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天凪祓  作者: ZoRvATH


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地道な日々

第1部 第2章 第11話 『地道な日々』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


エリーさんのことから、『人と関わる際に論理的思考だけではだめだ。』ということに気づいた僕は、すぐさま、すずさんに謝罪をした。


「お久しぶりです。ユキです。半年前はごめんなさい。半年経ってどうしてすずさんが怒ったのかようやくわかりました。できたらまた一緒に遊んで欲しいです。」


メールアドレスを知っていたのでメールをした。


「おう。久しぶり。それで?お前さんは自分の何が悪かったんだとわかったんだ?」


「僕は半年前、良かれと思ってより効率的な論理的に正しいことを言いました。でも、すずさんは別に効率を求めて遊んでいた訳じゃなくて、僕はそのすずさんの気持ちを考えられずに、自分が正しい様な物言いをしたのが間違っていました。」


その後、すずさんは軽く補足やフォローをして、許してくれた。


――まあ、今思えば。正直すずさんはとっくに忘れていてそれを思い出すためにカマをかけただけなのかもしれないが・・・(蹴)


このように新しい通信制高校を前に、人の入れ替わりがあった。まあ、自伝に出てきていないだけで2014年は延べ500人くらいは大なり小なりの関わりがあり、他にも沢山の人と知り合ったり唐突に別れたりしていた。


とはいっても、無差別に話しかけているので実際数か月単位で話しているのは40人前後だ。


また、私はこの頃から、アニメやゲームで楽しむことができなくなりつつあった。そのため、私は2015年辺りで、アニメ・ゲーム・音楽がほぼほぼ止まっている。実際2010年代のアニメ関連の音楽フォルダは160曲あるが、2016年~2019年はたったの35曲である。


すずさんも仲直りはしたものの、それ以降一緒にゲームをプレイした回数は数える程度だ。――


4月になって通信制高校へ通い始めた。結論から言えばここでは友達という友達はできなかった。何人かその環境に置いての知り合いはできたが友達とは違う。というか、通信制高校自体では自伝で話すようなレベルの事柄は起きなかった。


週に3日程度だし、自転車+電車で40分。車で20分。2時間かけていた二年前とは比べるまでもなく楽だ。楽に決まっている。


翌5月には車の免許を取りに行った。僕は6月24日が誕生日で、ギリギリ誕生日の前の週に18歳も終わろうかというタイミングで運転免許を取得した。車が運転できるようになったことで多少自分に自信がついた。


ただ、この二年間は良いことも悪いことも特筆するほどの出来事は特になかった。


その間、半年くらい配送業者の早朝仕分けのバイトをし、腰を痛めて辞めてしまったが、多少のもめ事はあってもトラブルというほどのことはなく。


2015年~2017年の二年間で、今度は日本人だけでなく、外国人も色んな人とチャットしまくった。


言語能力が身につかなかったのは残念だが、いろんな価値観の人が多いことや、日本の価値観や社会常識が見事に世界と乖離、あるいは真逆に近いと痛感したりもした。


――特筆すべき点もないが、ただ無駄に時間が過ぎたわけでもない。


高校時代に失敗したような事柄。『適切』の加減や、中学時代に抱えた精神的なデバフ、それらをあらかた克服した。


自分の中ではそれなりに成長したつもりである。


感情論の件がきっかけで自問自答するうちに、『自分が「二極論」に凝り固まっている。』ということにも気づいた。


二極論とは『白か、黒か?』あるいは『0か100か?』という、両極端な思考をしていたのだ。


それが最大の悩みであった人間不信の克服に大いに役立った。他に話すこともないのでそれぞれ解説しよう。


1、極度の人間不信

これが一番の厄介者で最後まで悩まされた。何故なら完全に信用しないのは寂しくあり、かといって信用してしまうとリスクが大きいからだ。ギリギリ通信制高校が終わる頃に次のような考えに落ち着いた。


この悩みの本質は、まさに二極論に囚われていることそのものである。『信用する。信用しない。』ではないのだ。相手によって『何%信用できるのか?』それが大切なのである。今の私は基本0スタートで、相手の態度に応じて増減する。高くても50%。信用や信頼とはそういうものだと思う。


2、極度の警戒心

そもそも解決しようと思っていない。今もそのままである。


3、対人恐怖症

コミュニケーションを重ねたことで19歳くらいで克服できた。


4、極度の女性恐怖症

ほぼほぼ佐藤さんのおかげで割とあっさりと克服された。薔薇の扉を開けずに済んでよかった。


5、無気力

これは、ネットの大人達と話せるようになってから、大分改善された。ただ、それでも状況が悪くなると無気力になりがちではある。が、こういうのはどうにもならないと思う。敢えて言うなら、『無気力だから何もできない』と決めつけて逃避するような思考をやめることだ。それこそスマブラの生みの親である櫻井さんの『とにかくやれ!』である。


6、無心(喜怒哀楽を感じなくなる)

無気力とは少し違い。これは佐藤さんが過剰なまでに絡んでくれたおかげで、少しずつ、嬉しいとか。といったプラスな感情を取り戻した。


7、超ネガティブ

ずっといろんな人に指摘され続けて、ただ『実』が無いのだから自分に自信を持てるはずもなく。更に日本の平均的な人よりも理不尽な不幸に見舞われているだろうから、中々抜け出せなかった。恐らく通信制高校を卒業する辺りで抜け出せたと思う。


8、トラウマ

今もある。ただし辛いことは辛いが、比重は悲しいではなく。怨めしい。である。


9、極度の被害妄想

これはなくなった。最初の高校の時にいろんな人と喧嘩しまくって、克服した。


10、過剰な罪悪感(自分に全く関係のない出来事でも自分が悪いと思ってしまう)

知らないうちに克服していた。(恐らく通信制高校の間)


12、元々人見知りをしていたが、慣れてない相手にはどもるようになってしまった。

どもらなくはなったが、『かみまみた』になったりはする。人見知りしていないように頑張って話すことは社会人になって会社に勤めてからできるようになったが。人見知りは多分直らん。


13、人と話すだけで緊張で顔が真っ赤になって汗だくになってしまう。

恐らく最初の高校である程度克服した。少なくとも変な汗をかくことはなくなった。

今でも苦手意識のある若い女性に対しては、顔は赤くなってしまうかもしれないが。そもそももう若い女性と話すことがない。(血涙)


14、ずっと俯いて下を見ており、顔を上げて歩いたり、話している人の顔を見れなくなってしまった。

最初の高校でいろんな人から指摘され、少しずつ直した。

なにも相手の目を見る必要はない。口か、顎辺りを見ていればいいのだ。今は普通に目を見て話すことができる。――


また、通信制高校を卒業するころには、『合わせる度合い』。所謂『調和点』のようなものもだいぶ分かるようになっていた。


ただ、2016年の後半あたりでは日本人は大分話す人数が減っており、その代わりにいろんな国の外国人とチャットするようになっていた。


外人とたくさん話した結果。日本人の中では大分意見をはっきり言う性格になった。


※ただし。アフリカと南米の人はほとんど話したことがない。理由は単純に時差の関係やアプリ登録者の母数など、その地域の人が少なかった。


また、ついでに触れておきたいことがある。『外人』この言葉をこの辺りの時期からしきりに差別用語だと言い出したのは、日本人ではなく日本語学習者の外国人の間でのこと。


――何故なら外人は『外の人』と書いて、『人外』だと。彼ら自身が答えを言っているのだが・・・。


それはどう考えても学習者が『外人』と『人外』を翻訳し間違えただけだろう。


外人=人外なのであれば、そもそも『人外』なんて言葉を作る必要がない。


それに、差別用語は差別用語で別にあるのだから、なおのことつじつまが合わないのだ。


なんにせよ、日本語を外人が勝手な被害妄想で歪曲させ汚し、規制するのは個人的に気に入らない。――


通信制高校は何事もなく終わったが、一応その先も進学してみたいと思っていた。


最初は臨床心理士になりたいと思った。何故なら自分は散々コミュニケーションで悩んできたから、その道に行けば人の気持ちが分かる人が多くいる環境へ行けるのではないか?と考えたからだ。


だが、現時点で最短でも6年もかかる。それに基礎学力的にも難しいと思い諦めた。


そして次に、心理系で近い精神保健福祉士になりたいと思った。


中学時代ほぼ口を利かなかった精神保健福祉士の名刺を持っていたことを思い出し、連絡して話をしてもらった。


精神保健福祉士の業界にも色々問題はあるらしい。人手が足りず賃金が低い。という労働環境もさることながら、なにより精神疾患は基本『完治』という概念がないらしい。


それをその人は問題に思っていると、話してくれた。


「一生懸命サポートしても、病院で薬づけにされ、医者側が完治という概念を持っていない。」


表向きには、『完治の判断が難しい。』からで、それも事実ではあるのだろう。だが、利益の少ないこの業界で儲けの為。と言わざるを得ない部分もある。とそこまで話してくれた。


一応、社会福祉系の大学の試験を受けてみた。普通の筆記ではなく、プレゼンしてアピールするタイプの試験だ。


結果として落ちた。が、そもそもそれ以上に失望した。


仕事上沢山の人間を見てきた彼らの言葉は『刺激→直感(経験則)→価値観(基準の明示)→結論』この様な思考で話されていたからだ。


下手すると価値観で基準の明示すらないのかもしれない。


経験則で相手の系統を即座に振り分け、そのカテゴリーに属する人用の言葉を口から発する。


まるで、郵便物を仕分けしているかのようだ。


――現代ではピンポイントに想像できるものがある。彼らの感情のない言葉はさながら『出来の悪いAI』の様であった。――


こんな人間が教鞭を執っている様な業界で何も教わるものはない。と感じた。


教育者の時点でこんなだから、現場からあのような言葉が出るのだ。と。


大きく失望したところで、外国人と話していたことからいつか海外に住んでみたい、行ってみたいと思い、観光の専門学校へ行くことにした。


2017年4月になり。観光の専門学校が始まる。


専門学校は、旅行科と、ホテル科があり。旅行は男4+女9=計13人。ホテルは男15+女20=35人。ホテルの方はざっくりの数だ。


年齢は皆基本2歳下。


流石に女性に囲まれるような事態は慣れておらず、ガチガチに緊張していたが、流石に15歳の時とは違い周り(19)よりも年上で21歳になる年だったのと、序盤、他三人の男からはなぜか心なしか避けられているようで、仕方なく女の方と話していた。


まあ、直接話していた訳ではないがチャットでも年下の男女共にそこそこは話していたので適当にどうにかなった。


――そうそうここでまた言いたいことがある。昨今の若者はインターネットが普及しすぎて『同じ趣味』の話しやすい相手とばかり話すから、職場や学校で話題に困るらしいが、きっかけ作りの話題なんてなんでもいいのだ。


適当に相手の持ち物の話をすればいい。具体的には、スマホの機種。服装。なんかのグッズ。相当変な人間でなければ、例えスーツ姿の就活生ですら何かしらの個性が外に現れる。グッズが一番楽である。『でも、何のグッズなのか分からない?』寧ろ好都合だ。本人に直接聞け。グッズに興味が無くても人間の方に興味があるのなら聞いておけ。


『分からない。けど興味がある。』というのを最初に明示しておけば、相手はどんどん遠慮なく話してくれる。


相手に勝手に話させるほど楽なことはない。『自分の趣向に興味がある』ということで、大抵の人間は好感を抱く。ポイントは興味があるのは本人ではなく『あくまで趣向の方だと≪思わせる≫』ことだ。


それによって相当汚らしい身なりをしていない限りは警戒心を解いてくれる。


ただし、そこで話が弾まないなら、相手がコミュ障か、自分が生理的に受け付けられていないかのどちらかだ。そんな無駄な労力を要する奴にはさっさと見切りをつけて次の人を探せ。


そういう人間はどうせその時上手くいっても数カ月後には、離れるだろう。そう考えると、最初の段階で無駄な時間を使うことなくいなくなってくれたと思えば、寧ろ感謝すべきことだ。


本当に気が合う人間なんていうのは、男女問わず、ガチャ率めっちゃ低い。自分にとってのハズレに固執する必要はない。さっさとレア度USSRを引くために次の・・・おや、誰か来たようだ。――


\デェェェェェェェェェェェェン/


さて、何の話だったか?


旅行に一人だけ1歳下の男がいたが、こいつがやばかった。名字は「小林」。イキリ陰キャみたいなやつだ。


専門学校デビューをしたかったのか?女に囲まれてチヤホヤして欲しかったのか?60年代みたいな恰好の付け方で登場し、盛大にスベリ散らかしていた。


また、冗談を言ったりするキャラが僕と若干被っており、流石にキチガイ相手では普通に僕の方が好感度が高く。恐らく小林君には疎ましく思われていたと思う。


彼は数々の自爆という名の失敗を2カ月程度重ね、涙ながらに『みんなが僕に合わせてくれない!!』と迷言を叫び、休学した。


彼が去った後、他の男2人と話すようになって知ったが、どうやら年下であることを良いことに、年上面したり、蹴りを入れたりしていたらしい。


その為、更にもう一歳年上の僕も同類だと思われ避けられていたのだとか。


どうもこういうことには本当に話題を事欠かない僕である。


彼は彼で異常者であったが。それとは別に女の方にも変なのはいた。


当初、男に話してもらえないので、仕方なく女の子たちと一緒にお昼を食べていたのだが、1人の女が『男子は男子。女子は女子。』と、たった13人前後の人数にも関わらずぶった切りやがってからに・・・コホン。


フェミニストみたいな思考で分断されてしまい。仕方がないのでホテル科の方と仲良くすることになった。その後もその女には極力近づかないようにした。


ホテル科とは、1/3くらいはマナーや英語。ちょっとしたMicrosoft Office系の授業で一緒だったので、昼もそっちと一緒に食べるようになった。


だからと言ってガキンチョみたいにいじけて、旅行科の女の子達と話さなくなったわけではなく、フェミニストに突っかかられない程度には普通に話していた。


全く。フェミニストがコミュニストである私を追い詰めるとは・・・いつか全員シベリア送りにしてやる。


ここまでがざっくり入学から2カ月程度の出来事。


その後は紆余曲折ありつつも、それは普通の人間関係で起こりうる範囲のことで、序盤の様なめんどうなことも特に起きることなく1年が終わった。


『まあ、数年ぶりに普通に楽しかったよ。』


※ちなみにさも自分が真人間になったかのように話しているが、小さいことは結構やらかしている。変人って思われ続けてるだろうなー。というのはかなりある。


その他僕の成長として一点外せない話がある・・・。


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次回!第1部 第2章 第12話

『信用と信頼と期待と嘘』 DON'T MISS IT!!!


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