貴重な良い体験
第1部 第3章 第17話 『貴重な良い体験』
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この夏は忙しかった。
外国人と接する仕事が多くあったのだ。
まず、ずっと胸糞案件が続いているので、『よかったこと』から話そう。
『スイス人のお姉さんが綺麗だった。』
感無量。
言語学が壊滅的でも、流石に広範囲の国の挨拶くらいは知っていた。
最初はイタリアやアメリカのお客が多く、アメリカの傀儡国家。いや借入上限・金利・返済義務無しの消費者金融USJ(United States of Japan)の奴隷である我々JAPANESEは、勿論HELLOくらいは知っている。
有名な話にこんなのがある。
ある日本人がアメリカで交通事故に遭い、頭部から血を流していた。
そこに駆け付けた救急隊員が、「How are you?」と尋ねると、頭から血を流した日本人は「I'm fine thank you, and you ?」と尋ね返したという。
完璧だ。
また、数年前に『ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風(第5部)』が放送されていたことで、『Buongiorno』も有名であろう。(その前から有名?気にするな。)
大切なのは相手の言ってることを、恥ずかしがらずに全力で真似することだ。
他の人にはBuongiornoやHello程度しか言わないのに、僕には長々となんか言ってくれてたので、多少は喜んでくれていた、と思う。
何を言っているのかはわからなかったが、京都人じゃあるまいし満面の笑みで罵倒していたとは思いたくはない。
まあ、罵倒されるようなことしてないしね。
ただ、挨拶は交わせてもそれ以上のことは言えない。
緊張するのだ。
恥ずかしいのだ。
前も言った通り、日本には基本似たような外見の日本人しかいない。
それが、白い肌。黒い肌。青い目。緑の目。金髪。赤毛。
顔の造形も、手足の長さも、言語も全然違う。
東南アジア系ならまだしも、本当に世界中の人なのだ。
だが、恥ずかしいと同時に『悔しい』という感情が僕の中では強くあった。
チャットで外人と話しても、直接日本で話せることなんてまずないのだ。
直接外人と話したのは高校以来。しかしその時は相手の日本語が完璧だった。
その他も学生時代、在日二世や、東南アジアの留学生はいたが、みな大なり小なり日本語は使えた。
そのように、ウジウジと悩み、お客に話しかけられないでいるうちに、先ほど話したスイス美女が現れた。
しかも、一対一。
つまり車内で二人きり!!!!
『ここで話せなければ、僕は絶対この後も話せない。それは絶対に後悔する。』
そして男として一生後悔することになるだろう。
ここまで紆余曲折ありつつも、会社のゴミ管理職相手にレスバしたのも、今この時に勇気を振り絞るためだったんだ!!!
そう思って話しかけてみた。
英文法?そんなの知るか。
「What are you from ?(出身は?)」
正しくはWhatではなくWhereなのだが、とっさに聞いたので普通に間違えた。
てか、日本語だとそこが省略されてるので言語学習の時に主語がなんなのか分からない事が非常に多い。
「Huh?」案の定伝わらなかった。
しかし、幸いしたのはその美女が優しかったこと。
本当の美人は外見だけでなく、心も美しいんだ。ここテストに出るから覚えておくように!!
「Again, please.(もう一度、お願い。)」
流石にこの程度の英語は分かる。
「What are you from?」
再び間違えたままなのだが、2回ほど繰り返したところで、
「Where are you from?」
と聞き返してくれた。
「Yes! Yes! from your country!(そうそう!出身国!)」文法など滅茶苦茶でも、最低限の単語さえ出てくれば、簡単な会話は何とかなるのだ。
幸い日本人は英単語だけは外来語としてかなりの数を知っている。
「I’m from Switzerland!(スイスだよ!)」
「スウィッツランド・・・スウィッツランド・・・。あ、スイスか。」
「I understand ! Switzerland neighbor country is Germany, France, Italy and Austria!(分かった!スイスはドイツ、フランス、イタリア、オーストラリアの隣人!)」
厳密にはSwitzerland’s neighboring countriesらしいのだが、これは普通に通じた。
「Yes! You’re smart!(うん!物知りだね!)」
ルームミラーで、不審者を見るような目だった美女が美しい笑顔になっているのが見えた。
『嗚呼。天使・・・。』
まだ、時間はある・・・。他に何かないか・・・!!
スイスというと・・・。永久中立国・・・。スイス銀行・・・。Nestlé・・・。Lindt・・・。Melonpan氏・・・。Rolex・・・。アルプスの少女ハイジ・・・。ユングフラウ鉄道・・・。
ダメだ。どれもハードルが高すぎる・・・。
あ。スイスって何語なんだ?
「How say 『Good night』 in your country?(あなたの国、『おやすみ』どういう?)」
丁度時間帯は夜間であり、降ろすときに教えてもらった言葉を言おうと思ったのだ。
「Gute Nacht!」
「ぐーて・・な・・・・?」
あれ???ドイツ語??
丁度その頃ドイツ人やロシア人とたくさんチャットしていたので、ほんの少しだけ単語は知っていた。
「Spricht die Switzerland Deutsch?(スイス、ドイツ語話す?)」
「Yes! We speak German in Switzerland! Do you understand German?(はい!スイスではドイツ語を話します!ドイツ語分かるの?)」
『ドイツ語を話す』と言いつつ英語で答えてくれる美女。
勿論ドイツ語なんかでこんな長文を言われても英語以上に理解できない。
「I understand a little bit.(少しだけ分かる)」
「Guten Abend! Mein Name ist Yuki. Ich komme aus Japan. Ich schaue mir gern die Landschaft an!(こんばんは!私の名前はユキです。日本出身です。景色を見るのが好きです!)」
「Sie sprechen sehr gut Deutsch! Es klingt wirklich natürlich.(ドイツ語とても上手ですね!本当に自然に聞こえます。)」
恐らくそんなようなことをお世辞を交えて美女は言ったんだと思う。
sprechen(話す)gut Deutsch(いいドイツ語)natürlich(自然)。
その3つは聞き取れた。
この場面でこの単語が出てきたら、言ってることは一つしかないので、恐らく『ドイツ語上手いですね!自然ですよ!』みたいなお世辞を言ってくれたのであろう、ということは分かった。
しかし、さっきの自己紹介はあくまで元々覚えていたフレーズであり、それが僕の限界値だったので、アウトプットができない。
英語もそう。アウトプットができないのだ。
「Entschuldigung, ich verstehe nicht.(すみません。理解できません。)」
幸いドイツ語と日本語は翻訳の相性が致命的に悪く、このフレーズを乱用するので、これを言うことができた。
まあ、普通に英語で『Sorry, I don't understand.』でもいいのだが。
「Your German is very good! It sounds really natural!」
と英語で言い直してくれた。
「Vielen Dank!(ありがとうございます!)」
「Hehe.(ヘヘ)」
『あゝ。天使・・・。』
この笑顔のおかげで今日から始まった18時間、4連勤が頑張れそうだよ・・・。
そんなドキドキ・ワクワクな時間は早くも終わりを迎え、無情にも目的地についてしまう。
「Thank you for waiting. Please wait a moment while I open the door.(大変お待たせいたしました。ドアを開けるので少し待っていてください。)」
これは、事前に調べて覚えていたフレーズだ。
最後は「Danke fürs Reden! Gute Nacht!(話してくれてありがとう!おやすみなさい!)」と言った。
「Danke dir auch! Es hat mega Spaß gemacht.(私もありがとう!楽しかった!)」
danke、auch(~も)、mega、Spaß(楽しい)が聞き取れたので、多分そんな感じの事を言われたんだと思う。
そこから、僕はこの仕事中は『How say 『その時間帯の挨拶』 in your country?』というような質問をするようになった。
日本人が思っているほど英語は万能言語ではないが、他の国の挨拶を適当に言っていれば基本複数人いるので、何となく意図は伝わる。
3日目辺りに、ギリシャチームのイケメンのお兄様方ご一行が真夜中に疲れ果てた表情で俯きながら、車内に座って出発を待っていた。
バタバタしていて結構待たされていたようだ。
僕はドアを閉める前に、「The doors are closing. Please be careful.(ドアを締めます。ご注意ください。)」と言っているのだが、誰も見向きもしない。
注意を言い終わって、スライド式のドアで取っ手を持った時、お客のカバンにギリシャ国旗があったのを見つけたので、「Καληνύχτα!(おやすみ!)」と言った。
そしたら、一瞬で全員が顔を上げ『え?今の誰が言ったんだ?』という表情でキョロキョロしてから、ドアに近い人が僕の方を見て「Καληνύχτα!!」と全力で手を振って返してくれ、車内の他の人達もさっきまで俯いていたのがまるで嘘だったかのように、満面の笑みを浮かべて全力で手を振ってくれた。
僕が運転手ではなかったのだが、中々に嬉しかった!
もう一つの思い出は、ロシアのチームだ。
旧ソ連圏にはかなり広範囲の世代に共通認知のある「Песня друзей(友達の歌)」という歌がある。
ソ連時代の『ブレーメンの音楽隊』のアニメに出てくる歌だ。
大体この話題のウケはいい。下手な挨拶フレーズよりも有効だ。が、これは歌なので相当な勇気がいるが、訳あって18時間連勤が7日目だったのでテンションというか、理性というかが振り切れていた。
お祭り状態のアメリカや中国とは違い、かなりシーンとしている車内で、半分やけくそでそれっぽい発音で歌のワンフレーズ目を歌ってみた。
すると……。
「How do you know that?! Sing it again!(何で知ってるの!?もう一度歌って!!)」と車内はハイテンションに!
歌は音程こそあっていれど、発音は普通に間違っているので、決してロシア語ができるというわけではない、というのは察してくれたのだろう。
幸いこれは何を言ってるのか理解できたので、もう一度歌ってみた。
そしたら、なんと車内の美男美女達が合唱してくれた。
正にブレーメンの音楽隊さながらで、歌のタイトル通り、『友達の唄』である。
やはり、どこの国でも自国のアイデンティティとなるものを知ってくれているというのは、多くの人間にとって嬉しいものである。
他にも、降車時に一緒に写真をとったり、動画を撮っていて呼ばれたり、色々いい思い出ができた。
色々と良い思い出ができた……。
良い思い出が……。
思い出……が……。
はぁ……。
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次回!第1部 第3章 第18話
『VS底辺ゆとり ROUND1&2』 DON'T MISS IT!!!




