腐ったやつら
第1部 第3章 第15話 『腐ったやつら』
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8月の中旬頃、以前の説明とズレが出てきていることに気づく。
というのも研修の最中にタクシーとハイヤーで別れるはずなのに別れる様子がなく、「来月には研修が終わる」というのである。
とはいえ、ここで変に盾突くのもどうかと思ったので、様子見を続ける。
そして同期の中ではハイヤーに行くのは僕だけであるらしく、会社側もほとんど対応してくれず、実際教官である先輩社員たちも困っており、僕が嫌っていたまとめ役の教官でさえ、強めに問い合わせてくれていた。
また、前述した変な同期は何が気に食わなかったのか、ハイヤーに行く僕を「あいつハイヤーなんだってww」と、のけ者にしてきた。
まあ、あと1カ月だし、そもそも会社はお金をもらいに来ているところであって、友達を作りに来ているわけではないので不都合はないが、久々に理不尽を感じた。
そして研修が終わる1週間くらい前になってようやく、ハイヤーの話がくる。
ここでも口頭での説明だったが、内容は次の通りだ。
他の新卒はここから実際の乗務に移行するが、僕はここから2~3カ月、ハイヤーの研修をする。
ただし他の新卒と同じように32万円の保証給になる。
そして何故か、10月から本採用で正社員になる。
という説明を受けた。
口頭で。
そして10月になり、新卒で唯一1人、ハイヤーへ行くことになった。
過去、新卒採用でそのままハイヤーには送っていなかったらしい、というのはその時に知った。
研修が勝手に先延ばしにされ、最長6カ月と言われていた研修期間が延びたことに若干の不満はあったものの、保証給になって正社員になるなら別にいいか、と飲み込んだ。
新卒ということもありやや腫物扱いだったが、それ以上に目立たないように適度にゴマすりをして、親より年上の人たちに合わせた。
まあ、相手もちらほら合わせてくれる人はいる。
それなりにはうまくやっていたはずだ。
ただ、『3カ月も伸ばされた研修の大半の中身は、がん患者の先輩社員を社屋と御病院と御邸宅へご送迎させていただく』という内容だった。
はっきり言って研修でも何でもないのだ。
そして、その社員の体調がいい日はゴルフ場へのルート確認と称して、都外へドライブすることだ。
はっきり言って研修内容などほとんど何もないが、ぼーっとしているのもどうかと思うので、僕は地図を見て首都高や地名など覚えていた。
あるいは、始めの方は先輩方を『よいしょ』していた。
延々と「昔はよかった。俺たちがお前くらいの年齢の頃は、同じ仕事内容で1カ月で100万くらい稼いでたよ」と、生まれたタイミングが良かっただけの無能の話を延々聞かされて、仕事内容も大したことないのに金だけはもらえてる。
こういったことで働く気が失せる若者はまあまあ聞く。
しかも僕の親は下手に進学した為に、生まれはラストバブリーなのに氷河期世代に片足突っ込んだ形になって、なんの恩恵も受けていない。
親より数歳年上で、最初から高卒で働きだしたこいつらはちょうど良かったのだ。
くだらねぇな、と内心思いつつ、これも仕事みたいなものか、と割り切って、親世代の音楽やアニメの話を適当に合わせてやっておいた。
そのような感じで約1カ月が経過した。
が、ここで問題が発生する。
なんと給料が19万2千円のままなのだ。
参考までに同期に確認したら、同期はちゃんと32万円に切り替わっていた。
流石にお金のことなので上司に相談したが、「新卒のことはよく分からない」と一蹴されてしまった。
ちなみにハイヤーの研修は朝5時30分頃に始まり、終わりが通常18~19時で間1時間休憩なので、6時始まりの18時終わりと超甘く見積もっても最低11時間。『190時間を22日で割ると、一日あたり8.64時間』という最低賃金に遠く及ばない。
一応11時間なので、1,013円×11時間=11,143円。11,143円×22日=245,146円でなくてはいけないのだ。
しかもそれは最初の1カ月半くらいの話で、その後は研修などしておらず普通に仕事を入れられ、朝5時から20時。最長22時半とかになっても残業代もなし。全然足りていないのだ。
更に言えば、土日にゴルフ送迎などの仕事が入り、1日行けば2~3万円もらえ、他の中途採用は32万円の保証給に上乗せされて支払われていたのに、僕だけは何故かその土日出勤分も上乗せされることもなく、ただ働きだった。
厳密にはお昼ご飯代500円の支給だけだ。
上司に何度聞いても「保証給だから」の一点張りで埒が明かない。
そしてこの頃から内勤と、現場の主勢力の態度が一気に変わる。
急に風当たりが強くなったのだ。
別に給料のこと以外で反抗的な態度を取ったわけでもないのに、理由は分からなかった。
給料の件だって、恫喝するように問い詰めたわけでもなかった。
一度、伝達ミスで土曜日に休んだ日には、「無断欠勤は人間として終わってる」と、これ以上の直接的な言い方で堂々と人格否定をした挙句、減給までされた。
同じ研修生(全員中途採用者)とは仲良くやっていたのだが、その人たちもほぼ全員が違和感を感じるレベルに、あからさまな変わりようであった。
ちなみに、中途採用者の方がよっぽど好待遇である。入社直後から研修期間中も32万が半年。入社祝いで30万。半年だか1年だか更に30万。+3回目もあったはず。
一度やめて中途で入り直した方がいいんじゃないかとすら本気で思った。
まあ、本来はそこまでこだわるような会社でもないのだが……何分、今はコロナ禍で時期が悪すぎる……。
また、仕事道具も自費で揃えなければならず、金銭的にキツく、何のためにそこに行っているのか分からなかった。
8.5万円が、10月からは+5.5万円で13.5万円になり、1.5万円しか余剰がないのにもかかわらず、遠出した際に強制的に外食に付き合わされたり、洗車道具や地図など数千円単位のものから、稀に実際の仕事を入れられた際にお客が使うティッシュなどの細かいものまで……。
赤字だった。
人間関係はともかく、金銭がらみのトラブルはさっさと解決しておくべきだと感じたので、11月末の給料日まで2カ月近く耐えた後、新卒採用担当の方へ連絡を取った。
事前の説明との齟齬や同期との不公平、求人ページと内容が大きく異なること、とにかく金銭面のズレに対する不満を訴える。
当たり前だ。私は慈善事業のボランティア活動をしに来たのではない。やりがいや、技能を求めて来たわけでもない。
金だ。
金のために来ているのだ。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
しかし、会社の方はどんどん話をややこしくする。
最初は1人。話を軽く聞かれ終わった。
次は2人。前回話を聞いた1人と、もう1人だ。
僕の質問をあの手この手ではぐらかしてくる。しかし、僕も10年前のように言いくるめられて終わる訳にはいかない。必死に冷静に追求した。
そして3回目。今度は3人だ。2人がかりでは敵わないと思ったのか、更にかなり頭の回転の速い理論派を連れてきた。
正論をぶつけ続けているのだから、こっちが正しい。
が、所詮、社会人経験半年。労働法や、それっぽいことを言われると、そもそもその用語を知らなかったり、事前に言いくるめられないように調べてはいるが、手慣れているのか次から次へと、正に『ああ言えば上祐』状態だ。
それも2人と口論している間に、もう1人が痛恨の一撃をお見舞いしてくるような状態だった。
――せめてもう数年早くChatGPTが登場していれば、もう少し当時の私の心労や知識の補完はされていただろう……とは思う。――
分かりにくいのか分かりやすいのか分からない、ドラゴンクエストの例えを使うと、LV20で2体のはぐれメタルに逃げられないようにと焦りながら戦っている間に、ギガンテスが「ちからをためる」を数ターン使ってきて、「痛恨の一撃」をお見舞いしてくるような状態だ。
エニックスの例えが分かりにくい?
仕方ない……そんな読者の為にスクウェアの方で解説しようではないか。(違う。そうじゃない。)
まあ、タンクとヒーラー相手にタンクを殴り続けて、遥か後方から黒魔導士が『究極攻撃魔法アルテマ』をぶっ放してきて、その黒魔導士に殴りかかろうと間合いを詰めると途端に黒魔導士がタンクにジョブチェンジしてくるような感じですね。(いや、だからわからないってw)
仕方がないので求人サイトのスクリーンショットを見せる。
口頭説明が多いから言い逃れが成立していたが、求人にははっきりと書いてある。
言い逃れや屁理屈はまかり通らない。
それは実に、極めて、非常に、簡潔な数字が記載されているだけの文面であり、
そして、それを書き込んだのは、他でもない。
こいつら自身だったのだから……。
が。しかし。
公然堂々と『嘘だ』と開き直られる。
流石に絶句した。
「そんなことはみんなやっている。うちだけじゃない。(笑)」と……。
だが、『追い詰められたサルが何をするか分からん』のはここからである。
「念のためユキ君のスマホ初期化してもらいましょう。」
耳を疑った。
はい……?
そして暴行は受けなかったが、強制的にスマホを初期化させられてしまい、ボイスレコーダーなどを仕込んでいないかボディチェックまでされた。
実際スマホには収音アプリを仕込んでいたのだが、消されてしまった。
近年、録音による様々な告発があるが、ある意味録音できるというのはまだまだ相手が手ぬるい、ということだと感じた。
確かに簡単で確実な方法ではある。それに消させた証拠すらも残らない。
データ全消しとかNieR:Automataかな?
――なぜ、こんな冗談交じりな語りか?
今でもはらわたが煮えくり返って画面をぶち殴ってしまいそう……。
いや……。
それどころかこの自叙伝で、完全に具体的な名称を書いてしまいそうだからだ。
しかし、それをやってしまうと私の方が悪くなってしまう。
なぜなら、法が重視するのはあくまで『事実』であり、倫理観など本当に『お気持ち程度』なのである。
そんな誰かにとって非常に都合の良い現状の社会システムは、集団で状況を整えたもの勝ちなのである。
そんなのは間違っている。私情は禁物だが、道徳観や倫理観は必要だと私は思う。
そうでないなら、裁判なんて全てAIにやらせればいい。
その方がより正確で速く、安上がりだ。
また、当時ずっと胃もたれだと思っていたが、この頃恐らくほぼ確実に十二指腸潰瘍を患っていた。
現代医学ではストレスではできないって言われてるらしいんだが、ピロリ菌もおらず、暴飲暴食もせず、胃酸過多とかでもなく。
時期的にも過度なストレス以外に理由がない。
偶然という可能性もあるかもしれないが、それはそれで自分の身体までもが理不尽を突き付けてくるのか、と思ってしまう。――
不幸中の幸いで、底辺職故にこういうこともあるかと思い、古いスマホを持って行き、ついでに前夜にバックアップを取っていたので、思い出が消されることはほとんどなかった。
だが、証拠は消されてしまった。
そして、帰り際にもうひとセリフを浴びせられた。
「そんなに気に食わないなら、会社訴えなよ(笑)。うちの会社よく訴えられて負けてるからさ(笑)」
なんでそんなことを言うのか分からなかった。
少し違和感を感じたが、印象には残った。
しかし、またも不完全燃焼。解決とは程遠い結果になった。
そしてもう一つ言えば、金銭以外にも、10月の本採用の話も結局嘘だったのだ。
正直、本来は研修→試用期間→本採用(正社員)となるので、10月からの本採用はおかしな話にはなるのだが、ただ、それを言い出したのは僕ではないし、わざわざそんな事を言わなきゃこっちも何も言うことはなかったのだ。
自分が理不尽な振舞で翻弄されて困っているのに、悪い事をした奴等は今も気持ちよく寝ているのかと思うと、毎夜毎夜怒りではらわたが煮えくり返り、まともに寝ることもできなかった。
そして、その頃から半年くらい、毎晩夜中に空腹感を強くしたような、胃を掴まれるような痛みで目が覚め、まともに寝られなくなっていた。
だが、それでも中学時代の出来事に比べれば、まだ耐えられた。それにあの頃よりも数段精神力は強くなっている。
そして、話し合いは今度、社長を交えることになった。
社長は第一声で「話って何?なんかユキ君から話したいことがある、とだけ聞いて時間作ったんだけど。」
散々対応していた奴は社長の斜め後ろでニヤニヤしている。
つまり、『ほら、場所を用意してやったぞ?言いたいことがあるんだろ?勝手にバトれよ。』ということだ。
自分達はさも何も知らないかのように話を通したのであろう。
結局ここで社長に噛みついたところで、スマホのデータを消すような輩の上にいる人間との行き着く先は裁判沙汰である。
正直に言って、まだ社会に出たばかりのガキにそんなことは荷が重すぎた。弁護士を悠々と雇えるようなお金もない。
最初からこっちの足元もすべて見切った上でのニヤケ面だったのだ。
唯一、「採用担当から何も話聞いてないですか?これまで散々話して来たんですけど。」とだけ聞いた。
「いや、なんにも聞いてないよ?なあ?」と社長。
「やっぱり自分の口で言ってもらうのが良いと思って。」と、ニヤニヤしながらゲス。
そこまで聞いて『やっぱりただ掌で踊らされているだけだ。』と感じ、話し合いを打ち切った。
唯一の成果は「12月から研修が終わると同時に正社員採用になる」という、またも当てにならない知らせをもらった。
勿論、口頭での言葉だけだ。
とはいえ、この時はコロナで大打撃の最中。東京五輪やインバウンド強化していくという話から観光を選んだが、元々が赤字なのだから壊滅的なままである。
他に行けるのはサービス業だが、やはり生活できるような求人などない。
仕事内容には不満も失敗もないのに、雇用面で不安を抱えている。
これほど辛いものもなかなかない。
なんでいつも俺だけなんだ……。
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次回!第1部 第3章 第16話
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