ネトフレの大人達に支えられて
第1部 第1章 第5話 『ネトフレの大人達に支えられて』
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「俺らが言うようなことじゃないけど、ユキ。お前はいつまでそうしてるんだ? 現状、学校はどうしようもないかもしれないけど、まだ若いんだから、まだ全然どうにかなると思うし、高校のこととか先のことは、少しずつ考えておいた方がいいぞ?」
進学に関しては、テストだけは受けているし、母親がある程度考えてくれている。
それを伝え、各々納得してくれた。
『とりあえず必要最低限の事だけはしている。』だけだが、まあ、大切な事だ。
そして次に。
『なぜそんなことになったのか?』
『それと向き合う必要がある。』
「起こったことはもうどうしようもないんだよ。過去には戻れないからな? でも、原因を考えないと、また同じことになるだろ?」
そこから僕は、現実と向き合っていくことになる。
僕の認識は当時も今もさほど変わっておらず、以前詳しく話した通りのままだ。
はっきり言って、私はほぼほぼ一方的な被害者だ。
ただ、物事には基本的に『要因』がある。
つまり『直接的ではないにしろ、私自身の日頃の態度がそうさせたのではないか?』という話だ。
昨今では、いきなり襲いかかってくる『無敵の人』もいるが、そんなものは極めて例外的で、14歳のトラブルとして、まずその可能性はない。
でなければ、私が普段から煽っていたり、喧嘩や怨みを買うような態度をとっていたと考えるのが、至極当然である。
が。
当人ということも相まって、ほとんど心当たりがない。
なぜなら、発端である坂口や、被害者?である桃香との接点が皆無であったからだ。
小学生時代も同じクラスになった記憶はなく。
ほとんど会話自体をしたことがなかったのだ。
そして、過去の冤罪の数々についても、似たり寄ったりの話で、トラブルに多く巻き込まれてはいるものの、『完全に私が悪い』と断定されることがほぼほぼなく、状況証拠的な暫定や推定がほとんどであった。
そこで釈明して理解されることもあれば、そうでないことも稀に。
といった具合だ。
『運が悪い。』
そう言ってしまえば簡単だが、ここまで頻繁に起こるからには、私側に要因があるはずだ。
だが、いくらいろんな角度から考えてみても、私以外の当事者がいないこともあり、その要因が見えてこなかった。
大人たちと話していても、歳よりも多少は理屈っぽく現実的な思考のマセガキ、という『クセ』はあるものの、ものすごく非常識な考えや行動はなかったからだ。
どの人と話しても、結果的には「環境が悪い」「運が悪い」という結論になってしまった。
実際、二十九歳の今でも、推測しかできていない。
が、それが何かは後のお楽しみだ。
どのみち、現段階の情報では出ない答えだからだ。
過去に決着をつけようにも、「環境が悪い」「運が悪い」と言わざるを得ない以上、それについていくら考えていても仕方がない。
そのため、要因がはっきりしないのであれば、次はより掘り下げて「自分がどういう人間なのか」理解しよう、という方向に話が向いた。
(ただし全員がそうなったわけではなく、半分くらいの大人たちは、ここからは普通にゲームで遊ぶだけの関係になった。)
簡潔に言えば、「断定できない過去はさっさと忘れて、未来まで潰さないように自己分析し、予防しよう」ということだ。
長所や短所が分かれば、それに合わせて今後の自分の身の振る舞いを調整していけばいい。
自己分析によって、要因が浮かび上がる可能性もあったからな。
まず、私の性格で周囲に大きく影響を及ぼしそうな点を探した。
基本、超ネガティブで極端に自信がない。が、結果が出たものに関しては、それ相応のプライドを持っている。
例えば、水泳で1位になったとか、テストで満点を取った、など。
しかし、やや完璧主義的で、必ず1位や100点でなければ、自信にはつながらなかった。
話し方が理屈っぽい。競い合いが嫌い。感受性がかなり強い。正義感が強い。極度の天邪鬼。潔癖症。
そのうち、理屈っぽい、競い合いが嫌い、感受性がかなり強い、などは個性の範疇。
正義感が強いのは、性格や純粋さ、年齢的なもの。
しかし、それ以外の部分で、大人たちは引っかかった。
まず、超ネガティブなのは、極端に自信がないからだ。
そして、極端に自信がなく、極度の天邪鬼であり、潔癖症。
この3点は、家庭環境が原因だろうと、大人たちは推測した。
もちろん、本来の遺伝的性質――すなわち、神経質だとか理屈っぽい、などという、それらの性格が合わさって複合的なものではあるが、「自然に形成された」にしては、あまりにもそれらがひどく突出していた。
そのため、「家庭環境が原因だ」という結論に至った。
そうなれば、次は私が育った環境の洗い出しだ。
私は物語の途中で「過去編」――つまり過去をさかのぼるのは、あまり好きではないのだが、この際仕方がない。
大人たちと、徹底的に過去を洗い出すこととなった。
とりあえず、人間性を表すような出来事をさかのぼった。
まず、言葉自体は1歳半〜2歳頃には、ある程度理屈っぽく、ペラペラ話していたらしい。
漫画にも描いたが、2歳児検診と3歳児検診のできごと。
あれは漫画のギャグではなく、実話である。
そして天邪鬼。
本当に望んでいるものは、相手から10回くらい聞き返してもらえないと、首を縦に振ることはなかった。
今でも後悔しているのは、小学校6年生の時、水泳部の部長をやってほしいと顧問に言われた時だ。
すごく嬉しかったのに、天邪鬼がフル発揮された結果、その先生はいい先生で4〜5回聞いてくれたのだが、すべて断ってしまったことだ。
今でもややその傾向があるが、どうやらそれは幼少期の親との接し方が原因であることが多いらしい。
潔癖症は、4歳で幼稚園の給食袋に口拭きタオルを、母が入れ忘れたことに対して怒るほどだったらしい。
家庭環境においての一番の要因は、両祖父母が人間としての程度が低い点にある。
『家庭環境はやや古臭く礼儀作法や上下関係が厳しめで、「基本的には出来て当然」。褒められることがほとんどなかった。』
以前このように話したが、そもそも私の両親自体が、祖父母たちからほとんど褒められた経験がないらしい。
簡潔に言えば、父方は放任主義。母方は人でなし。
私の父は婿養子で、私は母方の祖父母と同じ敷地で育ったことと、父自体が人に全然興味のない人間であるため、父方の祖父母のことは、そこまで詳しくは知らない。
親戚にもロクな人間がおらず、人に関心がなく、守銭奴のような人間が多いらしい。
が、地頭の良い人間――悪く言えば狡賢い人間――はちらほらいる。
俗的に言えば、『コミュ力の低いケチ』。
う〜ん。なんとも最悪な響きだ。
父自体は「見ざる聞かざる言わざる」を地で行き、論理的な頭はいいが、コミュ力が低く、孤立気味。そんな感じの人だ。
地頭はそこそこ良いが、育った環境のせいで能力が伸びなかったように見える。
母方は、祖父母と母の姉がいる。祖父母の兄弟などは地方単位で離れているため、ほとんど直接会ったことはない。
話を聞いている限り、祖母の父と祖母の弟だけは、人情味の厚い人たちだ。
が、祖母自体は八方美人で人でなし。また、役者レベルの大嘘つきでもある。
祖父は1945年生まれの、絵に描いたような『THE 老害』だ。
いつまでも自分が主人公であり、我が身だけが可愛い。そして地頭が悪く、浮気性。本人は外面がいいつもりだが、お調子者なので人望がない。神経質。
何せ、婿養子を迎えておきながら、同じ敷地の小さな家を壊して新しい家を建てるほどである。
『同じ敷地で育った』というのは、そういう意味だ。
そして母の姉。
祖父母の悪いとこ取りをしたような性格だが、若い頃は容姿が多少マシだったようで、随分とやりたい放題だったそうだ。
私の母は、「お人好しで、良くも悪くも思春期真っ只中の子供」のような感じである。
私から見て母方の曾祖父――すなわち人情味の厚い部分を、核遺伝子的に母は強く受け継いでいる。
感受性が非常に高く、優しすぎるのを通り越して甘いが、祖父の神経質な面も持ち合わせている。
母は残念ながら、見てくれはお世辞にも整っているとは言いがたい。
海外の方には理解されにくいが、熾烈な顔面偏差値争いを繰り広げなくてはならない日本では、顔面偏差値が低いということは、性格が大きくゆがむほどのデバフである。
日本における差別とは、人種差別やLGBTへの偏見よりも、顔面の良し悪しに対する「顔面差別」の方が、よっぽど顕著かつ深刻である。
分かりやすく言えば、指が一本ないだとか、四肢の一本が欠損しているだとか、そういうレベルのハンデだと言っても、大げさではないだろう。
そしてその母は、幼少期から父親主導で姉と顔面で比較され、心に深い傷を負ってきた。
また、理由は定かではないが、祖父母の兄弟から指摘されるほど、幼少期から現在まで姉との扱いの差がひどく、その差はまるで実子と養子のよう。
そのため、育った家庭環境が悪すぎて、私とは違う方向で、やや歪んだ性格になってしまっている。
私との共通部分は、神経質・ネガティブ・自信がない、という点だ。
母は、感情論主体の超神経質だが、コミュ力は高く、礼儀作法もしっかりとしている。論理的な思考もそこそこあるが、論理的なものに興味がない、といった感じである。そして口が悪い。
家庭環境だけに絞れば、私の両親は、私よりも遥かに劣悪な環境であったと言える。
そんないびつな家庭環境に加えて、漫画でもあったような祖母の無能な口出しが、さらに私の性格を悪化させたと言える。
私は2〜3歳の頃、母親に対してしきりに「誰のおかげ?」と言っていたらしい。
それに対し祖母は、「森の石松のようになるから褒めるのをやめなさい」と母に口出ししたそうだ。
母自体がそう育てられていたため、それに従った。
それ以降は「できて当然。そんなものはみんなやっていることだ」といった風潮になってしまったそうだ。
十四歳の時点で、すでに親から褒められたいなどとは思っていなかったが――
私の記憶では、二十九年生きてきて両親に褒められたのは、三回程度しかない。
ここまででも十分、自分の自信のなさや天邪鬼さ、過度なしつけによる潔癖症といった行き過ぎた部分への説明はつくのだが。
また、小さい頃から水泳・書道・塾と、習い事が多く、自由な時間が周りに比べれば少なかったと言える。
そして、幼稚園から小学校に上がる際、仲の良かった友達が全員引っ越してしまい、実質友達がいなくなってしまったことや、同級生に、いわゆる「サバサバ系」がほとんどいなかったこと、などがある。
逆に、スイミングスクールやネトフレなど、年上やサバサバ系の人と衝突したことはほとんどなかった。
同級生に苦手意識はかなりあったが、水泳を介して知り合った他校の同級生とは、普通に仲が良かったのだ。
私は今も昔も、決して自分からわざわざ仕掛けるような人間ではない。
競泳を十年近くやっていて、一度も「競争が楽しい」と感じたことがなかったのだから、それは確かだ。
私は競い合いが嫌いだ。
それから一応、妹がいる。私とは違って一匹狼で、男みたいな性格で、血のつながった妹とは思えない。もちろん仲は悪い。
家庭環境は、そのような感じだろうか。
そこから大人たちは、私の性格に関して、「天邪鬼は素直になるしかなく、潔癖症は人間関係に影響を及ぼすほどではない。自分に自信がない、その点だけは明確に改善した方がいい」という結論に至った。
大人たちから見た私は、大いにクセのあるクソガキであることは確かだが、それはあくまで個性の範疇であり、「コミュニケーションが極端に難しい」とか「嫌な性格をしている」とか「無駄に攻撃的である」とか、そういう側面は持ち合わせていなかったからである。
大人たちとのやりとりでもう一つ重要な変化があった。
今までと違う思考回路が、自分の中で芽生えたのだ。
簡潔に言えば、「ジョハリの窓」を意識するようになった、といったらいいのだろうか。
その単語を知ったのは六年くらい後の話だが、『自分が認識している自分』『他人も自分も認識している自分』『他人が認識していて自分が認識していない自分』『自分も他人も気づいていない自分』。最後のは、ぶっちゃけどうでもいいと思っているが、大切なのは『他人が認識していて自分が認識していない自分』である。
当時の大人たちは、それをはっきりと教えてくれたわけではなかったが、やっていたことは、それらの多角的な視点からの自己分析の手伝いだ。
長ったらしくなったが、「多角的に自己分析する」という思考回路が、その頃から芽生えた。
時間はあった。
現在の自分を整理する、ということも、もちろんした。
夜な夜なベッドで、指折り数えて自己分析をしていた。
『13』という数字だけは、確かに覚えている。
私が、この事件をきっかけに経験した「変化」の数だ。
1.極度の人間不信
2.極度の警戒心
3.対人恐怖症
4.極度の女性恐怖症
5.無気力
6.無心(喜怒哀楽を感じなくなる)
7.超ネガティブ
8.トラウマ
9.極度の被害妄想
10.過剰な罪悪感(自分にまったく関係のない出来事でも、自分が悪いと思ってしまう)
11.もともと人見知りをしていたが、慣れていない相手にはどもるようになってしまった。
12.人と話すだけで、緊張で顔が真っ赤になってしまう。
13.ずっと俯いて下を見ており、顔を上げて歩いたり、話している人の顔を見られなくなってしまった。
おそらく、こんなような内容だったと思う。
二十九歳になった今、1と2以外は、ある程度克服したと思う。
ただ、1と2に関しては、今では克服する必要はないと感じている。むしろ、この理不尽な世の中においては必須の自衛手段だ。
メールの事件は悲惨だったが、幸いにも当時のネトフレの大人たちは、本当に運よく良い人しかいなかった。
唯一、私にとっての「大人の基準」が彼らになってしまったことだけが、私のこの時の失敗であった。
ただ、それはまだまだ先の話。
そうそう。
それと私は非常にこしゃまっくれたクソガキではあったが、意外にも恋愛関連や性関連への興味は、歳不相応に疎かったらしい。
好きだと思っていた人は、おそらく単純に憧れていただけで、性的なことに関しては、やや苦手意識を持っていた。
さらに、対人以外でも、今回の出来事でさらに一つ変化したことがある。
それは「知識をつけること」である。学校で習う勉強の知識ではなく、この先二度と言いくるめられないように、論理的に否定するための知識だ。
今回の件だって、知識があれば明確に否定できたかもしれないし、それ以前に、このような悪い方悪い方へと転がらないように、対策を取ることもできたはずだ。
『情報弱者という言葉もある。世の中、知識を持つことが大切なのだ。自分の足元をすくわれないようにする知識を。』
これ以降、学校の勉強ではなく、ネットを使うことや車を運転することなど、足元をすくわれそうな事柄は、その都度調べるようにした。
次は、いよいよ私が底辺高校へ入学することになる。
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次回!第1部 第2章 第6話
『コミュニケーション能力の回復』 DON'T MISS IT!!!




