毒を制す。過剰な評価には、過剰な失態をぶつけるのが最適解です」

「風も賛同しております。急がねば、主様が英雄として連行されてしまう」


 こうして


 俺の知らぬ間に、最悪の「支援」計画が始動してしまったのだった。


 ***


 翌朝


 俺はなんだか妙に体が重いのを感じながら起きた。昨日の疲れが残ってるのかなあ。


「ふわあ……よし、行くかフェデ」

「わふっ!」  


 フェデは元気いっぱいだ。こいつの毛並み、また良くなってる気がする。発光ダイオードかお前は。

 今日の依頼は、ギルドの掲示板で適当に見繕った「街道沿いのゴブリン掃討」と「薬草採取」

 

 地味だ。素晴らしい。  

 報酬は安いが、これくらいがDランクにはお似合いなのだ。カレンさんに見つかる前にさっさと片付けて、午後は宿で昼寝でもしよう。  

 そう思って、俺は街の西門を出た。


「よし、作戦開始だ!」  


 俺の肩の上(透明化中)で、ヴァルが小声で号令をかけた気がしたけど、空耳だろうか。

 街道を外れ、森へ入って数分。ゴブリンの足跡を探して歩いていると、不意に足首になにかが絡みついたような感触があった。

 

 なんだ? 


 根っこ? いや、風だ。フィオの起こした突風だ。それも、絶妙に足払いをかけるような、意地の悪い風。  


 俺の体は物理法則を無視して前のめりに倒れ――顔面から地面にダイブする、はずだった。


 ヒュンッ!!  鋭い風切り音。  

 俺の頭があった場所を、一本の矢が通過していった。  

 ドスッ、と背後の木に突き刺さる。


「……は?」  


 俺は地面に手をついたまま、瞬きをした。  

 矢? 茂みの奥から、ゴブリンアーチャーが顔を出して「ゲギャ!?」と驚愕の表情を浮かべている。

 どうやら不意打ちを狙っていたらしい。  


 もし俺がコケていなかったら、後頭部に見事な風穴が開いていたタイミングだ。


「……あ、危なかった……」  


 冷や汗を拭う俺。  

 しかし、たまたま同じ方面の依頼を受けて近くを歩いていた若手冒険者たちの反応は違った。


「み、見たか今の……!」

「ああ! 殺気を感じた瞬間に、あえて体勢を崩して(・・・)回避したんだ!」

「あの不自然な倒れ方……あれは武術の奥義『無影むえいの崩し』に近い動きだぞ」

「すげぇ……後ろからの奇襲を、ノールックで?」


 違う、誤解だ。  

 俺はただ、謎の突風に足をすくわれただけなんだ。


(チッ……失敗したか。次はオレ様の番だ!)


 またしても脳内に響く声。ヴァルだ。  


 俺が立ち上がり、襲ってきたゴブリンに向かって鞘を構えた瞬間


(燃えろ! 視界を奪ってやるぜ!)


 ボッ!俺の足元の枯れ草が、突然発火した。  

 

 うわ熱っ!?  

 不意の熱さに、俺は変な悲鳴を上げながら、思わず剣をめちゃくちゃに振り回して後退る。


「あちゃちゃちゃ!?」  


 完全にパニックになった素人の動きだ。剣筋もへったくれもない。ただの盆踊りだ。  

 これならきっと「なんだあの素人は」と呆れられるはず――


 ドガッ! バキッ! グシャッ!


 俺がデタラメに振り回した鞘が、なぜか。


 本当に偶然、奇跡的な確率で、飛びかかってきたゴブリンの顎、横から来た二匹目のこめかみ、さらに後ろにいた三匹目の鳩尾みぞおちに、流れるようなコンボでクリーンヒットした。


「……え?」  


 気付いた時には、ゴブリンの小隊が全滅していた。  

 俺はまだ「あちゃちゃ」のポーズのままだ。足元の火はすぐに消えたが、俺の顔は引きつっている。


「……見事」

 

 聞き覚えのある声。  

 木の上から、カレンさんが降りてきた。なんで見てんの!?


「足元の発火を『目くらまし』に使いつつ、予測不能な『酔拳』のような動きで三体を同時制圧……。あんな剣術、見たことがないわ。計算され尽くしている」


 カレンさんの目が、完全に「一目置くライバルを見る目」になってる。  違うんです。ただの事故なんです。

 その時、俺の懐でヴァルが


「くそっ、なんで当たるんだよ!」と地団駄を踏んでいる気配がした。

 

 ……さてはお前らだな? 俺は薄々感づき始めた。こいつら、俺を助けようとしてるのか、邪魔しようとしてるのか知らんが、完全に裏目に出てるぞ。


 気を取り直して、奥へ進む。  

 次こそは、次こそは、普通の、地味な戦いを見せてやる。

 そう思った矢先だった。  


 巨大な影が落ちてきた。  

 マッドボアだ。軽自動車サイズの猪が突っ込んでくる。  

 こいつ相手に、少し苦戦して見せれば――


(わたくしの出番ですね。水を撒いて、足を滑らせて差し上げましょう)  


 ラグの声。やめろ。もう何もするな。  


 俺が制止しようとするより早く、ラグが顕現もせずに水を生成した。俺の足元に、大量の水たまりが出現する。


「うわぁっ!?」


 ツルッ。見事に滑った。

 俺の体は物理法則を無視した加速で、地面をスライディングしていく  


 そのままの勢いで、ボアの股下をくぐり抜け――  ズドンッ!!  滑った勢いで手放してしまったアストラの鞘が、砲弾のように飛んでいき、ボアの後頭部にある「古傷(弱点)」にピンポイントで突き刺さった。


 哀れ、マッドボアは白目を剥いて轟沈。  

 俺はと言えば、スライディングの勢いで一回転し、なぜかスタッと綺麗に着地していた。  

 ……なんという、完璧なフィニッシュポーズ。


「…………」

 

 森が静まり返る。

 俺は冷や汗をダラダラ流しながら、動かなくなった巨大猪を見つめる。


「……信じられない」

 

 カレンさんが、口元を押さえていた。

「敵の股下を抜ける超低空スライディング……からの、死角からの投擲攻撃。しかも着地と同時に残心ざんしんまで……。Dランク? 嘘でしょ。あれはS級の身のこなしよ」


 茂みの奥では、ギルベルトじいさんが手帳に猛スピードで何かを書き込んでいるのが見えた。

 目がギンギンだ。怖い。


(……作戦失敗です)

(ルークの悪運、強すぎだろ……)

(計算外……これでは逆に評価が……)


 精霊たちの、がっくりと項垂れる気配が伝わってくる。  

 俺は天を仰いだ、どうしてこうなった。


 夕方。ギルドにて。


「おい聞いたか? あの新人、マッドボアを無傷で倒したらしいぞ」

「しかも『酔拳』の使い手だってよ」

「俺は見たぞ。魔法で足元に水を撒いて、それを潤滑油にして加速する独自の移動術を使ってた」

「すげえ……あいつ、何者なんだ?」


 酒場のそこかしこから聞こえてくる、俺(の虚像)への賛辞と疑惑の声。  

 俺はカウンターの隅で、ミルクをちびちびと舐めながら、遠い目をしていた。


「……どうしてこう、うまくいかないんだろうな」

 

 隣では、作戦失敗に落ち込むヴァルたち(透明化中)の代わりに、フェデが慰めるように俺の膝に顎を乗せている。  

 可愛い。お前だけが癒やしだ。


 だが、現実は非情である。  

 カウンターの奥で、カレンさんがニヤリと笑ってグラスを掲げてきた。その目は語っている。『やっぱり、お前はタダモノじゃないわね』と。  


 そして店の隅では、ギルベルトとネリスが何やら深刻な顔で話し込んでいる。  

 俺の「ドジっ子作戦(精霊主導)」は、皮肉にも俺を「予測不能な豪運の実力者」へと押し上げる結果に終わった。  

 スローライフへの道は、今日もまた一歩、遠のいていくのだった。


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