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第102話  石碑の謎

 森の空気が、背中にのしかかる。 重い質量があるみたいに、ずっしりと。


 さっきの「黒い泥」騒ぎ以来、パーティ全体を包む空気は最悪だった。いや、最悪なんて生ぬるい。窒息しそうだ。


 先頭を歩くオスカーの背中が、鋼鉄の彫像みたいに固まってる。 エルフたちが俺とフェデを見る目は相変わらずキラキラで――崇拝っていうか、もう動くご神体扱いなんだよな。それがオスカーに向くと、急に温度を失う。絶対零度。

「穢れを持ち込むな」 口には出さないけど、顔に書いてある。

 マジでいたたまれない。


 肩に乗ってる子狐姿のヴァルが、あくびを噛み殺しながら念話を送ってくる。


『……ヒリヒリすんなぁ。人間の群れってのは、どうしてこう面倒くさいんだ?』

「しっ。静かにしてろ」


 小声で返す。これ以上、オスカーの神経を逆撫でしたくない。ただでさえ、さっきフェデが彼を助けた(突き飛ばした)件で、プライドが炭化してるんだから。


 森の木々はだんだん太く、古くなっていく。樹皮が白く変色した巨木が並ぶエリア。地面には苔が絨毯みたいに広がってて、歩くたびフカフカと沈む。

 感触だけなら気持ちいいんだけど――状況がなあ。


「……着きました。ここが『古き言葉の眠る場所』です」


 案内役のエルフが足を止めた。

 森の中にぽっかり空いた円形の広場。 木漏れ日がスポットライトみたいに降り注いでる。でも明るいっていうより、どこか寂しい静けさ。 中央には倒れかけた石柱や、半分土に埋もれた石畳。


 遺跡、だよなこれ。


「この森の深部に、こんな場所があったなんて……」


 エリシアが息を飲む。彼女も知らなかったらしい。

 エルフの青年が恭しく頭を下げた。


「ここは禁足地ではありませんが、古い時代の『忘れ物』が多く残る場所ゆえ、我らも滅多に近づきません。ですが、先の黒い染みのような異変がないか、確認が必要です」


 オスカーが無言で頷いて、部下に散開を命じる。その手際だけは、相変わらず完璧で――痛々しい。

 俺もフェデと一緒に、適当に辺りを見て回る。 崩れた石壁には蔦が絡みついてる。よく見ると、石肌に細かい模様が彫られてる。

 幾何学模様? いや、文字か?


「……ん?」


 広場のいちばん奥。 巨大な根に抱かれるようにして、ひっそり立ってる石碑があった。

 高さは俺の背丈くらい。表面は苔と風化でボロボロだけど、刻まれた溝は不思議とくっきり残ってる。 なんだこれ。 吸い寄せられるように近づいた。


 フェデが「くぅん」と低く鳴いて、俺の足に身体を擦りつけてくる。警戒じゃなくて――甘えてるような、懐かしがってるような声。

 石碑の表面に触れる。 ひやりとした冷たさの中に、微かな熱。脈打つような、生き物の鼓動みたいな。


「……読めるか?」


 背後から声がして、心臓が跳ねた。 振り返ると、いつの間にかオスカーが立ってる。 その目は――獲物を狙う猛禽類みたいに鋭くて、でもどこか縋るような色も混じってた。


「い、いや……ボロボロだし、ただの模様じゃないですかね?」


  慌てて誤魔化す。

 オスカーは石碑を見上げる。その横顔は、必死に何かを探してるみたいだった。自分にしかできない何か、自分だからこそ理解できる「価値」を。


「以前、学者のギルベルト殿がこの森を訪れた際、似たような石碑の拓本を取っていたそうだ。だが、彼ほどの知識人でも解読できなかったと聞く。古代エルフ語ですらない、失われた言語だと」


 へえ、あのじいさん、こんなとこまで来てたのか。

 オスカーは俺をじっと見る。


「……お前なら、何かわかるんじゃないかと思ったが」

「買いかぶりすぎですよ。俺、Dランクっすよ? 古代語なんてわかるわけないでしょ」


 ヘラヘラと笑って見せた。

 そうだよな。普通は読めない。天才学者が読めないものを、俺みたいなのが読めるわけがない。


 でも嘘だ。

 わかっちゃうんだよな、これが。

 文字を目で追った瞬間、脳みその奥にある『翻訳機』が勝手に作動する。意味不明な記号の羅列が、頭の中で勝手に日本語に変換されていく。 全部じゃない。虫食いだらけの断片だけど。


『……■……"星の子"……』 『……樹と血の契……』 『……世界を繋ぐ……歩む者……』 『……名は……■■……エル……』


 星の子? 樹と血? なんだそれ。厨二病全開のポエムか?

 でも、その言葉が頭に響いた瞬間、胸の奥にある精霊王の核が、ドクンと大きく跳ねた気がした。 忘れてた大事な約束を突きつけられたときみたいな――焦りと切なさが混ざった感覚。


 フィオが、肩で羽を震わせる。

『……風化しておりますが、懐かしい匂いがしますね。遥か昔、我らがまだ形を成す前……あるいは、共に在った頃の』


 フィオの言葉も抽象的すぎてわからん。 ただ、この石碑がただの石っころじゃないことだけは確かだ。


「……おい、ルーク」


 オスカーの声が低くなる。


「今、石碑が光らなかったか?」

「えっ」


 見ると、俺が触れてた指先のあたり、苔の隙間から淡い金色の粒子がふわりと舞い上がっていた。

 やべっ。 とっさに手を引っ込めた。


「ひ、光の加減ですよ! 木漏れ日、木漏れ日!」


 苦しすぎる言い訳。

 でもオスカーは、それ以上追及してこなかった。 ただ、その瞳からスッと感情が消えた。


「……そうか。光の加減か」


 彼はそう呟いて、踵を返した。

「そうだな。お前にしか起こせない奇跡なんて、あるはずがない。……ただのDランク冒険者にならな」


 その言葉のトゲが、心臓にチクリと刺さる。

 違うんだ。俺は別に、お前を見下したいわけじゃない。ただ、平穏無事に過ごしたいだけで――

 でも、何を言っても今の彼には届かない気がした。彼が欲しいのは「慰め」じゃなくて「勝利」なんだから。


「エリシア様! こちらにも奇妙な紋様が!」


 向こうでカインが声を上げる。

 エリシアが駆け寄っていく。白金の髪が揺れるたび、森の空気が浄化されていくみたいにキラキラする。 彼女が石碑のそばを通ったとき、俺の目の前の石碑も、共鳴するように微かに震えた気がした。


『……樹と血の契……』


 頭の中に残った言葉が、妙に重い。 星の子ってなんだ?  俺の前世がなんか関係してんのか? それとも、もっと別の――。

 もう一度だけ石碑を振り返り、それから逃げるようにその場を離れた。 今はまだ、触れちゃいけない気がする。

 この石碑に刻まれてるのは、過去の記録じゃない。 これから起こる何かの――あるいは、俺自身が背負わなきゃいけない「運命」の、予告状みたいな気がしてならなかった。


「調査終了! 野営地へ戻るぞ!」


 オスカーの号令が響く。

 その声には、もう迷いも、怒りすらも混じっていなかった。 ただの冷たい鉄のような響きだけを残して、彼は先頭を歩き出す。


 野営地への帰り道。 俺はため息をついて、フェデの背中に顔を埋めた。 もふもふ。 ああ、癒される。フェデの体温だけが、この冷え切った空気の中で唯一の救いだ。


「わふっ(元気だして)」


 フェデが慰めるように俺の手を舐める。


「……悪いな、フェデ。ありがとな」

 苦笑いするしかない。

 この温もりだけで誤魔化せる時間は、もう残り少ないのかもしれない。


 空を見上げると、枝葉の隙間から昼間の月が白く透けて見えた。 今夜は、何かが起きそうな予感がする。

 オスカーの背中が、森の影に溶け込んで、どんどん遠くなっていく気がした。


六精霊からのコメント


ヴァル(炎): 「けッ、辛気臭ぇ石だな! 昔の奴らが何考えてたか知らねぇけどよ、大事なことならもっと分かりやすく書けってんだ。……でもま、ルークが触った時の光、あれは悪くなかったぜ。懐かしいっていうか、なんつーか……オレたちの『根っこ』の匂いがしたな」


ラグ(水): 「静かに……。あの石碑は、時間の底に沈んだ記憶の欠片です。無理に掘り起こせば、泥が舞うだけ。今はまだ、そっとしておくのが賢明でしょう。……ただ、エリシア様の反応は気になりますね。彼女の魂の波長、あの石と共鳴していましたから」


フィオ(風): 「風は記憶を運びますが、石に刻まれた言葉までは運べません。ですが……あの文字の配列、興味深いですね。精霊の言葉とも、人の言葉とも違う。『星の言葉』とでも言うべきでしょうか。我が王、あの石碑にはまだ、私たちが触れてはならない真実が眠っているようです」


オルド(土): 「ふむ。石の質は見事じゃったな。あれはただの岩石ではない。世界樹の根が化石になったものか、あるいは星から落ちてきた鉱石か……。ドワーフの小僧どもに見せたら泣いて喜ぶじゃろうて。ま、儂としちゃあ、あの上に積もった苔の方に歴史の重みを感じるがの」


フロス(氷): 「……冷たい石でした。けれど、凍りついているわけではありません。眠っているだけです。ルーク様が触れた時、氷が解けるような微かな熱を感じました。……あの光が、いつか誰かを導く灯りになるのか、それとも目を焼く閃光になるのか。わたくしには、まだ分かりません」


アルク(雷): 「あーもう! まどろっこしいな! 大事なことならバシッと書いとけよな! 『ここに宝あり!』とかさ! でもまあ、旦那が触った時のあの光、ビリビリきたぜ! やっぱ旦那は只者じゃねーな! ……あ、あの陰気な副団長には内緒にしといてやるよ、かわいそーだし!」


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