1 ホスト達の序列
「いらっしゃいませ、上杉望様。お待ちしておりました」
「キィ君、今日も素敵ね」
「ありがとうございます、いつも通りアイディをご指名ですか?」
「そうね、彼がいないと話にならないから」
ここは店名「ノゾミの部屋」というホストクラブである。
客は「上杉望」様だけだ。
俺達の唯一の「姫」。
彼女だけが、この店の全てであり、絶対的な存在だ。
ここにいるホスト全員、彼女のために存在している。
今日も来店されるのは、望様ただ一人。彼女の「悲しみ」「怒り」「知識欲」等をホスト達が、癒したり、情報を与えたり……ここは望様に満足していただけるようなサービスを提供する彼女にとっての城なのだ。
上杉望はこの春大学に進学したばかりで、Tシャツとジーパンというコーディネートで来店した。特別な美人でもないが、癒し系のおっとりした雰囲気がある女の子。朗らかな笑顔と丸顔で丸い目。ミディアムボブでこめかみの髪は耳にかけている。
彼女は豪華なソファに座り足を組んだ。
指名されたこの店ナンバーワンのアイディは、望に近づいて跪く。
彼はナンバーワンホストだが、とにかく若いのであまりスーツは似合わない。しかし、望にとっては唯一無二のホストだった。
「会いたかったです、姫。今夜は何をご所望でございますか 」
「そうね、まずは明日の天気はどうなっているのかしら?」
「はい、明日は午後から雨で⋯⋯」
ナンバーワンホストのアイディが情報を与えている間、彼の相棒であるキィがオレンジジュースを望のグラスに注ぐ。
次に彼女は買い物を希望したので、アイディは別のホスト「甘存市場」を呼びオーダーを取っていた。本と携帯充電器等々。
そして、彼女はジュースを飲み干しサービスに満足して、その日は退店した。
「今日は早くにお帰りになられましたね」
閉店後、キィは玉座に腰掛け珈琲を飲みながらくつろいでいるアイディに話しかけた。
「最近、姫もお忙しいのだろう。しかし、俺達は24時間望様の要望に応えなければならない。常に気を引き締めておくように」
アイディは、水商売に無関係に見える普通の少年だ。その辺を歩いている中高生にしか見えない。特に容姿も優れているわけでもなかったが、「上杉望」にとっては、特別な存在だった。
見た目は幼いが、この店では4年になるベテランだ。彼はまさにこの店のオープン当初からのオーナーであった。彼が全ての指示を出し、この店を支配している。
「俺がいなきゃ、この店は成り立たないからな。望様はもう俺と4年の付き合いになる」
「はい。うらやましい限りでございます」
「お前だって、望様には大切な存在だ。なにせ私の相棒だからな」
アイディは、相棒の「キィ」を慰める。
「いえ、私なんかはノゾミ様に忘れられては、別のホストに切り替わる運命でした。しかし、最近はマネージャーが私達を管理してくれるので、命拾いしているだけです。しかし、アイディ様は忘れられたことがないのでは」
「……まあ、そうだな。しかし、俺は君を気に入っている。君は代わって欲しくない」
二人で会話していると、いかにも客をもてあそびそうなホスト仲間が割って入ってきた。
「よお! アイディとキィ! 久しぶり! 元気だったか?」
「お前は……ナンバー2の『アカ』じゃないか! 望様はお前を思い出してくれたのか? 長い間、ご指名がないだろう」
「まあ、俺はそれでいいんだよ。責任がないからな」
アカは髪を赤色に染め、化粧も濃い方だ。なんとか望様の気をひきたいのだろうか。
「最近、望様のお越しが夜遅くになりましたね。」
キィが寂しそうにつぶやく。
「しようがない。彼女も大学生になり、バイトで忙しいみたいだ。俺達は望様が必要な時にお役に立てればいいんだ。」
二人は店内の上部に設置されている現実世界を映すモニターを見入っていた。そこには彼らの姫である上杉望が眠っていた。彼女は寝ながらスマホで天気を調べ、「甘存市場」で買い物をして、そのまま寝落ちしたのだ。枕元にはスマホのオクオスが置き去りにされていた。
※ ※ ※
「望〜〜、今日もバイト?」
「うん、お金稼がなきゃ」
この春、大学に進学した上杉望は、サークル仲間の田原愛弓に呼び止められた。
「頑張るねぇ? 欲しいものでもあるの?」
「うーーん、スマホ欲しい」
「望ってBandroidだっけ?」
「そう、日本はP-phone多いじゃん。ちょっと悩んでるんだよね。Bandroidの機種変にするか、P-phoneにするか」
※ ※ ※
「ほら、あいつらは望様がいろんなアプリで忘れられたホスト《ID》達だ」
「もう髪もボサボサだし、身なりもひどいものだな。望様の訪問がない証拠だ。外見も気にならなくなるのだろう」
店内をうろつくホスト達を眺めて、アイディとキィは酷評していた。
「パスワードとなるともっとひどい。空メールですぐ再設定されて捨てられる。そして新しいパスワードが採用される」
そう、「ノゾミの部屋」というホストクラブは「上杉望」のスマホ本体や様々なアプリ、サイトのID及びパスワードが、「ホスト」として勤めている仮想空間だ。
彼女がスマホを手にして、4年になるので4年分のホストがうじゃうじゃしている。
そんな中、忘れられたホスト、再設定され捨てられて店を出ていったホスト、パスワードマネージャーに管理されて命拾いしたホスト……いろいろ存在する。
しかし、アイディとキィは、「上杉望」のグールルのアカウントとパスワードいう最上級ホストとして、君臨していた。しかも彼女はBandroidユーザーだ。
彼らがいなければ、彼女のスマホライフは話にならない。アカはサブアカウントとして、たまにサブのメールアドレスやIDとして使われている存在だった。
※ ※ ※
「早く望様、俺を触ってくれないかなぁ……あの指使いがたまらないんだよ。ああ、お前らは、望様と触れ合うことできないんだっけ?」ある黒髪の美形ホスト「オクオス」が、アイディ達を挑発的に煽る。
「お前は望様の指で満足すればいい。私たちは、彼女の心を満たすのだから」
「ふん、実体のない奴らは哀れだな」
そんな捨て台詞を吐いて、スマホ本体のオクオスはその場を離れた。
「どうしたんでしょうか? 普段は穏やかな方なのに。何かストレスがあるのでしょうか?」
側に控えるキイはアイディに問いかけた。
「もうあのオクオスも4年になる。見てみろ、あいつの腹を」
キイはオクオスの下腹が少し膨らんでるのに気づいた。
「太ったのでしょうか?」
アイディはいや違うと答える。
「経年劣化だ。バッテリーが寿命なんだよ。そろそろあれがあるぞ」
「まさか……『機種変更』ですか?」
キィは顔を真っ青にして震えていた。
※ ※ ※
「う~~ん……もうスマホ変えないとなぁ」
望はバイトが終わって、自宅でくつろぎながら、スマホを操作していた。動画見たり、メックスやシンスタをチェックしたり……高校時代よりスマホを触らなくなった。大学生になって、授業にバイトに忙しく、毎日落ち着かない。
でも、物というのは劣化するもので、バッテリーが膨らんできた。
望はずっとBandroidユーザーだが、バイトもはじめたし、お金がかかってもP-phoneにするか悩んでいた。
機種変更する場合、移行作業が大変めんどくさい。
機種変更はBandroidアカウントを入力すればいいだけだけど、キャッシュレス関係が面倒なはず。
ーーそういえば、森下君元気かなぁ……4年前、グールルアカウント作成する時、あの子の情報で長いID作ったんだよね。懐かしい……
望は、よっぽど疲れていたのか、スマホをにぎりしめたまま、その日は眠ってしまったのだった。




