3 運命の瞬間
「昨日は悪かった。機種変更という言葉を聞いて、自暴自棄になってしまった」
翌日、オクオスは、アイディ達に謝罪の言葉を告げた。
「いや、俺達は数年に一回ナーバスな時期がやってくる。お前はまた生まれ変わって、良い人に買ってもらえるさ」
「ありがとう。今、ノゾミ様はケータイショップにいらっしゃる。その運命の瞬間でも一緒に見るか?」
「ノゾミの部屋」のホスト達は、大きなモニター前でご主人様の動向を見守る。ご友人の田原愛弓様もご一緒だ。
その時、彼女は悪魔のような発言をした。
「もう吹っ切ってP-phoneにしようよー」
「うーん……そうだねぇ」
ノゾミは最新のP-phoneを手に取った。
そのライブ映像を見た瞬間、ホスト達は一斉にざわついた。 何よりアイディが動揺した。
ーー P-phone? ノゾミ様がP-phoneユーザーになるのか? 確かにあいつは超絶人気者だ。僕としたことがその可能性を考慮してなかった! たとえ、P-phoneユーザーになっても、グールルのIDは使うと思う。しかし、新たなライバルがこの部屋にやってきて、序列が急変する。……僕は……僕は……この地位を誰かに讓らなきゃならないのか? ーー
「アイディ様……お気を確かに」
相棒のキィが声をかける。アイディは玉座で頭をかかえ、恐怖で体を震わせていた。
「あれ? 上杉さん?」
男の人の声が背後から聞こえた。
振り向くと、身長が伸びて大人びた森下真実が立っていた。
「上杉さんもスマホ変えるの?」
ノゾミは時間が止まったように、動けなくなった。
ーー身長が伸びた。前髪が少し長い。声変わりして別人。紺のTシャツにデニムジーンズ。こんなにイケメンだったっけ? ーー
いろんな情報がノゾミの眼前に広がる。
動かないノゾミをよそに、田原愛弓が森下君に挨拶だけして、ノゾミのスマホ選び付き合ってあげてよ、と告げて帰ってしまった。気をきかせてくれたみたいだ。
(どうしよう。こんなシチュエーション考えてなかった……)
ノゾミは心臓をなんとか動かして、森下真実と会話を続けた。
「なんだ、この男」
アイディは明らかに敵対心を燃やしていた。
「あれ、アイディ様。今、この男性と全く同じ容姿に変化しましたよ」
アイディは自分の姿を鏡で確認する。すると、この男の顔が鏡に映る。さっきまでの幼い容姿ではなくなっていた。
「ノゾミ様は……この男に思いを寄せられてて、今現在の姿にアイディ様も変わったのかもしれませんね」
「じゃあ、僕の前の姿は、この男の以前の姿だったのか?」
「確かに少しアイディ様は幼い容姿でしたからね」
キィはアイディにつぶやいた。
「私たちの運命はこの男が握っているかもしれません」
「急に上杉さんのスマホ選びに付き合えと言われても……」
森下君は、明らかにとまどっていた。
「いや、どうしたらいいのか……いよいよP-phoneにした方がいいのかとか迷ってて」
ノゾミは今の悩みをそのまま相談した。
「あー、じゃあ俺は役不足だ。Bandroidだから」
「じ、じゃあ!! Bandroidにする!」
「え? そんな決め方でいいの?」
森下君はあの笑顔でくすくす笑う。
Bandroidのスマホを購入して、いろんな手続きが終わるまで、森下君は付き合ってくれた。
今日のこのタイミングで、この携帯ショップに来た私は、本当にほめてあげなくてはならない。私、えらい! すごい!
「ノゾミの部屋」ではアイディ達が胸をなでおろし、シャンパンを開けていた。
「おめでとうございます! アイディ様!」
「これで、また数年は安泰ですね!」
「ノゾミ様がまたアイディ様を選ばれました」
いろいろ祝いの言葉が飛び交うが、何よりあの「森下」という神みたいな男に感謝しなくてはならない。
「……あいついいヤツだったな……森下か……他人とは思えん」
アイディは自分とそっくりな男に心から感謝していた。
ノゾミはスマホ選びに付き合ってくれた森下君に「お礼」という名目で、カフェに誘った。
とりあえず、自分達の近況を話し合った。なにしろ中学卒業以来の再会なのだ。
「田原さんと仲いいんだ。知らなかった」
「たまに森下君の話題も出てたよ」
「えー、俺の話とか面白くないでしょ?」
「か、か、彼女いた、とかっっ!」
ノゾミの口から一番気になっていることが飛び出した。
「すご……そこから話切り出すんだ」
森下君はまたくすくす笑い出す。
「笑うことないでしょ!」
「ごめんごめん! いないよ~高校は勉強三昧!」
「え? でも、愛弓から彼女いたって聞いて……」
森下君は、あっけに取られた表情になった。
「あー、2ヶ月くらいクラスの女子のボディーガードしたかな。変な男に付きまとわれてたから。そういう噂も流してもらったよ。そしたら、諦めたのか離れていった。その事だと思う。田原さんも騙されてくれたんなら、ボディーガード役は成功だね」
森下君は相変わらず「優しさ」でできていた。
救済活動すさまじい……じゃあ、私もそれを利用させてもらっちゃおうかな。いいよね、4年間も片思いだったんだから。
「スマホの設定って面倒だよね。森下君、わかる? ご飯おごるから、手伝ってほしい……」
「う~~ん……しょうがないなぁ、ここまで付き合ったから、設定も世話するか」
「wi-fi環境必須だし……私の家近いから、そこでいい?」
森下君は顔を赤くして
「いきなり家とか……」と、つぶやく。
「実家だから、二人きりじゃないし……お願いっ!」
そのまま世話好きの森下君は、押しきられて私の家へ連行された。
たぶん、スマホ移行作業中に、私の森下君への片思いがバレる。
なぜなら、私のグールルのIDは森下君に関する情報で構成されてるから。
「アイディ様、これから数年よろしくお願いいたします」
新しいスマホ本体オクオスダッシュが、アイディとキィに挨拶にやって来た。そして、アイディとキィにも新しい仲間が加わった。「二段階ジンショウ」というホストだ。
「人間は頭はいいが、悪いヤツが次々現れるから、ホストが増える一方だな」
アイディはため息をついた。
「ノゾミの部屋」では、今日もモニターでノゾミ様の「彼氏」が映し出される。二人が楽しそうにカフェで「デート」というものをされているようだ。
もちろん「彼氏」は、あの日スマホを選んでくれた森下真実だった。
アイディにとって、自分そっくりの森下君は、この立場を守ってくれた恩人だ。
「良いヤツを選ばれた。さすが僕のノゾミ様だ」
「ノゾミの部屋」では、今日も変わらず、たくさんのホスト達が、ノゾミのスマホライフを支えるのであった。