憎悪
第1部 第3章 第21話 『憎悪』
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この時点で、だいたい2024年3月だ。
どうもお腹の調子が悪く、夜、寝ている途中で起こされてしまう。若くても癌で死ぬこともあるので、念のために病院に行った。
結果は十二指腸潰瘍だった。
しかも「何度もやった跡がある」と言われた。
いままで胃もたれや、空腹時の「胃の痛み」だと思っていたのは、胃ではなく十二指腸の痛みだった。実際に内視鏡で突っつかれたのだから、確実だ。
現代では「十二指腸潰瘍はストレスではなく、ピロリ菌が原因」とされているようだが、僕は内視鏡での検体と呼気検査の両方をやったが、結果は陰性だった。
他に該当する原因もない。
ストレス――なら、症状の時期としては完全に一致している。
最初に起きたのは会社と雇用のことで話し合った辺りで、そこからストレス負荷の高かった期間に、その症状が起きていたのだ。
しかし、そんな中でも問題が続く。
ここにきて三度登場するとは思わなかった、最初の会社である。
当初「500株もらえる」と言っていたのが、なぜか200株。500の半分は250で、500の3分の1は約166である。
もはや理由などわからん。バカの考えることなんて本当に1mmも理解できない。この世のために全員、死ぬか過酷労働にぶち込んでやりたい。
結局、あの会社に真実は何一つなかったのだ。
あんな連中がスーツを着て、我が物顔で「仕事してます」感を出しながら都会を歩いているから、日本はダメになったんだ。
無駄に歳を食ったからって、精神年齢が自然と成長するわけではない。
「年齢≠精神年齢」というのが、嫌というほど、よーーーーくわかった。
まあ、皮肉だけではなく、真面目にこのことからも年功序列というのは絶対的に間違っている、というのが実体験ではっきりとわかった。
まあ、ゆとり君と違って直接衝突してこなかった分だけ、歳を取れば多少の猿知恵はつくのであろう。が、精神年齢が高くなるわけじゃない。
そして、そんなある日。
久々に最初の職場の同僚から連絡が来る。
僕が休職した後に抗議してくれていたらしい。結果は思わしくなかったが。
そして、様々な話を聞くこととなる。
ババアは、今までの物の紛失はすべて僕のせいだ、ということを触れ回り、その全責任を管理職に押しつけて会社から追い出した。
そして自分は正式に管理職になったらしい。
そのババアも裏では僕の悪口を散々に言っていたようで、常に揚げ足を取ろうと努力していたらしい。
もっと言えば、僕に物理的な嫌がらせを仕掛ける前の辺りで、僕が電話で「今から伺います」と言ったことに対して、電話を切るや否や「『伺います』だってww『お伺い』でしょ?ww こしゃまっくれてる割に、ちゃんとした言葉遣いできてないよねww」と嘲笑った挙句、自分で自分を証明するためにわざわざスマホで検索し、「お伺い」が二重敬語であることが判明すると、社用スマホをぶん投げ、勝手にキレ散らかしていたらしい。
そのような経験から、真正面から言葉でパワハラをするのではなく、間接的な小細工にしたのだろう。
つまり、僕が何もしていなくても、知らないところで勝手に自爆して、勝手に恨まれていたのだ。
挙げ句、自分の出世のために何人でも蹴落とす。
そしてハイヤー時代の管理職も、新卒採用担当も同じだ。
目の上のたん瘤と言われていたような出世頭を左遷するための出汁に、僕は使われていたのだ。
そして実際に、その空いた場所にそいつらが収まったらしい。
「そんなに気に食わないなら、会社訴えなよ(笑)。うちの会社、よく訴えられて負けてるからさ(笑)」
このセリフが、まさにそれを体現している。
結局、上層部は若い人間を入れて会社を良くしようとしていても、無能で中間管理職止まりのクズが我が身可愛さにどんどんその下を蹴落とし、いいように利用し、上にも都合よく報告する。そして上はそれを鵜呑みにする。
そんな都合のいい二枚舌をやっているのだ。
これで、何もかも辻褄が合った。
≪妬み。保身。≫
会社だけじゃない。学生時代も恐らく同じだったのだ。
実家に帰って初めて、母親から学生時代の僕の知らなかった話を聞いた。
学生時代、僕はあまり率先して挙手をする子供ではなかった。何故なら、教師の「分かる人?」という質問に、40人のガキどもが成績のために我先にと挙手して「はい!はい!」と声高らかに叫ぶ光景が、「親鳥に餌をもらう雛鳥」のようで、どことなく引いていたからだ。
雛鳥なんて可愛らしいものではない。言葉を選ばないのなら、カルト宗教の儀式でも見せられているかのような気持ち悪さを感じていた。
まあ、それは私が捻くれているだけの話なのだろうが、幸いそんな変人でも学校の勉強にはついていけていた。
クラスの何人かが撃沈し、誰も手を挙げなくなると、様子見しながらゆっくりとのっそりと手を挙げるような、可愛げのない気持ち悪いガキだった。
いわゆる「できますアピール」は非常に控えめだったのだ。
そんなある日、授業参観。
教育ママたちは我が子のライバルの敵情視察をしている親も少なくはなかったらしい。
その中に、僕と度々トラブルを起こす奴の親もいた。
そいつの息子は授業参観ということもあり、マッマの顔色を伺いながら挙手して回答するも、「あのね?これがね?これでね?」と要領を得ない回答をした挙句、間違っている。
直後、僕が可愛げなくのっそりと手を上げ、「これがこうだからこうです」と簡潔な答え方をし、内容も正しかった。
ガキだから気づいていないが、その母親の「誇り高いプライド(笑)」をぶっ潰していたのだ。
すると、一番後ろの席だったこともあって、あからさまに僕のテストの点数や、ノートの中身を都度のぞき込んでいたらしい。
返却されるテストの点は基本100点満点中90点台。少し離れたところからでも分かるくらい眉間に皺が寄っているのが見え、その後に自分の子供の点数を見て子供を睨んでいたらしい。
極めつけは、ノートを覗いた時である。なんと、ほとんど何にも書いてないのだ(笑)。
「だって一々文字を書くの面倒くさいじゃん」いまだに手書きが苦手だ。イライラしてくる。漢字の書き取りなど拷問でしかなかった。
そのような「書くのが嫌い」というのも合わさって、僕はわざわざ教科書に書いてあることを再度書くよりも、書き写しでイライラして話を聞き逃して分からなくなるほうが厄介だった。
普通に座って説明を聞きながら、教科書と黒板を交互に見ている方が記憶に残ったのだ。
ノートは書いて簡単な一言メモ程度。その不可解なノートを見た例の教育マッマは、しかめっ面をしながら口をポカンと開き、理解不能、という顔をしていたらしい。
保護者間で「水泳できて、礼儀正しくて、勉強もできる」という評価が早い段階で定着していること。
進学塾にも少し行ったが、そこでも最初に習っていた同級生の親が「できる子に合わせていくから、塾に行っている意味がない!!」と僕の名前は言わないものの、明らかに僕しか該当しないことを母親に面と向かって愚痴というか、キレるというか、をしていたらしい。
そいつはその後、直ぐにその塾を辞めたけど。
そのような話は、一度聞きだすとボロボロと出てきた。
そう思い返してみると、僕がトラブルに遭ったのは「親が教育ママ」か、「極端な底辺の子供」か、そのどちらかしかいない。
つまり、親が人目も気にせずそのような言動をしているのだから、「子供も何かしてやろう」という気になってもおかしくない。
自分で言うのはどうにも烏滸がましくて嫌なのだが、こうなると状況証拠として、今までの不幸の理由は一つか二つしかない。
「妬み」そして、大人たちの「保身」その二つである。
中学の時の話は、開校したばかりの学校で不祥事が起きれば自分の経歴に傷がつくので、被害者の方を全力で潰したのだ。
よくあると言えばよくある話である。
でも、学生時代にせよ社会にせよ、そんなに全力で潰されなくてはならないほど、僕は優秀ではなかったと本気で思っている。
一応補足しておくが、勿論「理不尽ではない」普通の一般的な喧嘩も経験している。それはケースバイケースで、普通に僕が全面的に悪い時だってあった。
それは勘違いしていない。
むしろ雇用のことでもめ始めたころから、自分だけが会社と対立しており、過去の学生時代の経験も相まって「ぼくが間違っているのか?」「ぼくがおかしいのか?」と、もはや自分の方が間違っているのではないか?と何度も自責し、周囲の人間に確認し、自分がおかしくないことを擁護してもらい、精神を保っていた。
最終的には現場の同僚にまで聞いていたほどだ。
それはさておき……。
競争社会とは、行き詰るとこうなるのだろうか……。
そして、こんな話は僕に限った話ではない。
大なり小なり差はあれど、似たり寄ったりの理不尽な話や、同じ原因と思われる話を、特に社会人になってからの方が昨今頻繁に聞く。
一概に若い世代の根性がないんじゃない。
中間管理職に腐りきった無能がはびこっているのだ。
そして現に今、日本ではそれらの最終形態として、告発に対しての報復措置や、退社後も報復訴訟が横行している。
≪間違っている。≫
≪こんなのは間違っている。≫
≪僕が完璧だったなんて思ってない。でも、なぜここまで……。≫
≪どうして、ここまで理不尽目に遭わなきゃいけないんだ!!!≫
≪80年生きると言われているこの時代で、最初の20数年のうち少しでも間違えたら、もう取り返しがつかない!!!≫
≪僕は確かに至らない。でも、あいつらの方が人として至っていない!!!≫
≪そして、こんなのがまかり通るこの世の中を形成している仕組みは、確実に間違っている!!!≫
≪僕は欠陥だらけだ……。でも、この世の中は僕以上に欠陥だらけだ!!≫
≪僕の憎悪は蓄積される一方で、何一つ晴らされていない……!!≫
≪もう人間を十数人殺すレベルじゃ、到底この怨恨は晴らせない……!!≫
≪正直者が馬鹿を見る世界を、僕は許さない……!!≫
≪許さない……!!≫
≪許さない……。≫
≪僕が……。≫
≪私が……。≫
≪私が。≫
≪私が全てを祓ってやる。≫
――これが私の体験し、経験した現代社会への憎悪だ。
現代社会では、明らかに既得権益有利な社会が出来ている。
それは陰謀論でも何でもない。歴史を少し学べば分かることだ。
集落の長が出現し、それを束ねる国の王様が出現し、更にそれを束ねる帝国の皇帝までもが現れた。
彼らは利益を吸い上げたが、それには自領を守るという、ある程度つり合いの取れる目的があった。
しかし、いつの頃からか、平時の備蓄は平時の贅沢へと変質した。
そして、行き過ぎた贅沢は勘違い野郎を生み出し、「朕は国家なり」と言わせるほどに至った。
そのような行き過ぎた血族支配は、多くの国では血で清算され、共和国と名前を変え、その中でも民主主義や権威主義などと迷走した。
唯一、700年前の時点で国の運営から離れ、伝統に昇華していた日本の天皇を除いて、全ての皇帝は20世紀のうちに世界から駆逐されたのだ。
しかし、トップダウン型の仕組みは誰も変えなかった。
何故か?
彼らは口では正義を掲げつつも、その内なる心は私利私欲にまみれていたからだ。
ただ、新たな君主の座に座りたかっただけなのである。
薄っぺらい正義に踊らされ、多くの血の代償の末に起こったのは、誤魔化し程度の規則改正と、長の肩書と人物名の変更だ。
その証拠に、最初にそれをやったフランス革命は体制の変化が滅茶苦茶だろう。
そしてそれが、まだ現代でも続いているのだ。
私にとっては、民主主義でも、権威主義でも、全体主義でも大差はない。
結局、一番上の人間の裁量次第なのである。
国民にとっては、ほとんど「運ゲー」に近いのだ。
そして、それがそのまま企業の組織図にまで反映されている。
つまり労働者階級は二重に押し付けられているのだ。
こんなのは間違っている。
ここから私の新たな物語が始まる。
私の戦いはこれからだ。――
天凪祓 怨恨私記 終
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次回!第2部 第4章 第22話
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