第23話 逃げきれない観察眼
厄日だ。
うん、間違いない、カレンダーに赤丸をつけて「外出禁止」って書いておくべき日だったんだ、今日は。
さっきギルドで、あの氷の女事務官・ネリスに「データがおかしい」って詰められて(盗み聞きだけど)、寿命が三年くらい縮んだばっかりだっていうのに。
ふらふらとギルドを出たおれの目の前に、またしても「関わりたくないランキング」ぶっちぎり一位の顔があった。
「おやおや、奇遇じゃのう! こんなところで会うとは、やはり運命かの?」
しらじらしい!ギルドの出入り口の真ん前で、仁王立ちして待ち構えてたくせに。奇遇もへったくれもないだろ。
ボロボロのローブに、整える気ゼロの白髪頭。そして片手に抱えた分厚い古書。
王都ソルネリアから来た変人植物学者、ギルベルト爺さんだ。
「……あー、どうも。奇遇ですね。じゃ、おれ急ぐんで」
「ほう、急ぐのか。それはちょうどいい。わしも森へ行こうと思っておったのじゃ」
「は?」
「ほれ、植物の研究じゃよ。この辺りの生態系は興味深くてのう。一人では危ないから、護衛が必要じゃろう? ちょうどそこにおる優秀なDランク冒険者に頼もうかと思うてな」
ニコニコと笑うその顔の皺が、全部「逃がさんぞ」って言ってるように見えるのは気のせいか。
いや、気のせいじゃない。目が笑ってないもん。あの眼鏡の奥の瞳、獲物を見つけた猛禽類そのものだ。
「いや、おれ依頼あるんで。忙しいんで」
「薬草採取じゃろ? 知っておるよ、受付で聞いてきたからの。わしの研究も場所は同じじゃ。問題あるまい?」
「あるよ! 大ありだよ!」
なんでこの爺さんは、そうやって外堀を埋めるのが上手いんだ。年功序列ってやつか? 人生経験の差か?
足元でフェデが「わふ?(散歩増えるの?)」って呑気に尻尾を振ってるのが恨めしい。お前、こいつがどれだけヤバい観察者かわかってないな?美味しい干し肉くれる親切な爺ちゃんくらいにしか思ってないだろ。
「さあさあ、善は急げじゃ。若いの、ほれ行くぞ」
「ちょ、押さないでくださいよ!」
結局、おれは爺さんに背中を押される形で、逃げるように街を出る羽目になった。
……これ、絶対ろくなことにならない予感がする。
***
森へ続く街道。 天気は快晴。絶好の冒険日和、でもおれの心は土砂降りだ。隣を歩く爺さんが、さっきから一秒たりとも黙ってくれないからだ。
「ほう、その歩き方。重心が常に中心にありつつ、地面を蹴る瞬間にのみ霊素が足裏に集中しておるな。無駄がない。実に合理的じゃ」
「……ただ歩いてるだけですけど」
「ただ歩くだけで、小石ひとつ音を立てんのが普通かね? ほれ、いま踏んだ枯れ枝も折れなんだ。体重移動の瞬間に重力を逃がしておる証拠じゃ」
いちいち解説すんな! 無意識だよ! 精霊王だった頃の癖なんだよ! おれは慌てて、わざとドスドスと音を立てて歩いてみせた。
「おや、急に雑になったのう。照れ屋さんか?」
「違います。靴底の調子が悪いんです」
「ふむ。靴底の減り方にも興味があるな。あとで見せてくれんか」
「絶対やだ」
ギルベルト爺さんは、手元の分厚い手帳に何やらサラサラと書き込んでいる。
やめてくれ。そのメモ帳、あとで燃やしていいか?
「それにしても、その犬……フェデリオと言ったか。見事な毛並みじゃのう」
「ええ、まあ。自慢の相棒なんで」
「うむ。特にこの、毛の一本一本が微弱な結界作用を持っておるあたり、ただのファルニッシュとは到底思えんが」
「……栄養がいいからですよ。高い肉食わせてるんで」
「ほほう、肉で結界が張れるようになるのか。それは生物学会がひっくり返る新説じゃな!」
くそっ、この爺さん食えない! 全部わかってて楽しんでやがる。
おれは冷や汗を拭いながら、早足で森の奥へと進んだ。採取ポイントにさっさと行って、さっさと帰ろう。そうしよう。
と、その時だ。
「グルルッ……!」
茂みがガサガサと揺れ、緑色の肌をした小鬼たちが飛び出してきた。
ゴブリンだ。しかも五、六匹の群れ。手には錆びた剣やら棍棒やらを持ってる。
「おやおや、魔物じゃな。これは危ない」
ギルベルト爺さんは、棒読みでそう言うと、ひょいっとおれの後ろに隠れた。
「さあ、冒険者どの。出番じゃぞ。わしのようなひ弱な老人を守ってくれ」
どこがひ弱だ。口撃力ならSランクだろアンタ。でもまあ、護衛としてついてきちゃった以上、守らないわけにはいかない。
おれは腰の星霊剣アストラ(※抜けないのでただの棒)に手をかけた。
「……フェデ、爺さんを守っててくれ」
「わふっ!」
フェデが爺さんの前に立ち、威嚇の姿勢をとる。よし、これで後顧の憂いはなし。
あとは、こいつらをサクッと追い払うだけだ。
「キシャァァッ!」
先頭のゴブリンが飛びかかってくる。 おれは半歩下がって、アストラの鞘を構えた。
「ほれ、魔法はどうした?」
後ろから、ワクワクした声が飛んできた。
「若いの、魔法じゃよ! ドカンと一発、ド派手なやつを頼むぞ!」
……やっぱりそれが狙いか!
おれが魔法を使う瞬間を見て、その霊素の動きを観察しようって魂胆だろ。絶対に見せてやるもんか。
おれはDランク冒険者。魔法なんて便利なもん、使えませんよーだ!
「使いませんよ! おれは剣士なんで!」
「剣士なら剣を抜かんか!なんで鞘のままなんじゃ!」
「錆びてて抜けないんですぅ!」
叫びながら、おれはアストラを振るった、狙うはゴブリンの脇腹。
殺さず、かつ森の木々を破壊しない程度の力加減で――
ブンッ!
風切り音じゃない。もっと重い、空気が爆ぜるような音がした。
鞘がゴブリンの横っ腹にめり込む。
「ギャベッ!?」
ゴブリンの体が「く」の字に折れ曲がり、砲弾みたいにすっ飛んでいった。
ドガガガガッ!
後ろにいた三匹を巻き込んで、ボウリングのピンみたいに弾け飛ぶ。
そのまま森の彼方へ、キラーンと星になって消えていった。
「……あ」
やべ。ちょっと力みすぎたか? 残った二匹のゴブリンが、ポカンと口を開けて空を見上げている。おれも一緒に見上げた。うん、いい飛びっぷりだ。ホームランだな。
「ヒッ、ヒィィッ!」
ゴブリンたちは武器を放り出して、一目散に逃げていった。賢明な判断だ。達者でな。
ふぅ、と息を吐いて振り返る。そこには、キラキラと目を輝かせたギルベルト爺さんがいた。
「す、素晴らしい……っ!」
「え?」
「いまのインパクトの瞬間! 見たかフェデリオ、見たじゃろう!?」
爺さんはフェデの首をガシガシ揺さぶりながら、興奮気味にまくし立てた。
「魔法による強化術式の輝きが一切見えんかった! つまり、外部への魔力放出をゼロに抑えたまま、体内の霊素循環のみで筋力を爆発的に強化したということじゃ!」
「いや、ただの筋力ですって」
「嘘をつけ! ただの筋肉でゴブリンがあんな初速で飛ぶか! あれは音速を超えておったぞ!」
爺さんは猛烈な勢いで手帳に書き込み始めた。ペンの動きが速すぎて残像が見える。
「打撃の瞬間、鞘と皮膚が接触する0.01秒の間に、霊素を『硬化』から『反発』へと性質変化させておる……! しかも無詠唱、無動作で! なんという高等技術……いや、これは技術というより、呼吸に近い!」
「ちょ、書きすぎですって! 見すぎ!」
「ふむふむ、放出系の魔法が得意かと思うておったが、身体強化の精度も桁外れか。面白い、実に面白いぞルーカス君!」
だめだ、この人。魔法を使わなきゃバレないと思ったのに、物理で殴ってもバレるんかい。
精霊王の体っていうのは、どう動いても霊素が勝手に最適化されちゃう仕様なんだよな。忘れてたよ。
それを一目で見抜くこの爺さんの観察眼も、大概おかしいけどな!
「……はぁ。もう帰っていいですか」
「何を言う。まだ薬草も採っておらんし、わしの研究データも足りんぞ。次はもっと硬い魔物……そうじゃな、ロックリザードあたりが出てくると嬉しいのう!」
「勘弁してくださいよ……」
おれはガクリと肩を落とした。
隣でフェデが「るっきー、ドンマイ」と慰めるように鼻先を擦り付けてくる。ああ、お前だけだよ、おれの味方は。
その後も、爺さんの「植物研究」という名の「ルーク観察会」は続いた。
おれが薬草を引っこ抜くたびに「根を傷つけぬ絶妙な霊素コントロール!」とか、水を飲めば「嚥下に合わせて循環率が変わった!」とか、いちいち実況される地獄のような時間。
帰り道、夕焼けに染まる街道を歩きながら、おれは悟った。
この爺さんからは、逃げられない。 そしてあの事務官ネリスからも。
スローライフ? うん、知ってた。そんなもん最初から、おれには縁がなかったんだってことくらい。
ギルベルト爺さんが、別れ際に言った一言が、耳にこびりついて離れない。
「隠そうとしても無駄じゃよ、若いの。 太陽を手で隠しても、隙間から光は漏れるもんじゃ。 ……ま、わしは学者として、その光がどう世界を照らすか、特等席で見させてもらうとするがの」
ニヤリと笑ったその顔は、やっぱり食えない狸そのもので。
おれはただ、深いため息をつくしかなかった。




