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第11話  街のアイドル、フェデ

 朝。宿の窓から差し込む陽光は、残酷なほどに爽やかだった。小鳥のさえずりが聞こえ、街からは活気ある物音が届く。世界樹の根元にあるこの街は、今日も平和そのものだ。


 ――俺の懐事情を除いては。


「……なぁ、フェデ」

 俺はベッドの上で、ヘソ天状態で爆睡している巨大な毛玉を見下ろした。  

 昨晩の宿屋『月下葡萄亭』での惨劇――もとい、フェデによる一方的な暴食によって、俺の財布の中身は壊滅していた。革袋を逆さにしても、落ちてきたのは小銀貨一枚と銅貨が数枚。  

昨日の稼ぎの九割が、一夜にしてこいつの胃袋というブラックホールへ消えた計算になる。

 

 当の本犬ほんにんはといえば、「むにゃ……骨……」と幸せそうな寝言を漏らしている。黄金色の毛並みは昨日より一層艶やかになり、窓からの光を反射して神々しいほどに輝いていた。  


 くそっ、無駄にコンディションが良いな。


「起きろ穀潰し。稼ぐぞ。今日稼がないと、俺たちは明日から野草生活だ」

「わふっ!?(肉は!?)」


 フェデがバネ仕掛けのように飛び起きた。尻尾がブン、と空を切る。その風圧だけで部屋の埃が舞った。……こいつ、また少しデカくなってないか?


 ***


 気を取り直して、俺たちは冒険者ギルドへ向かうことにした。  

 グレイウッドの朝は早い。メインストリートには、すでに市場へ向かう人々や、依頼へ繰り出す冒険者たちの姿がある。  


 俺は極力目立たないよう、道の端を歩くつもりだった。  つもりだったのだけど。


「あらあ! 見てあのワンちゃん!」

「でっかーい! きれい!」

「ママ見て、お日様みたいに光ってるよ!」


 無理だった。  どう足掻いても目立つ。  

 フェデのサイズは、一般的な大型犬の枠を優に超えている。肩の高さが大人の胸あたりまであるのだ。

しかも、その毛並み。ただの茶色じゃない。蜂蜜を溶かして黄金を混ぜたような、内側から発光するごときディープ・ゴールド。

 

 歩くたびに、ファサッ、ファサッ、と優雅に毛が揺れる。  威圧感を与えてもおかしくない巨体なのに、なぜか今のフェデから滲み出ているのは「絶対的な愛嬌」だった。


「わふぅん(おはようございます)」


 フェデがすれ違う八百屋のおばちゃんに、小首をかしげて挨拶する。あざとい。自分が「可愛い」と理解してやがる。最上位霊獣のプライドを、承認欲求と引き換えに売り払った顔だ。


「おやまあ、賢い子だねえ! ほら、売り物にならないリンゴだけど食うかい?」

「わふっ!(いただきます!)」


 フェデは礼儀正しくお座りをし、決して指を噛まないソフトタッチでリンゴを受け取る。おばちゃんが「いやあん、紳士だわ!」と悶絶している。  

 さらに進むと、パン屋の親父がパンの耳を投げてくる。肉屋が骨をくれる。歩くだけで貢物が集まる。   

 俺が必死に働いて稼ごうとしている横で、こいつは愛想を振りまくだけで食料を調達していた。これがカリスマ性の差か。


 どうにか人混みを抜けて、ギルド前の広場に差し掛かった時だった。


「あーーっ! フェデちゃーーん!!」


 弾丸のような勢いで飛び出してきたのは、ギルドの制服に身を包んだ栗色のポニーテール。受付嬢のミリアだ。  彼女は仕事の休憩中なのか、買い物かごを提げていたが、フェデを見つけるなりそれを放り出しそうな勢いで駆け寄ってきた。


「おはようございます、ミリアさん。……って、うわ」

「おはようございますルークさん! ああもう、今日も最高のもふもふ具合ですねぇ!」


 ミリアは俺への挨拶もそこそこに、フェデの首元のふさふさした毛に顔を埋めた。昨日の今日で、完全に虜になっている。

 

 すると、それを見ていた路地裏の子供たちも、わらわらと集まってきた。


「でっけー犬!」

「触っていい? ねえ兄ちゃん、こいつ触っていい!?」


 四方八方から伸びてくる小さな手。俺は一瞬、冷や汗をかいた。フェデは温厚だが、あくまで「霊獣」だ。不意に触られて防衛本能が働いたら、子供なんて紙切れみたいに吹き飛んでしまう。


「お、おいフェデ、大丈夫か……」

 

 心配して見下ろすと、そこには。

 だらぁ~~ん。

 地面に寝転がり、腹を天に向け、完全に脱力した「巨大な無防備」が転がっていた。

「くぅ~ん(ここ。ここ撫でて)」 前足をくいくいと曲げて、顎の下を要求している。プライドゼロかお前は。


「うわぁぁぁ! あったけぇぇ!」

「埋まる! 手が埋まるよこれ!」


 子供たちがフェデの毛並みにダイブする。黄金色の絨毯に顔を埋める子、尻尾を枕にする子、肉球の弾力を確かめる子。ミリアも混ざって「はぁぁ、癒やされますぅ……」ととろけた顔をしている。  

 フェデはされるがまま、むしろ「もっとやれ」と言わんばかりに目を細め、だらしない吐息を漏らしている。  


 ……まあ、いいか。  これだけ街に馴染んでおけば、「危険な魔獣」として通報されるリスクも減るだろう。俺は苦笑しながら、その「もふもふ天国」を見守ることにした。

 ――だが。  俺はその時、気づいていなかった。平和ボケした俺たちの背中を、広場の端にある酒場のテラスから、じっと見つめる視線があったことに。


 ***


 酒場の喧騒から切り離された、日除けの影。  紫煙を燻らせながら、グラスを傾ける男がいた。黒髪に、片耳の金のリング。目つきは鋭いが、口元には人を食ったような薄笑いを浮かべている。

 

 情報屋、リス・フェリア  


 この界隈で顔の利く彼が、こんな明るい時間に表通りにいるのは珍しいことだった。彼は細めた瞳で、子供たちに揉みくちゃにされている黄金色の犬を観察していた。


「……ありゃ、ただのファルニッシュ(犬型霊獣)じゃねえな」


 呟きは、誰に聞かせるでもなく風に溶けた。獣人の血を引く彼の本能が、あの犬もどきに対して警鐘を鳴らしているのだ。『目を合わせるな』『腹を見せるな』と。  

 ファルニッシュは、本来もっと人間に寄り添うだけの、無害で従順な生き物だ。だが、あいつは違う。


「愛想を振りまいてるように見せて、全方位の『脅威度』を測ってやがる。……子供が尻尾を踏みそうになった瞬間、筋肉を硬直させるんじゃなく、脱力して衝撃を逃がした。訓練された軍用獣でも、そこまではできねえ」


 リスはグラスの中の氷をカランと鳴らした。  

 そして視線は、その飼い主と思しき青年――ルークへと移る。  

 一見すれば、どこにでもいるDランクのひよっこだ。腰に差した剣はボロボロの棒切れみたいだし、立ち振る舞いにも隙だらけに見える。だが。


「飼い主の方もだ。……あの犬、あの男にだけは『ペット』の顔をしてねえ」


 一瞬、ルークがふと視線を外した隙に、フェデが見せた眼差し。  

 それは飼い主に対する甘えではなく、主君を守る『守護者』の目だった。絶対的な信頼と、有事にはその身を盾にする覚悟が決まった目だ。

 

 リスの情報網ネットワークには、昨日の「測定不能エラー」の噂も引っかかっている。


「へぇ……面白ぇ」


 リスは口元を三日月型に歪めた。この退屈な辺境の街に、とんでもない「イレギュラー」が転がり込んできたらしい。彼はコインを指先で弾き上げ、空中でパシッと掴み取ると、楽しげに喉を鳴らした。


「ま、しばらくは泳がせておくか。……どんな尻尾を出すか、見ものだぜ」


 リスは踵を返し、音もなく路地の闇へと姿を消した。  その背中には、獲物を見つけた狩人のような、あるいは極上の玩具を見つけた子供のような気配が漂っていた。


 ***


「――っ」


 広場に立つ俺の背筋に、不意に悪寒が走った。誰かに見られていた?  慌てて周囲を見回すが、そこには平和な街の風景しかない。子供たちの笑い声と、ミリアさんの「肉球ぷにぷにですぅ」という恍惚の声だけだ。  

 気のせいか。いや、俺の「精霊王の器」としての直感は、そうそう外れない。  ……何か、面倒なことにならなきゃいいんだが。


「ほら行くぞ、人気者。稼がないと今夜の飯抜きだぞ」

「わふっ!?(それは困る!)」


 俺は無理やり嫌な予感を振り払い、フェデの首輪(ただの革紐)を引いてギルドへの道を急いだ。  

 街のアイドルとしてチヤホヤされるフェデの裏で、俺たちの「目立たない生活」が、薄氷の上でタップダンスを踊るような状況になりつつあることを、俺はまだ知らなかった。


次の更新は12:10になります。

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