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天凪祓  作者: ZoRvATH


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新しい自分

第1部 第2章 第7話 『新しい自分』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


あの方向転換から、更に約3か月が過ぎた。


夏を過ぎてから、相談相手が大人から佐藤さんに代わり、いろんな人と男女関係なく喧嘩したり何だりしながら、急速にコミュニケーション能力を高めていき、学年の1/3くらいとは話せるようになっていたと思う。


最初の2か月程度で、人を怒らせたり、嫌われたり、引かれたり。そういった類の“度合い”は、おおむね理解できた。


ラインを踏んでしまったときは、素直に謝ったり、人によっては下手に出たり、大袈裟に謝ったり、冗談めいた振る舞いで誤魔化すようになった。


そしてその中で、「自分が相手に合わせれば、いろんな人と仲良くなれる」ことが分かった。


「目には目を、歯には歯を」。オウム返し。そういうのを意識して、相手にできるだけ合わせた。


俺は道化師になった気分だった。


俺は道化師が大好きだった。


なぜ道化師が好きだったのかは分からない。


恐らくバットマンのジョーカーではなく、ダンボなどディズニー系作品の影響だろう。幼児の頃に東京ディズニーランドの15周年に行ったらしく、その時のミッキーが道化師チョイスの格好で、グッズも沢山あり、そういった色遣いやイラストを気に入っていたので、そういう所の影響かもしれない。


なんにせよ、その辺りから道化師を自分の中でイメージした。


心の中では『剣闘士の入場』が流れる♪


相手に合わせている自分は、まるで道化師の仮面のようだ。


仮面をかぶって本音を語らないということは、本心を悟られないということ。つまり、仮に相手が怒ったとしても、それは俺の仮面に怒っているのであって、本質とズレた罵倒は俺の心には響かない。


――今思い返せば、この時、私の最大の汚点である。


『調子に乗る』という欠点が、徐々に発揮されていたように思う。


当時はそんなことに気づいていなかったが……。


そしてもう一つ。


私は一度勢いづくと、とことんやりきってしまう所がある。


良い時もあるが、悪い方に発揮される場合も多々ある。――


9月頃からクラス委員長の吉川とも話し始めており、急速に仲が良くなり、「こいつの言ってることの95%は冗談だからw」と言われる程度には、仮面をかぶっていた。


吉川は共産趣味者で、俺とは割と考え方が似ていて話しやすかった。ただ、俺は大してミリタリーに興味はなかった。第二次世界大戦の戦艦と現代戦闘機に多少興味がある程度だった。


俺の道化師かぶれは続き、ソーシャルメディアのニックネームを『Clown』に変更した。ただ、Clown程度なら読める日本人は多い。


Clownはどうも直球すぎてダサいので、『Клоун』にした。ロシア語にしただけであるが、日本人にはまず読めない。


この頃からキリル文字が好きで、ロシア語のアルファベットやギリシャ文字は覚えた。それだけだが。言っておくが、同志吉川の共産趣味は関係ない。


人との距離感も段々と理解し始め、まだまだ拙くはあったが、恐らく『ややコミュ障』レベルにまでは回復していた。


しかし、佐藤さんとの距離が徐々に離れていっていた。


『裏表の激しい人間が好きじゃない』という何気ない佐藤さんの一言を、俺が履き違えたこと。


大きくショックを受けたわけではなく、俺は「俺って場違いなのかな?」と漠然と感じ、なんとなく距離を取ってしまった。


そして俺は友達が増えていたことで、このことをそこまで気に留めていなかった。


――この時、もっと気にしておくべきだった。誰のおかげで、そのような状態になれたのか、と。


私は物事がうまく運んでいることでやや調子に乗り、大切なものを見落とし、無下にしたのだ。


それに、恐らく彼女の言っていた「裏表が激しい」とは、『表では優しそうで、裏ではクソ性格が悪いゴミみたいな人間』の話で、具体的に言えば『いつも笑顔なのに、裏で人の悪口を吹聴している』ような、『偽善的・二面性のある人』のことを指していたのだろう。


それを当時の私は、『相手に応じて態度を変える/柔軟に対応』する自分のことだと勘違いした。


なにより、佐藤さんは私に向かってそれを言っていたわけではなかったのだから。――


そこから数か月が過ぎ、1年生が終わった。


テストの点は問題なかったが、欠席日数は蓄積し、補修を受けたりして何とか進級できた。


また、この頃になるとPS3はすっかり起動しなくなっており、ネトフレのおっちゃん達とはこの辺りで完全に切れてしまった。


唯一、俺のちょうど10歳年上の『鈴蘭丸』こと、通称『すずさん』だけがメールアドレスを知っていたので残った。


2013年4月。2年生になってクラスの半分くらいが変わった。


佐藤さんと吉川は同じクラスになったが、1年生の時に比べて、根が真面目というか、素直というか、そういうのが減ったように感じた。


担任は、1年生の時に副担任だった鈴木先生だ。


そしてこの頃から、一気に精神的に疲れるようになった。


恐らく、自分の系統とはほぼ真逆に近い人間ばかりだったのに、無理に仲良くしようとし過ぎたこと。


そして授業が、くだらない叱責で中断されることが増えたことがストレスだったこと。


しょうもない生徒がいて、そのせいで1日に一度は20分も30分も全体をストップさせていることが、俺を「俺はこんなところで何をやっているのだろうか?」と迷走させた。実際、それを感じていたのは俺だけではなかったようだ。


結果、そういった事が積み重なり、疲れと嫌気で1か月ほど休んでしまった。


――まあ、これは単に私の根性が足りなかったのだ。そして判断を誤ったのだ。


変にコミュニケーション能力を高めようとせず、大人しく佐藤さんにべったりしていれば。女の尻を追いかけていれば。よかったのだ。――


そのまま夏休みに突入し、「一度社会勉強をした方がいい」と学年主任から言われ、アルバイトをすることになった。


コンビニでのバイトだ。一生懸命やった。


コミュニケーション能力だけは、ぐんぐんと伸びていっていた。


高校に入りたての時は、コンビニで「お箸下さい。ストローください」を言うのにガチガチに緊張した挙句、言えなかったが、むしろそれをこちらから言う側になり、もちろんいろんな客もいたが、大きな揉め事もなく、人見知りや緊張も徐々に軽減されていった。


2か月働いて、25万くらい貯まって、初PCを買った。


親父が自作PC派だったので、親父と一緒にパーツを買いに行って自作した。


大まかな構成は【Intel Core i7 4770K/GeForce GTX 770/DDR3 8GB】こんなところだ。当時のSkyrimにMODを入れて遊ぶには十分だ。


9月になって、再び学校へ登校し始めた。実に2か月半ぶりくらいに吉川や佐藤さんと話した。――嗚呼。なんと勿体ない。――


さすがにコミュ力お化けの佐藤さんは、あっさりと普通に接してくれた。


吉川は無粋な男なのでややいじりがあったが、まあ、それも吉川の気遣いだと分かっている。


が、それも束の間。復帰してすぐに、しきりに『DQN』に絡まれるようになった。


――DQN。今となっては死語らしい。もっと古臭い言い方をすると『ナリヤン(ナリキリヤンキー)』。端的に言えば『不良』である。


ちなみに、現2025年になっても王道を征く淫夢語録はこの辺りから流行りだしたのだが、まさかあれが数年後にはJK用語に載り、10年経っても廃れるどころか、より広く強力になっているとは……これもうわかんねぇな。†悔い改めて†


私自身は2020年ごろにはあんまり使わなくなっていた。――


最初は頑張って合わせていたが、やはり嫌いなものは嫌いだ。


そして学校へ行くことが苦痛に感じられ、それが精神力をさらに圧迫させ、再び学校を休みがちになり、学校以外の場所で友達を探すようになっていった。


PCを買ったことで母は「俺がゲームばかりをしている」と勘違いし、それをわざわざ担任に報告し、間違った叱責を受けることで、より一層学校が苦痛でしかなかった。


クソ真面目な鈴木先生は母の言葉ばかりを信じ、弁明をしても聞き入れてなどくれないのだ。


俺は一度嫌いになると、徹底的に嫌いになってしまう。


実際、気疲れから家に帰るとすぐに寝てしまい、PCを買ったもののゲームなんてほとんどしていなかった。


『学校以外の場所で友達を探すようになっていった。』


具体的には2つある。


一つは『LINE掲示板』というものを使った。もう一つは『知り合いの知り合い』だ。


一つめの『LINE掲示板』の方は、言葉のとおりで、出会い系ではなく純粋に雑談をするネトフレを探していた。


――2025年現在。


まだあるのかと検索すると、出会い厨を超えて援助交際の書き込みが多い。


昔と違って色々カテゴリーがある。『10代:小学生』とかいうパワーワードならぬ、パワーカテゴリーがある。


倫理的にOKなのか?


もちろん投稿しているのは40代や30代成人男性。通称『大きなお友達』だ。


『YESロリータ NOタッチ』薄い本の言葉だったらしい。リアルタイムで今初めて元ネタを知ったが、是非守っていただきたい。


ここで一つ余計な警鐘を鳴らしたいと思う。


既に現実世界で行動を起こしている上記の問題は論外として。


あらゆるジャンルにおいて『創作物と、現実世界の線引きが不完全。多少でも混同している人間』は相当に危険である。


今国際社会で大流行の『どこのなに』とは言わないが……。


強烈な書き込みを見たことで自伝の本文を忘れかけたが、当時は普通に友達募集の掲示板で、もちろん私も出会い厨等が目的ではなかった。


『もちろん私も出会い厨等が目的ではなかった。』


自分のIDも掲載し、連絡をくれた人もそれなりにいたし、こちらからも手当たり次第に男女年齢関係なく話しかけまくった。


こちらに関しては『一発の出来事で私の何かが大きく変わるようなこと』があったわけではないのだが、本当にいろんな人と話し、いろんなコミュニケーションを取り、非常に重要な下積みのような経験をした。


酷い物言いになるが、簡単に言うとRPGゲームの『レベリング』である。


寄り道し過ぎると自伝がいつまでも終わらないので、今の私の簡単な回想のみで、この件の詳しい出来事は割愛させてもらうが、完全に割愛するわけにもいかなかったのだ。


1人1人はそこまで壮大な物語があったわけではないが、これはこれで今の私を形成するにあたって、かなり大きな糧となったことは確かであった。


ほどなくして、出会い厨の書き込みで音速で流れる掲示板と化したLINE掲示板をやめ、アプリなども使ったが、本当に一言二言で終わった人も含めれば、3年くらいで少なくとも3,000人は優に話していると思われる。


数年かけて人々の傾向や、自分との相性の良い人など、そういったものへの理解を深めていったのである。


だが、この後の物語はまだレベルアップする前の私なので、気を付けてほしい。


何が言いたいかと言えば、『バックグラウンドでそこそこレベリングしてますよ』ということだ。――


もう一つの『知り合いの知り合い』は、出発点の高校の友人が「中学時代の同級生が束ねるグループがある」と言い、一緒にお祭りに行ったところから、そのグループと知り合い、そのグループに一人の日本とフィリピン人のハーフがおり、そのハーフの人と仲良くなった後、「外人で固まっているグループがある」ということで、外国人と話してみたかった俺は、彼に頼んで紹介してもらった。


外国人といっても、労働目的やバブル期に日本に来てそのまま居ついているような、東アジア系や南米系ではない。


当時、両親が日本を拠点に仕事をしていたグループで、イギリス人、ロシア人、ドイツ人、ギリシャとイギリスのハーフ、といった具合で、首都圏でもないのに日本に住んでいるには、非常に珍しい国籍だった。


――参考までに海外の方にも分かりやすく解説を挟むと、日本は実質単一民族国家(日本人=大和民族+琉球民族+アイヌ民族)である。日本の総人口は約1億2700~2400万人で、日本人の割合は98.75%~97.04%です。(2013~2025)戦後辺りからの混血なども含めたとしても、恐らく95%。最低でも93%は純粋な日本人だろうと言われている。そして日本へ来る外国人の殆どがアジア人の為、都心の観光地以外で東アジア以外の国の人を見かけることは非常に珍しい。――


「すげー。金髪で色が白くて、青い目をしてる白人。初めて見た」


大変に失礼なこと極まりないが、まるで動物園でまだ見ぬ動物を見たかのような感覚であった。


フィリピンとのハーフや南米系、東南アジア系の外国人は4人くらい見たことがあったが、白人は初めてだ。


黒人はまだ見たことがない。


イギリス人の男の子は、Arthur Whitakerアーサー・ウィテカー。通称アーティ。身長は187cm。デカい。綺麗な金の長髪で、やや中性的なイケメン。石田さんが声を当ててそうな感じ。


ドイツ人の男の子は、Lukas Schneiderルーカス・シュナイダー。通称ルーク。身長は195cm。凄く大きいです……♂。金髪青目で厨二チックな軍服が物凄く似合いそう。


ロシア人の男の子は、Орлов Павел Александрович(オルロフ・パーヴェル・アレクサンドロヴィチ)。通称パーシャ。身長は224cm……。パパ。ちなみに日本の建物の標準的な天井の高さは200~210cmである。あっ……(察し)


イギリスとギリシャのハーフは女の子で、Eleni Grace Pappas-Whitaker(エレニ・グレース・パパス=ウィテカー)。通称エリー。178cm。コイツもデカい。青い目にミルクティー色の髪。


そして俺の身長は175cmである。デデドン!(白目)


――実際、彼らはそれぞれの国でもかなり身長が高い部類である、というのは数年経ってから知った。――


ちなみに最初に彼らを紹介してくれたフィリピン人の人は、1週間程度で彼らと喧嘩してグループを去ってしまった。


そもそも元々知り合ったばっかりだったらしい。


彼らは非常に頭がよく、所謂『天才』と言われる人達であった。


母国語と全然関係ない日本語を3~6か月で漢字の読み書きまで、日常生活に支障のないレベルで理解している。


話している日本語も文章から発音まで、忖度なしに極めて自然な日本語である。


――日本語を日本人と同じように話すということは、世界の文化とほとんど共通点を持たなかったり、真逆の性質ばかりを持っているような日本文化をある程度理解している、という前提が必要なのだが、それを彼らは単純な言語学習とは別に数か月で身につけていた、ということである。――


言語だけでなく、幅広いジャンルの知識を持っており、普通に雑談していても、思考速度、理解力、記憶力、論理性、分析力、認知柔軟性、集中力など、ずば抜けて高かった。


自分で言うのもなんだが、というか、あまりこういう自惚れに聞こえるようなことは言いたくないのだが、俺も思考速度や理解力はそこまで悪い方ではない。正直、平均よりもややいい方だとは思う。が、彼らは次元が違う。


例えるならば、平均的な人が自転車だとする。俺が車だとすると、彼らは飛行機だ。最初は話していたことが分かるのに、彼らが気遣ってくれないと一気に話に置いていかれてしまう。


ちなみに俺は記憶力や集中力は皆無である。彼らに言語を教えてもらいたかったが、真面目にやっても『聞き取れない・覚えられない』で全然ダメだった。


また、彼らは良くも悪くも物事を『単刀直入にはっきりと言う』タイプで、検討に検討を重ね検討を加速させるような『遠回しかつ抽象的な言い方』をする日本の文化とは対極的である。


俺は不登校になった弊害で、察するのが非常に苦手だ。特に周りも思春期なので余計に分からない。


その為、物をはっきりと言ってくれる彼らが非常に楽なのだ。


そして何より、自分がほとんど合わせる必要がなかったことも、佐藤さん以来久々に楽だと感じた。


17歳の夏。アルバイトと、この外国人達と話すようになったことで、自己主張のできない甘ったれた小僧から、ある程度主張のできるガキへと変化していった。同時に、日常会話で遠回しに話すのが苦手になった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


次回!第1部 第2章 第8話

『息抜きエピソード』 DON'T MISS IT!!!


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