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第15話  王都からの視線

 場所は変わって、お隣の国。ガルドリア王国。大陸の北に陣取るこの国は、なんというか、空気が重い。鉄の味がする。

 西の空を常に睨みつけてるみたいな、ピリピリした緊張感が漂ってる場所だ。そのど真ん中に、要塞みたいにそびえ立つ建物がある。

 

 セカイジュ騎士団、総本部。名前からしてゴツイ。実際、中身もゴツイ。世界を守る盾であり剣である彼らの本拠地だ。

 その最奥。総団長執務室には、今日も胃が痛くなりそうな沈黙が満ちていた。


「……で。これが、東のソルネリアから飛んできた“緊急便”の中身か?」


 低い声。腹の底に響くような重低音が、部屋の空気をびりびりと震わせる。声の主は、アウストレア・ラインハルト。この騎士団のトップにして、序列二位の実力者。鋼鉄の鎧を着てなくても、存在そのものが鋼鉄みたいな男だ。眉間のしわだけで下級魔族なら「すいませんでした」って土下座して逃げ出すレベルの威圧感がある。

 

 彼が見下ろしているのは、執務机の上に置かれたひとつの木箱。厳重に封蝋ふうろうされたその箱には、最高ランクの緊急便を示す『黒鷹ブラックホーク』の焼き印が押されていた。黒鷹便なんて、国がひっくり返るような事態か、魔王が寝返りを打ったときくらいしか使われない超特急便だ。


「ええ、そうよアウストレア。……開ける前から、嫌な予感がぷんぷんするわね」


 答えたのは、執務室のソファで優雅に脚を組んでいる老婦人だ。深い紫色のローブに身を包み、長い銀髪をゆったりとまとめている。しわのひとつひとつに知性が刻まれたような顔立ち。  

 彼女こそ、隣国ソルミリアから定例会議のために訪れていた宮廷魔導長、マグナ・ルーメンハイトその人だった。普通なら他国の魔導長がここにいるのは変なんだが、この二国は『対魔王戦線』でがっちり手を組んでる。特に世界樹絡みの案件じゃ、国境なんてあってないようなもんだ。


「開けるぞ」


 アウストレアが短く告げ、無骨な指で封を解く。ベリッ、と音がして、蓋が開く。中には、緩衝材代わりの羊毛がぎっしり。その真ん中に、ぽつんとひとつ、握りこぶし大の水晶玉が埋まっていた。  


 いや。 水晶玉だったモノ、と言うべきか。


「……ほう」


「あら……」

 二人の口から、同時に乾いた音が漏れる。 それは、酷い有様だった。本来なら透明で、澄んだ光を宿しているはずの『霊核計測装置レゾナンス・ゲージ』の核水晶。それが、まるで腐った牛乳でも流し込んだみたいに白く濁りきっている。  

 ただ濁ってるだけじゃない。表面には無数の微細なひび割れが走り、耳を澄ませば「キィィィ……」という、虫の鳴き声みたいな耳鳴りが聞こえてきそうだ。


「壊れているな」

「ええ。物理的に砕けたんじゃなくて……内側から“焼き切れた”みたいにね」


 マグナが立ち上がり、すっと手をかざす。彼女の指先から淡い光の糸が伸びて、死んだ水晶へと触れる。解析魔法だ。壊れた魔導具から、最期に何が起きたのかを読み取る、検死みたいなもんである。  


 数秒後。マグナの細い眉が、ぴくりと跳ね上がった。


「……信じられないわね」

「何が見えた」

「“恐怖”よ」

「恐怖だと?」


 アウストレアが怪訝けげんそうに眉を寄せる。無理もない。魔道具に感情なんてあるわけがない。だというのに、マグナの声は真剣そのものだった。いや、むしろ楽しんでるようにも見える。

「この水晶、怯えてるのよ。……想定をはるかに超える、とてつもない質量の『何か』を流し込まれて、処理しきれずにパンクした。いいえ、違うわね……」


 彼女は言葉を選びなおすように、一度目を閉じた。そして、ぞっとするような冷たい声でつぶやいた。


「測ろうとした相手がデカすぎて、うつわのほうが自壊したのよ。……コップで滝を受け止めようとしたみたいに」


 部屋の温度が、すっと下がった気がした。ギルドに置いてある簡易型の計測器だって、そこらの安物じゃない。一般人や駆け出しを測るには十分すぎる性能だ。  

 アウストレアが記憶の引き出しを開ける。たしか、冒険者ギルド用の簡易型ゲージの上限値は総合スコアで『3,000』だったはずだ。Intake(吸収)、Core(容量)、Flux(循環)の各値が1,000まで。  

 Aランク冒険者だって、そうそう振り切れるもんじゃない。それが、測る前に壊れた?つまり、3,000どころじゃない。桁が違うってことだ。  

 ちなみに、この要塞にある騎士団用の最新鋭機なら『30,000』まで測れるが……この水晶の死に様を見る限り、軍用機でも無事だった保証はない気がする。


「報告書にはなんと?」


 アウストレアが、箱に添えられていた紙片を手に取る。グレイウッド支部のギルドマスターからの、震えるような筆跡の手紙。


『対象者:Dランク新人、ルーカス・ヴァレリオ。計測時、針が振り切れ、水晶が発光・停止。故障と判断しDランクとして登録したが……本能が告げている。あれは、故障ではない』  


 Dランク。見習い以下の、最低ランク。アウストレアは鼻を鳴らした。


「Dランクだと? ふん……随分と面白い冗談だ」

「あら、賢明な判断じゃない? もしその場で『計測不能の化け物です』なんて騒いだら、パニックになるわよ。故障ってことにして、穏便に済ませた。……ま、そのおかげで、とんでもない爆弾が野に放たれちゃったわけだけど」


 マグナは楽しげに、けれど目は笑わずに白濁した水晶を指先で転がした。

 ころ、ころ、と乾いた音が響く。


「ねえアウストレア。人間の霊核で、ここまでの反応が出ると思う?」

「……ありえん。筆頭騎士(勇者)のエリシアですら、計測器を壊しはしなかった。針は振り切れるかもしれんが、水晶自体が“白旗を上げる”なんて現象は聞いたことがない」

「そうよねえ。私も長いこと魔導を見てきたけれど……こんな壊れ方をするのは、そうね」


 マグナは視線を窓の外、はるか東の空へと向けた。そこには、雲を突き抜けてそびえ立つ、世界の柱――世界樹ユグド・アルボルの巨影が、うっすらと見えている。


「まるで、世界樹そのものを無理やり測ろうとしたときくらいかしら」


 どくん。アウストレアの心臓が、嫌な音を立てた。古傷が痛むような感覚。世界樹そのもの。その言葉が意味する重さを、騎士団の総団長が理解できないはずがない。  

 もし、そんな波長を持った人間がいるとしたら?  それはもう、人じゃない。精霊ですらない。もっと根源的な……世界のことわりに近いナニカだ。


「……ルーカス・ヴァレリオ。聞いたことのない名だ」

「偽名かもしれないし、ただの田舎に埋もれていた原石かもしれない。……あるいは」


 マグナが言葉を濁す。あるいは、西の魔王側が送り込んだ、人の皮を被った特級の怪物か。それとも、世界樹が気まぐれに生み出した、新しい守護者か。どちらにせよ、放置はできない。絶対に。  


 一二年前。世界樹の深層、『第七区』で起きたあの大崩壊事故。アウストレアだけが生きて戻った、あの地獄。あのとき、現場で渦巻いていた異常な霊素の奔流と、この水晶から感じる気配は、どこか似ている気がする。  

 だとしたら、これは爆弾だ。いつ爆発するかわからない、世界規模の。


「どうする? 騎士団の精鋭を送り込んで、しょっ引く?」


 マグナが試すように訊いてくる。アウストレアは腕を組み、鋼のような筋肉を軋ませながら考え込んだ。  

 即座に拘束すべきか?  いや、相手の力が未知数すぎる。もし本当にSランク、いやそれ以上の規格外だとしたら、下手に刺激すればグレイウッドの街ごと消し飛びかねない。それに、まだ敵と決まったわけじゃない。

 

 もし味方になり得るなら、これほどの戦力はない。


「……いや。強引な接触は避ける。まずは“目”を送る」

「目?」

「正確に奴の底を見極められる、冷静な目だ。……それと、万が一のときに情報を持ち帰れる足もな」

 

 アウストレアは机の上のベルを鳴らした。チリン、と澄んだ音が鳴ると、すぐに控えの騎士が入ってくる。


「総団長、お呼びでしょうか」

「至急、二名の要員を手配しろ。……一人は、事務局のネリス・クロイツ」

「ネリス記録官ですか? しかし彼女は戦闘要員では……」

「構わん。彼女のデータ処理能力と観察眼は、そこらの斥候より鋭い。奴の日常、癖、霊素の揺らぎ……すべてを記録させろ」

 

 そして、とアウストレアはマグナの方を見た。マグナは「ああ、なるほどね」と察したように頷く。


「もう一人は、私の古馴染みがいいわね。……今ちょうど、東の植生調査に出かけてるはずよ」

「あの“植物狂い”の爺さんか」

「ええ。ギルベルトよ。彼なら、世界樹の霊素とただの魔力の違いくらい、匂いで嗅ぎ分けるわ」

 ギルベルト。世界樹研究の第一人者にして、偏屈で有名な老学者だ。騎士団の権威なんかよりも、珍しい草花のほうを大事にするような男だが、その知識量だけは大陸随一。  

 ネリスの冷徹な記録眼と、ギルベルトの深い知識。この二人なら、正体不明のDランク冒険者を丸裸にできるだろう。


「手配させろ。名目は……そうだな、『魔素異常の定点観測』とでもしておけ。対象に悟られるなよ」 「はっ!」


 騎士が敬礼して退出していく。再び静寂が戻った部屋で、アウストレアは窓の外を睨んだ。西の空は、今日もどんよりと曇っている。黄昏の気配が、じりじりと国境を侵しつつあるのが肌でわかる。

 

 魔王の封印が揺らいでいる。そんな時期に、東から現れた規格外の光。果たしてそれは、闇を払う剣なのか、それとも世界を焼く火種なのか。


「……野に放たれた剣か。吉と出るか、凶と出るか」


 アウストレアの呟きに、マグナは面白そうに口角を上げた。


「あら、私は楽観的よ? だって、水晶が壊れるほどの力なんでしょう? 少なくとも、退屈しのぎにはなりそうじゃない」

「不謹慎だぞ、婆さん」

「あらやだ、お姉さんとお呼びなさい」


 軽口を叩き合いながらも、二人の目は笑っていない。その視線は、地図の上の一点――辺境の街グレイウッドへと、鋭く突き刺さっていた。


 ***


 一方その頃。当の渦中にいるとは露ほども知らないルーカス・ヴァレリオは、グレイウッドの宿屋のベッドで、幸せそうに腹をさすっていた。


「くぅ~……食った食った。やっぱマルタさんのシチューは最高だなあ」


 隣では、子犬モードのフェデが、まん丸いお腹を天井に向けて「くぅーん」と寝言を言っている。

 平和だ。実に平和だ。世界樹? 精霊王の使命?知らん知らん。そんなもん、勇者とかいう立派な肩書の人に任せときゃいいんだよ。俺はしがないDランクなんだから。


「ふあ……寝よ。明日は早起きして、市場のパン屋に行かないとな」


 毛布を頭までかぶる。窓の外では、月が静かに輝いていた。その月明かりの向こうから、王都の鋭い視線と、迫りくる調査員たちの足音が近づいていることも知らずに。


 ルーカスのスローライフ計画が、音を立てて崩れ去るまで――あと、数日。


1.用語説明

■ セカイジュ騎士団

正式名:世界樹守護騎士団

役割: 世界の中心にある「世界樹」を守り、世界各地で発生する霊素レイソの異常や魔獣に対処するための超国家的な騎士団です。

立ち位置: 特定の国に属さず、「世界樹教会(信仰面)」と「ガルドリア王国(軍事面)」の両方から承認を受けている半独立組織です。

拠点: 大陸北西のガルドリア王国にある「世界樹守護聖堂砦(セント・アルボル要塞)」に総本部を置いています。


2.キャラクター紹介

■ アウストレア・ラインハルト

肩書き: セカイジュ騎士団・総団長(序列2位)

    総団長なのに序列2位なのは何故だいう疑問はもう少し後でわかります

人物像: 寡黙で厳格な騎士。「剣は王のためではなく、世界樹のために在る」という信念を持つ、騎士団の実質的なトップです。

能力: 土(防御・陣形)と雷(瞬発・号令)の属性を持ち、「雷陣指揮」と呼ばれる鉄壁かつ迅速な指揮を執ります。


■ マグナ・ルーメンハイト

肩書き: ソルミリア王国・宮廷魔導長 兼 王立魔導院総責任者

人物像: 冷静沈着で知性的な女性。感情よりも理性や可能性を重んじる性格で、アリス(後に登場する賢者キャラ)の師匠でもあります。

第1章での動き: グレイウッドから届いた計測不能の水晶を見て、ルークが「人間の器ではない(精霊王の器の可能性がある)」と見抜きますが、今はまだ接触せず静観する構えをとっています。


3. おおまかな地理説明(アルボリア大陸)


物語の舞台は「アルボリア大陸」です。東から西へ向かうほど危険度が増す構造になっています。


東側:黎明圏イーストリム

ソルミリア王国: ルークが転生し、現在滞在している平和で文明的な国。冒険者ギルドや教会本部があります。

エルフの森: 北東部にあります。


中央:世界樹圏ミドルリム

世界樹ユグド・アルボル: 大陸の中央にそびえ立つ巨大な樹。世界のエネルギーの源です。

ガルドリア王国: 世界樹の北西に位置する軍事国家。西からの脅威を防ぐ「盾」の役割を果たしており、騎士団の本部があります。


西側:黄昏圏ウエストフォール

黄昏境界線: 常に空が薄暗く、魔素(汚染エネルギー)が漂う危険地帯。ここから先は魔王の領域に近くなります。

魔王城圏: 大陸の最西端。魔王アビスが封印されている場所です。


ルークは現在、一番平和な「東側(ソルミリア王国)」にいますが、物語が進むにつれて世界の中心である「世界樹」、そして激戦地である「西側」へと向かっていくことになります。



第1章はここまでです。お読みいただきありがとうございます。

更新頑張りますので、引き続き第2章もよろしくお願いします。

励みになりますので評価、ブックマークも是非お願いします。

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