第十二章 響き合いの先にあるもの
彼女は、グラスに伝う雫を追いかけるように指先を滑らせ、その小さな滴に心を映すかのように、不意に問いを放った。
「……男性が必要になる時って、どういう時ですか?」
その問いは、まるで何気ない世間話のように放たれた。けれども、私の心には鋭く突き刺さった。
ただの社交辞令かもしれない。だが、彼女の瞳の奥には、言葉とは裏腹にかすかな揺れが隠れているように見えた。
――もしかすると、既に別の誰かから「将来」を問われているのかもしれない。
あるいは、自分の人生における「男」という存在の重みを、改めて測ろうとしていたのかもしれない。
私は即座に答えられなかった。
愛を告げれば彼女を追い詰める。軽さで返せば、自分の真剣さを裏切る。
その狭間で、私は息を整え、言葉を選んだ。
「……危険から女性を守ること、交渉ごとを引き受けること。そういう場面では、やはり男が前に立った方が、物事は早く、滑らかに進むものなんだと思う。男は本質的に、そういう役割を負っているのかもしれない。女性にすべてを求めるのは、不自然なんだ。」
彼女の目が、わずかに揺れた。
予想とは違う答えだったのかもしれない。言葉は返さず、それでも確かな沈黙で受け止めていた。
その沈黙こそが、彼女の返事であるように思えた。
本当は、私は別のことを聞きたかった。
――彼女に結婚をほのめかす顧客がいるのか。
――彼女はその問いを避けようとしているのか。
けれど、それを直接ぶつけることはしなかった。彼女の表情に影を落としたくはなかったからだ。
「やっぱり、答えるの難しいですよね」
そう言って彼女は微笑んだ。
安堵と寂しさが入り混じるような、曖昧な笑みだった。
私はただ、自分の答えを、彼女の沈黙と共に胸の奥に沈めることにした。
あの日の彼女の視線――理解か戸惑いか、その境目に立つまなざし。
その余韻を抱えたまま、私は次に待つ結末へと進んでいくのだった。