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第12話  魔導具屋での発見

「あんた、部屋でドラゴンでも飼ってんのかい!?」


 昨晩、宿の女将に浴びせられた怒号がまだ耳の奥にへばりついている。指先を鼻に近づけると、ほんのりと焦げ臭い。自分の指ではない。うっかり炭化させてしまった薪の成れの果ての臭いだ。  


 弁解させてほしい。ドラゴンなんて飼っていない。俺がやろうとしたのは、暖炉の薪にちょいと火を点ける。ただそれだけだ。  


 だが、指先のささくれを気にする程度の、ミジンコみたいな微量の霊素レイソを流した結果――薪は一瞬で消し炭になり、煙突からは火柱が上がり、ボヤ騒ぎ一歩手前の大惨事となった。


 冒険者に必要なのは剣の腕? 魔法の才能?  バカ言っちゃいけない。  

 飯を食うための焚き火を、山火事にせずに点ける「手加減」。これ一択だ。

 

 一般人の魔力出力が「家庭用の蛇口」だとしたら、俺のはダムの放流だ。パッキンが壊れてるなんてレベルじゃない。ちょっと水を飲もうとしただけで顔面が高圧洗浄される。生活に支障が出るどころか、うっかりクシャミをすれば街が半壊しかねない。


「……なぁフェデ。俺たち、もう文明の利器に頼ろう。機械の力、大事」

「わふ?(肉屋は? あっちじゃないの?)」


 足元から、琥珀色の瞳が期待たっぷりに見上げてくる。無視だ。そのキラキラした視線には気づかないフリをして、俺は路地の奥へと足を早めた。

 

 ミリアさんたちによる「もふもふ包囲網」から命からがら脱出した先は、メインストリートから一本外れた薄暗い裏通り。石畳はひび割れ、野良猫がかったるそうに欠伸をしているような場所だ。


 古びた木の看板に、掠れた文字で『グリッド雑貨店』  

 店構えはいかにも怪しいが、正規の魔導具店なんて高すぎてドアノブに触れることすら許されない。ここなら俺の壊滅した財布でもなんとかなる――という、実にみみっちい希望的観測だけが頼りだった。


 ***


 カラン、コロン……間の抜けたベルの音が、埃っぽい空気を揺らす。足を踏み入れた瞬間、俺は回れ右をしたくなった。カオスだ。  

 天井からは干しトカゲがぶら下がり、棚には色の悪い薬瓶が乱雑に突っ込まれている。誰が使うのか分からない錆びた短剣の山。床まで侵食したガラクタの海を、フェデだけが器用に避けて進んでいく。こういう時の身体能力だけは無駄に高いな、お前。


「……いらっしゃい。冷やかしなら帰んな」


 カウンターの奥、積み上がったガラクタの影から低い声がした。そこにいたのは、無精髭を生やした四十がらみの男だ。片目に魔導レンズのようなモノアイ眼鏡を嵌め、手元の何かを修理している。

 

 店主のグリッド。この街の裏事情に通じる道具屋という噂だが、その眼光はただの商人にしては鋭すぎる。俺は引きつりそうな頬を叩いて、愛想笑いを浮かべた。


「いや、買い物を。生活魔法の補助具なんかを探してるんですが」

「あぁ? 補助具ぅ?」


 グリッドは片眉を上げ、胡乱うろんげな目を向けてくる。レンズの奥の瞳が、じろりと俺を値踏みした。


「兄ちゃん、見たところ冒険者だろ。火点けや水出しくらい、自前の魔力でやりな。道具に頼ると腕が鈍るぞ」

「それが、まあ、その。……ちょっと事情がありまして」


 俺は言葉を濁す。「魔力がありすぎて暖炉を爆破しました」なんて正直に言ってみろ。頭のおかしい客として塩を撒かれるのがオチだ。


 グリッドは俺の煮え切らない態度を鼻で笑うと、億劫そうに腰を上げた。


「……ふん。ま、金さえ払うなら文句はねぇよ」


 顎で棚の一つをしゃくる。


「あそこの箱に入ってるのが『火種石イグニス・ストーン』の中古だ。一個につき銅貨五枚。好きなの選びな」


 安い。正規店の半額以下だ。  俺は心の中でガッツポーズを決めつつ、木箱を漁った。中には小石ほどの大きさの赤い結晶がゴロゴロ転がっている。  

 火種石。微量の魔力を流すことで、マッチ程度の火を起こせる便利な石ころ。これがあれば、俺の過剰供給な霊素を使わずとも、安全に焚き火ができるはずだ。俺は形の良さそうな一つを手に取った。


「よし、これにするか。……っと、試しても?」

「おう、壊すなよ」


 壊すわけがない。たかだか魔力を流すだけだ。俺は慎重に、本当に慎重に、糸を通すような繊細さで、指先から極小の霊素を送り込んだ。イメージは豆電球。ちょん、と。


 ――カッ!!!!


 刹那。店内の薄闇が、真昼の太陽が爆発したかのような閃光に塗り潰された。


「うおっ!?」

「わふぅっ!?」


 俺の手の中で、赤い小石が閃光弾のごとく輝いたのだ。  

 種火? 冗談じゃない。  ボウッ!! という低い風切り音と共に、石から青白い火柱が噴き上がった。その高さ、優に五十センチ。ライターどころか、工業用のプラズマカッターだ。いや、溶接機か?

 

 石が「キィィィン!」と悲鳴のような高周波を発し、急速に熱を帯びていく。


「あ、あつっ、やべっ! 止まれ!」


 慌てて霊素の供給を断とうとするが、一度決壊したダムは止まらない。石はさらに輝きを増し、今にも爆散しそうだ。


「馬鹿野郎!! 放せ!!」


 グリッドがカウンターを飛び越えてきた。俺の手首を万力のように掴み、強引に石を床へ叩き落とす。  転がった石は、しばらくビカビカと痙攣するように発光し――やがて、プスン、と黒い煙を上げて砕け散った。床板が焦げている。


 静寂。焦げ臭い匂いだけが漂う。フェデが俺の足の裏に顔を隠して震えている。


「…………」


 俺は引きつった笑みを浮かべ、ゆっくりとグリッドの方を見た。オッサンは、額にかいた冷や汗を拭いもしない。モノアイ眼鏡の奥の瞳が、俺を解剖するように細められていた。


「……兄ちゃん」

「は、はい」

「お前、どこのバケモノだ?」

「…………普通の、Dランク冒険者です」

「嘘吐け」


 即答だった。グリッドはため息をつき、砕けた石の残骸を爪先で突っついた。


「今の火種石はな、並の魔導師が全力で込めても、あんな光り方はしねぇんだよ。……蛇口が壊れてるなんてもんじゃねぇ。お前、ダムが決壊したまま歩いてるようなもんだぞ」


 的確すぎる例えに、ぐうの音も出ない。  

 やはり、専門家の目は誤魔化せないか。ギルドの計測器を壊した件といい、隠そうとすればするほどボロが出る。俺は観念して、肩を落とした。


「……自覚はあります。だから、その、道具を探しに来たんです」

「逆だ、逆。道具が耐え切れねぇよ」


 グリッドは呆れたように頭を掻きむしると、俺の周りの空間を指差した。


「俺には見えるぞ。歩くたびに霊素を撒き散らしてやがるのがな。水瓶の底が抜けたまま歩いてるようなもんだ」


 この店主、ただのガラクタ屋じゃない。ルークとして転生してから、ここまで的確に俺の異常性を指摘されたのは初めてだ。  

 グリッドは「ちょっと待ってな」と言い残して店の奥へと消えた。ガサゴソと何やら引っ掻き回す音がする。数分後、戻ってきた彼の手には、一つの埃を被った小箱が握られていた。


「ほらよ」


 放り投げられたそれを、慌ててキャッチする。箱の中には、黒ずんだ銀色の、装飾のない無骨な指輪が入っていた。


「これは?」

「『阻害の指輪ジャマー・リング』の失敗作だ」

「失敗作?」

「ああ。本来は魔力過多で暴走しがちなガキや、捕まえた魔導師の囚人に着けて、魔法を使えなくするための拘束具だ。……こいつは鋳造ミスで、完全に封じるんじゃなく『出力を極端に絞る』ことしかできねえ半端もんだが」


 グリッドはニヤリと笑った。


「お前みたいな『垂れ流し野郎』には、ちょうどいい栓になるだろ」


 俺は恐る恐る、その指輪を手に取った。ひんやりと冷たい。見た目はただの鉄くずのようだが、触れた瞬間、指先から吸い出されていた霊素の流れが、グッ、と押し留められる感覚があった。左手の中指にはめてみる。


 ――ズシッ。


 重い。物理的な重さではない。指輪が嵌まった瞬間、全身に鉛を流し込まれたような、気だるい感覚が襲ってきたのだ。体内で荒れ狂っていた霊素の奔流が、急に堰き止められ、静かな小川になったような。

 今まで常に「腹筋に力を入れて暴発を抑えている」ような緊張状態だった霊素の制御が、ふっと軽くなる。


「う、お……? 体が、重いけど、楽だ……」

「だろ? 今のあんたからは、さっきまでの『触れたら爆発しそうな危うさ』が消えた。これなら、まあ『ちょっと魔力の強い冒険者』くらいには誤魔化せるだろ」


 店主はウィンクなどはせず、ただ淡々と事実を告げた。  

 ありがたい。こういう「察しのいい大人」は大好きだ。試しに、指先で小さな魔力を作ってみる。  


……ぽっ。小さな、本当に小さな、蝋燭のような灯りが指先にともった。暴走しない。爆発しない。俺がイメージした通りの、「普通の火」だ。


「で、できた……! 普通の魔法だ……!」


 感動で声が震える。これだ。俺が求めていたのは、この「普通」なんだ。俺は財布を取り出した。中身は寂しい限りだが、背に腹は代えられない。


「買います。……いくらですか」

「火種石の弁償込みで、小銀貨三枚」

「……足りない」


 俺の手持ちは小銀貨二枚と銅貨だ。致命的に足りない。俺が絶望的な顔で財布の中身をぶちまけると、グリッドは呆れたように溜息をついた。


「ったく……貧乏冒険者かよ。その犬の食費に消えてるんじゃねぇのか?」

「ご名答です」

「……まあいい。金がねぇなら、物々交換だ」


 グリッドの視線が、俺の足元で退屈そうに欠伸をしているフェデに向けられた。職人の目が、鋭く光る。


「その犬の毛。……ブラッシングして抜けたやつでいい。袋一杯、持ってきな」

「え? フェデの毛でいいんですか?」

「ああ。霊獣の毛は魔導具の緩衝材クッションに使える。……特に、そいつの毛なら、上等な値がつくだろうよ」


 バレてる。こいつがただの犬じゃないことも、薄々勘づいていやがる。だが、抜け毛でいいなら安いもんだ。俺は二つ返事で頷いた。


「商談成立ですね」

「ああ、持ってけドロボー」


 グリッドは手でしっしっと追い払う仕草をした。


「忠告しとくがな、兄ちゃん。その指輪はあくまで『蓋』だ。中身が減ったわけじゃねえ。感情が高ぶったり、本気で魔力を回せば、指輪ごと弾け飛ぶぞ」

「肝に銘じます。……助かりました、グリッドさん」

「さんはいらねぇ。またなんか入り用なら来な」


 ***


 店を出ると、外の空気が少し美味く感じられた。左手の中指に嵌まった、無骨な指輪。これが俺の「平凡」を守るための、最強の盾になるはずだ。


「よし、これで火種石も使えるし、普通の冒険者としてやっていけるぞ、フェデ!」

「わふ!(お肉!)」


 俺たちは意気揚々とギルドへ向かって歩き出した。これでようやく、俺のスローライフ計画(偽)も軌道に乗るはずだ。

 ――背後で。  再び薄暗がりの中に戻ったグリッドが、一人静かに煙管に火をつけていたことも知らずに。


「……おいおい、冗談だろ」


 グリッドは、震える手で紫煙を吐き出した。


「あの指輪(枷)、本来なら『大魔導師クラス』でも指一本動かせなくなる代物だぞ……? それを着けて、体が重い程度で済むってのか」


 彼は思い出す。先ほど、青年が指輪を嵌めた瞬間、指輪の表面に微かな亀裂クラックが入ったのを。拘束具ですら、彼の力を抑えきれずに悲鳴を上げているのだ。


「とんでもねぇ化け物が紛れ込んできやがったな……」


 煙の向こうで、グリッドは苦笑交じりに呟いた。  

 街は今日も平和だ。  だが、その平和が薄氷の上に成り立っていることを知る者が、また一人増えただけの話である。



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