2
ただの幼馴染みとしてじゃなく、好きな人として友也を見つめ始めてから、もう三年くらいになる。他の女の子とは違う関係で、ずっと隣に居た。お互いに何も言わなかったけど、あたし達は間違いなく友達以上の関係だった。けれどそれは『彼女』ではなく『幼馴染み』のままだったのだと、そう、気付かされた。
「でね、このあいだ映画見に行ったんだ」
あたしの前の席に座って自慢げにそんなことを言ってるあさみの話題は、相変わらず友也一色。付き合いは順調みたいで、彼らはデートを重ねている。その度にこうしてノロケ話に付き合わされるのだから、あたしとしてはたまらない。けれどあさみの話を聞く限りでは、二人の間にはまだ何事もないみたいだった。
友也とあさみが付き合い始めてから、どのくらいになっただろう。二週間くらいは経ってると思うけど、わざわざ数えてたわけじゃないから正確なところは分からない。でもそのくらい経てば、ふつうはキスの一つでも済ませるものなんじゃないの? そこまで考えたところで、この話は頭から消し去ることにした。友也とあさみがキスする様子なんて想像したくもないし、そんなことを自慢げに報告されたら今度こそキレてしまいそう。
「真鍋」
不意に、誰かがあたしを呼んだ。それまでマシンガンみたいに喋ってたあさみが話を止めたから、あたしも彼女が見てる方に顔を傾ける。するとそこにはあたし達と同じクラスの男子、山口がいた。
「何?」
「ちょっと話があるんだけど」
「だから、何?」
「裏の駐車場まで来てくれよ。俺、先行ってるから」
「ここで言えばいいじゃない」
「ここじゃ、ちょっとな」
あさみをチラリと見て、山口は苦笑しながらそそくさと去って行った。変なやつ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。そう思いながら顔を戻すと、あさみが何故かニヤニヤしてた。
「……なに、その笑いは?」
「京子、鈍い。告白に決まってんじゃん」
「は? ありえない」
山口とは同じ中学の出身で、同じクラスになったのも今回が三度目だった。山口は友也とも仲がいいから、中学時代はよく皆で遊んだりもした。だから、分かる。あさみが言ってるようなことは、ありえない。
「ほらほら、あんまり待たせると山口がカワイソウだよ」
一人で勝手に盛り上がってるあさみが急かすから、あたしは仕方なく席を立つことにした。まあ、友也が来る前には帰るつもりでいたから、別にいいんだけど。カレシ面であさみを迎えに来る友也も、カノジョ面で友也を迎えるあさみも、見たくない。仲睦まじい登下校なんて見せ付けられたら、あたしはきっと立ち直れなくなるだろうから。
もう最初の下校の流れが落ち着いてる校舎を出て、あたしは山口が指定してきた校舎裏にある職員と来客用の駐車場に向かった。駐車場の脇には裏門があるんだけど、こっちは駅と反対方向だから利用してる生徒は少ない。山口が指定してきた場所はいわゆる、密談には最適の場所ってやつ。そんな駐車場の中でも車の陰になっている桜の木の下で、山口はあたしを待っていた。
「話って何?」
あたしがさっさと話を切り出すと、山口は何故か言いにくそうにしながら口を閉ざしてしまった。話があるって呼び出したの、山口でしょ? それなのに山口が黙り込むから、あたしが代わりに言葉を重ねた。
「何で黙るの?」
「……あのさ、変なこと訊いていいか?」
「だから、何?」
「お前ら、付き合ってたんじゃなかったのか?」
「誰と誰の話よ」
「お前と川瀬だよ」
川瀬は、友也の苗字。山口が本当に変なことを訊いてくるから、今度はあたしが口を閉ざした。さっきまで言い出しにくそうにしてたのがウソみたいに、一度話を始めた山口は饒舌に言葉を続ける。
「中学の時からずっと見てたけどさ、別れたような素振りなんて全然なかったのに川瀬がイキナリ進藤と付き合い出しただろ? だから、ちょっと真鍋が心配になったんだよ」
「……山口は誤解してるよ」
それだけ言って、苦い気持ちで唇を噛む。友達以上、恋人未満なんて。そんな風に考えて楽しんですらいた自分が馬鹿みたいだ。本当はずっと幼馴染みのままだったのに。
「誤解って……えっ?」
「あたしと友也は付き合ってなんかないよ」
「マジで? 絶対デキてると思ってた」
「それに、あさみと友也を引き合わせたのもあたしだもん」
「何でそんな事したんだよ」
「あさみに頼まれたから。それだけ」
「バカなことしたな。お前、それでいいのかよ?」
「別に。本人達の問題だし」
「好きなんじゃないのかよ、川瀬のこと」
「どうして山口がそんなこと言うの? 関係、ないじゃん」
友也が好き。それは自分しか知らなかった言葉。でも、あたしが口にしなくても、きっとあたし達を知ってる人たちは皆そう思ってた。あたしは、そのことすらも知っていた。だから余計に、誰かに代弁された自分の気持ちが痛かった。
やばい、泣きそう。あたし、本当に友也のこと好きなんだ。
「俺、川瀬も真鍋のこと好きなんだと思ってた」
「……もういいよ」
「最後まで聞いてくれよ」
「何? 笑いたいわけ? あたしが一番おかしいに決まってるじゃん。馬鹿馬鹿しくて涙が出そうだよ!」
「そうじゃない!」
山口に怒鳴り返されるとは思わなくて、目を見開いてしまった。我慢してたのに、たまっていた涙が瞬きと同時に零れ落ちる。泣きたくない。泣いてるところなんて見られたくない。その気持ちだけで頭がいっぱいになって、山口に背中を向けてから急いで涙を拭った。
「……こんな時に言いたくないけど、」
背中から山口の声がする。こういう時は黙っていなくなってくれればいいのに、デリカシーのないやつ。悔し紛れにそんなことを考えてたら、山口はとんでもない言葉を後に続けた。
「ずっと、お前のことが好きだった」
……サイテーだよ。山口も、あたしも。
控えめなノックの音がした。でも今のあたしにはベッドから起き上がる気力がない。誰かと口をきく余裕も、もちろんない。
「京子、寝てんのか?」
ノックの音を黙殺してたら扉の向こうから友也の声が聞こえてきた。いつもは電気が消えてても平気で入って来るくせに、そんな言葉を寄越すところを見ると今日は返事をしなければ入って来ないみたい。どうせ、あさみが何か言ったのだろう。そう思ったら友也の顔を見ることさえ嫌になった。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ。
何もかも。
あたしが返事をしなかったから結局、友也は部屋に入って来ることもなくそのまま去って行った。